俺のクラスメイトであり、エンデヴァーのもとでインターンをしている仲間でもある緑谷出久が『大量殺人犯として指名手配』された。
 その事実のみをニュースキャスターが繰り返す会議室のモニターから、緑谷に『携帯の電源は切れ』『バッテリーも抜け』と適切な指示を出して通話を切った焦凍がまだ困惑した顔で俺を見てくる。「どういうことだ?」と。
 緑谷はインターンで俺たちと一緒にこのオセオンに入国。ついさっきまで一緒に行動していた。ニュースキャスターの言うような大量殺人をするような時間はないし、第一、緑谷はそんな人間じゃない。
 となれば、いきなり発砲してきて取り付く島もなかったという緑谷の話を思うに………『そういうこと』にしておいて緑谷を捕らえたい、あるいは始末したい警察の思惑がある、ということになる。
 それに、気になるといえば、宝石強盗の仲間だと思って追っていた相手のケースに宝石はなかったということ。
 それを知っていたかのような警察の対応、ヴィランと思しき者による襲撃…。

「そのケース、何か秘密があるんだろうね。警察とヴィランが躍起になって追う理由が」
「ケースにか? 緑谷たちにじゃなく?」
「問答無用で発砲してきたんだろ。それは緑谷たちの生死を問わない、ってことだ。本人たちに用はない。じゃあ用があるのはケースってこと」

 なるほど、と頷く焦凍のまっすぐな視線がちょっとこそばゆい。
 そのケースにはパッと見ただけではわからない何か重要な秘密があって、そのせいで緑谷が貶められた。そう考えるのが自然だろう。
 となれば、現状を打破する鍵はそのケースにあるってことになるわけだけど。何せ手元にないからなぁ…。
 黙って俺の話を聞いていたエンデヴァーが「警察本部に行く。お前たちは大人しくしていろ」と言い残し、バーニンを連れてズンズンと会議室を出ていく。無駄足だろうと警察に抗議に行くんだろう。
 爆豪はもう一人行動でどっか行ってしまったし。俺も、この事務所にいる限りは自由にしてていいかな。
 何が起きているのか、事態を把握すべく動き出しているほかのヒーローたちに交じって、持ってきたタブレットを置いて折り畳みのキーボードを展開。空いてる椅子に腰かけると、隣に寄って来た焦凍が肩越しにタブレットを覗き込んでくる。

「現状わかってることをまとめよう。それから、緑谷たちの今後の移動ルートも検討しよ」
「ん」

 会議室にはそれなりの人がいるっていうのに頬をすり寄せてきた焦凍と反対側に体を傾けて逃げる。「やめなさい」と言うと眉間に皺を寄せられた。いや、それ俺がしたい顔だから……。
 よし、切り替え切り替え。

(まず、緑谷は警察とはやり合わない。事情がどうあれその方針は派遣されてきたヒーローとして動かないだろうし、逃げ、に徹するだろう。そうすると)

 今緑谷たちを追っているのはオセオンの警察だ。
 つまり、オセオン国にいる間は警察に追われるってことになる。
 ヴィランの件はいったん置いておくとして、警察に追われる状況をどうにかしたいなら、向かうは警察の手の届かない場所。……隣国のクレイド。
 たん、とキーボードを叩く指が止まる。「クレイド?」すぐ横で首を捻ってみせる焦凍に「たぶんね。連絡待ちだけど、緑谷が冷静に考えるなら…」ちょうど通りがかったクレアを呼び止め、焦凍が話してくれた事故に見えたけどたぶんそうじゃない車。これに乗っていた人物の調査をお願いすると、快く了承された。ナーヴスマイルは海外でも有効だ。
 ただ、そういう俺が嫌な焦凍は機嫌が悪そうに眉間に皺を刻んでタブレットを睨みつけている。
 緑谷が電話してきた位置。そこから人目をなるべく避けて隣国へ繋がるようなルート。考えられる限りの頭の中の情報をタブレットに出力。
 人目を避けるなら公共交通手段は使えないけど、たとえばバスや電車の屋根に飛び乗って移動するような手段なら、可能にはなる。それを仮にもヒーローの緑谷がOKするのかはわからないけど……一緒に逃げてるっていう子次第ではそういったこともするんじゃないだろうか。
 呼び出した地図に考えられるルートを色を変えて書き込み、電車の移動など、可能性が薄そうなものは消去していく。
 できればどこかで合流して、スーツケースについて早めに調べられるのが理想、なんだけど。今は緑谷も逃走中で忙しいだろうし、次の連絡を待とう。
 普段よりも頭を捻って考え事をしたから疲れた。
 休憩がてら、キッチンを借りて、さっき買い出してきた食材で昼食を作ることにする。

「爆豪飯いるかなぁ。っていうかどこ行ったんだろ」
「さぁな。でも昼飯、ないとないでうるさそうだ」
「確かに。作っとくか」

 三人分、パンをスライスしてマヨネーズとマスタードを塗り、チーズとトマトとレタス、ハムをのせ、焼いた目玉焼きを最後にのせてサンド。ものすごい簡単だけどサンドイッチの完成だ。
 これだけだと水分が足りないから、お湯で溶かすだけのタイプのポタージュも用意する。
 野菜不足感は否めないけど、摂らないよりはマシってことで。
 焦凍がサンドイッチを持ち上げて感慨深げにしげしげと眺めてるのがくすぐったい。「普通のサンドイッチだよ。お前にもできる」「じゃあ、今度は俺が作る」「そーね。いい機会だから練習するといいかも」いつまでも眺めてるのがこそばゆくて先にサンドイッチにかぶりつく。うん、フッツーの味。調味料が海外のだから日本とは違ってマスタードが辛いけど、フッツーの味。
 簡単な昼食を摂って(爆豪のはラップして英語で名前と食べろって書いておいた)自室に戻ると、当然焦凍がついてきた。
 俺手作りのサンドイッチを食べてたときは上機嫌だったくせに、今はなんかぶすっとした顔をしてる。たぶんまだクレアにナーヴスマイルで頼みごとをしたことについて気にしているんだと思う。

「あのね……現地のヒーローの助けも借りなきゃ。クレアは良い人だよ」
「うるせぇ。女の名前なんて聞きたくない」
「名前っていうかヒーロー名…」

 小言を言ったところで焦凍の機嫌は悪くなる一方なのはわかってたから、大人しく口を噤む。
 そういう嫉妬というか気持ちというかが嬉しくないわけではないんだけど。そんなに気にしてたら焦凍が辛いだけ、なんだけど。だからって『嫉妬するな』と言ってできるものでもないってのもわかるし……。
 ベッドに転がって「おいで」と呼ぶと、機嫌が悪いって空気を出しながらも秒で飛びついてくる辺り、本当、素直だ。
 ぎいぎいと抗議の声を上げるベッドでリップ音を響かせるキスをして、シない程度に甘やかしてやることにする。

「海外でしたいことないの?」
「別に。ない」
「俺はお前とデートしたいな。普段歩かないとこ歩いて、食べないもの食べて、日本じゃないようなもの買ってさ」

 今のところは叶いそうにない希望を口にすると、焦凍がまだちょっと不機嫌そうに唇を尖らせたままこっちを見た。色の違う両目を見つめて「デートしたい」もう一回言うと、照れくさそうに視線が伏せられて一つ頷かれる。
 そうやって思いつく限りの言葉で甘やかして、一時間。
 焦凍はすっかりふやけた顔をして俺の胸に満足そうな顔をこすりつけている。
 クレアからの続報はまだない。
 現地ヒーローとはいえ、話ができる状態じゃない男の素性を調べるっていうのは楽ではないんだろう。今日中の情報は期待できそうにないな。
 俺たち派遣ヒーローには基本待機が命じられたままだから、指示がないと動けないしなぁ。
 焦凍の左右で色の違う髪を撫でながら、カーテンを開けっ放しにしている窓の外に視線を投げる。
 今できることといえば、臨時事務所からの異国の景色を眺めたり、インターン中にやれと出された宿題をしたりすることだけ。
 さっきも焦凍に言ったけど。日本ではあまり見ない石畳、地震が少ない国らしく高く平等に続く建築物、教会。そういうところを一緒に歩いてみたかった。
 いつかにしたデートの約束が叶うのがここなら良かったのに。
 俺の勝手なんだけど、映画みたいなオセオンの街に実は心躍ってたりするんだ。
 緑谷が巻き込まれてる事件も映画みたいだから、そういう意味では羨ましい……なんて言ったらさすがに不謹慎だから自重しよう。