みっともなくても、悪あがきでも、焦凍を求めて生きていこう。
 焦凍が伸ばしたその手を、最初は利用して、次に寄り掛かって、最後には自分の意志で掴んだ。
 みっともなくとも生きようと決めた今の俺には、世界がそれまでと少し違って見えていた。とくに焦凍が。

「仮免取得から僅か三十分後にプロ顔負けの活躍! 普段から仲良く訓練されてるんでしょうか?」

 ニコニコ笑顔でインタビューされている焦凍を遠巻きに眺め、手にしているカップにふう、と息を吹きかける。
 視界の隅で爆豪が「そう見えンなら眼下か脳外科行った方がいいぜ」とらしい返しをし、焦凍はといえば「仲はいいです」と無難な言葉を返し。二人の意見が真っ二つなことに半ば呆れて息を吐く俺である。

(これで三件目のインタビューじゃないか。少しは慣れるっていうか、合わせればいいのに)

 実は仮免取得後にそういう騒動があった、と知ったのはあの夜が明けた次の日の朝。何気なくつけたテレビで二人のことが取り上げられていて、だったりした。
 焦凍にとっては大したことじゃなかったからという理由で俺に言わなかったらしいけど、俺からしたら充分大したことだ。仮免取ってすぐにプロ顔負けの活躍をする学生なんてそうはいない。
 八百万がくれたカップは琥珀色の液体をたたえていて、まだ熱い。
 ふぅ、と息を吹きかける俺と、二人の様子をハラハラとした心地で見守っている緑谷、飯田、麗日に構うことなく、二人は平行線で交わることない主張を繰り返した。
 結局、一時間も時間を使ったのに、インタビューとして使用されたのは焦凍の無難な返しだけで、爆豪の喧嘩売るようなセリフは丸々カット。

「なんで爆豪はああかなぁ…」

 携帯画面の中で見切れている爆豪にそんな感想をぼやきつつ、ニュース番組を斜め見しながら、今日の通常科目の復習のためにノートをめくる。
 携帯の中では最近活躍した焦凍と爆豪、近くヒーローとして活躍するだろう二人を華としながらも、泥花市が壊滅に追い込まれた事件のことも忘れず取り上げていく。
 泥花市はヴィラン二十人がいっせいに暴動を起こし、一時間足らずで壊滅してしまった地方都市だ。動機は『ヒーローの失墜』を狙った計画的犯行……と言われている。
 二つの事柄に共通して求められていることは『ヒーローへの期待』とともに、切迫感、もある。
 オールマイトという長く平和を象徴していた絶対の支柱をなくして揺れるヒーロー業界に、勢いづくヴィラン勢力。
 新しいナンバーワンとして立ったエンデヴァーの足元はまだ危うい。
 それでも、オールマイトという天才に近づこうと張り合っていたあの人が、今は着実に足元を固めるために頑張っている。それに倣うように今のヒーローたちは彼を見習っている。と思う。
 泥花の市街の惨状を映している番組を見るともなしに眺めていると、にゅ、と手のひらが割り込んできた。視線を上げると焦凍がいる。…眩しい。キラキラしてやがる。それこそ俺の光らしく。
 思わず顔を背けて「ちょっと、眩しい」とこぼすと「何がだ」と首を捻られた。いやほんとその通り。
 瞬きして余分なフィルターを追い払ってそろりと視線をやると、いつもの紅白髪に端整な顔立ち、左側に火傷の痕のある焦凍がまだ首を捻ってこっちを見ていた。…そんなじっと見るなよ。不自然だから。見すぎ。「授業、始まるよ。席戻ったら」「ん」あとで、と右手を撫でた温度にわけもなく体が疼く。
 そうして始まった今日のヒーロー科の授業はといえば、特別講師として現役で活躍中のヒーロー、マウントレディを招いての『メディア演習』……。爆豪や焦凍にとってはまさに今な話だ。

「現役美麗注目株たるわたしが、ヒーローの立ち振る舞いを教授します!」

 ということなので、ヒーローらしくヒーロースーツに着替えてグラウンドに集合し直すと、それっぽいインタビュー台が出来上がっていた。それっぽくカメラマン役までいらっしゃる。
 さっそくスポットライトが当たったのは、今メディアでも話題の焦凍だった。『凄いご活躍でしたねショートさん!』それっぽく話を振ったのに、ちら、とこっちを見た焦凍の眉間に皺が寄っている。「何の話ですか?」そして持ち前の天然を発揮。
 なんの授業か思い出せ焦凍よ。今日はメディア演習、今はヒーローインタビューの練習時間。

『なんか一仕事終えた体で! はい!』
「はい」
『ショートさんはどのようなヒーローを目指しているのでしょう!?』

 そこでまたちらと視線を寄越される。おいあんま見るな、マウントレディが気付くから。「俺が来て……皆が安心できるような…」『素晴らしい! あなたみたいなイケメンが助けに着てくれたら私逆に心臓バクバクよ』さらっとマウントレディの私情が入っている。それに「心臓、悪いんですか」と返す焦凍の天然ぷりたるや。それこそ心臓に悪い。
 インタビューでは技の披露もあった。穿天氷壁……焦凍が作った氷の刃に、最初の頃、左の腕が吹っ飛ばされたことを思い出す。
 暑かったあの季節はもう過ぎ去って、秋も終わり、今は冬。「はぁ」息を吐くと白く濁って消える、左の義手と古傷には辛い季節。
 けど、今年は辛さだけじゃない。

「必殺技は己の象徴! 何が出来るのかは技で知ってもらうの。
 即時チームアップ、連携。ヴィラン犯罪への警鐘。命をゆだねてもらうための信頼。ヒーローが技名を叫ぶのには大きな意味がある」

 現役ヒーローらしい言葉を聞きながら、自分のことを顧みる。
 地味な個性だし、基本裏方となるだろう俺に叫ぶような技は今のところない。けど、この話を聞くに、無理矢理にでも一個くらい作った方がいいのかも、とも思う。帰ったら課題として考えておこう。
 みんな順調にインタビューに答えていくし、技を披露していく、その中で、俺は最後だった。『活躍みました、ナーヴさん! 影ながらの支えすごかったです』マウントレディにマイクを向けられてははと苦く笑う。さすがプロ、まだ新参の俺でもそれらしく振ってくれる。

「俺なんかでもできることがあるって、色々な人に知ってもらえたなら幸いです」
『というと?』
「…片腕がない、施設育ち、親も他界。一見すればすべてに見放されてるような環境の俺でしたが、それでも、光はありました。
 ヴィランによる犯罪に巻き込まれたときでも同じです。そのときは俺が光の一筋になれるように、これからも頑張っていきます」

 へら、と笑うと教師陣にはなんとも言えない表情をされた。『素晴らしい心意気です。応援してます』「ありがとうございます」ぺこ、と頭を下げる。
 俺の人生の光たる人は色の違う両目でじっと俺のことを見ている。おい瞬きしろ、目に涙滲んでるぞ馬鹿。
 必殺技、の方は今後練っていくということで勘弁してもらい、檀上を下りると、寄ってきた焦凍が人前&授業中に限らずハグしようとするもんだから全力で逃げた。「バカ」「お、」どす、と腹に一発見舞ってやると今を思い出したらしい焦凍が若干しゅんとするのがズルい。この天然め。
 十二月も下旬に入り、1Aのクラスでメリクリ会が開かれることが決まった。
 クリスマス、で俺が思い出したことといえば、自分より年下の子供たちのために尽くす、いい思い出のない施設でのイベント風景だった。
 配膳手伝わされたり、年下優先でしか選べないプレゼントの残りカスにガッカリしていたり、したなぁ。
 施設でのもやっとしたクリスマスを頭を振って追い払い、「それでねー、そのときプレゼントの交換会しよーよ!」と女子らしいことを持ち出す芦戸の話を聞く。
 芦戸が言うには、まず、一人一個プレゼントを用意する。次に、総勢二十一になるプレゼントに瀬呂のテープをくくりつけ、選んだテープの先にあるプレゼントがその人のものになる……という、つまり、テープによるくじでもらえるものが決まるプレゼント交換会。「なるほど」ということは、用意するプレゼントは女子と男子どっちにも受けがいいものを選んだ方がいいわけか。センスが問われるなこれは…。
 悩む俺に対し、焦凍は淡白に「なら蕎麦だな」と即決。
 それはお前がもらって嬉しいもんでしょうが…。まぁいいけど。

(どうしようかなぁ。何がいいだろう)

 男子にも女子にも受けがよくて、ハズレではないもの…。
 いや、あえてネタ枠に走るっていうのも想い出としてはいいかもしれない。どうするか。
 悩みながら、とりあえず週末に外出許可を取ろうと用紙に名前とか時間を書いていると、伸びた手がペンを取り上げてそこに自分の名前を追加した。轟焦凍、という字に目をやれば当たり前の顔でイケメンが立っている。「行くの?」「ん。で」デート、と言いかけたらしい口を手のひらで塞いでおく。
 二人で出かけるなら、教師の誰かがついてくるとしても、デートかもしれないけどさ。そこは思うだけにしておいてくれ。口に出すな。
 そしてやってきた週末。焦凍が買ってくれた服やら靴で全身固めている形になった俺と、そのわりに淡白な格好の焦凍に首を捻る。「大人しいね」「俺は頓着しねぇから…姉さんが送ってくるもん着てるくらいだし」「ふーん」俺にはアレコレ買ってくれるのに、自分には使わないのか。らしいというか、なんというか。
 相澤先生が車を出してくれるというから、大人しく乗り込み、ショッピングモールに到着。「一時間後にここだ。遅れるなよ」「「はい」」二人で返事して、人でごった返すショッピングモールのでっかいクリスマスツリーを見上げる。この間も見たんだったな、これ。

「でかいな」
「…ん」

 俺は、ここにはあまりいい思い出はない。誰かとデートするならたいていココだったし。
 行こう、と手を差し出す焦凍の後ろにイルミネーションがあって、キラキラ、輝いている。
 俺の光。
 つい手を握りそうになったけどぐっと我慢し、その背を押して先生の目があるところから遠ざかっていく。
 一時間しかないからゆっくりはできないけど、焦凍と二人で、初めてのデートらしいデート。
 まず俺がしたことといえば、毛糸の帽子を購入、焦凍の頭に被せて目立つ紅白頭をカバーし、黒いサングラスを購入、これも焦凍にかけさせた。「暗ぇ…」「ガマン。お前、もうメディア出てんの。その頭と顔は目立つ」焦凍は黙ってても髪と顔で目立つから、これくらいはした方がいい。
 しかし、顔を隠しても焦凍はイケメンなので、サングラスをくいっとさせながらこっちを覗き込む仕種に心臓がどきりと鳴った。

「なぁ、俺のこと、意識してくれてんのか」
「…うっさい」

 ぷいっと顔を背けると回り込まれた。やめろ馬鹿。「ほら時間ない、行こ」「ん」大人しく引いたと思えばさらっと俺の右手をさらって自分のコートのポケットに招くではないか。
 だから、そういうことは外ではするなよ。そう言いたかったけど、クリスマスソングが流れ、行き交う人の楽しそうな表情とイルミで煌めくモールを見ていたら、その中心にいるお前を見てたら、言いそびれてしまった。

(なんだよその嬉しそうな顔は。馬鹿じゃないのか)

 キラキラ、キラキラ、してさ。眩しいったらない。
 仕方がないからそのまま歩き出すと、俺よりタッパと歩幅のある焦凍が遅れずついてくる。「なぁ」「ん」「になんか買いたい」「いつも買ってもらってるけど」「そうじゃねぇ。クリスマスの、何か特別なもんを買いたい」「……別にいいよ。もう充分、色々もらったし」ぼそぼそ返して、文房具を扱ってる店の前で足を止める。今日の目的はあくまでプレゼント交換会に必要な物の購入だ。本来の目的を忘れないようにしないと。
 でもなぁ、文房具。学生なんだから必要なものだし、男女選ばないけど、アレだよ。無難すぎてつまんないかな…。
 やっぱりスルーして歩き出すと、焦凍が大人しくついてくる。その間じっと注がれている視線のこそばゆさときたら。
 そうして、初めてのデートは、メリクリ会のプレゼントを用意するという目的を優先したこともあり、瞬く間に終了。
 車を出して付き合ってくれた相澤先生にはお礼にスタバのホットコーヒーを買っていった。

「……馬鹿だなぁ」

 寮の部屋に戻って、焦凍が自室で着替えてる間に、お揃いのものが欲しいと譲らなかったアイツが勝手に買ったペアのネックレスを掲げる。二人合わせると欠けたハートが一つになるという、よくあるペア用のアレだ。
 こんな恥ずかしいもの、学校にいる間つける機会ない……と思うけど。買ってくれたわけだし。とりあえず飾っておこうか。……嬉しくないわけじゃあ、ない。し。
 思えば、誰かとペアのものとか、初めてだなぁ。
 コートを脱いでハンガーにかけ、部屋着のスウェットに着替え終わったあたりで焦凍がやってきた。「え」黒いタートルネックに揺れるキラッとした銀色。さっそくつけてる…。

「ん?」
「いや、ほら…学校のときは、やめたら」

 首を指すとむっと眉間に皺を寄せて返された。「つけてくれ」「ええ…」「俺にとってはそれがクリスマスプレゼントだ」……ずるいな。そういう言い方されると、断れないじゃんか。
 仕方なく箱を開け、ハートの右側だけがあるペンダントをつけ…「ん?」首の後ろで金具がうまく。つけれない。こういうのしたことがないから勝手がわからん。
 苦戦していると「やる」と伸びた手がネックレスをつけてくれた。
 焦凍の鎖骨の下あたりにあるネックレスを指で弾く。「じゃあ、つけるからさ。シャツの下でもいい? 二人で揃ってつけてると悪目立ちする」「……わかった」若干ムスッとした顔をされたものの、俺の妥協案は通った。
 一歩離れた焦凍は、俺の首にあるネックレスを見て満足そうに一つ頷いた。
 口元を緩めて微笑するその満足そうな顔を見ていると、しょうがないなぁ、と思えてしまう。甘やかしてあげたくなってしまう。これが轟焦凍という末っ子&天然&クール&ホットな人間のパワー。詰め込みすぎだろもー。心臓いくつあっても足りないよ……。