俺が女役でいいからセックスがしたい。
 そう伝えてから一週間がたった頃、風呂が終わってからいつものようにの部屋に行くと、いつもなら宿題や授業の予習復習に時間を割いている机に見慣れないものが載っていた。「なんだそれ」深く考えず訊いた俺にが難しい顔をして腕組みしている。

「一通り揃えてみたんだよ。スるのにいるもの」

 スる、というのがセックスのことを言っていると気付くのに五秒くらいかかった。
 別に、そういう空気を期待してたとかじゃないけど、色気のない入り方だ。らしいといえばらしいのかもしれないが。
 ラグの上に胡坐をかいて、英語でローションと書かれているボトルやチューブを眺める。初めて見るもんばっかりだ。
 は難しい顔で新品の石鹸を取り出すと、「トイレ行くよ」と言う。首を捻った俺に一つ息を吐いて「キレイにしないといけないの」伸びた右手が下腹部に触れてから尻へと移動する。
 俺は女じゃないから、スるならケツでってことになるんだろう。それくらいならちょっと調べてみたから知ってる。
 部屋にあるトイレに男二人で入るってのは狭かったが、新品の石鹸を開封してソープ浣腸なる方法で俺の肛門をキレイにしていくはなんともいえない表情をしていた。
 それがすんだあとは、いよいよベッドでスることスる……のかと思っていたが、は脱がなかった。ベッドには乗ってきたが、なんだか真面目な顔で指にローションを落とすと、さっき指を入れてきれいにした部分をマッサージし始めた。くすぐってぇ。

「キス」

 ケツを弄られてるという気恥ずかしさもあり、スウェットを掴んでねだると、望んだとおりに唇を塞がれた。それと同時に体内に指が一本入ってきて、その妙な感覚に体が疼く。痛くはないが妙な違和感。
 口を開けたら舌が捻じ込まれて、ケツの方もずぶずぶと指が埋まってきた。「ん…ッ」ゆっくりと中で動く指がなんともいえない。
 の指は何かを探すようにぐにぐにと中で動いていた。
 そのせいなのか、舌を奪い合うキスをしてる間指で擦られ続けたところが気持ちがいい気がしてきた。「は、」長いキスから解放されると同時に「痛くない?」と言う声に「痛くは、ねぇ」と返して自分の体を見下ろすと、若干だが勃っていた。ケツ弄られてキスされただけなのに。
 機械の腕をついたが体重をかけてまたキスしてくるから、ベッドに体を埋めながら、ケツの方も弄られ続けた。たぶん、五分くらい。
 キスのしすぎで痺れてきた唇で「も、そこ、いい」ケツの中を弄り続けるの腕を掴むと困ったような顔を向けられた。「ちゃんとしないと痛いよ」「痛くねぇし。早く欲しい」「んー…」困った顔を天井に向けたが一つ吐息して指を抜いた。

「あのね、今から挿れるトコは筋肉でできてるから、いきなり挿れたら痛いわけ。だから今ほぐしてる。せめて指二本は入らないと、俺の入らないよ」

 俺の、と言われてのスウェットの股間に目をやり、見ただけじゃわからなかったから触れてみた。俺と同じで勃っている。そのことに生唾を飲み込んでスウェットとパンツをまとめてずり下ろす。
 よかった。ちゃんと勃ってる。そのことに安堵すると同時にむくむくと自分の中で性欲が膨れ上がっていく。
 早くこれが欲しい。

「も、我慢できねぇ」
「……はー」

 深く吐息したが左腕に手をやった。機械の腕を固定しているバンドを外して腕も枕元にやると「痛くてもしらないよ」と前置きして口と右手を使ってコンドームの封を破った。「なんで腕…」外したんだ、と指さす俺に唇の端で笑って「万が一、力加減を間違って、お前を傷つけないように」とか言うから胸の奥がぎゅっとした。別に、そんなこと気にしなくていいのに。
 ケツでもお前の腕でも同じだ。痛くてもいいと、始めから思ってた。
 と一つになってみたかったし、体を繋げてみたかった。その念願がようやく叶う。
 足を抱えろと言われて、自分の膝裏に腕を入れて足を抱えると、腰の辺りに枕を差し込まれた。
 これは結構恥ずかしいな、という格好になった俺に、はコンドームにローションをたっぷつけた性器の先っぽを俺の下の口にあてがう。さっきまで指で弄られていた場所。「力、抜いてね」「ん…」深呼吸して深く息を吐いた俺に、同じように息を吐いたがずぶりと侵入してくる。
 思っていたより、痛くは、ない。違和感はあるけど。

(力を、抜く。ゆっくり深く、呼吸する……)

 ゆっくりと侵入してくる硬くて太い熱が、指で執拗に擦られていた場所を抉った。「あ、」びくん、と腰が跳ねた。そこ、気持ちいい。かも。
 指で擦られ続けてなんとなく気持ちがいいかもしれないと思っていた部分を、もっと硬くて太くて熱いもので何度も何度も擦られる。
 挿入による違和感はすぐに消えて、「そこ、もっと、」足を抱えているから縋りつけない俺に、右手をついて顔を寄せてきたと口をくっつけるキスをする。
 ぎ、ぎ、ぎ、と規則的にベッドを揺らしながら、は俺が気持ちがいいと感じる部分を擦り続けた。
 気持ちがいい。自分でスるのとは比べ物にならないくらい気持ちがいい。

「前、自分で触ってイって」

 耳元で囁く声に言われるまま、片足を離して勃起している自分のに触れる。
 今まで何度もとするイメージだけでヌいてきた。今は妄想が現実になって、気持ちがいいと感じる場所を擦られながらイこうとしてる。「はっ、ア、ぁ」ごり、と気持ちい場所を擦られてすぐにイった俺に、が片目を瞑っている。
 白い白濁とした液体で汚れた俺をじっと見下ろしたのが大きくなった。それで「俺もイきたい」とこぼして再び腰を動かし始めるから、声、を気にした俺は自分の口を手のひらで塞いだ。イったばかりで過敏になっている場所をごりごりと遠慮なく擦られる。気持ちがいい。これじゃまた勃つ。
 片手で自分の口を塞いでいる轟の先っぽから白っぽい体液がぱたぱたと音を立てて落ちた。これで三回目だ。
 浅くなっていた呼吸を意識して深くしながら、まだ半分も入ってないかな、と思う自分の半身を見下ろす。
 アナルは何かを受け入れるようにはできてない。だからここでするセックスっていうのは回数を重ねる慣れが必要で、事を急げば轟には痛みだけが残ってしまう。今日俺が先っぽの方しか入れてないのはそういう理由だ。
 あんまり急なことをすると痛いし違和感ばかりが先行する。それがアナルセックスだと体が覚えてしまうのを避けたい。だから今日は轟が気持ちいいと感じる場所を徹底的に体に憶えさせている。セックスは気持ちがいいんだ、ということに疑いを持たせないために。
 正直、俺は物足りないけど、援交以外で誰かとセックスする日が来るとも思ってなかった。それを思えばこのくらいのガマンはできる。

「…轟?」

 涎と涙と汗を垂らしてぼやっとしているイケメンの頬を一つ叩くと、目の焦点が俺に合った。「なまえ」「ん?」「なまえで、よんでくれ」ずっと足を抱え込んでいたせいで少し震えている手が俺の顔に触れる。
 少し悩んだけど、セックスのときだけならいいかと思って「焦凍」と呼ぶと、きゅう、と轟の中が締まった。「」吐息と一緒にこぼれた自分の名前に、久しぶりに呼ばれたな、と思う。最後はいつだったか。中学生、施設にいた頃に分類記号くらいの無機質さで呼ばれていたことくらいしか憶えがない。
 クラスきってのイケメンが涙と涎と汗で顔をぐしゃぐしゃにしている。…俺がそうさせた。自覚するとまた勃つ気がしたから窮屈な焦凍の中から自分を引っこ抜くと、ぬぽ、とやらしい音がした。
 俺っていう質量がなくなったことで口寂しそうにヒクつく孔から意識して視線をずらすと、精液でたぷたぷしているコンドームに目が留まった。
 ………初めてのセックスが男とで、しっかり勃起したし、なんなら二回も出した。
 俺は焦凍が抱ける。抱けてしまう。そのことを痛感した。
 じ、と視線を感じて見てみれば、焦凍が俺が取っ払ったコンドームを見ていた。なんか気恥ずかしいのでティッシュにくるんですぐ捨てると、「もったいねぇ」とぼやいた声が耳に届いた。なんだもったいないって、阿呆か。

「良かった?」
「…ん。は」
「俺も、良かったよ」

 何せこんなことは初めてだから、話を振ってみたものの、気の利いたピロートークも思い浮かばない。そもそもセックスちゃんとできるのかってそっちで頭がいっぱいだったし。
 何か話題ないか〜と頭の中を懸命にさらう。…何も思い浮かばない。
 沈黙に耐え兼ねて、まだほんのりと赤い頬にキスをする。「口がいい…」熱い吐息と一緒に耳を掠めた声に生唾を飲み込んで、お望み通り唇に触れるだけのキスをする。
 これ以上触れ合ってるとまた妙な気分になりそうだったから、体液で色々汚れた焦凍を拭くためのタオルを用意する。「ちょっとこれ濡らしてくる」と言い置いて部屋を出ようとする俺をじっと視線が追っている。
 ぱたん、と扉を閉めて、はぁーと深く吐息し脱力する。

(なんだよ。できちゃったじゃん。勃たなかったらどうしようとか思ってたのに)

 俺はもしかしてバイってやつなんだろうか、なんて考えながら洗面所の方で熱いお湯でタオルを濡らして絞り、まずは自分の顔を拭う。セックスって全身運動でわりと汗かいた。
 鏡に映る自分をじっと見てみる。
 なんか、変な顔してんなぁ。緩んでるっていうか。初事後のせいだろうか。
 もう一度熱い湯でタオルを絞っていると、歯磨きしにやってきたんだろう、砂藤とばったり会ってしまった。できれば人とは会いたくなかった…。「お」「やぁ」ぎゅっとタオルを絞る。「まだ寝ねぇのか?」「あ。うん。そろそろ寝るよ」はは、と笑う顔が強張ってしまう。
 焦凍にはあんまり声を出さないようにって言ってはあったけど、ベッドが規則的に軋むのはもうセックスしてますって言ってるようなもんだし、防音パネルで覆ってるとはいえ、声や振動が全く他の部屋に届かないわけじゃない。もしかしたら砂藤は気付いているかもしれない……と思いながらそそそくさと洗面所を出て自室に戻ると、焦凍はまだ素っ裸だった。精液やらなんやらで汚れているから服を着なかったんだろう。「さみぃ」「はいごめん。拭くよ」涙と涎の跡が目立つきれいな顔を拭い、白い体液で汚れている体をきれいにする。無心で。何も考えないようにしながら。そうじゃないと勃つ。
 俺にされるがままのイケメンを一通りキレイにして、「気になるならシャワー浴びなよ」言いながら落ちているシャツを拾ってやると、なぜかばんざいされる。…着せろってか。
 仕方ないので頭にずぼっとTシャツを突っ込んでやると、もそもそと自分で着始めた。同じ要領でパンツと学校のジャージも着せ、手のかかる大きな子供みたいな焦凍…いや、エッチは終わったから轟。の紅白頭を撫でる。
 お互い服を着ててもなんとなく空気がいつもと違うと感じるのは、この部屋が性に満ちているせいだろうか。
 ちょっと換気しようと窓を開けると、轟が寒そうに身を竦めた。そのくせ目は眠そうにふわふわしている。

「もう寝なよ」
「ここで…」
「今日はちょっとよそう。寝れない気しかしないから」

 わりと本気トーンで断言する俺に轟の眉間に皺が寄った。が、寝れない気しかしないという部分には同意してくれたようで、渋々、本当に渋々という感じで立ち上がると腰に手をやりながら「じゃあ、寝る。おやすみ」と自分の枕を持って部屋を出て行く。
 その背中におやすみと声を投げて、部屋に一人になって、ようやく本当の意味で脱力した。
 ごろんと床に転がり、窓から吹き込む秋の冷たい風を全身に浴びる。
 はぁー。肺から腹から深く深く息を吐き出して、冷たい風を浴びても熱い気がする顔に右手をやる。

(明日からどんな顔して会えばいいんだ……)