殺したいと思った。殺したいほど憎かったし疎ましかったし何より、好きだった。
 だから手の届くうちに殺してしまうと思った。

「し…っ、く」

 苦しそうに呻いて掠れた声でボクの名前を呼ぶ、愛しい人。
 彼の首を絞めるこの手は震えてもいなければ躊躇ってもいなかった。手加減もしていなかった。ただルークの首を絞めている。そうすることでルークが咳き込みその目がボクではないどこか遠くを見始め、そうしてボクの手首を掴むその手の力が緩んでだらりと落ちるまで、ボクは力が抜けなかった。
 あと少しで死ぬ。そんなときになってようやく手の力が緩んだ。

「…ルーク」

 げほげほと咳き込んで必死になって息を吸う人の名を呼ぶ。焦点の合わない瞳でボクを探すように彷徨うその目には、それでも怒りも憎しみも憤りも何も映っていない。ただ戸惑いの色だけがある。困ったような瞳だけがそこにある。
 ボクの手が再びルークの首に伸びる。だけど彼は拒絶しない。ただ悲しそうにボクを見ているだけ。荒い息をしながら、それでもボクを見ているだけ。
 一体今ボクはどんな顔で愛しい人の首に手をかけているのだろう。

「シンクは、俺を…殺すのか」

 ぴくりと手が震えた。殺す。そう殺す。殺したい。お前を殺したいんだルーク。ボクのものにならないのならいっそ死んでほしい。他の誰かのものになるのなら、他の誰かと交わるのなら、いっそ死んでボクの中だけで生きていてくれたらいい。

「そうだね。殺したい。ボクだけを見てくれないんだったら…死んでよ、ルーク」

 ぐ、と指に力を入れる。掠れた息を漏らしルークの顔が苦しみに歪む。それなのに拒絶はない。拒絶がない。拒絶だけがない。
 なくなってしまった。いつだったろう、確かアクゼリュスが崩落してからか、ルークが変わったのは。ただの馬鹿だったから大嫌いで何も知らないからお気楽だと憎むこともできたのに、今のルークは違う。もう違う。あの頃のような憧れていた位置に立つルークはもういない。堕ちた。ボクと同じかボクより深い底に、ルークは立っている。一人で。それでも笑って。
 ボクは笑えなかった。憎んで憎んで憎むことしかできなかった。だからルークが笑うのが疎ましかった。全てに裏切られ全てに引き離されその足元さえ崩れ落ちたのに、ルークはそれでも笑う。変わりたいんだと笑う。もう十分なのに、笑う。ただ笑って受け入れる。拒絶することを忘れたように。

「…楽にしてあげるよ。もう無理に笑う必要なんてない」
「っ、」

 痛みのせいか、それとも苦しみのせいか。彼の瞳から涙がこぼれた。
 それが最後だった。それきりルークは静かになった。もうどれだけ首を絞めても彼はぴくりとも動かない。
 そっとその首から手を外す。赤い痕のついた白い首をそっと撫でる。
 死んだ。ルークは今死んだ。ボクが殺した。
 その顔は思っていたよりずっと安らかだった。最後の息を吐き出した瞬間、今までの全てが消えた。ルークは死んだ。死んでしまった。
 ボクが殺した。

「ルーク」

 もう動かないその身体。首筋に口付けて噛む。ぶつと肉の切れる音と感触。流れる血を啜る。むせるような鉄の味が口の中に広がる。
 すぐに、音素は乖離し始めた。構わずに彼の唇に口付ける。

「大丈夫。一人にしない」

 乖離していくルークを抱き締めながら、がしゃんと音を立てて落ちた彼の剣を拾い上げる。がりがりがりと鞘から抜いて掲げ、乖離して空中に溶けていく音素を反射してきらきら輝く刀身を見つめる。

「今、行くから」

 剣先を左胸へ固定し、乖離していくルークのからだごとボクは自分の胸を貫いた。

エ メ ラ ル ド 心 中
(この指先の熱すらとどかない場所で一緒に、)