「発目〜いる〜?」

 工房に顔を出すと、サポート科でも屈指のへんた……じゃなくて、サポート科らしく開発や研究に熱心な、熱心すぎる発目は今日も工房で新しい『ベイビー』の開発をしてるようだった。
 声をかけるだけじゃ気付いてないようだったから、そばまで行ってタンクトップの肩を叩くと、なんかよくわからない鉄の塊を弄っていたところから顔を上げる。

「おや、どうしました。ヒーロースーツに問題でも?」
「そっちは今んところはいいんだけど、新しく追加したいパーツを考えてきたから、どうかなって」

 この三日でまとめた草案『左腕に機能を追加したい』『いざというときの機動力を確保したい』を見せると、発目の目の色が変わった。目の前のベイビーを放り出して俺が書いたルーズリーフを食い入るように見つめている。
 焦凍には『今まで通りにやればいい』とは言ったけど、俺みたいな後方支援、懐に入られたら終わりみたいな奴はそうもいかないってことまでは伝えなかった。
 焦凍は今より強くなればそれでいい。
 でも俺は、強くなれる個性ではないから。それなら俺みたいなサポート系の個性持ちは、何かしら、伸びしろを考える必要がある。それが『パーツの追加』だ。
 しっかり目を通した発目が俺のことを上から下まで観察し、左腕にじっと視線を注ぐ。

「そうですねぇ。普段使いしている腕とは別に、ヒーロー活動のさいに使う腕、ということでしたら」
「それでいいよ。機動力の方はどう思う?」
「腕で補おうと思うと、どうしても不格好になりますし、安定しません。バックパックのような形のものを背中に取り付けるとか、腰に巻くとか、そちらの方がいいでしょうね」
「じゃあその方向で」

 俺の腕にメジャーを巻いたりしてサイズを測り始めた発目は仕事が早い。腰やら背中やらも一緒に測ろうとメジャーを当てて、そこで初めて、発目はそれまでスルーしていた焦凍を指した。「さすがにちょっと、邪魔です」「…ですよね」可能な限り俺にくっついている焦凍の頭を軽く叩く。今日はここに寄ってくから先に帰れって言ったのに聞かないし、しまいにはくっついてくるし。あったかいけどさ。今はちょっと邪魔。
 焦凍は機嫌が悪そうに眉間に皺を刻んで、ものすごく仕方がなさそうに一歩俺から離れた。その間に発目はちゃっちゃか俺の胸囲やらウエストやらのサイズを測っていく。
 その間の焦凍の顔といえば、発目がサイズ測定のため俺に触れるたびに眉尻を上げていく。
 これは、帰ったら宥めるの大変だぞ。そんなことを思いながら発目と追加パーツについての意見を交換し、明日からインターンで忙しくなるし、暇なときに頼むね、とまとめて開発工房を出た。
 俺の横にピッタリくっついていた焦凍がとても不機嫌そうな顔をしている。あくまでパーツの話、元サポート科として開発&研究の話をしてたのに、発目に妬いてるらしい。「だから、先に帰ってって言ったじゃん」とぼやくとそっぽを向かれた。まだ拗ねてる。そのくせ寮ではなく購買に向かう俺についてくる辺り、かわいい奴だ。

「アレは、ヒーロー科の実技授業に参加するようになってから考えてたことなんだ」

 むすっと拗ねている焦凍が無言で説明を求めてる気がして、一人指を振って答える。「俺の個性はどちらかといえば後方支援で、接近されたらおしまいだ。そうなった場合でも自分でどうにかできるなら理想。ってことで、今日発目にパーツをいくつかお願いしたんだよ」「……聞いてねぇ」「うん、俺が勝手に喋ってる」購買、というかもはや大手コンビニくらいの品揃えがある店内に入って、お菓子とかお茶っぱとか、部屋の常備品をカゴに放り込んでいく。
 まだ拗ねてるって空気を出してるくせに、メモを確認して「買い忘れないかな」とぼやいた俺からカゴをさらって会計に行く辺り、あれだ。トドロキって感じ。
 顔は拗ねてるくせに荷物は持つし、拗ねてるくせに離れようとはしない。そういうかわいい奴なんだよなーと思いながら伸びてきた前髪を払う。邪魔。「美容院行かないと」ぼやいた俺に焦凍が自分の髪を気にするように視線を上にやった。「俺も行く。前髪邪魔なんだ」「俺もおんなじ。…自分たちで切っちゃう?」首を捻って提案すると、焦凍が神妙な顔で俺の額辺りを見つめた。「切ったことねぇ…」「正直、前髪くらいで外出届はどうかと思ってたんだ。やってみよ」「……失敗しても怒るなよ?」「オタガイサマ」俺は自分で切ってたこともあるし、ヘタクソではないから。ま、焦凍が失敗しても、別に怒らないよ。
 そんな他愛のない会話でも焦凍の気分は少し上向いたようで、単純だなぁ、と思った。助かる。
 このまま部屋に戻って甘やかせばいつもの焦凍に戻るだろうという俺の算段は、「くん」という第三者の声で切り裂かれた。
 ん? と顔を向けると、なんとなく憶えのある顔の女子がいて、なんかもじもじしていた。「あの…ちょっと、いいかな」「はぁ」気のない返事をしつつ、眉間に皺を寄せている焦凍の肩を叩いてそばを離れる。
 思い出した。この子、俺を体育館に閉じ込めるときに壁に扉を作ってみせた子だ。つまり、いじめっ子の一人。
 ここのところ俺に対するイジメはほぼなくなったと言っていいくらいに少なくなっていたけど、ここに来てわざわざ声をかけてくるとは。しかも焦凍がいる前で。一体どういうつもりだろう。
 特別教室しか並んでいない、あまり人気のない階まで連れて行かれ、まず集団リンチ…を想像したけど、教室から待ち伏せていた女子が飛び出してくることもなければ、階段で上下挟み撃ちにされるということもなかった。「あの」紫の髪を弄っていた女子が意を決したように顔を上げ、「ごめんなさい」と言ってまっすぐ頭を下げる。
 ぱちくり、と瞬く。
 想像していなかった展開だった。てっきり新たなイジメが始まるのだろうと身構えていたのに。

「えっと……何が?」
「サポート科に、いた頃に。虐めに加担していたこと」
「ああ。でも君は、従ってただけだろ。知ってるよ」
「……それでも、私、止められなかったもの。だから。ごめんなさい」

 再度頭を下げる彼女は、どうやら本気で俺に謝りたいと思って声をかけてきたらしい。
 稀にこういうケースはある。良心があって、ただ、クラスに存在するカーストの位に逆らえなくて、上司の命令に従う部下のようにイジメに加担してしまう子。「まぁ、もう大丈夫だから。謝ってくれてありがと」すごく勇気を出したんだろう女子にお礼を言うと、ぱっと顔を上げたその子の瞳が潤んでいた。
 ……こういうのは苦手だ。あまり経験がないから。
 その場から逃げるように「じゃあ」と背を向け階段を一歩二歩と降りて、「あのね」と背中にかかる声に足だけ止める。「こんなこと言っても、信じてもらえないと思うけど。挫けないあなたが、好きでした」「……ありがと」もう相手がいて応えられない俺は、彼女に顔を向けないことでその気持ちをやんわり断った。
 焦凍を待たせた階まで戻ると、どこかぼんやりした顔で廊下で立ち尽くしている紅白頭のイケメンがいる。
 そんな姿でも様になる癖に、他の誰にも興味がなさそうに、黄色い声を上げてすれ違う女子にも意識を向けない。暇そうにスマホを弄っている。

「焦凍」

 呼ぶと、階段の途上にいる俺を見上げた焦凍が眩しそうに目を細くした。「終わったか」「ん。帰ろ」並ぶと、焦凍が肩がぶつかるくらいにくっついてくる。
 この距離だ。クラスメイトにはもうバレていると思っていい。それでも噂になっていないのは、1Aのみんなに良識があるからだ。
 でも、学校内でこんなくっついてたら、噂の一つや二つできるだろう。それは避けろと年末に相澤先生に言われている。

「焦凍。近い」

 ちょっと離れろと肩を小突いてみたけど離れないもんだから、仕方なく俺から一歩横にずれた。ら、すぐ詰めてきた。「だからさ…」なんでカニみたいに横歩きしてんだ俺たちは。お笑いか。
 ……異能解放戦線という本に隠されていた暗号。あれを解読してしまい、エンデヴァーに会って話をしてからというもの、焦凍は前にも増してくっつきたがりになった。
 明日からはまたインターンが始まる。そのせいもあるんだろうけど、今日は本当にくっつきたがりだ。
 寮に戻るまでピッタリ左隣にくっついてるのもそうだし(最終的に走って帰るという暴挙に出てなんとか誤魔化した)、制服を着替えてからこっち、部屋では俺を抱き締めて離さないし、共有スペースで飯、ってときにも可能な限り椅子をくっつけていた。そのことに峰田がいい加減にしろよリア充とか言ってたっけ。
 お互いの前髪を少しだけ切り合って、インターンで気になって集中できないなんて事態にならないようにしておく。
 風呂でも一緒、寝るのも当たり前のように同じ部屋。
 シングルのベッドを男二人分の体重で軋ませながら、焦凍が押し込んでくるからなるべく壁際に寄って、ん、と腕を広げると大人しくそこに入ってくる。
 紅白色の髪に顔を埋めて、二人で黙って抱き締め合う。
 そんなありふれた時間ですら今日で終わる。明日からはインターン。また離れ離れになる。

「今日はくっつきたがりだった」
「……明日からくっつけねぇし。今日くらい、いいだろ」
「学校ではしない。約束だろ」
「…努力はしてる」

 頬を摺り寄せてくる焦凍の前髪を指で梳く。ほんの五ミリくらい切っただけだからわかんないな。「キスしよ」顔を上げた焦凍と口を塞ぐキスをする。そのあとは自然と舌を絡めて、お互いの唾液を交代で流し込んでは飲んで、服の上からじゃなく直に肌に触れて。
 その頃にはお互いすっかり勃起していたので、するコトして、明日からのインターンに備えて、なるだけくっついて眠った。
 明日、嫌でもこの温度は離れる。
 少なくとも春。ヴィラン連合の件が落ち着くまで、俺たちの日常はインターンと学校の両立で、きっと飛ぶように過ぎていくだろう。

(ああ、でも。嫌な予感がする)

 シて満足したのか、先に眠った焦凍の紅白の髪に指を絡めながらそんなことを考える。
 俺のこういう予感って当たるんだよな。
 だから、考えないと。コレが何からきてて、どういう結末が考えられるのか。
 戦えない俺に人よりできることがあるとすれば、血だまりに浮かぶバラバラの両親。そんな最悪を想定して考えることくらいなのだから。