クリスマス当日。
 八百万が用意したサンタっぽいコスチュームに袖を通しての部屋をノックする。着替えてるってわかってるときくらいはノックしろって前に怒られたから。

「準備できたか」
「うん」

 鍵のかかってない扉を開けて、の格好を見て、目が点になる。トナカイ。「俺のと違うな」「そうだね。まぁいいけど」カチューシャにトナカイっぽい角がついてて、衣装自体は大人しめの茶色でだぼっとした着ぐるみみたいな感じ。かわいい。似合ってる。
 二人で一階の共有スペースに行くと、みんなもバラバラと集まり始めていた。
 今日の食事はピザ、フライドチキン、ピラフ、パスタ、揚げ物にケーキにチョコをつけて食べるやつ…ほかにも色々あるが、全部洋物だ。
 クリスマスというイベントだから仕方がないが、俺は蕎麦が食いてぇな。今日は我慢するけど。
 そのうちプレゼント回収係の飯田がやってきて、サンタらしい白い袋をソファにどさっと置いた。「お疲れ。それで全部か」「ああ。入り切ってないものもあるが、この中に全員分のプレゼントが入っているぞ」その一つ一つに瀬呂のテープを貼り付け、一人一本を選び、選んだテープの先にあるプレゼントがもらえる、っていうのをあとでやるらしい。
 俺はが用意したもんがいいけど、ズルはしたくねぇし。こればかりは運に任せるしかない。
 クラスメイト全員が集まったら、クラッカーを天井に向けて打ち鳴らし、クリスマスパーティーの開始だ。
 はさっそくフライドチキンにかぶりついた。「クリスマスといえばこれ〜」「そうなのか」「そうだよ。フライドチキンとかクリスマスの代表料理」「へぇ…」俺の家はそういうことはしないままだったから、まともなクリスマスはこれが初めてだ。
 がジュースをがぶ飲みし、フランクフルトをかじる姿を構えた携帯で撮った。「ん?」首を傾げた姿も撮った。

「えっと、何してる…?」
「撮ってる」
「なんで」
「なんとなく」

 こういうイベントのときでもないと、トナカイになってるお前なんて見れないだろ。この写真は後生大事に取っとく。
 焦凍も食べなよ、とフライドチキンとパスタをよそわれ、仕方がないから食べる。「ほらこれも」皿にケーキが足された。チョコが流れるタワーでチョコまみれになったフルーツも足された。こんなに食ったら腹いっぱいになる…。

「インターン行けってよー。雄英史上最も忙しねぇ一年生だろコレ」

 それで、周囲の話題はといえば、今後のこと……先生から話が出た、年明けのインターンについてで盛り上がっていた。
 俺も仮免を取った。今度のインターンは参加できるし、どこへ行くかも決めてある。
 周りで盛り上がるインターンについての話題に、は若干眉尻を下げてケーキを頬張っている。
 1Aの中で編入組ってことで唯一仮免を持ってないはインターンには参加できない。職場体験なら行けるだろうが、泥花のこともあり、学生の受け入れはどこも慎重だと聞いてる。「、どうするんだ」ケーキを食ったのにピラフをよそったは肩を竦めてみせる。

「まぁ、先生に相談して、かな。俺はヒーロー科の授業の実践も経験少ないし、職場体験をさせてもらえそうなら行って、後ろでサポートして……。それだけでも参加させてもらえれば充分かな」
「そうか…」

 思い出すのは、B組との対抗戦のときに見せたあの冷たい顔だった。それを頭を振って追い払う。
 実践となればはまたああなるんだろう。俺の知らない顔で、俺の知らないお前で、俺の知らない場所に立つ。「なぁ」「ん?」ピラフをかき込んでいるへと口を開いて、何を言うべきなのか迷った。
 首にある半分のハート型のネックレスに服の上から触れる。
 これと同じものがにもあるのに。心も体も繋げてるはずなのに。まだ足りない、と思う。

「お前のこと、もっと知りたい」

 結局出てきたのはそんな言葉で、の横でピラフを食ってた峰田がぶほっと吹き出した。汚ねぇ。「轟ぃ…そういうことは女子に言えよ……」ジト目の峰田に、が俺を見て目で『うまいこと誤魔化せ』って言ってる。できるか自信ねぇが、努力はしよう。
 峰田は吹き出したピラフをティッシュでぞんざいに拭いつつ、「お前さ、の編入時からそうだけど、ほんとベッタリだよな。大丈夫か、プライベートあるか?」「はは…」峰田の矛先がに変わった。はジュースをおかわりしながら苦く笑っている。「まぁ、勉強教えてもらえるのはありがたいし。おかげで成績が真ん中寄りになれたし。多少の犠牲はよしとしてる」…そうか。たまに教えてるけど成績は伸びたんだな。そこは良かった。
 峰田の追及はまだ止まらない。俺のことをスプーンで指しながら「そりゃ轟はイケメンだよ。けどなぁ、イケメンだってしていいことと悪いことがある。そうだろ」「まぁまぁ。俺は大丈夫だよ、峰田」「そうかぁ? このさいハッキリ言うとかどう? 困ってんだろ」今日の峰田は女子がクリスマス衣装を着てるせいかいつもより饒舌だ。ちょっと殴りたくなってきたのと、なんか、泣きたくなってきた、気がする。
 は見てないようで俺を見てるから、泣きたい、と思ってる俺の背を叩いて立たせると「末っ子は甘えん坊なんだよ。ちょっと甘やかしてくる」と共有スペースから連れ出した。

「なに、なんで泣きそうなんだ」
「べつに……」

 誰の目もない二階に上がり、そこで思い切りのことを抱き締めてみる。トナカイのカチューシャが顔に当たって邪魔だ。
 ぽい、と放り投げて黒い髪に頬を擦りつけていると、呆れたような溜息のあと、右手に頭を撫でられた。「大丈夫だよ。一緒にいたいのは俺も同じ」「…ん」ずび、と洟をすする。涙は堪えたが洟が出る。

「んで、知りたいって、何を。これだけ一緒にいるのに知らないことってあるっけ」
「……お互いの、過去と。家族の話は。してねぇ」
「あー。なるほど」

 頭を撫でる手が止まって、また撫でる動作に戻る。「今日はいいだろ。聖夜なんだから」「話は」「あ・と・で」「あとっていつだ」「また今度。お前はインターン、エンデヴァーのところだろ。気が散っちゃうといけないからインターンから戻ってきたらにしよう」「そんなに待てねぇ」「えー」「今年中がいい」「えー……」の目が迷ったように彷徨ってから、諦めたように閉じられて、キスされた。誤魔化すためじゃなく、すぐに離れた唇が「でも、今日はナシ。戻ろ」と言う。
 階下に戻ると、エリちゃん、と呼ばれている子が相澤先生に連れられて来ていた。
 次郎がギターを弾いて歌い、クリスマスソングとして有名な歌を皆が合唱し、やわらかい、と感じる空気と時間が流れていく。
 これが楽しいということだと、俺は学んだ。
 何気ない会話で盛り上がり、食って、飲んで、歌って騒いで。
 最後は例のプレゼントのあみだくじだ。は余ってたテープを引っぱったが、飛んできたのは小さな包み。…見憶えがある包装紙だ。「それ…」俺の用意した蕎麦。
 ガサガサ包装紙を破いたが「あー、蕎麦じゃん」と掲げた抹茶蕎麦は、やっぱり俺が用意したものだった。「んでさぁ、それさ」別に図ったわけではないが、俺の手にあるのはがあの日迷いながら買っていた万年筆だ。俺が握り締めている箱にが一つ吐息して、「まるで運命だなぁ」とぼやく声に「そうだな」と返す。
 お前との出会い方。お前への心の惹かれ方。運命と言われればすべてに納得ができる。
 調理や水仕事を手伝えなかった分片付けに精を出すを手伝い、行くあてがない爆豪と緑谷を親父…エンデヴァーのとこでのインターンに誘い、キレイになった共有スペースから引き上げる。

「なぁ」

 部屋着に着替えているの腕を取る。「着なくていいだろ」「ちょっと休憩させてよ。腹が爆発しそう」いつかにもこんなやり取りをした気がする。パーティーだからって食べすぎだ。
 ムッと眉間に皺を寄せた俺にが唇を緩めて、右の指で眉間の間の皺を伸ばしてしまう。おまけにキスまでされると、不機嫌になっている俺が子供みたいで、もう少し我慢しよう、ってなるんだ。
 シングルで狭いままのベッドに男二人で乗り、そのままがいいと言うから、サンタの格好のまま心逝くまで犯された聖夜、その翌日。「う…」痛む腰に手をやって寝返りを打ち、ベッドにの姿がないことに気付いて起き上がる。全裸は寒い。
 床に落ちているシャツとカーディガンに袖を通して廊下を覗く。
 誰もいないが、声はするから、共有スペースには今も誰かがいるんだろう。冬休みに入っても外出は許可制、長期休みでも好きに外に出られるわけじゃないからな。
 部屋に引っ込んで落ちているジャージのズボンを履き、自室から着替えとタオルを持ち、痛む腰に手をやって叩きながらエレベーターで下に行くと、とばったり遭遇した。

「お。はよ」
「はよ」
「先浴びた」
「ん」

 入れ替わる形で俺は浴場へ、は部屋に戻っていく。
 シャワーで身ぎれいにしてから部屋に戻ると、は映画やライヴのブルーレイを並べて難しい顔をしていたが、俺に気付くと小さな冷蔵庫から湿布を取り出した。「おいで」その手に誘われるまま寄っていってふわふわの黒髪に顔を埋める。同じシャンプーなのにいいにおいがする。
 腰に湿布を貼ってもらい、冬休みに入ったのだから映画を見ようと、これもおすすめのやつを一緒に見た。なんでも、設定が凝ってて、何度見ても面白いらしい。
 近未来。人の無意識、夢に入り込む方法が確立した世界で、まるで現実みたいなそこで現実のような夢の体験をして、犯罪行為を暴いたり、無意識が及ぼす現実という意識へのアプローチをかけたり……なんか結構難しい内容だった。一回見ただけだとよくわからない。これがの言う何回見ても飽きないってことなのかもしれない。
 ディスクを片付けながら、がペラペラと映画の解説をしていく。「奥さんがさ、度々出てきて、主人公の邪魔をするじゃん。あれは主人公が彼女の死を受け入れられてなくて、それが無意識や夢に投影されてると思うんだ」「へぇ……」ときには刃物、ときには自殺。色んな方法で主人公の意識を揺さぶってたっけ。

「難しい?」
「難しい」
「だから何度見ても面白いんだけどね。またいつか見よう。今日とは違う視点で見れるはずだから」
「ん」

 ゆるりと腕を伸ばして俺より細い体を抱き締める。
 を後ろから抱く形で映画を見てたが、こんなにくっついてるのに、もっとくっつきたいと思う。
 黒い髪に額を押し付けて細い首に口付けていると、吐息が一つ聞こえた。くっつきたがる俺に呆れているのかと思ったが、「話、だっけ? しようか」「お」映画で誤魔化されたのかと思っていたが、違った。はちゃんと話す気でいた。
 右手で俺の腕をぽんぽんと叩きながら「イジメ受けてた辺りは話したし、施設の話はとくに、思い出とかないし…」声が途切れて、「じゃあ、俺の原点。両親が死んだ頃の話、しようか」…いきなり重い。いや、のことをちゃんと知るには避けては通れない話だ。しっかりと聞いて受け止めよう。
 俺はお前の全部を知りたい。
 全部知って、ちゃんと受け止めて、映画の主人公みたいに次に進みたい。一人じゃなくお前と一緒に未来へ行きたい。