初めての飛行機は、隣からじっと注がれる視線が熱烈すぎて、映画とか観ても全然落ち着けなかった。

「自分の画面で見ろよ」

 耳打ちしても黙って首を横に振られるだけ。意地でも俺と同じものを見たいらしい。
 仕方ないから焦凍の座席のテレビで同じ映画を流したんだけど、やっぱり俺の方ばっかり見てくる。なんてかたくなさだ…。
 離陸から一時間でこの様子だったから、俺は焦凍を引き剥がすことを早々に諦めた。
 放っとくと食事も全部俺と同じにしそうだったから、「味見したい」と理由をつけて別のものを頼ませ、すべてがお揃いの状況をなんとか回避する。
 機内食ってのは初めて食べたけど、日本のはきっとおいしい方なんだろう。ちゃんとあたたかいし、ファミレスくらいの味はするし。
 ビジネスクラス、だっけ。座席の料金が高いクラスになるともっといいものが出てるのかなぁ、ともやもや想像しながらハンバーグの夕食を完食した。
 ご飯を食べたら映画をもう一本見て、眠くなってきたから、俺と同じで眠そうな焦凍に「ちょっと寝よ」と声をかけてブランケットを被って目を閉じると、肩に重みを感じた。焦凍が頭を預けてきたんだろう。まぁそのくらいならセーフか。
 飛行機って空間は初めてで、落ち着かなかったはずなのに、俺は結構図太いらしい。緑谷に「朝ご飯だよ」と声をかけられるまですっかり寝ていた。
 そうこうして、目的地であるオセオン国に到着。
 日本とは違う現地の空気ってやつに若干ふわふわしながら、涼しい顔した焦凍にほとんど任せる形で英語による入国審査をすませて、待っていた車に乗り込み、オセオンで活動する間の臨時事務所となるホテルへ向かう。
 そこで改めて説明された今回の作戦は、思想団体ヒューマライズがテロに使用した装置…個性因子誘発イディオ・トリガーを強化したものだと推測された四角い箱のようなもの。呼称『トリガー・ボム』を世界二十五か所の施設でいっせい捜索。団員を拘束のちこれを回収する、という割合シンプルなものだった。
 ただ、作戦のシンプルさゆえにか、俺にはどうしても引っかかりができるというか。

(確かに、例のガスを出す危険な装置を押さえればそれが一番いいだろう)

 けどそんなことは犯行声明を出した団体側だって百も承知のはずだ。それなのにテロには欠かせない大事な装置を場所のバレてる施設に置いておくだろうか? 俺ならまずそんなことはしない。
 ホテルであてがわれた自室で一人考え込んでいると、着替え終わって準備万端の焦凍がノックせずにドアを開けた。ここは海外、場所もホテルの臨時事務所だけど、寮の自室にいた頃と何一つ変わらない。
 あのさ、俺はまだ着替えてないよ。
 まだ制服姿の俺に焦凍が首を捻る。「サイズ合わないか? バーニンが張り切ってたからそんなわけねぇと思うが」「や、それは大丈夫だろうけど」今夜の作戦は夜、空からのものとなる。そのために夜色のスーツをわざわざ造ってくれた。それはありがたいんだけど……。
 仕方ないから焦凍の横で制服を脱いでハンガーにかける。

「なんかさ、引っかかんない?」
「? このスーツか?」

 自分の黒いスーツを指す焦凍に違うと首を横に振る。黒いピッタリしたインナーを着つつ「今回の作戦、失敗すると思うんだ」さらに首を捻った焦凍の視線が若干惑った。うん、下履くときくらいは遠慮してほしい。
 視線が逃げてる間にちゃちゃっとズボンを履いてベルトを締める。サイズピッタリ。さすがバーニン。

「大規模なテロを起こして、それを自分たちがしました、って宣言してさ。そんな施設にヒーローが捜査に入ることなんて目に見えてるだろ」
「そうだな。でも全世界いっせいだとは思わないんじゃねぇか」
「そうだとしても……この国の施設が本部だっていうけど、俺はスカだと思う」

 作戦を展開する前から暗いことを言いたくないけど、今回の捜査、たぶん進展はない。
 黒いステルススーツを着た俺をじっと見つめた焦凍が「似合ってる」と歯の浮くようなことを真顔で、イケメンな面を全力発揮して言うから、ちょっと視線が彷徨った。そういう天然は海外でも変わらないな。「お前もね」まぁ、このスーツ一回しか着ることないだろうけど。
 油断するとすぐキスしてくる焦凍から逃げようとして、ヒーロー科エースのパワーからは逃げられなくて、腕を取られて抱き締められてベッドに倒された。
 ぎいぎいと悲鳴を上げるベッドの上でしょうがないからキスをする。口を塞ぐ深い方のキス。

(俺の予想が正しいとして。だからって『捜査をしない』って話にはならないわけだし、結局のところ、テロを起こした団体の施設は調べなきゃならない。たとえスカでもやる必要はある)

 エンデヴァー率いる日本のオセオンチーム、そして現地のヒーローを乗せた軍事用ヘリは、夜にホテルを出発。
 ヘリのモニターには今回の作戦の概要を示した映像とともに、司令部長官の声が流れている。それを聞きながら隣の焦凍に視線をやるとぱちっと目が合った。…ちょっとはモニター見て復習しなよ。俺ばっかり見てないでさ。
 俺は焦凍たちBチームとは別だ。かと言ってエンデヴァーたちAチームでもない。
 俺は施設に突入はせず、建物の外で個性を使って内部にアクセス。現地のヒーローであり『透視』の個性を持つクレアと施設内部の情報をすり合わせてトリガー・ボムの有無を素早くチェックすることが仕事だ。
 オールマイトが各国のヒーローを鼓舞する言葉をかけてくれていることを胸に置き、青いラインの入った帽子を被って薄い紫の髪を隠す。
 長官の声で、ミッションはスタートした。
 オセオン上空にいるヘリのハッチが開き、エンデヴァーが飛び出す。次にバーニンが。次にクレアとサイドキックが。緑谷が、爆豪が。最後に視線だけ交わった焦凍が飛び出して、俺が続く。
 高いし風が冷たいし、何度かこういう場面を経験したとはいえ、今までにない高さだ。ちょっと股がヒュンッてする。
 ものすごい風圧の中なんとかバランスを取り、このミッションのために持ち出してきたバックパックからガスを噴出。自然落下に負けないエネルギーを生み出して地面ギリギリのところで落下の勢いを殺して転ぶように着地。すぐに建物に駆け寄って両手をついて目を閉じる。

(神経、接続)

 自分の神経を目の前の巨大な建物だけに集中させる。『どうだナーヴ、視えたか!?』耳にはめているインカムからのエンデヴァーの声をちょっと無視して中の様子をくまなく探る。
 そして、やっぱりな、と思った。
 ない。ここにはトリガー・ボムはない。「こちらナーヴ。俺の個性では発見できませんでした。クレアは?」俺が取りこぼしただけという可能性に賭けて透視をしているだろうクレアに訊いてみたけど、『こちらも同じ。どこにも見当たらないわ』と苦い声をこぼした。
 俺とクレア、二人の索敵の人間を入れるくらいには、この本部に可能性を賭けていた。それだけにこのスカはなかなかに大きい。
 焦凍を始めとしたBチーム、指導者のフレクトを捕らえる方のチームも『くそ、指導者不在!』とインカムに向かって叫んでいる。

(そうだよな。あれだけ大々的にテロをして、犯行声明まで出しておいて、ここでおめおめと捕まるはずがない)

 結果を言うならば、作戦は失敗。世界中にあるどの施設からもトリガー・ボムは発見されなかったどころか、施設にいたヒューマライズの団員はトリガー・ボムの存在すら知らない下っ端だった。
 作戦失敗を受け、ヒーローは団員を確保し速やかに撤収。団員の引き渡しはプロヒーローが担当。インターン生は臨時事務所へ戻るようにと告げられた。
 行きは慣れないヘリからの降下。帰りは普通に車で臨時事務所へ戻って、あてがわれているそれぞれの部屋へ。
 どさ、とベッドに倒れて黒いスーツのチャックを下げた俺に、自室に戻らないでついてきた焦凍が眉間に皺を刻んだ顔で見下ろしている。

「本当に、の言った通りになった」
「まぁそりゃあ。テロに使う大事なモンなんだから、秘密にしてる施設とかに隠してるでしょ、普通」

 残念ながらそれがどこか、なんて俺にはわからないけどね。
 自分の部屋があるんだからそっちに行けばいいのに、俺の部屋でスーツを脱ぎ始めた焦凍に嫌な予感がした。
 俺たちは世界的なテロに立ち向かうために海外にいるんであって、気の抜けない状況は続いている。シてる暇なんてない。と、口で説明したところで無駄だった。パンツと黒いピチッとしたインナー一枚で迫ってくる焦凍から逃げてたけど背中にどんっと壁が当たる。「お前ね…」しかもなんだそのパンツ。エロいことする用のやつじゃん。穴開いてるやつ。なんでそんなの履いてるんだ。
 っていうか、それで任務してたのかバカ。この、ばっか。「買った」エロいパンツのことを言ってるんだろう焦凍が俺のスーツのベルトを外してチャックも引き下げる。
 ああ、もー。

「ほんと、節操がない…」
「うるせぇ」