あっという間に十一月も下旬に入った。
 つまり、もう冬間近である。
 雄英高校や寮の周辺の草木は青々とした色からどこか陰った枯れ葉色へと移り変わり、朝晩だけでなく吹く風は肌寒い。
 鉄は極端に暑いのも寒いのも強くない。発目はそういうのに強い素材を使って改良をしてくれたけど、それでも冬は義手がちょっと動かしにくいことに変わりはないし、生身の腕との義手の接地面が冷たいことも変わらない。
 夏は夏で嫌だけど、冬は義手的な意味で苦手だ。
 機械の腕ってことで寮の調理番やら水を使う掃除やらを免除されている俺は、掃除機がけとかゴミ出しとか、水を使わなくてできそうな仕事を引き受けている。明日はゴミの日だから仕事をしないと。
 この腕は電気を使って動いてるわけじゃないから、厳密には水に浸かるくらいは大丈夫なんだけど『鉄に水が良いか』と訊かれると否だ。浸からないに越したことはない。

「ゴミ回収行くよ〜部屋の前に出しといて〜〜」

 共有スペースに集まる面子に声をかけつつ、女子寮、男子寮、扉横に出ているゴミは回収し、出てない部屋は扉をノック。中にいたら出してもらうし、そうじゃない場合はごめんだけどスルー。
 明日のゴミをなぜ今日集めるかといえば、朝は食事から学校の準備まで忙しいからだ。片腕がないから人より行動に若干の時間がかかる俺には、朝のゴミ出しは生ごみ以外は前日にすませてしまいたのである。
 すっかり慣れた作業をこなし、ゴミ袋をがっさがっさ言わせながら階段で一階まで降りると、見知らぬ大人が四人いた。見覚えはあるんだけど誰だっけ。
 寄ってきた轟が自然な動作で俺の手からゴミ袋を半分さらうというナチュラルにイケメンなことをしてくる。「ね、誰だっけ?」「合宿んとき世話になったヒーローだよ。プッシーキャッツ。復帰するらしい」「あー」合宿っていうのは夏のあの事件のことだろう。ニュースで見た顔だったか。
 俺は夏の合宿のときはヒーロー科在籍じゃなかったし、外でデートしてるときに事件が起こった。そのときの話を誰かに聞いたことはないし、俺にはあんまり関係ない人たちだ。
 でも、そうか。復帰か。
 オールマイトが引退してからヴィランによる犯罪は多くなっているし、ヒーローが復帰するのは素直に嬉しい話だ。
 ぺこっと頭を下げて大人たちの隣を抜けて寮の裏、ゴミ捨て場を目指す。
 二十一人分のゴミはなかなかの量で、轟が手伝ってくれて助かった。「あんがと」「ん」隙あらばキスしてくる轟を右腕で突っぱねるのにも慣れたし、その腕を掴んで引き寄せてくる轟にも慣れた。「お前さぁ…」俺の肩に顎を乗っけたかと思えば首を舐めてくる舌がこそばゆいったらない。

「なぁ、シたい」

 掠れた声と吐息が首にかかって、背筋がぞわっとした。
 お前は隙あらばさぁ……。少しは節操という言葉を知るといい。
 しかし、俺も男の子なわけで。シたいって言われてシたくないって返せるほど大人じゃない。男子高校生たるもの、性欲ってのは恐ろしいほどに元気なのである。
 ジョギングその他が実り体力がついてきたこともあって、放課後セックスも問題なくなってしまってる。断る理由が見つからない。
 ゴミ捨て場から引き返し、プッシーキャッツなる面々とすれ違ったのでぺこっと頭を下げて寮に戻る。「おけーりー、ゴミ捨てサンキュ!」片手を挙げた切島に片手を挙げて返して「プッシーキャッツもう帰るって?」「B組にも挨拶に行くんだってさ」「そっか」ぐいぐい背中を押してくる轟の顔がすごい。いつまで喋ってんださっさと部屋行くぞって顔で言ってる。イケメンが台無しだ。
 下半期のヒーロービルボードチャートJPがどうなるかで盛り上がっている共有スペースを後にして五階の俺の部屋に戻る、と同時にバンと勢いよく扉を閉めて鍵をかけた轟の、目が、据わってる。

「ちょっと待った。準備」
「した」
「え、自分で?」
「した」

 ソウデスカ。あらかじめ準備してまで俺とシたかったと。
 轟って天然のくせに淫乱だったりするんだろうか。イケメンで天然で淫乱て。盛りすぎ。
 ベッドから布団を落とし、そのために買った防水シーツを普通のシーツの上に広げて、左腕を外す。性で感覚が狂って万が一轟を傷つけたりしないようにという俺なりの配慮だ。
 我を忘れるほど溺れるつもりは今のところないけど、片腕だと色々不便ではあるんだけど、念のためね。
 いつまでも突っ立ってる轟に首を捻って、ああ、と思う。「焦凍」おいで、と右手を差し出す。俺よりもゴツくて大きい手をしてるくせに、壊れ物を扱うみたいに優しく俺を撫でる指がいつまでたってもこそばゆい。
 お前より華奢だし片腕ないけど、女の子じゃないんだから、もうちょっと乱暴にしたっていいのに。
 相変わらず男二人じゃ狭いことこの上ないシングルサイズのベッドに転がり、ぎいぎいと悲鳴を上げるスプリングを背にカーディガンを落とした焦凍を見上げる。さらさら揺れる紅白の髪に上気した頬が見え隠れしている。
 最初こそ、男なのにケツ弄られるとか、羞恥心とかあったんだと思うけど。今じゃもう自分で準備してくるくらいには後ろを犯される感覚に飢えている。優しく犯してきたかいがあるってものだ。
 快感に飢えて緩んだ両目が俺を捉え、、と名前を呼ばれる。
 憶えている限り、俺のことを感情を込めた声で呼んだことのある人間は両親くらいで、呼ばれている回数で言えば、もう焦凍の方が多いかもしれない。「」降ってくるキスに応えながら、疼いてるのか腰っていうより股を擦りつけてくる体に片目を瞑る。
 エロいのは結構だけど、焦凍、やっぱ重いな。いつか焦凍に下敷きにされても気にならない日が来るんだろうか。そんなことを考えながら筋肉が立派な体に右手を這わせ、上の口は俺の口で、下の口には爪までキレイにするようになった右の指を埋めていく。
 初めての夜から何度も試行回数を重ねて、俺のを根本まで全部咥え込むまでになった焦凍の腹に手を置く。「苦しい?」「すこ、し」「ゆっくりする?」「いい。好きにして、いい」上気した顔と潤んだ瞳でそんなことを言われると俺の理性ってものが脆く危うくなる。
 焦凍がそうしていいって言うから、男子高校生らしく、無茶苦茶なセックスをする。



 快楽の熱で潤んだ瞳から涙が落ちていく。
 苦しさと気持ちよさと生理的なものも手伝って、セックスのとき、焦凍はいつも泣く。
 だらしなく開いた口からこぼれた唾液に、右しかない手をついて顔を寄せ、こぼれていく唾液を舌で舐め取る。
 全部、俺しか知らない轟焦凍だ。他の誰も知らない。これは俺だけの。
 そういうセックスを何度もしてしまっておいて今更だとは思うものの、俺は、轟家……さらに言うならばエンデヴァーについてあまり知らない、ということをテレビを見ていて気付いた。
 緑谷が録画したヒーロビルボードチャートJPを借りて部屋で長し見した感じ『気難しそう』『短気そう』『厳しそう』とか、そういったイメージ通りではあったけど。でも、それだけでもない。かも。
 エンデヴァーはトーク番組の類には出ないし、あの強面の顔と鍛えた体からくる威圧感だけがイメージとしてついてて、それだけしか知らない赤の他人、だったけど。もしかしたらあの人が義理の父親になるかもしれない未来があるわけで。
 もし。仮にだよ。
 俺が本当に轟家に養子入りするようなことになったら、それが現実になる。
 多くは語らず『俺を見ていてくれ』と言うエンデヴァーの顔を眺め、もう一回最初からにして再生していると、後ろで俺のことを抱き締めた姿勢で若干不機嫌な轟が「もういいだろ」と再生を止めた。「えー」「親父についてなら俺に訊けばいい」「そりゃそうだけどさ。お前、あんま話したがらないし」不機嫌な轟はテレビ相手にわかりやすく嫉妬しているのだ。まったくもー。
 かわいい奴だなぁと紅白色の髪を撫でていると、それだけで少し機嫌が持ち直す。そういうところもかわいい奴だと思う。
 流れでキスもしてしまい、部屋の空気が甘くなりかけたところにドンドンと激しくドアが叩かれた。
 慌てて轟の腕から抜け出して「はーい」と出ると、我がクラスの担任である相澤先生がいた。何か慌てた様子だ。それで言うことは「ここにいたか轟。テレビを見ろ」俺からリモコンを取り上げていた轟がテレビのチャンネルを変えると、エンデヴァーが映っていた。今まで見ていたビルボードチャートじゃない。生中継の。
 画面に映っているのは、パニック状態になっている人々。被害を受けた街の様子。敵と戦っているエンデヴァー。
 どうやら何かがあったらしい。

「どういう状況ですか、これ」
「脳無が現れたようだ。エンデヴァーとホークスが主体となって応戦している」

 眩しいくらいの炎でエンデヴァーが敵を燃やし尽くそうとしている、その様子をじっと見つめていると、轟が寄ってきた。傷を負いながらも敵を倒そうと立ち上がるエンデヴァーを見てなんともいえない顔をして唇を噛んでいる。
 先生がいる手前、抱き締めるような真似はできないけど。手を握るくらいならと、俺より大きな左手をやんわり握る。
 ……どれだけ憎くても、好きじゃなくても、血の繋がった家族。父親だ。その事実は簡単には断ち切れない。
 俺は断ち切られてしまったな、と足元に視線を落とすと、血の赤が見えた。そこに浸かっている自分。父、母。
 その錆色を瞬きの数度で追い払い、現実の今に意識を引き戻す。
 俺たちが見ている前で、エンデヴァーは敵を空へと運び、そこで眩しいくらいの灼熱となった。
 現ナンバーワンは、手こずったものの、敵を燃やし倒し、スタンディングで右手を上げていた。
 オールマイトとは違う勝利のスタンディングポーズ。ギリギリではあるが勝ちだ。
 ほぅ、と息を吐いた轟が俺の肩に額を押し付けてくる。ギリギリの勝ち。それでも勝ちは勝ち。
 連合の荼毘って奴が出てきたときはどうなることかと思ったけど、駆けつけたミルコに劣勢だと判断したらしく、相手は大人しく去って行った。
 今度こそ勝利だ。
 わぁ、と盛り上がるテレビを前に一つ息を吐いて、しゃがみ込んだ轟に合わせて膝をつく。

「なんか飲む?」
「ん…」

 緩く握っていた手を離して電気ポットに水を入れスイッチをオンにする。それから先生に顔を向けて「先生も、飲んでいきます?」首を捻ると緩く頭を振られた。「俺はいい。轟、平気だな」呼ばれた轟はのろりと顔を上げた。若干顔色が悪いものの大丈夫そうだ。「はい。大丈夫です」「エンデヴァーの容態についてはまたあとで知らせる」じゃあな、と扉を閉めた先生に傾げていた首を戻す。生徒の親、プロヒーローが大怪我したとなれば、先生も忙しいのか。大変だな。
 沸いたお湯で日本茶を淹れて湯飲みを持っていくと、テレビ中継を眺めていた轟がのろりとした動作で受け取った。「大丈夫か」しゃがみ込んで視線を合わせた俺に、お茶を一口すすった焦凍が浅く頷いて「冷静だな」と言う。その顔はまだ少し青い。
 冷静というのが俺のことを言っていると気付いて、そうかな、と首を捻ってテレビに視線を戻す。倒れたエンデヴァーのもとに救急車が駆けつけている。

(驚きはしたけど、そうだな。そうかも)

 俺は経験している。もっと酷い阿鼻叫喚。耳を塞ぎたくなるような絶叫を。血の赤を。肉親が目の前で切り刻まれるあの地獄を。
 それと比べればどうということもない。そんなふうにどこかで思っていたのかもしれない。
 もしかしたら俺の義理の父になるかもしれない人が無事だったことはもちろん嬉しいし、勝ってくれてホッとしたのも本当だ。
 そのすべてが映像越しだったせいか、俺は淡白な反応しかできてないみたいだ。…よくないな、こういうの。
 轟の背中を右手で撫でて、機械の左手で自分の頬をつねる。痛い。うん。「何してんだ」「なんでも」ぱっと離した手で轟の頭を撫でる。「親父さん、大丈夫だよ」「ん」「屈強な人だ。このくらいじゃヤられない」「…ん」「病院、お見舞い行く?」「……挨拶か?」これにはがくりと肩が落ちた。挨拶って。それはまぁ……高校の三年になって、そのときにもお前とこういう関係を続けてたら、本気で考えるよ。