長かった仮免補講が終わり、試験にも合格した。
 帰りにヴィランの犯罪行為を目撃して爆豪と制圧するという軽い事件はあったが、寮の飯を食いっぱぐれることもなく、約束を反故にされるようなコトは何も起きなかった。
 起きなかったから、俺は今首輪をつけて『犬』って扱いでケツを弄られている。
 の…の部屋は防音仕様で、声を我慢しなくていいとは言えないが、俺の部屋でするよりはよっぽど声を出せる。

「あ、」

 コリコリと指の先で気持ちがいいところを突かれるとどうしても声が出る。
 我慢が少なくてすむから、この部屋の無機質な防音材の白い壁は好きだ。
 …シてるときのが何かに似てるなと思ったけど、アレだ。B組との対抗戦で見せたあの無表情。冷たい顔。そういう攻めるときの顔が、コイツは無表情なのだ。
 そんなことを考えてるうちに一本だった指が二本になって、三本になる。
 最初は違和感のあった首輪も今ではもともと首にあるモノみたいに慣れて、首輪を掴んで「どうしたい?」と意地悪なことを訊くの冷ややかな笑みにも慣れている。

「ほしい」
「何が」
「これ…」

 部屋着姿ののスウェットの上から股間に触れる。ちゃんと勃起してることに内心ホッとしながら、「これ、ここに、ほしい」さっきまで弄られていた場所を自分で広げると、薄く笑ったが俺の足を押し広げた。
 俺は犬だから、主人に満たしてほしくても待てしかできない。挿れてくれ、と疼く体で乞うしかない。「早く、いれてくれ」と。
 今日は乱暴にしてほしいと頼んだ手前、丁寧なようでいて、は乱暴だった。俺の希望通りに。
 いつもなら外す腕を外さず両手で俺の腰を掴むと「そんなに欲しいならあげるよ」と、欲しくて仕方がなかったものを俺の中へと遠慮なく埋めていく。
 ずぶずぶと侵入してくる太さと熱に掠れた声と息を吐き出し、深呼吸して体の力を抜こうと努力する俺を遠慮なく貫く熱に息が詰まった。
 ぱん、と肉同士がぶつかる音が響き、体を衝撃が突き抜ける。

「乱暴にしてほしいんだろ。してあげる」

 遠慮なく、ゴリ、ゴリ、と太くて硬いモノで気持ちのいいところを擦られる。その度に自分のものとは思えない甘い掠れ声が口からこぼれる。
 隣が砂籐の部屋ってこともあって口を押えて声をなるべく堪えていると、ぱん、とケツを叩かれた。「犬なんだろ、鳴け」と首輪を引っぱられて「わ、ぅ」なんとか犬っぽく鳴く。
 がいつも優しくしか俺のことを抱かないから、自分が犬になるなんていう思い切ったプレイを提案してみたが、失敗だったな、と思う。こんなことしたら次から普通のセックスじゃ物足りなくなる……。
 犬みたいに鳴いて、犬みたいに四つん這いになってケツを犯されて、前もしごかれて、しまいには気持ちよすぎて放尿までした。ビシャビシャとシーツを濡らす透明な液体に「ああ、潮吹いた」とこぼした声に霞む目をやる。潮。ってなんだ。
 そろそろ腰が砕ける。四つん這いの姿勢も苦しい。突っ張ってる腕も痺れてきた。
 もう無理だ、と思ったが、今日のセックスは本当に乱暴で、俺がどれだけ無理だと言おうが掴まれた腰が自由になることはなかった。「あ、アぁ…ッ!」ゴツン、と奥の気持ちいい場所を突かれてビシャリとシーツに液体が落ちる。また漏らした。
 突かれる度にイッてる。目の前がチカチカする。おかしくなる。ケツ、壊れる。
 俺が崩れそうになる度に首輪で無理矢理上向かせられ、「犬だろ。鳴けよ」と突かれて、なんとか犬っぽく喘ぎ、鳴いて、啼いて………次に気がついたとき、視界には申し訳なさそうな顔でこっちを覗き込んでいるがいた。

「意識飛ばしたんだよ。大丈夫?」
「……腰が、いてぇ」
「ごめん。一応言っとくけど、乱暴にしろって言ったのお前だよ」

 俺の意識が飛んでる間にキレイにしてくれたのか、体のベタつきはないし、汚したベッドもきれいになっていた。
 ズキズキしているのは腰だけじゃなく、中もそうだった。あれだけ乱暴に掘られたらそりゃあこうもなる。
 なんとか身を起こすと、ペットボトルのポカリを差し出され、渇いた喉に流し込んだ。
 放り出していた携帯で時刻を確認すると、まだギリギリ仮免に合格した日付だった。まだ俺のお願いは有効だ。「甘やかしてくれ」携帯を放り出して両手を伸ばす。
 は一つ息を吐くと緩く俺の頭を抱き寄せた。外したらしく左腕はないがそれでも満足だ。の手が足りない分俺が抱き締めればいいだけの話。
 さらさらと髪を撫でる感触にされるがままでいると、手が止まった。視線を上げるとぱちりと目が合う。何かを言いたそうに口ごもった顔だ。

「……あのさ」
「ん」
「お前が書いたアレに応えるわけじゃないけど、さ」

 言いにくそうにぼそぼそとした声に耳をすませながら、アレ、で指された、いつかに手書きした誓約書を片目で見やる。「逃げるのは、やめるよ」落ちた声にの顔に視線を戻すと、困っているような、呆れているような、諦めているような、それでいてその全部を受け入れているような笑顔があった。

「俺は、明日を信じることが怖かったし、他人を信じることが怖かった。
 悔やむのが嫌で、終わりが来るのが嫌で、何にも手を伸ばさないで、いずれは首をくくって死のうと思ってた」

 右の手で緩く首を絞めてみせるの腕を掴んで引き剥がすと、相手は泣きそうな顔をしながら笑ってみせる。
 思い出すのは、最初にの部屋に踏み込んだときに部屋にあった太いロープだ。それだけが場違いにあの部屋で存在感を放っていた。
 あれはそのためのものだった。の最後の手段で、最後の砦だった。

「俺がいた場所が孤独の夜なら、お前は、そこを照らした光だ。太陽みたく、鬱陶しいくらい眩しくて、星みたく、煩わしいくらいピカピカしてて……掴んだら、夢みたいに溶けて消えるんじゃないかって、ずっと怖くて、逃げてた。
 でももう逃げない。逃げるのはやめる。
 お前が、ここにいて、生きる力と、勇気を、くれたから」

 焦凍、と声と涙が落ちてくる。ぽたぽたと頬や額にあたたかい雫が落ちてくる。「好きだ」と。俺が欲しかった言葉が落ちてくる。「これからも一緒にいてほしい」と、ずっと欲しかった言葉が。
 ずきずきと痛む腰を無視してのことをめいっぱい抱き締めた。
 嬉しくて、そのせいかもらい泣きまでして、「俺も、好きだ」と返す言葉が滲んだ。
 今まではっきりと伝えないままセックスして、一緒にいて、なし崩し的にそうしてきた。させてきた。いずれは両想いになれると信じながら片想いをしてきた。それがようやく、叶ったのだ。