腹を押さえて笑い続けているを、同じく笑いながら眺め続けて、二時間。
 プツッと糸が切れたみたいに笑いが治まって、二度も喰らってしまった、と思いながら笑いすぎて引きつる腹を押さえて起き上がる。「、大丈夫か」喉も枯れてる。声がカスカスだ。
 俺に続けてピタッと笑うのをやめたが嫌に静かで、右手を伸ばして額に当てれば、かなり熱かった。せっかく少し下がったのに熱が上がってる。だから言ったじゃねぇか、待ってろって。
 苦しそうに息をしてるを抱え上げ、壊れたロボットの回収をしている緑谷、イラつきまくっている爆豪と合流する。
 緑谷はまた壁に激突して血が出てたけど、大したことはないみたいだった。自分のことを棚に上げて浅い呼吸を繰り返すの心配をしている。

「うわ、ナーヴ大丈夫? 顔が赤いよ」
「駄目だな。意識ねぇ。熱も上がってる。俺、先に戻ってるな」
「うん、ここは任せて」

 オールマイトの落書き(結構よく描けてると思う)を尻目に現場を抜けてタクシーを拾ってエンデヴァーの事務所に戻り、報告の前にを部屋に運び込んで、楽な格好にしようとスーツを脱がして、今はぶら下がってるだけの義手を慎重に取り外し、部屋着を着せる。これで少しは息苦しくないだろ。
 冷蔵庫に常備されてる冷えピタを額に貼りつけ、笑いすぎて喉渇いてるだろうと思って、口に含んだポカリを口移しで何口か飲ませる。
 こくり、と動いた喉仏をじっと見つめていたところからぶんぶん頭を振る。今はそういう場合じゃねぇ。
 あと何かできることはないかと考え、やっぱり俺が冷やした方がいいよなと隣に転がって右側でできる限り冷やしていると、笑い続けて疲れたせいか、眠くなってきた。
 親父に報告にいかねぇと。またうるさく言われる……。
「焦凍!」
「、」
 はっとして跳ね起きると、部屋の入り口に親父が立っていた。どうやら気付かないうちに寝落ちてたらしい。「いつまでも報告に来ないと思っていたら、何をしている」「わりぃ。がダウンしたから冷やしてた」少しはマシになったろうかとぬるい冷えピタを取って右手を当てる。まだ全然熱いな。
 冷蔵庫から新しい冷えピタを出して貼ってやりながら、手短に、俺が把握してる限りの現場のことを報告する。
 一番最後まで笑わなかったのはだから、の情報が一番正しいんだが。今喋れる状態じゃないしな。
 親父は苦い顔をしてのことを眺めたあと「その状態では動けずとも仕方がない。引き続きお前が冷やせ」「…! わかった」こくっと頷き、右側の体温を下げてを冷やす。
 親父も個性を使いすぎれば体に熱がこもる。熱で魘されるというのがどういうことかわかるからこそ気遣ったんだろう。
 少しはよくなった呼吸を繰り返す薄い胸に手を当てる。

「俺、カッコわりぃな……」

 さっきの出動。行くだけ行っただけで、俺は何もできなかった。氷を出す暇もなかった。を守ることだってできてない。俺は、何も、できてない。
 だから、せめて全力でお前の熱を取ろう。 
 部屋をガンガンに冷やして、体が冷えすぎないよう布団をかけて、自分のことそっちのけで右の個性での熱を取り続ける。
 そうやって何時間かを過ごし、やっと平熱になったにほっとした頃、今度は俺の限界がきた。冷やし過ぎたせいで体の右側に霜がおりて凍ってる。
 せっかく平熱に戻ったんだ。のことはこのままにしておきたい。
 凍って動きにくい体でそばを離れ、ギシギシと軋む右側に、左の炎を意識して体温を上げる。
 平熱。平熱をイメージして、体温を。
 いつもならできるのに、今日はうまくいかない。この数時間冷やすことにしか体を使ってなかったせいか、左の。個性が。「くそ」ぼやきながら左手から炎を出そうとするが出なかった。体が言うことをきかない。
 落ち着け。思い出せ。最近は鬱陶しいくらい左の個性を使ってきたじゃないか。

(イメージしろ。炎を)

 自分の左側で炎が燃えているイメージをしているはずが、目の前に白い煙を上げるやかんがあって、その熱湯が、頭上から、降ってくる。嫌な音を立てて俺の顔の左側を爛れさせる。「やめろ」違う。同じように熱さはあるかもしれない。だけど違う。今はそんなこと思い出してるときじゃない。
 なんでだ。なんで今こんな。
 目の前に透明な色の煮え湯が降ってきて、じゅわぁ、と肉が焼けるような音を聞いた気がして壁に右腕を叩きつける。

(やめろ。やめろ。やめろ)

 炎のイメージが余計にぐちゃぐちゃになって、右の氷は溶けるどころかさらに俺を覆ってきている。
 はやく。ほのおを。ださないと。はやく。

「しょーと」
「、」

 ぎこちない動きで振り返ると、さっき俺が腕を叩きつけたことで目が覚めたらしいが起きていた。「おまえ、それ」「わり……なんか、うまく。できなくて」左手を右手に添えるが氷が溶けない。体温を上げられない。
 ゆっくり起き上がったが身震いしてリモコンで部屋の温度を上げ、布団を引きずるようにしながら俺のそばにやって来て、冷てぇのに、布団と一緒に俺を抱き締めた。「俺くらいの温度に調節」「…ん……」「目を閉じて。俺だけを感じて。集中」「ん」言われるままに目を閉じる。俺の手に重なった手と同じ温度を意識する。
 エアコンのぬるい風との体温だけを感じる部屋で、じっとその温度に意識を研ぎ澄ませていると、パキ、と音を立てて右の腕を覆っていた氷が落ちた。
 少しずつ左を使うということを体が思い出してきて、を冷やしちゃならないと、同じ温度になろうと、体温を上げていく。

「らしくない」
「……うるせ」
「責めてない。俺はどうせ倒れて迷惑かけたんだろうし、俺の方がかっこ悪いよ」
「そんなことねぇ。さっき、俺、何もできなかった。俺の方がかっこ悪い」
「あー。それ気にしてるのか。……じゃあさ、ここだけの話なんだけど」

 さっきね、お前の笑った顔が見れて嬉しかったよ。
 耳元でそんなことを甘い声で囁かれて一気に体温が上がった。なんなら火も出た。「あちっ」距離を取ったに、ようやく左側から出た炎を消す。
 体の右側を覆ってた氷がパキンパキンと音を立てては落ちて、あるいは熱で溶けて消えていく。
 ……今俺はどんな顔してんだろう。自分じゃもうよくわからない。ようやく体温調節できたと思ったのに、ぐちゃぐちゃだ。
 お前の言葉で簡単に火が出た。顔が熱いと思った。お前は簡単に俺を動かす。
 ぼふ、とベッドに腰かけ直したが笑って腕を広げて「おいで」なんて言うから、その腕に飛び込んでぎゅうっと抱き締める。
 ふわふわの肌触りのいい部屋着っていいな。癒される。「これ着た俺のこと好きだね」「ん。別に、これじゃなくても好きだ」「はいはい」右手がさらさらと髪を撫でる感覚が心地いい。

「キスしてくれ。ここがいい」

 ついさっき嫌なことを思い出したのを消したくて、顔の左側を指すと、は躊躇うでもなくキスしてくれた。ちゅ、ちゅ、とリップ音を立てながら、キスだけでいいのに、生暖かい舌が肌触りのよくない痕をなぞる。
 何も言わずに甘やかしてくれるを抱き締めたまま、胸の奥深くから息を吐き出す。
 ……今日は疲れた。お前も俺も個性を使いすぎた。
 ミスター・スマイリーが今どうなってんのかも気になるけど、今日はこれ以上動けそうにない。
 だから、このまま甘えていよう。さっきの嫌な光景を忘れるまで、お前の唇と舌のぬくみだけを感じていよう。