1Aの委員長、飯田が仕切って始めた『年末大掃除』の日。
 俺としては掃除はめんどくさい男子なので極力サボってきたんだけど、さすがに年末、大晦日も近いとなると、左の義手関係の部品や工具が取っ散らかってる机を整頓くらいはしようと思った。
 手入れしたら満足しちゃってついつい出しっぱなしになる腕の部品を箱に仕分けてしまっていると、サポート科に腕のことを任せるようになってから不要となってしまった部品もパラパラあるのに気付く。
 自分でアレコレ改造してた頃は、どれもいるものだったんだけど。今はメンテナンスさえできれば下手に自分で弄らない方がいい節まである。
 金属の部品やチューブ、自分ではもういいかなと思うものを整理してビニール袋にまとめる。
 自分では使わないから、発目に預けよう。これ使って改造してくれたら部品も無駄にならない。
 机の引き出しの中身を整理して一息吐いたところで、今日も今日とてイケメンである焦凍が段ボール箱を抱えて部屋に入ってきた。アマゾンマークがある。

「何それ。っていうか掃除は?」
「俺の部屋は終わったぞ」
「はや……。俺は今机の整理とか終わったとこで、掃除はまだ」
「それだ。掃除のやつ。買った」

 俺の部屋で段ボールをべりべり開封した焦凍が取り出したのは、ルンバである。部屋に置いとけば勝手に掃除してくれるというあの有名な。
 左手が機械である身としてもルンバが気になって寄っていくと、焦凍は箱からルンバを出したはいいものの説明書を見て動きを止めていた。「…わかる?」「………今読んでる…」眉間に皺を寄せた難しい顔で説明書に視線を彷徨わせてるから、その手から取説を攫って稼働とか必要な個所だけにサックリ目を通す。俺は義手のこともあってこういうのには強い方だ。
 まずはホームベースを設置して、本体を充電して、と。
 すぐにルンバが動くと思っていたんだろう、充電を始めた本体のクリーンボタンを押そうとする手を握って止める。「まだ。充電しないと動かない」ふぅん、とこぼした焦凍が俺が整理した机の方に視線をやっている。だいぶ汚いままだったからスッキリしたろ。
 焦凍がなんでルンバなんて買ったのか、なんとなく想像はついてる。どうせ『掃除してる時間があるならくっついてたい』っていうシンプルかつどうしようもない理由だろう。
 そこを否定するつもりはないけど、今日くらいはちょっと色々辛抱してもらいたいものだ。

「掃除はルンバでいいだろ」

 俺の予想通り、当たり前のようにそう言って腰を抱き寄せてくる焦凍に右手を突っぱねる。「あんねー飯田見に来るよ。委員長として来るよ」「床と机が綺麗ならいいだろ」「俺はそれでいいけどさー…」飯田はそういうところ細かそうだ。大雑把であるよりはいいことなんだと思うけど。せめて枯れ葉とかが積もったままのベランダの掃き掃除くらいはしないと、注意されると思う。
 このために購買で買ってきた塵取りと箒でせっせとベランダを掃除する俺の背中に視線が突き刺さっている。目は口ほどに物を言いすぎる焦凍がじっと俺を見ている…。
 サポート科からヒーロー科に替わるってとき、大きなゴミや要らないもののほとんどは処分してしまったから、今年は粗大ごみ的なものはない。今掃除してる枯れ葉なんかの細かいゴミを集めてせいぜいゴミ袋一つ分。今年の大掃除は楽でいい。
 枯れ葉を取ってきれいになったベランダに満足して部屋に引き上げると、焦凍がせんべいをかじっていた。今日はそば粉を使った海苔せんべい。「ちょーだい」あ、と口を開けると一枚つまんだ指が俺の口にせんべいを放り込む。
 ばりぼり、今日も上等でうまいせんべいをかじりつつ、枯れ葉その他をゴミ箱にざらざらと流し入れる。
 床はルンバで掃除するとして、だ。
 一度も整理したことがないクローゼットを開けると、中にはぎゅうぎゅうと服が詰まっている。焦凍が俺にアレコレ買うようになってから服は増える一方だ。
 丈の長いコートとか帽子とかの下をガサゴソ探る。「えーっと」かつて自分が着ていたお古の服。焦凍が服を買うようになってからは着なくなったものが端っこの方でビニール袋に突っ込まれたまま放置されているのを発見。これを機に処分しよ、と引っぱり出す。
 俺がクローゼット内の服の整理を始めると、せんべいをかじっていた焦凍の眉間に盛大に皺が寄った。「まだやんのか」「まぁね。年末大掃除だから」掃除嫌いの俺だけど、俺なりにやる気を出してクローゼットの整理をしてたのに、背中側からぎゅっと抱き締められてそのまま持ち上げられる。「ちょ、こら、」足をバタつかせる抵抗も虚しくベッドに連行されて押し倒される。
 眉間に皺を刻んだ不機嫌そうな、それでも面の良いイケメンがこっちを見下ろしている。

「俺を構えよ」
「……お前ね…」

 人がせっかくやる気出して掃除しよってときに……。
 しかし、恋人がむくれた顔で隣に転がったら、甘やかさないわけにもいかない。
 焦凍がいる間の掃除については半ば諦めつつ、左右で色の違う紅白色の髪を撫でつけ、物欲しそうな顔に一つ口付ける。
 今日は年末大掃除の日であって、みんな掃除に励んでいる。
 俺たちだけがそれ以外に励むのはやっぱり違うと思うし、飯田が委員長として部屋を訪問しに来るかもと思うと下手なことはできない。
 そういう理由でキスは舌を入れないし、俺のスウェットをまくろうとする手も掴んで止める。
 むぅ、と眉間に皺を刻んで不満そうな焦凍の頬を右手で撫でる。「今日はダメ」その理由はお前だってわかるはずだろ。
 だがしかし、俺がダメって言って諦めるわけもない焦凍は、あの手この手で俺をその気にさせようと仕掛けてくる。
 甘えたな顔の甘い声で「」と呼んできたり、お前は犬かって思うくらい首や手を舐めてきたり。冬休みに入ってからというもの誘い方が凶暴だ。面の良さが活きてる。
 だんだんと健全で終わらせるための自分の中の気合いゲージが下がってきて、このままだと流されちゃうなぁと上からのしかかってキスしてくる焦凍に思ったとき、ズン、と地面が揺れた、気がした。「お」焦凍も軽く驚いてみせたということは俺の気のせいじゃない。
 ベッドに手を当てて床へ神経を繋ぎ、床から寮の建物全体を把握。…とくに異常はない気がする。どこかの部屋で何かが起こったってわけじゃないらしい。
 じゃあもっと外か、と意識を外へと伸ばすと、年末ということで設置された臨時のゴミ捨て場、そこの近くの地面が崩れていた。「あー」意識を集中するために目を閉じて目の前の景色を閉ざし、神経を繋いで構築された外の景色だけを頭の中に描く。
 地面に空いた穴。そこに人の形が、五つ、かな。

「どうした」
「今の揺れ、臨時ゴミ捨て場の近くの地面が崩れたから、みたいだ。誰か数人落ちてる。知らせないと」

 焦凍は切り替えが早いので、甘えたモードから涼しい澄ました顔に戻るとさっと身を起こした。「年末だってのに、忙しないな。俺はお前とイチャイチャしてぇのに」俺もそこを否定する気はないけど、大掃除の今日くらいはべったりを控えてほしいなと思ったりもする。掃除、捗らないから。
 俺と焦凍が現場である森林地区に駆け付けると、揺れの原因だろう場所には大きめの穴が開いていた。
 穴の向こうの状況を確認しようと一歩踏み出す焦凍に「ストップ」と声を飛ばし、両手に地面を当てたまま硬度を確認すると、崩落した辺りは周辺よりだいぶやわらかいことがわかった。「思ってるより地面がやわらかい。また崩れるとマズいから、距離取ろう」「ん」素直に足を引っ込めた焦凍がこっちに戻ってくる。
 たぶんだけど、ゴミ捨てに来たんだろう何人かが崩落に巻き込まれている。
 でも、俺と焦凍の個性では救助どころか、二次被害に遭ってしまう可能性が高い。救助できれば、と思ったけど、下手に手を出すより当初の予定通り先生たちに知らせた方がいいだろう。
 同じ判断に至った焦凍と教員の寮へと急いでいると、道中で校長先生に遭遇した。外に一人でいるのを見かけるのは珍しい。
 この人…人じゃないか。校長先生は小さいから、誰かにくっついて運ばれてたり移動してたりするのをよく見かける。自分の足でてくてく歩いてるのを見るのはなんだか意外だ。

「やぁやぁ、そんなに急いで、どうしたんだい」
「校長先生、実は……」

 俺が個性で視たモノについてを説明し、今から教職員の寮へ行ってこの話をするところだったと言うと、校長はぽんと手を合わせた。「わかった。教員には私から知らせておくのさ。君たちは大掃除の最中なんだろう? 戻りなさい」もうすぐそこだし、同じことを説明する気でいた俺は校長先生が引き継いでくれるという話にちょっと拍子抜け。でもまぁそれが合理的かと、まだ部屋の掃除を残してる俺は、あとのことは校長先生に任せることにした。
 小さな背中が教員用の寮へてくてくと歩いていく。
 念のため、最後に個性であの場所の確認をして……地下深く、そこに広がる迷宮のような空間を見つけてぎょっとした。「どうした」隣で首を捻った焦凍に「や、なんでも」と笑って返す顔が微妙になる。
 雄英の敷地の地下深くにある巨大な空間。そこに落ちてしまった誰かに同情しながらも、慌てて飛び出したせいでコートも着ていない体で一つ身震いする。

(校長先生がこんなとこを一人で歩いてるってのもよく考えれば変な気がするし、俺の話をストンと信じて教員に知らせに行ったのも、なんとなく納得できない……。校長先生はあの場所のことを知ってるとか……?)

 知っててあまり公にしたくない、とかだろうか。たとえば、今後雄英の訓練施設になる予定の場所で、今は秘密なんだ、とか。
 考えながら歩いていると、焦凍に右手を取られると同時に驚かれた。「すげぇ冷てぇ」「そりゃ、寒いし」寒い、と口にしたら急にブルッときた。へくし、とくしゃみをした俺に焦凍の左手がホッカイロみたいにあたたかく発熱し始めた。左側の個性だ。あったかー。
 ほんのりとしたストーブみたいなあたたかさを伝えてくる焦凍の左側にくっついて寮まで戻って、扉を押し開け、ようやく寒さから解放される。「はぁー」縮こまっていた肩の力を抜く。寒かった。
 部屋に戻ると、ルンバの充電が終わっていた。
 せっかく焦凍が買ったのだ。活用しないのももったいない。
 ピ、とクリーンのスイッチを押すと、ルンバがまぁまぁうるさい音を出しながら床を掃除し始めたから、その邪魔をしないよう焦凍と二人でベッドに上がる。
 俺の体温が気になるのか、ぎゅうぎゅうと抱き締めたままの焦凍に「もう大丈夫だよ」と笑うとぱちっと目が合った。あ、と思ったときにはキスしていて、当たり前のように舌が入ってくる。…今日はシないでおこうと決めてたのに……。
 個性故だろう、焦凍のあったかい左手がスウェットと肌の間に滑り込んでも、もう止めることができなかった。
 ルンバがまぁまぁうるさいのにな。飯田が来るかもしれないのにな。

(あれ、そういえば、見かけてないな。あの揺れのことを一番に気にしそうなのに)

 もしかしてあの穴に落下したのって…。そんなことを考えて、ルンバのまぁまぁうるさい音を背景に、仕掛けてきたくせにすぐ逃げ腰になる焦凍の腰に左腕を回して逃げるのを阻止。ベッドに倒して上から唾液を流してやりながら口の中を犯していく。
 イケメンは歯並びもいいな。矯正とかしてたのかな、なんて余分なことを考えながら舌で歯茎をなぞって形のいい歯を確かめていく。
 上顎と下顎、全部を舌で触って、ようやく気が済んで顔を上げたら、焦凍はすっかり出来上がっていた。肩で息して、飲み切れなかった唾液をこぼして「」と甘い声で呼ばれたら、もう、駄目だ。そんな蕩けた顔されたら俺も我慢ができない。
 個性を使ってドアまで意識を伸ばして鍵をかけ、焦凍の部屋着の下の肌へと手を伸ばす。
 そんなわけで、意思の弱い俺はルンバが掃除してる横で結局シてしまったんだけど、どうやらあの崩落に巻き込まれていたのは1Aのクラスメイトだった、ということを夕飯のハンバーグの席で知った。
 よく見ればちょっと疲れたなって顔をしている切島、口田、障子、常闇、飯田の五人は、あのひっろい地下迷宮を彷徨ったんだろう。
 まぁ、事情を知ってそうだったあの人…人じゃなかった。校長が大丈夫だって判断をしたのなら、あの地下迷宮は危険なものじゃないんだろう。
 今回はたまたま地盤が崩れてしまって生徒が巻き込まれたとか、そんな感じ。今後はその点も留意してくれるだろうから余分な心配をする必要はない。
 大きなハンバーグを頬張りながら、夜こそクローゼットを整理して、トイレ掃除して、気持ちよく年末大掃除を終わらせようと決意。部屋に戻って服の整理の続きを始めると、テレビをつけた焦凍が若干拗ねた顔でベッドで胡坐をかいた。「もういいだろ」「あと服の整理とトイレ掃除したいんだよ。焦凍手伝って」「……あとで甘やかしてくれ」「はいはい」俺も焦凍に甘いけど、焦凍も俺に甘い。トイレ掃除っていう気が進まないことも手伝ってくれる。
 あとでシない程度に甘やかしてあげようと決めて、古い服のなくなったクローゼットの整理を終える。
 渋々だったくせにブラシを使って掃除してる焦凍が偉い。
 さて、じゃあ俺はどうしようか、と部屋を見回して、コンコン、という規則正しいノックの音が響く。「はぁい」出ると案の定というか飯田がいた。

「どうかなくん、大掃除の方は」
「俺にしては頑張ったよ。あとはトイレだけ」

 今まさに焦凍が掃除してるトイレを指すと「なぜ轟くんが?」と驚かれた。まぁ普通はそうか。「手伝ってくれたんだ」ね、と笑いかけるとこっちに顔を向けた焦凍が若干不機嫌そうなもののこくりと一つ頷く。「自分とこは終わってるからな」「そうか。轟くんは友人想いなんだな」うん。普通はそうだよなぁ。
 なんともいえない苦さを噛みつつ、「焦凍の部屋見るなら鍵開けるよ」と外に出ると、飯田がついてきた。そして首を捻ってみせる。「なぜ君が轟くんの部屋の鍵を?」あー。普通はそうだよな…。「借りただけ」ちょっと言い訳が苦しい。焦凍は俺の部屋の合鍵持ってるのに、俺は焦凍の部屋の合鍵を持ってない。それって不公平だろって主張して手に入れたものだとは言えない……。
 焦凍は自分のところは終わってるって言ってたけど、確かに終わっていた。和室の畳は掃除されてきれいになっているし、ベランダもトイレも問題ない。
 何せ、ほとんど俺の部屋にいるんだ。この部屋は着替えを取りに行ったりときたま帰るくらいでほぼ留守。汚くなるはずがない。だから掃除も楽だったんだろう。

「さすが轟くん、行き届いているな」

 何も知らない飯田はキレイな和室に感心している。
 この小綺麗な部屋の理由。そのすべて知ってる俺は純粋な飯田の反応に「そうだね」と苦笑いを返しておいた。