『ナーヴはどんなヒーローを目指しているんでしょうか?』
『えっと、そうですね。多くのヒーローをサポートできる、縁の下の力持ちになれたら、と思っています。ボクの個性は前線で戦えるものではないので』

 駅前。ビルの壁に埋め込まれた大きなテレビでは生中継でが喋っていた。
 今日も薄い紫の髪をアップにして、薄くメイクもして、学校で着るのとは違うデザインが派手めなヒーロースーツを着て、控えめに言ってキラキラしている。
 そんなキラキラしたはヒーローと午後の天気をお知らせするちょっとした番組のために駅前まで来ていて、大きな画面から視線を落とせば、カメラや機材の目立つスペースに薄い紫の髪が見え隠れした。

『まだ学生の身分ですが、ナンバーワン事務所の名に恥じない仕事をできたらと思います』
『お仕事、応援しています! 本日はエンデヴァーの事務所よりナーヴが来てくれました。それでは皆さん、また明日!』

 手を振るアナウンサーと、両手でハートを作ってウインクするを食い入るように見つめていると、横で緑谷が感心したように頷いていた。「すごいね、くん。全然緊張してなさそう」「そうだな」「僕だったらあんなことできないや…」はは、と笑う緑谷に、手にしたまま食ってなかった昼飯に視線を落とす。
 今はパトロールの合間の昼休憩だ。休憩が終わったらまたパトロールに入る。
 食わなきゃ力が出ない。わかってはいるが、大画面でのウインクとハートを見たら、それを不特定大多数の人間が見ていたんだという事実を思うと、胃がムカムカして。なんか、入りそうにない。
 そば粉を使ったんだというサンドイッチに視線を落としたままでいると「おーい」と声。
 ぱっと顔を上げる自分が我ながら分かりやすいと思う。
 派手なヒーロースーツを隠すように丈の長いコートを羽織り、髪を隠すためか帽子を被ったがぱたぱたとこっちに向かって手を振って歩いてきている。
 緑谷が手を振り返し、俺は気が付いたらガードレールから腰を浮かしてキラキラしたのもとまで歩いていた。光に吸い寄せられる虫みたいに。「お昼休憩、一緒していいって」「お」そうか。バーニンありがとう。おかげでちょっと胃のムカつきが落ち着いた。
 すぐそこのパン屋でコーヒーと菓子パンを買ってきたが俺の隣でガードレールに腰を預けると、ん、とコーヒーのストローをこっちに差し出してくる。

「さっきから食ってなかったろ。飲んで、食べなさい」
「…ん」

 遠かったけど、俺がいるのに気付いて見てたんだろう。
 こういうとき、遠くからでもわかるこの紅白頭に感謝する。そうじゃなきゃに見つけてもらえてなかったろうから。
 苦いコーヒーをすすって自分のサンドイッチをかじり始めたところで、どこからかメモを取り出した緑谷がぐっと身を乗り出して「くん、カメラの前でも緊張しないコツって何かな!?」と訊いた。緑谷、授業の練習でもガチガチだったもんな。
 クリームたっぷりの菓子パンをかじったが不思議そうな顔で首を傾げる。「俺の場合は作ったキャラで答えてるから、それになりきる、というか…」「な、なるほどなりきる…」緑谷がメモを取ってブツブツ言い始めた。お得意のやつだ。
 しかし、昼間から菓子パンは腹が膨れないんじゃ、と甘そうなパンを見ていると、差し出された。
 別に、食べたくて見てたんじゃないけど。いいなら、と菓子パンにかじりつくと、黄色い声が上がった。
 視線だけ投げればいつの間にか周囲に女子の姿が多くなってきていた。駅前、さっきまで生中継でここにいるとわかってるのことを追いかけてきたんだろう。もうファンがついてるとか、また胃がムカムカしてきた……。
 俺の眉間に皺が寄ったのに気付いたのか、「場所変えよっか」耳打ちされた声とかかった吐息に胃のムカつきが少しマシになる。…ほんと、我ながら単純だ。
 は帽子を目深まで被り直すと路地裏に移動した。俺と緑谷もパン片手にについていき、追いかけてこようとしていた女子は入り組んだ路地の道で撒いた。

「はぁ」

 ぱさ、と帽子を取ったが参ったように吐息する。「これさ、焦凍と出た日にはヤバいよね。追っかけとかできちゃう」参ったように呻くにメロンパンをかじった緑谷が苦笑いをしている。「…一緒に出る予定なんてあったか」首を捻った俺に、え、と目を丸くしたが携帯をチェックした。「あるよ。明日、焦凍と俺の対談ってことで撮影の取材入ってる」「お」「エンデヴァーまだ言ってなかったのか…」呻くようにこぼすとびしっと俺を指して「バーニンにメイクされるよ。覚悟しとくように」「おお…?」メイクか。それって頑張るもんなのか? よくわからねぇが、お前がそう言うなら頑張る。
 今日の昼休憩は最初の方はゆっくりだったが、集団でのひったくりヴィランが出たとかで、とはバタバタのまま別れることになった。
 細く入り組んだ路地に逃げ込んだバイク乗りのヴィランを緑谷と爆豪、俺とで三方向から追い詰めるが、バイクが個性に関係してるらしい相手はそのバイクを変形させて壁を走るとかいう手段で俺たちの包囲網を突破、大通りに出る、前にエンデヴァーが捕らえた。炎の縄だ。
 ひったくり犯はエンデヴァーの登場で戦意喪失したらしく、大人しく捕まった。
 他にも数人いたはずだが、すべてエンデヴァーが片付けたらしい。
 氷結の使い過ぎで冷たくなった息を吐き出し、意識して左側で体温を上げる。「はぁ」白くなった息を吐き出して、短くなってしまった休憩と、頑張れよ、と手を振っていた姿を思い出して、握っていた拳を解いた。
 パトロールが終わって飯も食い終わった夜は、緑谷も一緒になって学校から出された宿題に取り掛かり、俺も詰まって残していたところを片付けた。「うー」このメンバーの中だと成績が一番下のがシャーペンを唇に押し付けて悩んでいる。

「うーん……」
「どこだ」
「これ。なんか変じゃない?」
「…色々あるけど、まずこれ、綴りが違う」
「げ」

 初歩的なミスを指摘するとが慌てて英単語を消して書き直した。「あとこれ。ここだと変だ。これも」「げ…」また消した。それで英文を見直して、あと何が足りないのかを唸りながら考え始める。「轟くん、僕もいいかな…この英文なんだけど」「おう」緑谷の冊子を覗き込んでここはこうじゃなくて……と説明していると、との関係は何もなくて、自分たちはただの友達なんじゃないか。ふとそんな錯覚を抱いたが、緑谷から見えない位置で腰を撫でた指の感触に背筋がぞわっとして下腹部が熱くなった。この感覚はただの友達に抱くものじゃない。
 じろりと視線を投げると、が目だけで笑っていた。…からかってる。
 あとで覚えてろよ、と思いながら緑谷との勉強会を終え、限界だから寝るね、と眠そうに部屋に戻って行った姿を見送り、すぐに扉を閉めた。ガチャンと鍵をかけて逃げられないようにする。
 は宿題の冊子を眺めて「あとちょっと。よかった終わりそう」ほっとしたように息を吐いた姿に向かって全力で駆けて飛びつくと、ベッドに座っていたところから倒れ込んだ。「げ、ふ」苦しそうに息を吐くのスウェットの胸から腹、股間をなぞる。「からかったろ」「つい」悪びれた様子もないにむっと皺が寄る。
 ちょっとは反省しろ。お前がダメだっていうから俺だって我慢してるんだぞ。
 まだ膨らんでいないソコをくるくる、指で円を描くようになぞっていると、片眉を顰めたが「煽るなよ」と言う。先に煽ってきたのはお前なのに。
 インターンももう終盤。もう少しで寮のあの部屋に戻れる。好きなだけセックスができる。
 戻ったら、気を失うまでセックスしてぇな。腹の奥ごつんごつんされて中出しされたい。それで風呂で洗浄するときにもう一回スる。ってのは寮だと無理か。後片付けさせちまうか。でも腹の奥に欲しいな…。
 思ってたことが顔に出たのか、はぁ、と吐息したが俺の下腹部に手を添えた。セックスしてるときは質量でいっぱいになってる場所を手のひらが撫でる。「シないって言ったじゃん」「……もう一回だけ。なぁダメか」そこに出してほしい。今触れてる俺の中に。
 ここなら部屋にシャワーがあるし後片付けが楽だ。
 寮と違って声は出せねぇが、ここでしかできないセックスがある。

「中に欲しい」

 くるくる、指で円を描いていた股間が少し膨らんできている。あと一押し。そう思ってスウェットの股間に顔を埋めて服の上から舐めた。「こら」頭を叩かれたがやめない。「欲しい。」欲しい。これが欲しい。中に欲しい。どうしても。
 ……テレビの中のキラキラしたは不特定多数のモノになってしまう。
 テレビでを見かける度に我慢してたが、その分ふつふつと胸の底に溜まっていく黒く醜い感情が、ドロドロと融解して、溢れた。ぽた、と涙が落ちる。「…何泣いてんだよ。そんなシたいの」俺の頭を撫でる右手を掴んで唇に押し付ける。
 シてぇけど、違う。それだけじゃない。

「テレビの中のお前は、みんなのものだ。それが寂しい」
「……なんだそれ。お前しか知らない俺だっているだろ」
「だから、そういうが欲しいんだ」

 俺しか知らないお前で、俺にしかしないことをシてほしい。
 吐露した俺に、が折れた。はーと深く息を吐くとスウェットの上を脱いでぽいっと放る、その胸にはお揃いのペンダントがある。「欲しいならあげる」「…ん」今日は準備をしてないが、がおいでと広げる腕に大人しく収まる。「俺がする」と囁く声が低く掠れていて、右手の細い指で腰をなぞられて、それだけで背筋がぞくぞくする。
 俺に負担をかけるからという理由と、衛生的にオススメできないからという理由でナマでシたことは数えるほどしかない。今日は貴重な夜だ。
 挿れたことのない俺にはよくわからないが、ナマっていうのはゴムをするより気持ちがいいらしい。「あー、でそ」「…っ」耳を噛む声に腹の奥が疼いた。
 抜ける、と思うくらい腹の中から出ていきかけていた熱が、奥、突かれると目の前に火花が散るくらいの衝撃が走るとこを遠慮なく穿った。「ぁ、」上げかけた声を枕に顔を埋めることでどうにか堪える。「出してい?」耳たぶを噛みながらの声にこくこくと頷くと、目の前が真っ白になるくらい腹の奥を突かれたあとに熱いものがじんわりと広がった。
 は、と息を吐きながら手を動かして腹を押さえる。
 これで、二回目。

(まだ欲しい。腹がお前の精液でたぷたぷになるくらい、欲しい)

 まだ欲しい。もっと欲しい。もっと奥に。もっと、たくさん。
 汗で張り付いた薄い紫の髪をかき上げたは、俺の顔を見て一つ吐息した。考えてることが顔に出てたんだろう、俺の手に手のひらを被せると「孕んじゃうよ?」と意地悪な笑みを浮かべる。
 男だからそんなわけはないのに、耳元で「孕みたいの?」と囁かれると、なんだか、子供ができるんじゃないか、という気がしてくる。

「はらみたい。のこども、うむ」

 快楽で麻痺した思考と声でうわ言のようにこぼすと、の顔から意地の悪い笑みが消えた。
 腰を掴んだ手と「じゃあ孕ませてやるよ」という声が意識の最後に憶えていたもので、あとは、声を殺すことに必死で、気持ちがいいことに酔いしれて、全部、夜に溶けて消えていった。