この世界でも緑谷と幼馴染だったらしい爆豪を仲間に引き入れた夜。 個性を使ったことで調子が悪くなったの額を右手で冷やしながら、手際よく野営の準備をしていく爆豪を視線だけで追う。 そういや、爆豪。登山が趣味だったっけ。雪山キャンプで緑谷がそんなこと言ってた気がする。 この世界に登山ってものが趣味であるかはわからないが、人里から離れてあんな場所に住んでたくらいだ。野営の方は爆豪の方が詳しいだろう。 本当ならこういうことはがするって話になってはいたんだが、今は病人だから、みんなが手分けして焚き木の用意や料理や寝床の準備をしていく。そこにを責める声はない。 かつてのクラスメイト。みんなそのままだ。だからそうだろうとは思ってるが、を責める目も声もなくてよかった。 「いやぁ、爆豪くんの住んでた山はあっつかったねぇ。よくあんなとこに住んでたねぇ」 「いい修行になンだろが」 「限度ってものがあるよ……」 「そうだな。今日は水浴びをして汗を流した方がいいだろう」 「さっきあっちに湖を見つけたから、交代で浴びよっか」 そんな言葉が交わされる中、俺の太腿に頬を擦りつけて薄目を開けたを覗き込む。「大丈夫か」「み、ず」「ん」腰から提げてるボトルを渡すと、口の端からこぼしながらコクリコクリと飲んでいく。 顔を伝って首筋まで落ちていく水の雫を眺めていると変な気分になりそうで、野営の準備をしているみんなへと視線を逃がす。 「ごめん。仕事……」 「病人に鞭打つひでぇ奴はいねぇ。しっかり休め。そんで明日元気になれ。仕事っつうなら、今はそれがお前の仕事だ」 「うん………」 ふらふらしてる手からボトルを受け取って腰につけ直して、ぼやっとした顔をしてるの額を撫でる。 痛みや熱でぼうっとしてるその顔にごくりと生唾を飲み込んで、エロいな、とか思ってる自分を心の内で殴りつける。 は今苦しんでるんだ。エロいとか思うな。 (個性の使用の反動が。以前を引き継いでる……) きっと本人曰く、少し使っただけ、って意識のはずだ。それでもこうなる。それは個性を使い慣れていないからか。それとも。最後の方のの個性の状態を、無理矢理使って潰してしまった個性因子を引き継いでいるからなのか。 ………あの頃を。あの、最期を。 暗い思考に頭が埋まりかけたとき、ナーヴがふんふんと鼻を鳴らしてアピールしてきた。スルーしててもうるさくアピールしてくるから、仕方なくを抱き上げて持って行くと、足をたたんで地面に横たわった。……自分がベッドになるって言いたいのか。 賢い愛馬に感謝しながらを下ろし、俺の硬い腿よりはクッション性のあるだろうナーヴの腹にの背を預ける。 ぶるん、と鼻を鳴らして得意げな顔をしているナーヴに右手で作った氷をやると、ガリゴリと噛み砕いていく。 ……のヒーロー名だったナーヴって名付けたのは、少しでもこの世界にの跡が欲しかったからだ。 幼い頃。のことが見つけられなくて気が狂いそうだったとき、白馬のことをナーヴと呼ぶと少しだけ安心できた。 付き合わせた馬には悪いが、今目の前には『ナーヴ』と『』が揃っている。そのことにすごく安心する。 一頭と一人が寝ている様を眺めてそっと立ち上がり、夕食の準備をしている麗日のもとへ行く。「手伝う」「轟くん、包丁握ったことは?」あー。こっちの世界では、「ねぇな」「うーん」苦笑いされてしまった。じゃあ違う仕事、と思ったが、焚き火の薪は緑谷が準備してしまったし、寝床は爆豪がやっちまってるし、飯田は木の上から周囲の警戒をしている。……俺にやれそうなことがない。 どうせやることがないならと布を張る簡単なテントを作ってる爆豪の元へ行くと舌打ちされた。相変わらずだな。 「あンだよ」 「お前もあるんだな。前世の記憶」 他の奴には聞こえないように声のトーンを落としてぼやくようにそうこぼすと、太い木の枝と布、紐を組み合わせて器用にテントを作り上げた爆豪が鼻で息を吐いた。「チート野郎にヤられた。そうだろ」「……ああ」「相当にムカついたからな。忘れたくても忘れられンわ、あんなん」あんなん、か。 ……の最期。自分のすべてを懸けて届かなかった手。 愛してる、と笑って心臓と脳を止めた血だらけの顔をまだ憶えている。 ぐっと握り締めた拳は震えていた。 爆豪は淡々と二つ目のテントを作り上げ、三つ目に取り掛かっている。 「あンときは最悪だったな。暴走しやがって、逃げるのに一苦労だった」 「……わりぃ」 「ま、そのおかげでテメェの個性は盗られなかったわけだ」 ぼやいた爆豪の手のひらで火花が爆ぜる。「お前は、なんで」俺は奴に個性を盗られる前に死んだ。が死んだことに我を失って、周囲を見境なく巻き込んだ、自暴自棄になっての自殺だった。 爆豪はつまらなそうな顔で「逃げたに決まっとンだろ。奴に個性を渡すよりはマシだって言い聞かせながら、生き恥晒した。その結果が今だ」……そうか。だから個性が残ってるのか。 見たところ、緑谷と飯田には個性はない。 麗日はここでは魔法使いってくくりで無重力を操り、炎による攻撃もしてみせるから、最後のあの戦いのとき、逃げ延びたんだろうと思う。爆豪曰く生き恥を晒して。 手早く三つ目のテントを作り上げた爆豪は、俺の知ってる爆豪よりも落ち着いている。と思う。 ………爆豪は偉い。目の前で希望が潰されても、俺みたいに投げやりにならなかった。逃げることは恥だと思いながらも生き延びた。 俺は。逃げたのに。のいない世界ならもういらないって全部投げ出して逃げたのに。 麗日と調理を手伝った緑谷が作ったサンドイッチ、スープの夕食をすませ、の分を持ってナーヴのところへ行く。 調理で出た野菜のクズを大人しく片付けてくれてるナーヴの首を撫でてからの肩を揺らす。寝てるとこ悪いが、食った方がいい。「ぅ」ぱち、と目を開けたの薄い色の瞳が俺を見上げる。その瞳に認められる。俺を見て、俺を捉える。そのことに心がほっと息を吐く。 生きている。そう安心する。 「飯。食った方がいい」 「ん……」 サンドイッチを手にもそもそ食事を始めたの額に手を置く。まだ熱いが、少し下がったか。よかった。 焚き火の方ではみんなが今後の進路についてを地図を広げて話し合っているが、俺はその決定に従う方針であの場には参加していない。の調子の方が気になるし。 ゆっくりサンドイッチを平らげたがスープをすすって、ちら、と俺を見上げた。何かを窺うような目だ。「どうかしたか」首を捻った俺に、の目がみんなの方を一瞥する。 「爆豪と、仲がいい」 「……? 俺か?」 「うん」 もしかして、さっき話してるところを見てたのか。声量には気をつけてたから話の中身は聞こえてないはずだが。 別に仲がいいわけじゃない。ただ、お互いに苦いままで終わった人には言えない前世の記憶という繋がりがあるだけで……なんてことは言えない。 何も知らないにとっては『今日出会ったばっかりの奴と俺が仲良く話している』ように見えている、のか。 ずず、とスープをすすってそれ以上何も言おうとしないの纏う空気がどことなく重い。 それで、黙ってスープを空にしたが怨めしそうに俺のことを睨み上げてくる。「……?」爆豪とは少し話をしてただけのつもりだが、そんなに気に障ったんだろうか。 「俺は、お前のもの、なんだろ」 「そうだな」 「じゃあ、そういう焦凍は。誰のものなんだ」 「? のだ」 なんでそんなこと訊くんだ、と眉を顰めれば、まだ熱のある額に両の拳を押しつけたが深く息を吐く。 「俺はさ。お前に拾われるまで、人間らしい暮らしをしたこともないし、人間らしい感情も抱いてこなかった。………だから、これがなんなのか、うまく言えないけど」 表情を隠してた手をどけたは、なんていうか、むくれていた。頬を膨らませて唇を尖らせて、まるで子供みたいだ。 「あんまり、俺以外と仲良くしないで、ほしい」 ………つまり。それって。嫉妬か。 爆豪と話してる俺に嫉妬したのか。 なんだそれ。かわいいか。 まだ熱のあって熱い体をぎゅっと抱き締めて、熱い首筋を舐め上げる。汗でしょっぱい。「しょ、と」「安心しろ。俺はお前以外にそこまで興味ねぇよ」から分泌されるものだったらなんだって食べたい。精液だろうが汗だろうがなんだって。 今までは俺からばっかりだったけど、は俺に嫉妬してくれるようになったんだな。嬉しい。 ああ、すげぇ嬉しい。 欲を抱くことを許されない、抱くのは苦しいだけっていう生活をしていたが、俺のことを求めている。他の人間と仲良くするな、なんて欲を抱いてる。 (嬉しい) 視界が滲んでぐにゃりと歪むくらいに嬉しい。「もっと求めてくれ」汗で白い髪がくっついている頬に頬をすり寄せる。「わがまま言ってくれ。嬉しいから」「……物好き」「ああ」今更だ。俺はお前のことが好きで、好きで、すげぇ好きで、それで生きてるような人間だ。お前の一挙手一投足が嬉しいんだ。それが俺に関してのことであればなおさら。 だから、もっと求めてほしい。もっと気持ちを吐露してほしい。 俺は、血にまみれて動かなくなったお前じゃなくて。笑って泣いて怒って生きる、そういうお前が見たいんだ。 |