ナンバーワン事務所での何度目かのインターンとなった、ある晴れた日の午後。
 取材の記事の確認があるからと事務所であるビルに戻ると、今日はいつものヒーロースーツを着ているが慌てた様子で駆け寄ってきた。ナンバーワン事務所の顔だからと最近は髪にまで気を遣ってるのに、今はボサボサだ。
 お前のそういう顔も髪も珍しい。よっぽどのことがあったんだろう。

「ヤバいよショート、これはヤバい」
「何がだ。あと焦凍な」
「はいはい焦凍。見てないのか、ニュース」

 それで突き出された携帯に視線をやると、画面の中ではどこか海外の街の様子が映し出されていた。地面のあちこちから緑っぽいガスが噴出、街は多くの人間が倒れた酷い状況となっている。
 眉を顰めた俺に、携帯を操作して世界のニュース番組を繰りながら、が短く状況を説明してくれる。

「直接殺傷系じゃない、たぶん、個性の因子を弄る系の何かしらを使ったテロ。それもかなり大規模、被害も甚大」

 難しい顔をしているの思考を探って一つの可能性に行きつき、首を捻る。「日本に要請が来るってのか?」海外の事件なのに?
 俺の疑問に答えるように、は視線を上にやった。事務所でもとくに忙しい、パソコンやらなんやらが集まってるあの広い部屋を個性を使って視てるんだろう。「可能性はあるよ。バーニンがエンデヴァーに連絡取ってたから」「ふぅん」それはそうと、俺は別件の仕事で呼ばれてる。昼飯もまだだし、これはこれとして、動かねぇと。
 の手首を掴んで歩き出し、俺が確認しないとならない記事の草案を預かってカフェで飯を食い、問題ないと突き返して、その頃になって親父から電話がきた。
 一瞬シカトしてやろうかと思ったが、隣でデザートのパフェをつつきながら「出なよ」と手を伸ばしたが通話ボタンを押してしまう。
 仕方なく応じてやると、親父の話の内容はさっきニュースで見た例のテロ事件。アレについてだった。
 なんでも、アメリカのニューヨークに統括司令部が設置され、このあとテロについての世界的な話し合いが行われる。その話し合いの日本ヒーロー代表として親父の参加が決まったらしい。

『今日の午後は非番とする。インターン生は海外に出る準備をしておくように』
「……わかった」

 渋々返事をして通話を切る。
 なんだそれ。もう出ることが決まってるみたいな言い方だな。
 隣で耳を澄ませてたにも話は聞こえていたらしく、はぁー、と感心したような息を吐いて「ん…あれ、俺も?」自分を指して首を捻った姿に一つ頷く。「俺を一人で行かせる気か」そんなの絶対ごめんだぞ。
 パフェをすくったスプーンをこっちに差し出すから、これってあーんってやつか、と思いながら甘いそれを大人しく食べると、は呆れたように一つ息を吐いた。「いや、一人じゃないじゃん。緑谷と爆豪も一緒…」「お前がいなきゃ一人みたいなもんだろ。が行かないなら俺も行かねぇ」「ええ…」困ったなぁって眉尻を下げつつもまんざらでもなさそうな辺り、も俺に甘いと思う。
 緑谷と爆豪はエンデヴァーから命じられたんだろう、程なくして戻って来た二人と合流。
 突然の海外行きになるかもしれないという状況に訝しむ爆豪と戸惑う緑谷を見るに、詳しい説明はしなかったんだろう。日本代表として動くならあっちにも時間がなかったんだろうが。

「どうなっとンだ。いきなり海外に行く準備をしろだとかよ」
「えっとね……」

 が知る限りの情報で海外のテロについてを説明すると、二人は納得してくれた。「じゃあ準備しなきゃ。またあとで」「おう」さっそく部屋に駆けていく緑谷に片手を挙げて応える。爆豪は一つ舌打ちしただけで自室へと引き返していたし、異論はないんだろう。
 俺とも親父に言われたとおり、いつでも出発できるよう、着替えやヒーロースーツをまとめて一つの荷物として作っておく。
 はテロに関心があるのか、部屋に戻って準備が終わってからも日本語じゃない世界のニュースを携帯でチェックし続けている。
 それがなんとなく面白くなくて、ベッドに転がっている体に上からのしかかると、げふ、と潰れた声を出すくせに携帯から視線が離れない。
 その手から携帯をさらってベッドに放り出すと、ようやく諦めたのか、がぐでっとベッドに伏した。「重い」「うるせぇ。俺といるんだから俺を見ろ」「あのなぁ…」俺の方が重い自覚はあるから仕方なく退いてやると、ごろ、と転がったが薄い紫の髪をベッドに散らしながらまた携帯を手にしている。「目的があるテロかなぁ」「…どういう意味だ?」はテロの様子を繰り返すニュースを眺めて薄い色の瞳を細くする。

「このガス、見てる感じ、個性持ちにその個性を暴走させる感じの効果を誘発してると思うんだ。
 対して、無傷で保護された人も確認されてる。たぶん無個性の人。
 本当に無差別に人を殺すなら、火力盛った爆弾でもいいわけだし。無傷の人が少数でもいたっていうのは何か意味がある気がするんだよ」

 薄い紫の髪をくしゃっとかき上げ、じっと携帯の画面を見つめる。その顔は真剣そのものだ。
 細かいところまで見てるにちょっと感心すると同時に、考えすぎじゃないか、とも思う。
 一つの街を壊滅状態に追い込んだ装置だ。その性能的にも、専門の科学者の知識が必要だし、金だっている。相手がそれなりに組織立ってない限り、そう何個も同じものを作って用意できるとは思えない。
 掲げた携帯を眺めると、その携帯との間に顔を割り込ませると、ようやく考えることを諦めたらしく、は携帯をベッドに落とした。「あー、はい。はいはい」犬にそうするみたいに投げやりに頭を撫でられる。
 俺よりもヒーロー思考してて真面目だな、なんて思いつつ、薄い胸に頬を預けてされるがままに撫でられる。髪がくしゃくしゃだ。

(これが一回の無差別テロで終わるなら、これ以上被害が広がらなくてよし。だがもしこれ以上があるのなら、ヒーローは全力でテロを阻止しないとならない……)

 結果から言うなら、の読みは当たった。
 テロが起きてから間もなく、『ヒューマライズ』という組織が犯行声明を出した。
 その団体の代表者曰く、個性とは『病気』であり、曰く、人類の八割が病に冒されている。残り二割の純粋な人間を救うべく立ち上がったのが我々であり、人類を救済する者、それがヒューマライズである……だそうだ。
 その団体は世界二十五か所に施設を有している大きな思想団体であり、これを潰すのならば、必然的に、世界中のヒーローが協力する必要があった。
 二度とテロの悲劇を繰り返してはならない。
 そのためにオセオン行きの選抜ヒーロー・チームとなった俺、、緑谷、爆豪、バーニンと親父とで空港に向かい、ヒューマライズの本部があるオセオンという国に向かうために飛行機に乗ることになった。
 すべてはあっという間に決まり、ここまでもあっという間に来ていた。
 それはいい。そうなるだろうとも予想してたし、英語ができれば海外でも問題ねぇだろう。そんなことより、今の問題は……。

「なんで俺がクソ親父の隣なんだ」

 航空券を突き出すと、親父はわかりやすく視線を逸らした。「いいだろ、別に」よくねぇよ。俺はの隣がいいっつったろう。
 目を合わせようとしないクソ親父を睨みつけていると、がものすごく仕方なさそうに息を吐いた。
 同じく座席が気に入らないらしい爆豪からチケットを攫い、俺と親父の手からも攫って、緑谷から受け取り、自分のも入れて航空券をシャッフル。「これでいいでしょう」そうやって配られた座席は、俺の両隣は緑谷、。親父の隣は爆豪。「…ん」親父が前の席ってのは気に入らないが、真後ろなら無駄に話しかけられることもないだろう。
 各々これで納得したらしく、間に入ろうとしていたらしいホークスが両手を挙げた。

「俺がやろうと思ってたのに」
「すいません」
「や、いいけど。残念だなーくんと別の場所で」

 気軽にと肩を組むホークスに眉間に皺が寄る。近い。離れろ。
 が若干眉尻を下げてホークスの軽い抱擁から抜け出す。「俺は飛べませんから、一緒にいたとして、足手纏いですよ」「俺が抱えてあげるよ〜?」「カッコ悪いんでいいです」苦笑いしたがはっと顔を上げて慌てたようにホークスから離れるのと、ホークスに気付いた妙齢の女性から小さな女子まで、幅広い年齢の異性がどどっとホークスになだれ込むのはほとんど同時だった。あまりに慌てて離れたから転びかけたを抱き留める。

「大丈夫か」
「びっくりした…」

 ホークスは異性の群れに流されるままに向こうの方まで行ってしまった。…人気なんだなあの人。
 でもに近すぎだ。俺のなんだから遠慮してほしい。
 は俺の肩を押して離れると、携帯で時刻を確認した。「エンデヴァー、そろそろ時間です」…確かに、よく聞けばアナウンスもかかってる。「行くぞお前たち」親父を先頭に、爆豪、緑谷、俺、があとに続き、トイレから戻ったバーニンが合流する。
 親父は体格もデカいし、金もあるんだから、ファーストクラスでもビジネスクラスでも乗ればいいのに、なぜか俺らと同じエコノミーにした。意味がわからねぇ。
 が航空券と急遽作ったパスポート片手に落ち着きなさそうにタラップから飛行機を見つめた。「初めてなんだよ、飛行機」「そうか」「焦凍は乗ったことあんの?」「まぁ…」とくに思い入れはないけど。
 飛行機が初めてのだったが、もともと俺よりも機械に詳しい。座席にあるテレビのこともすぐ理解したし、番組の細かいところもすぐ憶えた。「へー、飛行機からのカメラ視点とかあるんだ」興味深そうにポチポチしている横顔を眺める。
 これから数時間、こうやって堂々との隣を陣取れるんだと思うと、すげぇ気分がいい。
 でもキスはできないんだよな。手も繋げない。肩に頭預けるくらいはセーフとして、あとは見てるだけか。…それも味気ないな。