馬鹿馬鹿しい。何度も何度もそう思ったけど結局当日になったら参謀総長であるボクが何もしないで傍観していられる状況であるはずもなく、騒ぎであっちこっちがうるさいし暗いのに人が多いからあちこちで微妙に睨み合った声もするし。いちいちそれを止めるのは誰だと思ってるんだろう。パーティなんて、実質仕事とそう変わらないじゃんか。誰だっけ息抜きになるとか言ってたの。
 適当な場所に置いてある三角の目をしたかぼちゃに手を伸ばして手持ち無沙汰でそれを放り投げた。暗い灯りの中不気味に笑ったかぼちゃがくるくる回る。
 暇じゃないけど暇だ。雑踏の中にいて自分だけが置いてきぼりにされている感覚。よく知ってる。ボクは出来損ないの中で生き残ってしまったものの一人だから。
 浮かれ騒ぐこの場にいる人間を、束の間怨めしく思う。だけどそれにもすぐ諦めた。心を焦がしても何も返ってこないことくらいもう知ってる。
 ぱしとキャッチしたかぼちゃ。ごつごつしたそれをなぞる。暗い中不気味な微笑みを称えるこのかぼちゃを彼女はかわいいと言ってみせたっけ。
 そう思ったところでぱこんと頭を叩かれた。反動で仮面がずれた気がして反射で顔に手をやって、それから気付く。そうだボクは今日仮装してて顔はあの仮面じゃない違う仮面をつけてて、だから外れないんだったってことに。
「何をこんなところで突っ立ってるんですか総長」
 そう言われて振り返れば、ハロウィン行事を楽しみにして怪我してまでかぼちゃのくり抜き作業をしてみせた彼女がいた。どうやらボクの頭を叩いたのはその手にある魔女の帽子らしい。三角の大きな帽子を頭に被り直した彼女は、パーティの輪に入っていくでもなく振る舞われる料理の数々を楽しむでもなくそこにいた。それに眉根を寄せる。あんなにハロウィン・パーティってうるさかったくせに。
 だから「あっち行かないの」と言えば、彼女が魔女の格好で肩を竦めてボクの隣にきて壁に背中を預けた。魔女の三角帽と魔女の黒いマント。箒とか持ってればもっとらしかったのかもしれないけど、らしいのはそれくらいで。多分それを取ってしまえば彼女はこのパーティからすぐに抜け出せる。
「なんだか総長が突っ立ってるのが見えたので」
 彼女がそう言う。だからボクはそっぽを向いて「悪かったね」と返したら、彼女は緩く首を振った。「あれですかね」とぼやくように言うから「何」と喧騒の中掻き消される彼女の声を拾おうと顔を向ける。彼女は浮かれ騒ぐ神託の盾の団員達を見ながら「総長はこういうの嫌いでしたよね」と。だから「別に」と返して「でもまぁ好きか嫌いかで言われれば嫌いだよ」と、そう付け足した。彼女が少し笑う。「ですよね」と。
「余計なお世話でしたね。これでちょっとでも総長が息抜きできればいいなって思ったんですけど、全然重荷になってますね。すいません」
 彼女がそう言って魔女の帽子を取った。ボクは何を言えばいいのか分からなくなって、だけど余計なお世話だと言われればその通りだしそれに返せる言葉を持ち得ない。ばさとマントを取り払った彼女が顔を上げて笑って「すいませんでした」と言う。ハロウィン・パーティの雰囲気を出すために今日も暗い神託の盾の灯りと蝋燭の火のせいだろうか。彼女の顔はなんだか泣き出しそうに見えた。
 とっさに何か言おうと考える自分と、事実であることに果たして何の言葉を返せるのかと思う自分と。格闘しているうちに、彼女は会場を出て行ってしまった。
(…なんだよ)
 ぎゅうと拳を握り締める。
 今日は手袋もしてない。いつもの制服だって着てないんだ。いつもと同じことをしなくてもいいんだってことはそれだけでもう分かってる。いつもみたいに全体に睨みを利かせる必要がないんだってことも。ただボクがその場所から抜け出せないだけで、刹那のこの時間の中に踏み込めず境界線の上に立っているだけで、あと一歩踏み出せば本当はその中に入り込めることくらい。分かってる。
 ボクだって分かってる。これは彼女の気遣いだと。
 だから会場に背を向けて彼女を追いかけた。人が多すぎて邪魔くさいと思いながら、それでも遠ざかる彼女の背中を探して追いかけた。
 人がいすぎて進めない。ボクはいつでも前に進むなんてことはできずにここまで来た奴だったけど、誰かを追いかけて追いかけてそれでも追いつけないような錯覚に囚われたのは、それが初めてだった。
 あーあ失敗だったなぁ。そう思って、私は一人溜息を吐いて魔女の三角の帽子とマントを見つめた。
 パーティになればきっと参謀総長も少しくらいは気分が楽になるんじゃないかと思ったけど、会場にいる彼を見ていたらむしろ逆効果だったように思ってしまったのだ。
 いつもの仮面じゃなくて舞踏会か何かで使うような仮面と制服姿でない彼。だけどしていることはいつもと同じだった。参謀総長だった。彼はそこから抜け出せない。これだけの人数のパーティだ、騒ぎの一つや二つや三つは起きる。誰かしらが制止しなくてはならない。そうしてその役割を与えられるのは、よく考えなくても参謀総長なのだ。権限のある人の制止の言葉とそうでない人の言葉では天と地ほどの差がある。彼は確かにまだ子供かもしれない。だけどそれでも参謀総長なのだから。だから彼が注意すれば騒ぎはだいたい治まる。そうやって彼はここでも参謀総長を勤める。
 そこから少しでも解き放てたら。そう思って発案したことだったのに、これじゃあ完璧に仕事を増やした余計なお世話になってしまった。
(あーあ…)
 なんだか自分にひどく落胆する。総長が総長でなくシンクという一人の人としてパーティで少しでも、少しでも気が安らぐことを想像していた。少しくらいパーティを楽しんでくれるんじゃないかと想像していた。いくら参謀総長と言っても彼はまだ子供だから。
 でも。それも勘違いで失敗だったようだ。彼は参謀総長。もう子供ではないらしい。もう子供には、戻ってくれないようだ。
 だからこれは。完璧に失敗だ。
(怒られるかなぁ)
 一生懸命今日のためにかぼちゃをくり抜いたり広間の飾りつけを手伝ったり仕事を早めに片付けたり、色々したのに。なんだか報われた気持ちにならない。
 確かに私はパーティを楽しみにしていたけれど、それはそこがいつもと違う場所だったらの話だ。総長が総長のままなら、私はその部下のままだ。パーティとはその時間だけ現実から抜け出し仮想のその空間に溶け込むこと。それができなくては、パーティを楽しむことはできない。
 一時だけの夢。それがイベントでパーティというもので、それが今回のハロウィンだった。だからこそ、一時の夢だからこそみんながこぞってはしゃぎ合う。騒ぎ合う。笑い合う。それがパーティというものの本来の姿。
 みんな楽しんでる。だから無駄だってことはない。これはこれでいいものになったんじゃないかと思う。くり抜いたかぼちゃはスープになったりパンプキンパイになったり様々な料理に変身を遂げた。どれも美味しかった。
 美味しかったけど。でも。

「、」
 その声に振り返る。間違えるはずもない我が参謀総長がそこにいた。ここはもう随分会場からは遠い場所なのにこの人はどうしてこんなところへ。だから首を傾けて「いかがしましたか」と言えば、彼がつかつかと歩いてきてぱしと私の手を取った。それでぐいと引っぱって会場の方へ戻り始めるから、私は引きずられるように歩きながら「総長」と言葉をかける。
「なしでしょ、今日それは」
「え?」
「パーティなんだろ」
「そうですけど。でも総長嫌いって、」
「嫌いだよ。でも嫌いなものがあって、それをそのまま嫌いなままにはしとかない。あんたがこうして作った場所と時間なんだから。そんなの今日までのあんたを見てれば分かってるから。だから無駄にはしないよ」
「…そうですか」
 だから少し。ほっとした。彼が「今日は総長って言うな」とぼやくように言うから一つ瞬きして「では何とお呼びすれば」と言えば、彼が視線で私を一瞥する。舞踏会で見かけるような仮面、目が見えるやつ。いつもはその瞳さえ見ることは叶わなかったけれど、今は見えた。きれいな翡翠の瞳が。いつもなら無理だけど今日だけは。
「ボクにだって名前くらいある」
「…シンク。ですか」
「そう。ただのシンクでいいよ。烈風も参謀総長も、今日くらいはやめる」
 彼がそう言う。だから私は魔女の帽子を頭に乗っけた。「じゃあ私も今日くらいはあなたの部下をやめて、ただの一人の人になるね」と言えば彼が少し笑った。「そうしなよ」と。

 パーティはまだこれからが本番。なのだ。