その顔を見るとなぜか笑いが込み上げてきて止まらなくなる。そういう個性の持ち主の込み上げる笑いを自分の個性『神経』を総動員して押さえ込むことに成功はしたものの、そのために結構に消耗してしまった俺は、あんまり動けず、笑い転げているバーニンたちに遭遇した辺りで走ることができなくなってしまった。
 新しく描かれた落書きが、座り込んだ俺と、笑い転げる三人のサイドキックを見下ろしている。

(はー、なんだこれ。ムリ)

 個性で律してるからなんとか笑わずに済んでるけど、これがあと二時間も続くと思うと、気が遠くなる………。
 そんなわけで、ヒーローによるミスター・スマイリーの捕縛は失敗に終わった。
 二時間後。
 個性を使いすぎて熱が出てしまった俺は、冷えピタを装着。焦凍の右手と言わず右半身使って冷やしてもらいながら、なんとかソファに座っていた。「大丈夫か」「あー、むりぃ」「そうか。もっと冷やそう」それで右半身をぴったりくっつけてくる焦凍である。冷やすためだからって寄りすぎ。
 爆笑させられたことにキレてるエンデヴァーと爆豪、世間に醜態をさらしたと肩を落としているバーニンたちに、真面目に考えてる緑谷に、爆笑させられたくせに涼しい顔してる焦凍と、個性の使い過ぎでパンク気味の俺。
 ここにいる全員がミスター・スマイリーの個性の強力さを身をもって思い知った。

「機械の映像でも、個性の効果があったってことは。テレビとか、映った場合、お茶の間が爆笑に溢れることになるなぁ…」
「そうだな。大変なことになる」

 それでそれで素敵なのかもしれないけど、笑いたくもないのに二時間も笑い続けなきゃならないってのはやっぱり大事だ。放ってはおけない。
 でも、じゃあ、どうするのか、が問題だ。
 基本的には遠距離で攻撃して確保できるのが一番だけど、ここにいるメンバーだと『炎』や『氷』といった、街中では大っぴらには使えない攻撃的な個性になってしまう。
 エンデヴァーや焦凍の個性に頼らない場合、次に動けるのは俺ってことになるんだけど。
 今現在パンク気味。次に個性を使ったら完全にパンクしちゃうから、できれば使いたくはないのが本音だ。
 焦凍の右手に冷やしてもらいながらソファでぐったりしていると、緑谷がいいことを思いついたと雄英に連絡を入れ始めた。なんでも、サポート科にならミスター・スマイリーの個性に対抗できる発明があるんじゃないかとかなんとか。

「大丈夫か」
「なんとか……冷たいの気持ちぃ………」

 焦凍の右側が冷え冷えで気持ちがいい。それだけ俺の熱が上がってるんだろうけど。
 気持ちいいなぁ人間保冷、なんて思いながら目を閉じてうつらうつらしていると、また連絡が入った。ミスター・スマイリーが発見されたらしい。今度は商業施設の壁。他に民間人もいる場所。エンデヴァーや焦凍の個性は使えない。
 けど、今回作戦を考えてくれた緑谷は、雄英のサポート科でも屈指の変態、じゃなくて、発明家、発目とパワーローダー先生からメカを借りたらしい。「これならいけるよ!」と爆豪を捕縛して得意げな顔をしてるように見える機械に拳を握っている。何してんだ爆豪……。
 いや、でもまぁ確かに、機械は笑わないし。これは案外と有効打になるかもしれないぞ。
 熱のある俺は今回は休んでいろと言われたけど、エンデヴァーに抗議した。
 確かに俺の体調はよくないけど、ここで捕らえてしまいたい。それには念には念を、機械がダメだったときは俺が、と訴えると、かなり渋々だけど個性の使用を許可された。よおし。
 なんとか自力で立ってフラつきながらも緑谷たちについていく。隣には当然のように焦凍。

「休んでろって。俺たちでやれる」
「そうとも、限らないだろ」

 あの個性、まだ未知数だし。
 辛いな、寝たいな、と思いながら現場について、ミスター・スマイリーがノリノリで壁にオールマイトの落書きをしているのを視認。奴はまだこっちに気付いてない。
 どん、と木に肩をぶつけて体重を預けて目を閉じる。
 とにかく直接見ない。辛いけど、個性で認識する。
 まずは緑谷の案だったロボットで捕縛作戦を開始。「頼むよ、ロボットくん…!」緑谷の声を聞きながら冷たさを感じて薄目を開けると、焦凍が隣に立って俺のことを冷やしていた。今はいいのに。
 ミスター・スマイリーの個性は効かないだろうと思われていた機械だったけど、捕縛用ネットの射程距離まで近づく前に相手に気付かれ、あの個性を喰らってしまった。さらに言えば、ショートして動きを止めてしまった。どうやら奴の個性は機械にも有効らしい。マジか。
 ロボットと同時くらいに相手に突っ込んでいた爆豪も例の笑顔を喰らって、爆破のバランスを失って回転しながら墜落。すかさず目を閉じた緑谷が突っ込んだけど、ミスター・スマイリーの「キャータスケテー!」という嘘の悲鳴に思わず目を開けてしまってアウト。で、その緑谷に気を取られた焦凍も最初のときと同じ、機械の映像を通して笑顔を見てしまってアウト。
 あっという間に残ったのは俺だけになってしまった。目を閉じててよかった。
 っていうか焦凍。笑いを堪えるために俺に縋りつくな。ただでさえ動けないのにもっと動けない。

「お前の個性は俺には効かない」
「ほほう」

 笑いを堪えるのに必死な焦凍を引き剥がし、木の幹に預けていた体重を両足で支えて立つ。
 相手が俺に注視している間がチャンスだ。集中して、奴の足元を狙うんだ。
 いや待て、動きを止めても笑顔を喰らって笑かされて、こっちの個性を解除されちゃ意味がない。顔を。塞ぐ。何か…。どうやって。そこまで細かい芸当、今の状態でできるかな。
 じゃあ箱を作って囲うか? とにかく奴を閉じ込めるとか。それはそれで移送のときにまた同じ問題が発生するんじゃないか。
 どうする。どうする。

(頭が、ぼうっとしてきたな……)

 とにかく、動きを止めよう。逃げられないように。それから、どうにかして、顔を。
 個性越しに把握してるミスター・スマイリーの足元を汚泥に変化させて一瞬で膝まで沈め、元の素材に戻す。「これはっ?」相手が驚いて油断している間がチャンスだ。次の一手を。
 オールマイトの落書きがされている壁を一部溶かして流動化させ、奴の視界を奪う。
 口と鼻は呼吸の関係もあって繊細だ。今はできる自信がないけど、鼻から上の視界を奪うことなら。これで足元も固めたし、相手も安易には動けないハズ。
 ほっとして気が抜けたんだろう、個性で把握していた地形と映像がブレて途切れた。「はぁ…」木の幹伝いにずるずると座り込んで瞼の裏の赤黒い闇から薄目を開けて、

「あ」

 すっかり、焦凍を笑わせた映像投影の機械のことを忘れてた。
 ずっと俺に向けて投影されてたんだろう、ミスター・スマイリーの笑顔を見た瞬間、笑いたくもないのに、なんかおかしくて、口の端が歪んだ。
 もう自分を個性で律するだけの力も残ってなくて、芝生の上に仰向けに寝転がって、とにかく笑う。
 こんなに笑ったことはたぶん人生で一度もないってくらいに。おかげで奴を捕らえてた個性も解けてしまった。左腕も力をなくしてぶら下がるだけの玩具になる。
 笑いすぎて苦しいな、と思いながら横に転がった焦凍を見れば、笑ってた。もう笑うのを我慢することも疲れたんだろう。

(なんだ。思い切り笑ったら、結構幼い笑い方するんだな。いつもイケメンクールだからちょっと心配してたけど、いらない心配だった)

 二人して腹を抱えて笑って、二時間そのまま。
 つまり、捕縛作戦はまた失敗した。