その日も俺が用意したジェラピケの部屋着を着てるは、最初こそこれは女子が着てこそだってうるさかったけど、あったかいのか、素材が気に入ったのか、三日目の今日になると服について文句は言わなくなった。
 トーストにバターがのって溶けてる感じのイラストが入ったピンクのかわいいプルオーバーを着てデザートのプリンを食べてる。そんなを頬杖をついて眺める。
 一言で言うなら、眼福だ。
 こう、癒しオーラっていうか、癒し効果っていうか。今のにはそういうものがある。絶対ある。
 服の淡いピンクに薄い紫の髪はよく似合ってるし、左手の義手は鈍い銀色で無骨だけど、それもまた味があるというか。
 今度は着ぐるみみたいになれるやつも買ってやろうか。それも絶対かわいいし癒されると思う。主に俺が。

「……自分の食べなよ」

 いつまでも手が止まってる俺にスプーンでプリンを示すが呆れた顔をしている。
 そういや俺にもプリンがあるんだったと思い出してスプーンを握り、食いながら、ふにゃふにゃしている思考を氷で無理矢理冷やして固くする。そんなイメージをする。「今日はわりと平和だったんだが、最後に面倒なのが来たな」「ミスター・スマイリーね」「見たんだったか」「直接じゃないけど、落書きとかなら少し」の個性は便利だから、明日からスマイリー捜索のためにこき使われるだろう。だから今日は早めに寝て、明日に備えないと。
 頭では理解してたけど、シャワーを浴びて濡れた髪でかわいい服を着てるを見てると体が疼いた。左の袖が空っぽで、片手で髪を拭ってる姿を見てるとうずうずする。
 据え膳食わぬは男の恥って言うじゃねぇか。
 まぁこの場合、食われるのは俺の方なわけだが。
 かわいさに抗えずもこもこしたをぎゅうっと抱き締め、濡れた髪に左手を入れて乾かすと「ありがと」という声のあとに「さ、寝るよ」容赦なく突き放された。「眠る以外のことをしたいなら自分の部屋戻って」「…………寝る」肩を落としてもそもそベッドに入る。

(インターン中はなるべくシないって方針なのはわかってるが。そんなに冷たくしなくてもいいじゃねぇか。寂しい……)

 壁の方向いて拗ねていると、はぁ、という溜息のあとにやわらかく頭を撫でられた。「焦凍」「ん」「抱き締めてていいよ。それくらいなら許可します」「!」寝返りを打てば、布団に入ったが仕方なさそうな顔で少しだけ笑っている。
 そういう顔も好きだ、と思いながら俺より小さい体をぎゅうっと抱き締めて目を閉じると、部屋に備え付けられているシャンプーのにおいがした。「腕、痛くなっても知らないよ」「ん」お前がくれるもんなら痛みでも痺れでももらう。だから朝までこうさせてくれ。
 翌日。
 昨日まで乗り気じゃなかったくせに「ミスター・スマイリーとかいう生意気な落書き犯を総員で確保する! いいな!!」朝からうるせぇ声に顔を顰める。ほんとうるせぇ。
 緑谷が昨日とは打って変わった親父の様子に「エンデヴァー、何かあったの」と囁くから、姉さんが送って来た写真を見せて「家の壁に落書きされたらしい」とぼやく。
 が左腕の義手の状態をチェックしながら「まぁ、落書き消すのだって、業者頼むわけだし。タダじゃないし。そりゃ怒るよ」ちょっと親父を擁護してくれる。仕事に私怨持ち込んでるだけだってのに。
 そこへパトロールに出ているサイドキックの一人から連絡が入った。落書き犯を発見したらしい。
 さっそく現場へ急行するが、そこには落書きと、それを前に笑い転げる二人のサイドキックがいるだけ。「……ほんとに笑い転げるんだな」二人は普段普通に仕事をしてるプロだが、今は笑うことしかできてない。
 ってことは、犯人の個性を受けたら、も笑い転げるんだろうか。……それはちょっと興味あるな…。

「手分けして捜すぞ!」
「了解!」

 移動は普通に走るだけになるを抱えて一緒の方角に行く。
 ひっそりとした希望としては、腹抱えて笑い転げてるってものが見てみたい。「ショート」「お前は足速くないんだから、これくらいいいだろ」「いや、よくないだろ…」いいってことにしとけ。
 氷で滑って移動しながらそれらしい人物を捜して視線を左右に投げれば、道端に笑い転げている一般人を見つけた。例の落書き犯と遭遇したのかもしれない。
 笑いという痕跡を追いかけていけば、緑谷が笑いながら血を流していた。たぶん確保し損ねて壁に激突したんだろう。
 笑い転げてて喋ることもできないらしい緑谷が震える腕で指す方角からは煙が上がっている。……あれ親父じゃねぇか。アイツまでやられたのか。情けねぇ。
 緑谷の傷のぐあいが大したことはないのを確認したが「犯人あっち」と指す方向へ氷を滑らせ、今は犯人確保のために動くのを優先する。

「遠距離でいこう」
「わかった。凍らせれば終わりだ」

 爆笑しすぎて炎を噴出、コンクリートを溶かして地面に沈んでいってるという親父の馬鹿を横目にビルの壁を這い上がって上に出て視界を確保。爆豪が目を閉じて相対している派手な格好の奴を視認する。あれか。
 爆豪ならうまくやるかもと思ってたが、目を閉じての戦闘なんて、訓練でもしなきゃそう上手くいくはずもない。
 仕留めたろうと思い相手を確認しようと目を開けた瞬間犯人の個性にやられて爆笑し始めた。
 笑い転げる爆豪ってのは珍しいが、今はヒーロー活動を優先する。
 相手が爆豪に気を取られてる好きに右の氷で足を捕らえるつもりだったが、ここまで五十件の手口を重ねてる犯人だ。そう簡単に捉えられてはくれなかった。跳ねるようにして器用に避けやがる。
 だが、が言ってた通り、遠距離でなら相手の個性はこちらまで届かないようだ。このまま押せばいける。
 が笑い転げる様ってのを見てみたかったんだが、仕方ねぇ。このまま凍らせちまおうと犯人の足を捕らえてその場に留める。
 よし、確保。色々と被害は出たがこれでおしまいだ。

「こちらショート。落書き犯を確保した」

 まだ犯人にヤられてないはずのバーニンに向けて携帯で連絡をして、相手が何か放ったのが見えた。反射で構えるより先にの個性でコンクリートの地面が伸び上がってその何かを叩き落とす。
 その、何か。たぶん機械。が、犯人の顔を映し出すと同時に、急に笑いが込み上げてきて手のひらで口を塞ぐ。
 何もおかしくない。おかしなことは一つもない。ないのに。腹がよじれそうになるくらいの笑い。が。
 口を押さえるだけじゃ足りなくて腹を押さえて蹲るが、それでもおかしいもんはおかしい。
 いや、何もおかしくないはずなんだが。なんでこんな。
 これが奴の個性か。腹がよじれそうで、大声で笑ってしまいそうで、下手に動けない。

「なるほど……ッ」

 の声に、なんとか視線を隣にずらすと、苦しそうに腹に手をやりながらも立っている。俺みたいに崩れてもいないし爆豪みたいに笑い転げてもいない。「これは、普通の個性だと確かに。相性悪いな」ぼやくように言って俺の背中を撫でると「追いかけるよ」と言い置いて一人で走り出す。
 その背中を追いかけたかったが、俺は笑いを堪えるのに必死で、立ち上がることはおろか、手を伸ばすこともできなかった。