ああしまったと思ったのは本当。同時にああよかったと思ったのも本当。
 光の刃に貫かれてもほっとした気持ちが薄れなかったのは、自分の意志で、彼を守れたからだと思う。
 どくどくうるさい心臓の音も今は気にならない。

 だって彼が、
 手を伸ばせば、
 届きそうなところに。

「……、し……んく…」
 息がしにくくて口の中は生暖かい血でいっぱいで、だけどすぐ側に彼がいたから頑張って名前を呼んだ。彼の肩が大袈裟なくらいに震えたように見えたけど多分気のせい。
 おかしなくらいに静かで白いこの場所も、イオンが死んじゃった事も、きっと全部気のせい。
「…何で、ボクなんか庇った」
 小さな声に私は笑った。笑いたかったけど血でむせ返って咳き込んで、そこで今更のように「キュアっ」「ハートレスサークル!」同時に誰かの声がして、でもそれが誰のものなのかがよく分からなくて。

 あの光の槍。あれは、そう。ティアのホーリーランス。
 私はシンクを取り囲んだそれの一本を破壊して、彼を突き飛ばして、それで。そう、それでこうなった。
 だから自業自得。死んだって文句言えない。
 ああでも何でだろう、どうして彼が泣きそうな顔をしてるんだろう。
 私、彼にあんな顔させたかったわけじゃないのに。

「…しん、く? なかな…、で」
 すぐ側にいる彼に触れたかった。でも身体が重くて重くて、あたたかい光に包まれているはずなのに熱くて冷たくて、次第に何も感じなくなって。
 少しだけ指先が動かせた。そうしたら彼の方から私に手を伸ばしてきてくれた。私が動かしかけた手の方を取って、もう片手で髪を撫でてくれる。
「…泣いてないよ。馬鹿じゃないの。……ほんとにさ」
 イオンとおんなじ顔で、でも厳密には全然違う顔で、泣きそうな顔でそう言う彼。私は笑う。でもそれは多分口の端だけで、もしかしたら一片も笑えていないかもしれない。
(だって何だかもう、身体に上手く力が入らないの)
「……しんく」
「何?」
 あたたかい光に包まれているはずの身体が、回復術をかけられているはずの身体が、動かない。感覚がない。上手に動かせない。多分彼もそれを分かってる。だから私の髪を撫でて、手を握って、頬を撫でてくれている。
 ああじゃあもうお別れなのかな。ぼんやりとそう思って空へと視線を投げた。蒼が眩しい。
 蒼ばっかりの視界の端に入ったもう一つの色に、私はゆるゆると視線を向けた。空に透けるようにして、彼がいるのとは反対側に、イオンが見える。
 この目が使い物にならなくなってるなら幻かもしれないけど、でも彼が私を見てる。微笑んでくれている。
 それで何となく理解した。彼はお迎えなんだと。だからこそシンクに言葉を伝えるために、頑張って口を動かす。声を出す。だって、最後だから。
「…おわかれ、かも」
 イオンが私の手に触れてくれてる。少しだけ、ほんの少しだけ彼だと分かるあたたかさがある、ような。
 でも何だか哀しそうに笑ってる。
(あれ、どうしてイオンはあんな顔してるんだろう)
 視線をゆるゆると動かしてシンクを見れば、やっぱり彼は悲しそうで、泣きそうで。まるでイオンとおんなじ顔で。
 彼の瞳から何かがこぼれた。でもそれは多分気のせい。この目がもう死にかけているからそんなものが見えたんだろう。だって彼は泣かないもの。だから今見えた涙は、私の気のせい、だ。
「……ボクもすぐに行くよ」
 彼の手が私の髪を撫でる。その言葉に私はやっと、笑った。
「…じゃあまた、さんに…で……いっしょ、に…」
 瞼を押し上げているのが疲れてきた。だから私は観念して目を閉じる。
 最後に唇に何か当たった気がしたけど、多分気のせい。

 おやすみ

 真っ暗な中に彼の声が聞こえた。それがシンクのものなのかイオンのものなのかは分からないまま、私は。
 ことり、と静かに彼女の手が地に落ちた。
 治癒術を施していた彼女の仲間達が沈鬱な表情で術の展開を中止する。
 シンクは彼女を抱き上げると、まだ生きている温もりのあるその亡骸を石畳の床の上から倒れた石柱の上へと移動させた。治癒術のおかげで外傷が塞がり、目を閉じている彼女は悪戯に血のりでもつけて眠っているようにも見える。
 ありえなくもないなと彼は少しだけ笑った。それから再度彼女の亡骸に口付けて、彼女の仲間だった彼らの方を振り返る。
 彼女の血で汚れた姿で笑って、
「…さぁ、さっきの続きと行こうか」
 赤髪の青年がやりきれないと言った苦々しい顔で「シンク、お前…っ」そう言いかけた。けれどシンクは表情を変えずに譜術を展開、発動する。
 そうして余儀なくして始まった戦闘に、そう長くは続かない戦闘に彼は命をつぎ込んだ。
 彼女の元へ行くのに、躊躇いはなかった。

に落ちる