俺の不注意で義手を壊してしまったサポート科のに『片腕だと飯が難しくて。手伝ってくれると嬉しいな』というラインを受け取って食堂に行くと、片手ではどうしようもないのか、混み合う食堂で立ち尽くす姿を見つけた。「」声をかけると右手を振られる。「ごめん、呼び出して」「いや」もともと俺のせいで左腕がダメになっちまったし。昼飯のトレイ持って席に運ぶくらいは手伝う。
 はステーキ定食、俺はいつも通り蕎麦を頼み、適当な席にトレイ二つを並べる。「ありがとー。助かったぁ」笑顔で礼を言われるが目が笑ってないの空っぽの腕を眺めてから「食えるのか」と訊くと、さすがにね、と返される。「右は無事だから」姿勢は悪くなるけど、皿に顔を寄せるようにすれば食べられる、とステーキにがっつく
 そうか。食えるならいいか。俺も食べよう。
 今日もうまい蕎麦をすすって食い、あっという間にステーキ定食を空にしたが満足そうに顔を上げた。口の端に飯やらソースやらがついてる。「ん」ハンカチを渡すと目を丸くされた。「ん?」「口元」「ああ」ありがと、と笑った相手の目はやっぱり笑ってなくて、遠慮なく口を拭って「洗って返そうか」と首を捻る姿に「別にいい」ぼやいて返してその手からハンカチを攫う。
 スペアの左腕の調子が悪いらしく、今はそっちも直していて、左腕の代わりがないの分も食器を下げる。「ありがとー」やっぱり笑ってない目が何を考えているのかはわからない。笑ってはみせるが実は俺に怒ってる、とかか?
 食べ終わってさっさと食堂を出て行く背中を視線だけで追いかける。「轟くーん次仮免の特訓だよー着替えないと!」「おう」緑谷の声に一瞬そっちに顔を向けて戻すと、の姿は人混みの中に消えていた。
 次の日、スペアの腕の調子が戻ったらしいからは飯を手伝ってくれというラインは来なかった。
 緑谷、飯田といつものように食堂で昼飯を摂りながらその姿を探すと、一人席の窓際で携帯を眺めている背中を発見。早めに蕎麦を食って「腕大丈夫か」と声をかけにいくと、驚いた顔をされた。なんでだ。

「スペアは、直ったよ。まぁこれあんまつけたくないんだけど」
「なんで」
「…痛いんだよ。神経接続が。旧型で動きもぎこちないし」

 ぎぎ、とぎこちなく開閉する義手の金属の指に触れてみる。前も言ってたな。神経がどうって。「神経。入ってんのか」「まぁ。そうじゃないと思うように動かないだろ」「そうか。俺、神経入ったもんを引きちぎったのか…」想像するだけでも痛いな。早朝なら誰もいないだろって個性使って特訓してたけど、なんてことしちまったんだ俺は。
 今も痛いのか、の笑顔はとてもぎこちない。「お金があれば、こっちも改良するんだけど」「…金があればいいのか?」訊ねた俺にの笑顔が固まる。「あ。いや。金ないから、旧型のままのスペア、なんだけどさ」「金があれば新型にできるのかって訊いてる」「まぁ。うん。お金があれば……」俺個人で都合できる額には限りはあるが、俺のせいで腕を壊して今痛い思いをしてるんだ。援助する義務があるだろう。
 俺のせいでそうなったんだから出す。いくらあればいい。そう言ったらは苦笑いで誤魔化すだけで逃げやがった。
 休み時間の度にラインで『いくらあればいいんだ』と送っても既読スルーされ続けたから夜に寮に行って呼び出すと、観念した顔で出てきたが「轟ってしつこいねぇ」とぼやきながら「十万あればいいよ」と言うから、後日用意した金を渡すと複雑そうな笑顔を向けられた。その目はやっぱり笑っておらず、表面上笑ってみせるコイツは内心では腕をぶっ壊した俺のことを怒っているんじゃないか…と思った。

「なぁ。訊いていいか」
「んー」
「腕、なんでそうなったんだ」

 そもそもの疑問。どうして義手をつけることになったのかという点を今更ながらに訊いてみると、鈍い動きの左腕を調整して何か器具を入れていたが視線だけで俺を見上げた。その目が機械の左腕に戻り、筋肉、のようなチューブのいくつかが真新しいものに取り換えられていく。
 食堂は昼食を終え人がはけてきたが、はその端っこで腕の調整をしている。「なんで義手してるのか、ってこと?」「ん」「まぁ、事故、かな。命拾いはしたけど、代わりに腕がなくなった、って感じ」詳しくは語りたくないのかざっくりとした返答だった。
 隣に座って腕の調整を眺め続ける俺に、が微妙に表情を曇らせる。「そんな気になる…?」チューブの交換が終わったらしく、スペアの腕は部品を交換する前より滑らかに動くようになっていた。「…うん。よし」ぼやいたが古いチューブをポケットに突っ込んで立ち上がる。
 さっさと食堂を出ようとしていたがくるりとこっちを振り返ると自分の顔の左側を指した。俺の顔で言うと火傷のある側だ。

「じゃあさ、轟、その痕はどうしたの」
「…どうって」
「突っ込んで訊かれると言いにくくない?」

 いい話、ではない。進んでしたい話でもない。俺はそういうことを訊いたのだと遅れて気が付く。自分から傷の話を嬉々としてする奴なんていない。
 さっさと行ってしまったにぐっと拳を握り、自分の顔の左側を手のひらで覆う。「今のは軽率だったな…」興味があるまま深く考えもせずの傷をつついてしまった。腕をなくす出来事がいい想い出であるはずがない。俺の顔の火傷と同じだ。
 次の日、昨日の軽率さを謝ろうと食堂での姿を探したが見つからなかった。
 人目を引いて鬱陶しいからあまりやりたくなかったが、早く謝っておきたいという気持ちもあり、昼休み、サポート科の教室に行って「いるか」そのへんの女子に声をかけてみるが「今日は休みだよ」と嬉しそうな顔で返された。それはアイツが休みで嬉しいからの笑顔なのか、俺に声をかけられたから嬉しいって顔なのか。
 休みの理由はわからないが、それならラインしかない。とにかく謝っておこう。
 指先でとんとんと気持ちを綴って送信するも、既読はつかなかった。午後の授業が始まっても、下校できる時間帯になっても、既読の文字はつくことはなかった。

(ラインが見れないくらいに調子が悪いのか。それは良くないんじゃないか?)

 気になって、サポート科の寮まで行っての部屋を教えてもらい、扉をノックする。「、俺だ。轟」返事はない。ダメもとでノブを回すと開いたので、「入るぞ」と声をかけてから部屋の扉を開けた。
 中は薄暗く、機械のオイルのような香りで満ちている。床には雑多に転がっている工具や何かの部品がたくさんある。
 機械を扱ってますって部屋になぜかある太いロープから視線を外し、薄暗い部屋の中を進んでベッドまで行くと、頭まで布団を被ってうなされているがいた。携帯は床に転がっていて俺からラインがきていると通知している。
 スペアだと言っていた左腕はラグの上に調整中の格好で転がっていて、俺がぶっ壊した腕の方も絶賛修理中。そんな形で放置されている義手を眺めていると「と、さん」と声。うなされているのうわ言だった。少し布団をめくってみると、赤い顔をしたがうなされている。「か、さ。しんじゃ…だめだ……」「………」の欠けた腕とうわ言の内容を思うなら、なんとなく合点はいく。
 過去に両親と腕を失うような事故にあったのだとすれば、それは、訊かれたくないことだったろう。俺は本当に軽率なことをしてしまった。
 熱い額に右手を置いてひんやりとした心地を提供し、ベッドに寄り掛かる。「ごめんな」もし俺が軽率なことを言ったせいで過去の夢にうなされているのなら、本当、ごめん。
 の額を冷やしながら、薄暗い空間に誘発されてか、気付いたら寝ていたらしく「とどろき?」と呼ぶ掠れた声で目が覚めた。
 冷やした手でまだ熱い額から頬にかけてを手のひらでなぞる。熱はあるけど、冷やす前よりは引いてるか。よかった。
 霞む目を凝らすように眉間に皺を寄せているに「ラインしたんだ。返事ないから心配で。ドアは開いてたぞ」部屋にいる理由を告げると相手は呆れたように笑う。

「ほっといていいのに。いつもの、発作、だから」
「発作?」
「…俺の個性だよ。神経を、モノと接続できるんだ。腕もそう。つまり、モノを自分の思うように動かせるわけ、なんだけど。適度に切ってないと辛いんだ。度が過ぎると熱とか出る」

 そうか。そういう理屈で動いてたのか、あの腕。だとしたら、個性使ってる最中にぶっちぎることになった俺のせいで負担がかかったともいえるだろう。ほんと、悪いことをした。
 まだ辛そうなの額を冷やす。「つめて…きもちぃけど」今は本当に笑っているの顔を眺めて、なんとなく顔を寄せて、気付いたらキスしていた。
 二人してぽかんとした顔をして、俺は自分がなぜそんなことをしたのかわからず戸惑い、は右腕で口を隠して視線を明後日の方へと逃がす。「何、してんの」「いや。なんかしてた」「意味がわからね…」「俺もよくわからねぇ」がし、と布団を掴んだが顔を隠し、その手で俺の手をやわく払う。もういい、大丈夫だ、と。「時間たてば治るから。冷やしてくれてあんがと」「…ん」払われた手を引っ込め、床に散らばっている機械を踏んだり蹴ったりしないよう気をつけつつ部屋を後にしようとして、肝心のことを言っていないと思い出す。



 返事はないが聞こえてはいるだろう。「腕のこと、軽率に訊いて悪かった」そのせいでお前の夢見が悪かったとしたらなんて謝ればいいか。
 答える声はなかったが、これ以上はしつこいだろうし。には休んでいてもらいたい。もう自室に戻ろう。

(……なんで)

 たん、たん、階段を下りながら口に手の甲を押し付ける。
 なんでキスしたんだろう、俺。