腹の奥まで犯されて、気持ちよさに酔いしれて意識が飛んだ夜が明けた。 腰がいてぇ、腹の違和感すげぇ、と思いながら、なんとかエンデヴァーについて午前中のパトロールをこなし、昼休憩の時間に入る。 この時間は事務所で何かの撮影があると聞いてるからいったん離脱しないとならない。「頑張って轟くん!」「おう」緑谷に片手を挙げて答え、タクシーで事務所に戻ると、まだ着替える前なんだろう、いつもの格好のがパン片手に俺を待っていた。 寄っていくと、「お疲れ」とパンと飲み物が入った袋を預けられた。食えってことらしい。 は携帯に視線を落として「五分で食べよう。そのあと歯磨き。バーニンにメイクとかされるからね」「ん」五分か。時間ねぇな。 コロッケパンをかじりながらコーヒーをすすり、に急かされるまま食って、トイレで歯磨きをすませ、待ってたらしいバーニンにさっそくメイクとやらをされた。の方も別の人間がメイクを始めている。 「ショートくんは素がカッコイイしこのままでいいでしょ。ナーヴはカワイイでいくからヨロシク!」 「ええ…。またですかぁ」 「その方が映えるし、あっちの要望なんだよね」 はこう、フリルがたくさんついた丈の長い、パッと見ワンピースみたいに見えるシャツを着せられていた。「このままだとナーヴのキャラがかわいいで定着してしまうんですけど…」眉根が寄っている辺り、若干不満そうだ。が、上司命令には逆らえないのかそれ以上は言わなかった。 俺はヒーロースーツで問題ないっていうから、今日まだ着てないキレイな方に着替えて指定の部屋へ。 インタビューは問題なく終え(俺がピンとこなかったりしたとこはがフォローを入れてくれた)最後に写真撮影になったが、そこが問題だった。一人で立ったり座ったりして撮るのはいいけど、と顔をくっつけて「はい、カメラに視線ちょうだいね!」と言われても、隣にある体温が気になって気持ちが落ち着かない。 何枚か撮られたが、はいいけど俺の映りがダメらしく、どうしたもんか、と相談するカメラマンたちの声が、遠い。 一人だと問題ないのに。がいるだけで俺は駄目な人間になる。 「無理そう?」 隣で小首を傾げたの髪にある飾りが揺れた。「……全然、集中できねぇ」昨日あれだけセックスしたせいもあるが、の一挙一動が気になってしょうがない。「じゃあ俺にされるのは?」…何をだ。 勘違いしそうになる言葉に生唾を飲み下し、お前がしてくれることなら、とぎこちなく頷くと、がカメラマンたちの方に寄って行って相談し始めた。駄目な俺がマシになる構図でも思いついたんだろうか。 ああだこうだと話し合っていたカメラマンたちが顔を見合わせ、「とりあえず撮ってみて考えるか」ということになったらしい。「お願いします」ぺこっと頭を下げたが戻ってくる。 俺はどうすればいいんだ、とぎこちなく固まったままでいると、カメラのレンズが向けられた。ポーズの指定がない。どうすれば。 「ショート」 ヒーロー名を呼ばれて顔を向けると、がやわらかい微笑を浮かべていた。優しいヒーローナーヴの顔だ。 さく、と心に笑顔が突き刺さる。 ……そんなに優しく笑うなよ。今すぐお前を抱えてこの場から逃げて、部屋に連れ込んで、俺だけのものにして、独り占めしたくなる。 格好と髪のせいか、かわいいな、と思う。昨日はあんなに俺のこと犯したくせに。 その手が俺の頬に添えられて、こつん、と額同士がぶつかった。シャッターの音がする。こんなんでいいのか?「目を閉じて」囁く声に大人しく目を閉じたが、心臓はとくとくとうるさい。こんなのまるでキスする前だ。 キス。キス、したい。唇を食みたい。舌と舌を絡めたい。唾液を飲みたい。 「よし、オッケー! 」 はっとして目を開ける。危うく顔を近づけてキスするところだった。危ねぇ。 が安堵の息を吐いてシャツのスカーフを外している。どうやら今ので決まりらしく、カメラマンは機材を片付け始めていた。 そうか。キスはなしか。人前じゃしない決まりだが、少し、残念だ。 困ったことにならない限り撮影を静観する方向で腕組みして流れを見守っていたバーニンが「アリだわ」とぼやいていた。アリって何がだろう。 その後はメイクを落とし、予定よりも遅れて親父たちのもとに合流。いつも通りハードなパトロールをこなした。 「おかえり〜」 夕方、パトロールから戻るとがビルの入り口で待っていた。いつものヒーロースーツだ。昼間のシャツワンピでもなければ派手な柄のスーツでもない。 他に誰もいなければ抱きつきたいところをぐっと堪えて「ただいま」と返す。「飯は?」「まだ。今日もカフェがいいな」「ん」は人で混み合う食堂を避けたいらしいから、金はかかるが、今日もカフェ飯で夕食にする。 「緑谷と爆豪はどうする?」 「訊くんじゃねェわ。俺は食堂だ。無駄金は使わねェ」 「えっと、今日は僕も食堂。ちょっと節約」 「そうか」 そういうことらしいから、今日は俺との二人で世話になってるカフェに入店。そば粉を使ったパスタとピザ、魚介のアヒージョを注文。 先に運ばれてきた飲み物、カフェオレをすすって「今日は何してたんだ」離れていた時間を埋めたくてなるべく席をくっつけると、は若干身を引いた。あまり人の姿はないが周りを気にしているらしい。 「あのあと、バーニンとパトロールに出たよ。個性使っての都市部での索敵の練習と、バーニンの援護をしたかな」 「そうか」 「焦凍はエンデヴァー達と飛び回ってるんだろ? しんどくない?」 「まぁ、大変だ。けど負けていられねぇから」 「そっかー」 人が少ないからあまり待たずに運ばれてきた料理はちゃんとしたレストランの味がした。 満足そうにピザを頬張るが「そういやさ、食堂にもカフェにも蕎麦関係メニューがあるの、エンデヴァーの指示らしいね」そう言ってコーヒーをすする。「……親子面はやめろっつったのに」ぼやいてそば粉のパスタを睨みつけてしまったが、そば粉の料理に罪はない。 愛されてるよ、と言ったに視線を戻す。テーブルに頬杖をついてカラカラとコーヒーをかき混ぜるとぱちりと目が合う。色素の薄い目。「愛されてるよ」「……親父に愛されても嬉しくない」心からぼやいた俺に相手は苦笑いしてアヒージョのエビにフォークを刺した。 (俺はお前から愛されればそれでいい) インターンは明日の午前で終了。午後、荷物をまとめたあとはここを出て寮に戻る。このカフェでこうして飯を食うのも最後だ。 小さいとはいえピザを平らげたは「ちょっと食べすぎた」とぼやいて腹を押さえた。食べすぎた、というわりには腹は薄いままなんだから、どこにピザが消えていったのか謎だ。 「ゆっくりしてけばいい」 「んー」 人の姿がまばらなカフェの大きなテレビでは、今朝のパトロールの風景が流れている。俺たちインターン組とエンデヴァーが駆けずり回ってるやつだ。最後は全部エンデヴァーにもってかれてる。「頑張るよねぇ」映像を見てしみじみとそんな感想をこぼすに首を捻る。俺がここでやるべきことをしてるだけだ。 まだまだとはいえ、炎を点で放出することもできるようになってきた。大振りではなく点に圧縮。放つ。クソ親父はまだムカつくが、目指すのはああいった力の使い方だ。 春まで時間がない。 その間にできるだけ強く。なりたい自分に近づかないと。 腹がいっぱいなんだろう、テーブルに頬をつけてぼやっとテレビを見ているのことを眺めて、絶対に強くなろう、と改めて思う。 俺に何かがあってを悲しませるなんてことはしたくないし、に何かがあって助けられない俺でありたくない。どちらも嫌なら、強く、なるしかない。 |