学生の本分、学業に、対敵をメインにしたヒーロー科の実技授業。
 両方を怒涛の如くこなしているうちに、月曜日、いよいよエンデヴァー事務所のインターンの日になった。
 一緒の場所でバスを降りた俺に爆豪が「ああン!? テメェなんでここにいンだよ」とキレ気味に絡んできた。うん、いつも通りだ。

「今日からここなんだ。爆豪たちとは別行動だろうけど」
「ったりめェだ。テメェみたいな足手纏いいらねェよ」

 焦凍のこめかみ辺りが引きつったのが見えたから一歩そっちに寄った。俺と爆豪の間に入って「まぁまぁかっちゃん落ち着いて」と手を振る緑谷と「うるせェクソナード」と牙を剥く爆豪から見えない位置で焦凍の手の甲を撫でておく。俺は大丈夫だから落ち着け、の意味を込めて。
 伝わったらしく、焦凍はいつも通りの涼しい表情に戻った。「気にすんなよ」「気にしないよ」もっと陰湿なこと言われ慣れてるし、とは返さない。せっかくイジメの件が落ち着いてきてるのに気にさせたくはないし。
 そのうちエンデヴァーと、エンデヴァーのサイドキックとして有名な一人、バーニンがやってきた。黄緑の明るい髪が燃えてて、それが個性の人だ。

「おし、ナーヴ!」

 バーニンにびしっと指さされて「君は私と事務所行くよ。初めてだろ、まずは説明から」「はい」頷いて、焦凍の手の甲を指で撫でてそばを離れた。
 焦凍たち三人はエンデヴァーとさっそくパトロールみたいだ。何度目かのインターンってこともあって段取りも慣れてる。さすが、ナンバーワン事務所だけあって忙しいな、ここ。
 さっそく出発したエンデヴァーたちに対して、バーニンは燃える髪を揺らしながらじろじろと俺のことを頭のてっぺんからつま先まで眺めた。「あの…?」なんなんだろう。

「地味だなぁ」
「え」

 シンプルにサクッと傷つくことを言われた。じ、地味…。
 そりゃあ、焦凍みたいにイケメンってわけじゃあないし、切島みたいに髪を染めてるわけでもないし、高身長ってわけでもない。太いわけでもなければ筋肉がついてるわけでもないし、身体的な特徴のある個性持ちってわけでもない。
 特徴、というか、左腕が義手なことは特徴といえば特徴なんだけど……俺は『地味』って言われたらその通りにはなる……。
 バーニンが顎に手をやって「素体はイイ。髪と服に手を入れればイけるか…?」何か独り言をぼやくと、がしっと右の手首を掴まれた。それで「事務所の前にちょおっと付き合え」とイイ笑顔で言われた。
 事務所では当然バーニンに従う義務があるので、はい、としか返せない。
 その後、バーニンに連れられた俺がされたことといえば、ヒーロースーツを作ってることで有名な会社のブランドスーツを着せ替え人形みたいにとっかえひっかえされ(そのうちいくつかを買ってた)、事務所内にある美容室で髪を脱色、薄い紫に染められた。それで買ったスーツを着ろと言われて着替えて、少し伸びたえりあしをうまいぐあいにアップでまとめられ、最後に仕上げとばかりに薄くメイクまでされた。
 今まで見てきた自分の中で一番オシャレしてる俺が鏡の前に立っている。その後ろにはうんうんと一人頷くバーニン。

「よし、完成。上出来」
「はぁ」
「あの三人じゃこういうの向いてなくてねー。ショートくんは似合う可能性もあったけど、エンデヴァーが怖そうだし」
「それは、まぁ」

 焦凍にこだわってる節のあるあの人のことだ。こんな着せ替え遊びはできないだろう。
 しかし、事務所に着いて早々一体どういうことなのか。俺が説明してほしいのはそこである。
 バーニンは時計を見ると「やば」とぼやいて俺の手首を掴んでずんずん歩き出した。歩きながら「今から一仕事してもらいたいんだ」と言う。「仕事ですか」オシャレなヒーロースーツ着てメイクして、パッと見アイドルみたいな格好してる俺が仕事? 一体なんの。

「ナンバーワンの事務所ってことで、緊急要請や救護依頼、イベントオファー、うちは一日100件以上捌いてる」
「はい」
「そのうち今日はテレビや撮影がいくつかあるんだが、何せナンバーワンの事務所だろ。どっちかって言えば実力重視、効率重視できたウチには花形ってのがいないんだ。テレビや撮影で映える奴。キドウなんかがウチの代表としてテレビ出てたらどう思う」

 キドウ、と指さされたのは顔に包帯を巻いた男だった。休憩中なんだろう、缶コーヒーをすすって「おい失礼だろー」とぼやく彼に軽く頭を下げつつ、まぁ確かに花はないし映えもしないよなぁ、と思う。あまり印象にも残らないだろうなぁ…。
 そこでだ、と言い置いてバーニンが髪から服まで大改造された俺を指す。

「たとえ職場体験だろうが、使えるものは使ってわけ」
「はぁ。でも、エンデヴァーの事務所って、そういうことしてましたっけ…? メディア向けのことというか」
「ま、方針変更ってヤツ。だから適任者捜してたんだよねー」

 ……バーニンの言ってることの意味はわかるけど、俺でいいんだろうか。メディア露出はきちんとしたことがないから自信がない。
 バーニンは今日のスケジュールを印刷した紙を俺に預けると『インタビュー、撮影』となってる欄を指して「まずはこっからね。そばにはいるから頑張れ、適当に!」「はぁ。頑張ります」なんて適当なんだ。やってみるけどさ。
 部屋に入る直前、ちなみに相手のオバサンはピュアな少年に弱いぞ、と耳打ちされ、バーニンの言わんとしていることを理解した。
 部屋で待ち構えていたのは気難しそうな顔をした眼鏡の女性で、こう、納得する絵が撮れなければ粘るタイプに見えたのだ。だからバーニンは、相手にとってドストライクを演じて、なるべく速やかにこの撮影とインタビューを終えろと言ってるわけだ。
 そんなわけなので、俺は主語をボクにして、なるべくピュアな少年を演じた。
 自分は前線向きの個性じゃないけど、ナンバーワンのもとで頑張ってみたいから職場体験に来たこと。事務所には今さっき来たばっかりだけど、良くしてもらっている、という風なことを当たり障りなく、でも満足する程度には詳しく語って、困ったときはバーニンが助け舟を出してくれた。
 最終的にはピュアっとしたスマイルで女性の心を射止めることに成功した。最後には涙ぐんで「頑張ってね。応援しているわ」と言われたので照れ笑いで「ありがとうございます」と返し、撮影&インタビュー、終了。
 女性が完全に退出してから、作っていた笑顔を落としてはぁーと深く息を吐くと、バーニンがげらげら笑い出した。……そんなに笑わなくても。

「いいじゃん、上出来! 服買ってメイクしたかいあった!」
「それはよかった」
「じゃあ、次のテレビ撮影までは事務所内の案内と仕事の説明ね」

 こっち、と先を歩くバーニンについて事務所を歩くと、すれ違う人からじろじろ視線をもらった。たぶん格好が派手なせいだ。その度に頭を下げて「職場体験で来ました」と一言説明すると、ああ、と納得の顔をされる。そんな感じで挨拶しながら事務所のビルを案内してもらった。
 一等地に聳え立つビル一棟すべてがエンデヴァーの事務所で、ビル内にはトレーニングジムや宿泊施設、食堂やカフェ、温泉施設並みの大浴場、俺が押し込まれた美容院などが完備されていた。さすがナンバーワンの事務所、福利厚生がしっかりしている、という感じだ。
 最後に広い空間、デスクとパソコンがずらっと並ぶ部屋に通された。ここで緊急要請や救護依頼を捌いているんだろう、広い部屋は活気に溢れている。「出動要請!」「パトロール組に連絡」「エンデヴァーたちが近いな。一応出動しよう」「うっス」電話を受けてから出動まであっと言う間。二人組のサイドキックが慌てて部屋を出て行った。

「ここで要請なんかを捌いてる。今はいないけど、あっちのデカい扉の向こうがエンデヴァーの執務室ね」
「はい」
「職場体験中、君にはインタビューなんかのメディア関係の露出、私とのパトロールに付き合ってもらうから、そのつもりで」
「はい」

 この事務所の基本的な事項を教わりながらメモを取っていると、「テレビ局の方きましたー」と声。「お」顔を上げたバーニンが出番だぞと背中を叩くからメモをしまう。ピュアな少年。ピュアな少年っと。
 カメラの前でもピュアで応援したくなるような少年を演じつつ、エンデヴァーの事務所をさっきバーニンがしてくれたように案内するだけだったから、今回の仕事は簡単だった。

「ナーブ、最後に何か一言お願いしますっ」

 帰り際、女性のアナウンサーにマイクを向けられ、首を捻って考えて…いいものが思いつかなくて、両手でハートを作ってウインクしておいた。