命運が決定したその日は、いつもと同じように幼馴染の友達と公園でサッカーをして遊んでいた。俺はそういうどこにでもいる子供の一人だった。
 屈強そうな、ヴィラン、だとわかるような血走った目をした男が公園にやってきたとき、友達はその見た目の怖さにすぐに怖気づいて、サッカーボールを投げ捨てて逃げてしまった。
 俺は律義だったから、転がっていったサッカーボールを追いかけて、見た目で人を判断しちゃダメだ、なんて善人みたいな思考で目の前に立ったその人を見上げて。ちょっと、道がわからないんだ。坊や、教えてくれるかい。見た目と違い優しそうな声音で話しかけてきたその人に、いいよ、と返した。
 結果、俺は車に押し込まれ、目隠しと猿ぐつわをされて攫われてしまった。
 それが悪夢の始まり。奴との遭遇の仕方だ。

「今でもアイツの顔を思い出すのが難しいんだ。腕の痛みが邪魔をして……会えば、きっとわかるだろうけど」

 あの日のことを振り返って語ってはいるものの、あのときの男はヴィランだとわかるような凶悪な顔をしていたというぼんやりとしたイメージしか残っていない。
 キツく抱き締めてくる焦凍の頭を右手でぽんぽんと叩きつつ、話を続ける。
 目隠し、猿ぐつわをされた俺が連れていかれたのはどこかの倉庫群。人気がなく、何をするにも好都合そうな場所だった。
 簡素な椅子に後ろ手に縛りつけられた俺は、目隠しと猿ぐつわを外された。
 ヴィランと言われれば頷いてしまう凶悪な顔をした相手はこちらに向けて携帯電話を突き出している。
 どうやら電話は両親へと繋がっているようで、知っている声で、しきりにと呼んでいる。
 お母さん、お父さん、と掠れた声を出すので精一杯の俺に、ヴィランらしく下卑た笑いを浮かべた相手は親に身代金を要求していた。どうやらそれが目的らしい。
 その辺りまでなら、わりとよくある話だったと思う。
 最悪なのはここからだ。

「俺の両親は、わりとイイトコに勤めてたらしくて。結構な額を請求してたんだ。それで電話口でちょっと渋ってた。そしたら、ヴィラン、何をしたと思う?」
「……わかんねぇ」
「俺の爪をね、一枚ずつ剥がし始めたんだよ。いちまーい、にまーい、ってね」

 億の金を要求してきた相手に『急にそんな大金用意できない』と渋っていた両親は、俺の絶叫を聞いて考えを改めた。でもその頃には右の爪は全部剥がれて血と一緒に床に散らばっていた。
 そういう趣味でもあるんだろう、その手には専用の器具があり、電話口に向かって笑っている相手には狂喜と狂気が見て取れた。
 ヴィランの交渉は通ったっていうのに、血の色の宴は続いた。
 両親が金を用意してる間に左手の爪と足の爪も全部剥がされた。
 その頃には俺には叫ぶ気力がなくなっていて、痛みも曖昧になっていた。
 痛みと恐怖で気が狂わなかったのは、俺の個性…神経を操るという、両親に起因しない個性がそのときに発芽したからだと思う。きっと無意識に個性を使っていた。
 とにかく、痛みから逃げたかった。痛みを伝えてくる器官が憎かった。痛くなければ殴られるのも蹴られるのも耐えられた。痛みさえなければ。痛みさえなければ、神経さえ遮断してしまえば、俺は楽になれる。
 死なない程度の暴力と、狂わない程度の拷問をされた俺は、ボロ雑巾みたいに放られて倉庫群に放置された。ヴィランが指定した口座に金が振り込まれたのだ。両親は本当に用意したのだ。だからヴィランは逃走した。
 警察がやってきて、両親が泣きながら俺のことを抱き締めた。それで、これでもう大丈夫なんだと、安堵の涙がこぼれた。
 でも、違った。
 駆けつけた警察とヒーローがヴィランの目撃情報を聞いて倉庫群を後にし、俺と両親が付き添いの警官に連れられて救急車で病院に向かう……そんなときにアイツはまた現れた。

「おそらく、そういう個性だったんだろうね。分身とか、コピーとか、そういうやつ。それが『ヴィランは逃げた』と思わせて、警察もヒーローもまんまと追ってしまった。…本体はこっちに残ってたっていうのに」

 警官を殴り殺し、救急隊員は警官の銃で撃ち殺し。俺と両親は屈強なヴィランに倉庫の中に押し戻された。
 そこで繰り広げられたのは、狂喜と狂気で染まった血の嵐、その続きだ。
 両親はまず俺と同様、殴られ、蹴られ、動けなくなった辺りで椅子に縛り付けられ、爪を一枚ずつ剥がされていった。
 俺はその光景を見せられた。剥がした爪を見せつけられては顔を逸らしたが、その度に平手で殴られたから、拒絶することもできなくなった。
 俺と同じ痛みを味わった両親は、大人だったけど、大人だろうが子供だろうが、痛いものは痛い。
 爪を全部剥がし終えると、ヴィランは次に斧を持ってきた。そして、それで無造作に、両親の両腕、両足を切断していった。
 響き渡る絶叫に耳を塞ぎたくなった。
 縛り付けられていなければ逃げ出したかったし、目を閉じたら殴られるんじゃなければ、気を失ってしまいたかった。
 椅子に縛ったままの二人にひたすら斧を振り下ろすその姿はまさにヴィランそのもの。
 椅子に座っている人間の肉はなかなか上手く切断できず、何度も同じ個所に斧を振り下ろす。
 両親だったものが、声を出すだけのモノになり、やがて静かになってしまうと、次は、俺の番だった。
 両親の血にまみれた、人の脂でテカっている斧の鈍い輝きが左腕に落ちた。
 焼けるように痛かった、そのときに、個性を使って神経を閉ざすことを憶えた。感覚をなくした。このまま右手と両足の感覚もなくそう。そうすればまだ楽に死ねる……。

「そこで、アイツの個性が切れたのかな。目撃情報がダミーだと知ったヒーローが飛んで戻ってきてくれて、ヴィランは逃げた。今度こそ本当に。
 で、俺の腕はこうなって、両親は死んで、警察病院でお世話になったあとに施設入りしたわけ」

 俺の腕と、両親のことの顛末はざっくりこうだ。
 当時俺はまだ5歳とかその辺りだった。ヴィランの顔は当時の痛みと恐怖でぼやけてあまり憶えていないし、血だまりに沈む両親の歪んだ顔の方が記憶に刻まれている。
 もう十年くらい前の話だ。今となっちゃ、少し手触りが薄れてきたかもな。主に焦凍のせいと、焦凍のおかげで。
 焦凍が何も言わないからぱちんと手を合わせて「はい、俺の話おしまい。次焦凍」と話を振ると、ずび、と洟をすする音が聞こえた。なんでお前が泣いてるんだか。
 机の上のティッシュ箱を掴んで押しやるとちーんと鼻をかんで、「俺は、お前に比べたら、全然、大したことねぇけど」掠れた声に肩を竦めて返す。「俺だけはヤだ。お前も話してよ」「…ん」俺を抱き締め直した焦凍が、古い記憶を辿るように、過去にあった出来事を話していく。
 オールマイトを超えたいばかりに間違った方法、個性目当ての結婚をしたエンデヴァー、轟炎司。
 自分では超えられない壁、オールマイトを超える理想たる子供を作るため、焦凍のお母さんは子供を産み続け、ついに焦凍……エンデヴァーが理想としている半冷半熱の個性、自らの弱点を補える子供が誕生する。
 エンデヴァーは焦凍にオールマイトを超えろと強要し続けた。
 そんなエンデヴァーから焦凍を庇い続けていた母親が精神を病み、焦凍にやかんの熱湯をかけるという暴挙に出てしまう。

「あとは、だいたいわかるだろ。
 俺はお母さんをおかしくした親父を超えたくて、親父の力は使わず上に行くって決めて、雄英にも入って……緑谷と戦って、親父の力でも、俺のものなんだって気付いて…」

 体育祭のことを思い出しながら、焦凍の左側、顔の上半分の色の変わってしまった皮膚を指でなぞる。この火傷はそういう理由だったのか。
 くすぐったそうに目を細くする焦凍を甘やかしたくなった。俺の人生もお前の人生も、振り返ってみるとなかなか壮絶だ。「いい子いい子」喉が鳴ったらゴロゴロ猫みたいにすり寄ってきそうな焦凍の頭を撫でる。話をしたせいで余計に気になるんだろう、左腕の断面をそろそろとなぞる指の感触がこそばゆい。
 顔を寄せてきた焦凍にキスされた。左腕の断面をなぞっていた指が俺の胸から下に落ちて、スウェットの下に手を潜り込ませて肌を撫でてくる。

(別に、セックスしてもいいけどさ。昼からベッドインとか、高校生ってことを考慮しても、盛りすぎでは?)

 なんてことを考えつつ、愛おしさで満たされた胸のまま、昼間からまたセックスをする。

「う、ァっ」

 ごつん、と焦凍の腹の奥の方まで抉り、限界まで体をくっつけて、右腕をベッドについて焦凍の耳を噛む。「俺はココが気持ちい」「…っ」「キツい?」もう何度か腹の奥まで突くセックスはしてるけど、ここは慣れるのに時間がかかるってのは知識として知ってる。無理な奴がいるってことも。
 ただ、ここまでなるべく丁寧に抱いてきた。だから焦凍は俺を拒否しない。涎と生理的な涙と快楽でぼやっとした顔で俺の顔を舐めて「だい、丈夫だ。シてくれ」って言うから、絡みついてくる内側に片目を瞑りながら焦凍の奥を突いて、突いて、だけど昨日の今日だから、焦凍が二回目の潮を吹いた辺りでやめることにした。ぬぽ、と音を立てて焦凍のケツから自分のを引っこ抜く。
 涎と涙を垂れ流したままの焦凍がぼやっとした感じで手を伸ばしてきた。「それ…」それ、で指されたのは白っぽい粘性のある体液が入ったコンドームである。「飲みたい」「ええ…」焦凍は物好きで、さっさと片付けないとコンドームの中のものを欲しがる。
 ケツに突っ込んでたコンドームに口をつけて中のもんを飲むってのは衛生上よろしくない。
 しょうがないから最近は「じゃあこっちキレイにして」とコンドームを取っ払った俺のを咥えさせることにしている。
 もう躊躇いってものもなくなった焦凍は口を開けると迷う素振りもなく俺のにしゃぶりついた。
 俺の知らないところで勉強でもしてるのか、毎度フェラされる度にちょっと上手になってる気がするのがなんだかな。
 冬休みの宿題をしたり、部屋で映画を見たり、イチャイチャしたり、年末らしく大掃除をしたり。
 そんなふうに過ごしていたら、あっという間に今年も終わりの日、大晦日がやってきた。
 全寮制化の経緯からも、長期休暇中でも帰省は難しいのではないか……と思われていたけど、学校の教員含めたプロヒーローの護衛つきという条件で、ヒーロー科のみんなは一日だけ帰省ができることなった。もちろん、焦凍も。

「ほら、行ってらっしゃい」
「……蕎麦持って帰ってくる」
「ハイハイ。家族と仲良くね」

 いつまでもバスに乗ろうとしない焦凍の背中を押して無理矢理乗らせ、俺は乗り込まず、一歩二歩下がってバスから離れる。
 相澤先生がひょこっとバスから顔を出して「皆を送り届けたら戻る」「はい。お気をつけて」先生も大変だなぁ。住み込みで教員、こういう引率もしないといけないし。
 発進したバスに、乗り込んだみんなが手を振るから、大手を振って見送る。
 ……後部座席から紅白頭がいつまでもこっちを見ている。あからさますぎて絶対ツッコミ入れられてるだろうなぁ、あれ。
 俺は一人でここに残ることを選んだ。
 なぜかというと、施設が帰省を歓迎するとも思えなかったし、俺も、子供がたくさんいて窮屈で居場所のないあそこに帰りたいとは思わなかったからだ。

(みんな、帰る場所があるんだな。いいなぁ)

 バスが見えなくなってから、はぁ、と白い息を吐いて軋む左腕を抱え、すぐに寮に取って返す。
 普段は二十人の人数がいて混み合っていることもある共有スペースが、今は人っ子一人いない。
 こういうの、かなり久しぶりだな。ヒーロー科に来てからは毎日のように焦凍と一緒だったし、そうでなくても、ここに来れば誰かしらがいた。
 音がなくて寂しいから共有スペースのでかいテレビをオンにし、年末の特番を流しながら、だだっ広い空間で一人ポツンと寝っ転がる。
 普段なら誰かしらがいるこの部屋で堂々とソファに寝転がるって、本来なら贅沢なんだけど。今日はなんだか虚しさの方が勝る。
 大きなテレビから流れてくる映像と音を見るともなしに眺め続け、飽きてきたから、携帯を取り出す。
 この間撮った焦凍の寝顔の写真を呼び出してなんとなく眺めていると、ギイ、と扉が開閉する音と冷たい空気の入ってくる気配がした。「ただいま」携帯をポケットに滑り込ませて「おかえりなさい、先生」慌てて起き上がる。
 先生は他に誰の姿もないがらんどうの寮内を見回すと、どかっとソファに腰かけた。お疲れなのだろう。教員の仕事、しかも住み込み。エリちゃんって子の世話もある。先生も大変だ。
 キッチンでインスタントのコーヒーを淹れて持っていく。「どうぞ」「ああ…」受け取った先生がふぅっとカップに息を吹きかけて、気付いた顔で俺を見やる。

「今更の確認だが、どうだ。ヒーロー科は」
「良い子たちばかりで、毎日充実してます」
「その後の虐めの方はどうなってる」
「最近はサッパリです。たまに思い出したように嫌がらせがあるくらいで、この程度ならなんでもないです」

 機械の左手をひらっと振って、自分に淹れたスティックのカフェオレをすする。甘い。「これも確認だが」「はい」「お前、轟とはどうなんだ」ふー、とカップに息を吹きかけて中身を飲もうとしたところで動きが止まる。「どう、とは?」「ただのクラスメイトか。親友か。はたまたそれ以上かって話だ」……毎日あれだけ一緒にいて、さっきも俺にベッタリだった。できる限り誤魔化してはきたけど、先生の目は欺けない…よなぁ。
 世間一般として、健全な恋は男女がするものだ。その点、俺たちは健全ではない、のかもしれない。
 個性のこともあって充血しがちな先生の目をまっすぐ見つめて、「お互い、好き合っています」ハッキリ伝えると、先生は悩まし気に溜息を吐いた。無造作な髪にガシガシと手をやる。

「まぁ、なんだ。恋愛に規定はないし、細かいことに口出しはしたくはない。
 だが、轟は現ナンバーワンヒーローの息子だ。アイツはそれだけでも目立つ。…俺の言いたいことはわかるよな」
「はい。サポート科からこっちに編入させてもらう過程で、もうご迷惑かけてますから。これ以上はないよう気をつけます」
「…お前らはあくまで学生だ。そのことを忘れんでくれ」
「はい」

 ぺこ、と頭を下げた俺に、コーヒーを飲んだ先生は苦い顔をしていた。「じゃあ、エリちゃんが待っているからな。何かあったら来い」「わかりました」先生からカップを受け取り、職員用の寮に戻っていく背中を見送る。
 先生が言っているのは当然のコトだ。
 轟家の、引いては現ナンバーワンにも関わるだろう焦凍の色恋。そのウワサが立った場合の影響。雄英にいる間はそういったことを考えろ、って言ってる。
 わかってるつもりで行動はしてたけど。改めて釘を刺されると、キツく感じるものなんだな。
 先生が行ってしまうと、人っ子一人いないだだっ広い共有スペースで俺はまた一人に戻る。
 テレビでは年末らしい、笑いを誘うくだらない特番がやっていて、そのテレビを眺めて、冬は寒いからと八百万が創造したブランケットを被る。
 年末か。施設でも掃除やらされたな。お年玉って楽しみを糧に頑張ってやってたっけ。
 ぼやっとテレビを見ているとCMに入った。年越し蕎麦をすすっている内容に自然と焦凍を想起している自分にふっと笑う。

「ほんと、一人、久しぶりだ」

 ポツリとこぼして、大きなテレビを消した。テレビ見るだけなら部屋でもできるし。
 この間一人で出かけはしたけど、人には会ったわけだし。完全なる一人っていうのは本当に久しぶり。
 自室に戻り、好きな映画を一本見て、その後に昼飯としてカップ麺を食べた。購買で三百円した高いやつだ。
 食べるのを楽しみにしてたのに、いざ食べてみると、なんだか味気ない。「んー?」ずず、と麺をすすって首を捻る。なんで味気ないかなぁ。半年前なら喜んで食べてたのに。
 味気ない昼飯を食ったあとは、テレビの年末特番を流して、ざっくりとは掃除したけど細かいところはまだだった自室の掃除をして、だらだらテレビ見て、昼寝して、起きて、またテレビをつけて、さて何をしようか…と考えていたところで携帯が震えた。焦凍だ。

「はいはい。どした?」

 通話を繋げて声をかけると、焦凍は開口一番『帰りてぇ』…第一声がそれか。もー。
 溜息を吐いて、こんなときでもないと見ることのないくだらない内容のテレビの特番を眺める。

「せっかく家族といられるんだから、ちゃんと満喫しなさい」
『…は何してるんだ』
「俺? 特番のテレビ見てダラダラしたり」

 テレビに視線をやりつつ、焦凍が置いていったせんべいの袋から一枚ずつ個装されてる上等な海苔せんべいをかじる。『寂しくないか』…なんだそれ。「俺は大丈夫だよ。孤独はお友達」と、最近はなかなか思えてないわけだが、今くらいはこう言っておかないと、焦凍本気で帰ってきそうだし。
 電話の向こうで焦凍の眉間にむっと皺が寄った気がする。『なぁ』「んー」『ケッコンしたい』「ぶっ」飲み込みかけていたせんべいを吹き出す破目になり、さすがに汚いのでティッシュで包んでポイした。上等なせんべいがもったいない。「ごめん、なんて?」聞き間違いかと思って問うと『ケッコンしたい』……一字一句合ってる。俺の聞き間違いではない……。
 熱い気がする顔に左手をやる。機械の手は暖房の入った部屋でも程よく冷たく、火照った顔を冷やしてくれる。

「残念ながら日本じゃ男同士は結婚できません」
『じゃあ海外に行く。そこでする』
「あのね…。『家族』には、養子縁組でなれるよ。それでいいだろ」
『俺と、家族、なってくれるのか』
「……轟の家がいいなら、俺にはありがたい話だし。家族になったら、焦凍と一緒にいられる。し」

 ぼそぼそっとだが言いたいことは言えた。逃げずに言えた。もうちょっとはっきり言えたらよかったけど、及第点。
 結婚がどうこう言ってきた焦凍は、この間した俺の過去話も相まって『家族』という形にこだわっているらしい。
 俺の返答で満足したのか、向こうの方で焦凍、お風呂という声にああと返して『明日戻るから』と言う。わかってるよ。「ちょっと早いけど、おやすみ。焦凍」『おやすみ。…』「ん?」まだなんかあるのか。風呂行ってこいよ。


「聞いてるよ。なに」
『…、』

 あいしてる、という言葉を残して、通話は途切れた。
 あいしてる。アイしてる。愛、してる?
 理解した途端顔から火が出るかと思った。「ハァ?」裏返った声で思わず携帯をベッドに放り投げる。
 なんなんだ。どれだけ俺をかき乱せば気がすむんだあの天然&イケメンは…!

(くそ)

 金属の手を当てても顔が熱いままだ。どこまで俺の中を埋めてけば気が済むんだよお前は…。