インターンに明け暮れた冬休みが終わり、始業式のあとの授業でインターンで得た成果・課題報告を終えたその日の夜。A組の共有スペースでは四つの鍋がコトコトとイイ感じに煮込まれていた。
 今日はこれから『インターン意見交換会』&『始業一発気合入魂鍋パだぜ!!! 会』が開催される。
 要するに、鍋を囲んで食べながらインターンの話しようぜって夕食なんだけど、今日違うことといえば、B組も顔を出すらしいってことだ。
 授業で何度か顔を合わせたことがある以外、俺はB組と面識がない。だからこの鍋パでは大人しくしてるつもりだけど、どうあっても俺の隣を陣取るつもりでついてくる焦凍がいるから、主に女子に絡まれそうな予感がすごい。
 四つある鍋に視線を彷徨わせ、どの鍋にするかなぁと腕組み。
 女子向けでマイルドな豆乳鍋、爆豪がこだわって調味料入れてたキムチ鍋、癖のない寄せ鍋、ちょっと変わり種の坦々ゴマ。どの鍋の前に陣取るべきか。

「焦凍は好きなのないの」
「なんでもいい」
「あっそー」

 つまり、どうあっても俺の隣に来る、と。まぁいいけどさぁ。ほんと、蕎麦以外の食べ物には頓着しないよな…。
 今日の気分は健康志向だったから、豆乳鍋の前に陣取ると、今日もイケメンな焦凍は当たり前の顔で横に来た。そして自分が切った、あんまり上手に切れてない端が繋がってるニラをどぼどぼと鍋に投入。
 世の中はイケメンになんでも特権を与えているわけではないのである。少なくとも焦凍は料理についてはお口にチャックしてしまうレベルだ。
 どうせ俺に食えってことなんだろうと思いつつ、煮えてる肉や野菜をお玉ですくって椀に入れ、焦凍と自分の分を用意。さっそく一口いただく。寒くてお腹減ってたんだ。
 まろやか、やわらかな豆乳ゴマの優しい味で胃を満たしつつ、とりあえず食べるのは肉。肉ほしー。
 隣の芦戸が浮いた足をぷらぷらさせながら鍋から中身をよそう。「そういえば、は職場体験だったんだよね。どうだった?」話を振られて、視線を斜め上辺りに逃がしつつ「まぁ、充実してたよ。いい現場体験だった」「優等生〜」「え……うーん」そう言われても、特別なことは何もしてないし、何もなかったし、やるべきことをやったって感じだったからなぁ。面白いこととかあったわけでもないし……。
 芦戸が期待しているような面白い話はなかったから肩を竦めて返し、焦凍が勝手によそってきたニラを鍋に戻す。「まだ火通ってないよ」むっと眉間に皺を寄せた焦凍がちょっと機嫌悪そうにウインナーをかじる。
 そんな俺たちをどこかニヤニヤした顔で見ている芦戸である。

「ねー、二人さ、仲いいよねぇ」
「そう?」
の編入のときからそうだよね」

 探りを入れられているとわかって苦笑いして誤魔化し、焼き豆腐と豚肉を椀に落とす。「仲悪くはないけどさ」あんまり適当なことを言うとあとで焦凍の機嫌が悪くなるし、あんまり正直に話すのもアレだし、もう、難しい。綱渡りすぎて。
 焦凍の機嫌と芦戸の追及を天秤にかけてバランスを取りながら鍋を食っていると、「お邪魔するよー!」と寮の扉が開いて、拳藤を始めとするB組の女子メンバーがやって来た。それで芦戸の意識が俺と焦凍からB組の面子に向いて、「いらっしゃーい!」と出迎える女子の仲間入りする彼女にほっと一息。
 芦戸がB組の女子を出迎えに行ったから、その間に焦凍が切った繋がってるニラを椀によそうと、眉間に皺を寄せていた焦凍の顔が若干マシになった。「もうちょっと力入れて切らないと」端が繋がったままのニラを箸でつまんで噛んでちぎる。焦凍はそんな俺をじっと見たあとに「気をつける」とこぼして、自分で切ったニラをよそって食べ始めた。
 いくら焦凍が切ってくれたんだろうと、ニラはニラだ。それ以上の味はしない。
 女子しか来ないのかな、と和気あいあいとした女子たちを見ながら思っていると、ほどなくして男子の面々もやって来た。初対面からその物腰で印象の強い物間がバーンと扉を開けて「やぁ! 待たせたね!」と勢いよく入ってくるのを見るともなく見やる。
 別に待ってはないけど、いつでもどこでもA組に対抗心を燃やしてるよなぁ、物間って。
 それで、鍋パでも対抗心を燃やしているらしい物間は、B組で鍋も用意してわざわざ持ってきた。
 題して『どちらがおいしい鍋を作ったのか勝負』…。

(なんか、ほんと、好きだよなぁ。勝負)

 豚肉をハフハフしながら噛んで肉の味を噛み締め、飲み込み、そういう流れならと箸を置く。「もう食わねぇのか」隣でそれなりにアピールしてるB組女子のことなんて眼中にないらしい焦凍が首を捻ってみせる。
 焦凍の気を引きたいんだろう女子勢に心の中で手を合わせて謝りつつ、今机に置かれたところである鍋を指す。「味見してみようかと思って」あんなに自信満々に鍋勝負を仕掛けてくるんだ。よっぽどおいしいに違いない。そういう鍋ならちょっと食べてみたいし。
 物間が自信満々に披露した鍋の中身は、すき焼き(それ鍋でいいのか?)と白身魚の入った鍋。
 すき焼きは高級な牛肉を使っているみたいで当然おいしくて、一見すれば平凡に見える野菜と魚の鍋も、白身魚が絶品すぎて、ほっぺたが落ちるかと思った。「うっまぁ」思わずこぼしてガツガツ食べてしまう。紅葉おろしとの相性が鬼うま。ポン酢でさっぱりもいい。
 A組の鍋は無難においしいけど、B組の鍋は素材からして美味い。
 焦凍がじっと俺を見つめてから、何を考えてるのか、眉間に皺を寄せてB組の鍋をつついて食べた。「…うめぇ」食べた感想は俺と同じだけど、なんか眉間に皺が寄ったままだ。また何かいらんこと考えてるぞこれは……。
 俺以外にも美味いと感動した白身魚の正体はクエというらしく、美味で有名なのだと、博識な八百万が解説してくれた。
 付け足すなら、高級魚らしい。そりゃあ食べたことがないわけだ。
 そんなわけで、勝負の結果、B組の鍋料理が勝ったわけなんだけど。この勝負には罰ゲームもあるらしい。それも、闇鍋。

「けっこー腹いっぱいなんだけど…」

 また鍋を食わないといけないとわかって腹を押さえた俺に焦凍が隣で首を捻る。「闇鍋ってなんだ?」「あー。そうだなぁ…暗闇の中で鍋を食べるってとこから名前がきてるんだけど、何が入ってるかわからない鍋、かな」俺もやったことはないから漫画の知識の話になるんだけど。
 ぼやいた俺に、焦凍が一つ頷いて「俺が代わりに食う」「え」「あとで動けないのは困るだろ」それが具体的にどう困るのかがなんとなく想像できて、物好きだなぁ、と思う。
 っていうかお前は結構セックスのことで頭埋まってるよな。ちょっとは控えるってことを知ってほしい。
『罰ゲームだし、一口食べれば許されるはずだから、大丈夫』
 そういうことにして、B組にまで焦凍と必要以上に仲のいいところは見せないよう気張ることにする。
 A組が目を閉じてる間にB組の手によって用意された鍋を、電気を消した部屋で一人一人順番に中身を箸でつまみ、口に運ぶ。まさしく闇鍋だ。
 ほうれん草という無難なものから、酷いものは飴まで入っている鍋。でもまぁさすがに食べ物じゃない変なものは入ってないだろうし、とつまんだものを口に入れる。

「………く、っきー?」

 くたぁっとしててなんか甘い。チョコの味もする。「それあたしかも」声からして女子が入れたってことしかわからないけど、女子らしいチョイスではある。
 なんで鍋でクッキーを食べなきゃいけないのか。ものすごくお茶とか飲みたい…。
 頑張ってぐちゃっとしたクッキーを飲み込んだそのとき、神経がピリッとするような異常を感じた。「…?」なんか、ピリッてする。この鍋なんか入ってるのか…? いやまぁなんでも入ってそうだけどさ。
 念のため個性で神経の方を制御しつつ、闇鍋の順番的に次は隣の焦凍の番で、ガチン、となんかすごく硬そうな音がした。「それ以上噛むのやめな」「ん…かてぇ」食べ物しか入れてないって話だったけど、とても食べ物が出す音じゃなかったぞ。誰だこれ入れたの。
 まだ口の中に硬いのを入れてるらしい焦凍が「貝だな」とぼやく声に、あー、じゃあギリ食べ物だわ…と呆れる俺である。
 なかなか嫌味が効いてるなぁ。貝殻は食べられないけど、中身は食べられる。そういうことか。
 どうやら器用に中身を食べたらしい焦凍が貝を皿に吐き出していた。ガチャン、と硬そうな音がする。「口の中切ってない?」つい訊いてしまってからしまったと閉口する俺に気付いてないのか、「大丈夫だ」と答える声。
 だから、あんまり構ってるとダメなんだって。
 いやでも今のはしょうがないよな…変じゃない変じゃない。貝殻ごと貝を食べたクラスメイトを心配してるだけだ。別に変じゃない。
 そんな感じで罰ゲームを終えたのに、次に始まったことはといえば、またAとBの対決だった。
 どうも闇鍋の罰ゲームの結果が気に入らなかったらしい物間が言い出しっぺで、売り言葉に買い言葉で乗ってしまった爆豪が『サウナ対決』を提案。熱い男子勢が賛同したことにより決まってしまった無慈悲なる流れである。

「ごめん、俺はパス。あんま傷によくないから」

 正直に言って左腕を指すと、深くはツッコまれなかった。ただサウナという環境作りのために炎熱を出さないとならない…つまり強制的に参加せざるを得ない焦凍が俺がいないサウナ対決にわかりやすく眉尻を下げていた。
 左腕を外せばまぁ参加できないことはないんだけど、さっきから神経がピリピリしてるのがどうにも気になる。闇鍋を食べてからなんかちょっとおかしい気がする。それ故の辞退。
 でも、だからって部屋で休ませてはもらえない。
 サウナ地獄は回避したものの、俺は何かあったときの……たとえば熱でヤられて倒れてしまった誰かが出たりしたら救助する、というような役目を命じられた。
 不参加なんだし、それくらいはしますとも。
 飯田に申し訳なさそうに「すまないが、冷蔵庫からスポーツ飲料を用意しておいてもらえるかい?」「オッケー」脱ぎ始めた男子を横目に共有スペースに取って返すと、女子が平和的に山手線ゲームをしていた。
 うん、ああいう交流でいいのに、男子ってどうしてこうなっちゃうんだろうなぁ。
 クーラーボックスに氷と、あるだけのスポーツ飲料のペットボトルを詰め、重たいそれを持って男子風呂に戻り、戸を叩く。「持ってきたー」少しして顔を出した汗だくの飯田が「ありがとう」とクーラーボックスを持って中に戻っていく。すげぇ熱気…。俺こういうのムリ。
 個性を使って気になる神経の方を制御しながら、脱衣所の簡易椅子に腰かける。
 中からは売り言葉に買い言葉、主に物間と爆豪の言い合いが聞こえている。元気だなぁサウナなのに。
 ずっとピリピリしている神経に意識をやりながら適当に携帯を弄っていると、ガラ、と半透明な引き戸が開いた。「うわ、緑谷大丈夫?」どうやらダウンしたらしい緑谷を担いできた飯田からバトンタッチで預かり、タオルを敷いた床に寝かす。

「すまない、少ししたら意識が戻ると思う」
「暑さでダウン?」
「いや…」

 言い澱んだ飯田に首を捻る。
 律義に対決に戻って行った飯田を見送って戸を閉め、タオルを水で絞って、うなされているような表情の緑谷の額に乗せる。災難だなぁ緑谷。
 しかし、犠牲者は緑谷だけか。みんな頑張ってるんだな。
 変な感心をしつつまた携帯を弄り出したところで、風呂場の方から悲鳴と、パキパキと憶えのある音が聞こえてきた。「ん…?」サウナは炎熱は使っても氷は使わないだろうと戸を少し開けて覗き込んでみると、蹲っている焦凍がなぜか氷結を出し続けていた。よく見れば異常はそれだけじゃない。半分以上の男子の意識がないようで、倒れたり、焦凍のように蹲ったりしている。
 氷点下みたいな寒さになっているそこに飛び込んで「うっわ寒い、さむ…上鳴たち、とりあえず意識ない奴を外へ」「お、おお」なんでこうなったかわからないけど、動ける奴には命じて、ずっと氷結を出し続けてる焦凍に近づく。
 さっきまでずっと炎熱を使ってたから『個性を使い続ける』って意識が体に残ってるんだろう焦凍の氷が俺の足元まで伸びて、覆う前に寸前で止まる。

「焦凍、もういい」

 意識はないんだろうけど、声をかけながら、カーディガンを脱ぐ。さっむいけど焦凍をそのままでいさせるわけにもいかない。
 俺の下まで伸びては枝葉にわかれていく氷を踏みつけて、気絶してるのに個性を使い続けてる焦凍のことを緩く抱く。「もういい」耳元で囁いて緩く抱き締めると、氷結はようやく止まった。
 瀬呂のテープがところかまわず発射されたり、骨抜の柔化の個性が氷ごと風呂場の床を柔らかくしたり、飯田が横に倒れたままレシプロで走ろうとして柔らかくなった床に埋まっていったり、風呂場はもうさんざんたることになっている。
 それでも氷結が止まったことにはほっと一息。お前の炎も氷も威力がえげつないから、このまま大人しくしてくれてると嬉しい。
 俺が焦凍の炎と氷を止めてる間に、意識のある男子が頑張って意識のない男子全員を風呂場から運び出してくれた。
 焦凍の氷結は止まってるものの、警戒してるのか、脱衣所の方から顔だけ覗かせた物間が真面目な顔をして言う。

「君、どうするんだい、彼」
「また個性が暴走するといけないから、とりあえずここで見てる。
 物間たちはなんでこうなったのか、他に異常がないかとか、調べてきて。たぶん原因は鍋。で、自分たちで解決が無理そうだったら先生に連絡を」

 とりあえずそれだけ伝えて、焦凍の左側にポッと灯った炎を手のひらで塞ぐ。一瞬熱いけど、俺って人間の温度を憶えてるらしい焦凍は無意識下でも俺を傷つけないようにとすぐ火を消すから、俺がこうしてそばにいるのが一番抑制になる。
 たぶん、俺の神経がピリピリしてるのもそうだ。鍋を食べた辺りから、だから、あの闇鍋に何か良くないものが入ってたんだと思う。そうだと仮定すれば、こうなった人間とならない人間がいるのも納得できるし。
 あどけない寝顔をしてるくせに氷を出して風呂場一体を覆ってくる焦凍にぶるりと一つ身震いして「寒い」とこぼし、カーディガンを羽織らせただけの体を緩く抱く。
 風呂場全体凍らせてるくせに、俺のことは器用に避けてる。
 愛されてるなぁ、なんて実感しながら炎熱で氷を溶かした焦凍に一つキスを落とす。「焦凍」目は覚まさないけど声は届いてるらしく、握った手が緩く握り返された。
 そんなふうにして、熱くなったり寒くなったりする風呂場で焦凍を抱えて耐える時間がそれなりに長く続いた。
 熱くなったり寒くなったり、温度差の激しいことに左腕の古傷がじくじくと痛むのを唇を噛んで耐える。
 やがて、闇鍋に入ってたよくないキノコの効果を中和させるキノコを採ってきた、と滑り込んできた上鳴に細かく刻まれたキノコの載った小皿を差し入れされた。「ありがと。あとは俺がやるよ」パキ、とまた氷結を出し始めた焦凍に「わり、頼んだ!」身震いした上鳴がすぐに退散する。
 小皿のキノコを自分の口に流し込んで、噛み砕いて、唾液と一緒に焦凍の口に流し込む。
 うまく飲み込めたらしく、少しして焦凍の色の違う両目が覗いた。「…?」不思議そうな顔でこっちを見上げている。さっきまでサウナ対決してたのに、気付いたら俺がこうして抱きかかえてるわけだから、そんな顔にもなるってものだろう。

…?」
「ん。平気?」
「ああ…なんか、だりぃけど」
「あのね、闇鍋が良くなかったみたい。アたったんだよ」

 首を捻った焦凍がようやく起き上がって、カーディガンと腰にタオルをしてるだけの自分を見下ろす。「サウナ対決してたんだっけか」「そー。もうおしまいだよ。風邪引く前に着替えな」ずっと焦凍を抱えていたところからよいしょと起き上がると、若干、足が痺れていた。焦凍重いもんなぁ…。
 さっきので俺も少しキノコを食べたから、もうピリつきのなくなった個性で神経制御を解いてみる。
 うん。異常なし。はー、疲れた。
 こんなふうにして始業式の夜は終了。
 鍋パはさんざんな結果で終わり、インターンの話し合いどころではなくなったのでした。