がナーヴの営業スマイルを駆使した結果、クレアという現地のヒーローが探偵を雇い、例の事故車…いや、事故に見せかけられた車のことを調査してくれた。
 調査を依頼した探偵によると、あの車に乗っていたのはヒューマライズの団員(逃げ出したらしいから『元』団員が正しい)で、現在は病院の集中治療室で警察の護衛つきで入院中。話せるようになるかどうかはわからないらしい。
 もう一つの情報として、事故現場近くに盗まれた宝石がぶちまけられていた、ということ。これは本来緑谷が強盗犯から取り戻していたはずのものだ。

(二つの情報を総合して考えると………元団員がたまたま宝石強盗が使用したのと似たようなケースを持って逃げていて、不自然な事故に遭い、そのときの衝撃でケースが紛失。たまたま宝石の入ったケースと入れ替わった…? )

 クレアが見せてきたタブレットにが難しい顔をしてから、パッとナーヴの営業スマイルを浮かべる。「ありがとうございますクレア。おかげでだいぶわかってきました」そう言ってがキーボードで何か打ってまとめ始める。
 が浮かべる営業スマイルってのは気に入らないが、クレアには効果があるらしく、「役に立てたならいいんだけど」と笑う顔から視線を外す。
 緑谷の、友達のためだ。アイツのためだから我慢しろ。
 苛立つ自分に言い聞かせながら、クレアから見えない位置での腿を撫でる。反応は返ってこないが何も思ってないわけはないだろう。夜は覚悟しとけよ。

「お」

 そこで、ポケットに入れっぱなしの携帯が震えた。引っぱり出すと緑谷からメールが来ている。「、緑谷だ」「なんて?」「あー、『暗くなったら 冷蔵庫にある イチゴを どうぞ』って……」瞬間、が椅子を蹴飛ばして立ち上がる。「やっぱりクレイドか」「は? なんでそうなる」思考の飛躍についていけない俺に細い指がメールの最初の文字を指す。「頭文字だけ読んでごらん」「…く、れ、い、ど」クレイド。確かにそうだ。ホークスのときと似たような暗号か。
 クレアにエンデヴァーへの伝言を頼み、ちょうどよく勝手な見回りから戻って来た爆豪の腕を掴んで三人で臨時事務所を出る。

「あンだよ!?」
「しーっ」

 個性で把握したんだろう、「警官が見張ってる」とこぼしたが臨時事務所となっているビルの影を視線だけで示した。
 その方角、建物の影には確かにオセオンの警官数名の姿がある。「まず撒くぞ」「命令すんじゃねェ」「じゃ、3ブロック先のブティックに十分後に集合で。ヒーロースーツのままは目立つから服買わないとね」「だから命令すんじゃねェ」自分のスーツを指したに爆豪と一瞬視線を合わせ、三人それぞれの方向に駆け出す。異論はない。
 石畳の床を蹴って氷結で建物の白い壁を這って上り、煉瓦色の屋根伝いに移動。適当なところで路地裏に下りて3ブロック先のブティックを目指し、尾行に気をつけながら慎重に行動する。
 八分後、指定のブティック前に行くと、もう買い物をすませたらしいが「おーい」と手を振ってくる。
 白いパンツに濃い紫のパーカーに帽子。だぼっとしてるのがかわいい。抱き締めたい。

「時間より早ェ」
「勝手に行動するな」
「まぁまぁ。二人とも適当に買ってきて」

 店内を指され、言われるまま適当に服を買って着替え、ヒーロースーツと二日分くらいの着替えを買ったボストンバッグに押し込んで店を出る。
 はその間にクレイド行きの列車を調べていたらしく、俺と爆豪が戻ってくるとすぐに駅の方を指した。「十五分後にクレイドも通る山岳列車が来る。行こ」「命令すンな」先を歩こうとするに爆豪がずんずんと一人で歩き出す。は苦笑いでそのあとに続く。
 隣に並んで、お揃いの帽子を買ったのを見せると呆れたような顔をされた。「そりゃあお前の髪は目立つから、帽子はいいと思うけど…お揃いにする必要なかっただろ?」「お揃いがいい」むっと眉間に皺を寄せた俺にが困った顔で指で頬をかく。
 気持ち早足で駅に着いた俺たちは、切符を購入、日本のようにアナウンスなく滑り込んできた列車の行き先を確認して乗り込んだ。
 普通に座席に座ると人の目につきそうだったから、たまに人が行き交うだけの通路に陣取り、走り始めた列車から見える景色に目をやる。
 はどこかキラキラとした目を夕暮れ時の窓の外の景色に向けたあと、はっとした顔でぶんぶん首を振って咳払い。「ンで? 状況は」と問う爆豪の声に斜めがけの鞄に入れていたタブレットを取り出した。そこにはクレアからもらった情報画像が表示されている。

「緑谷が今持ってるケースなんだけど、逃げ出したヒューマライズの団員の持ち物なんだって。それが宝石強盗のケースとどこかのタイミングで入れ替わった。そのせいで緑谷と、もう一人の人物が追われてる」
「警察がクソデクを追いかけ回してるのもそのせいか」
「たぶん。逃げ出した団員が持ってたんだし、そのケース、かなり重要なものなんだろうね。逃げ出すときに施設からパクった大事な何かが入ってるとか…。そうじゃなきゃここまで大規模には動かないだろうし」
「…つまり。警察にも団員がいる……だりィな」
「じゃなきゃ初動の対応が早すぎる」

 俺と別れてわずか数十分で警察に追われる身になった緑谷を思えば、そう考えるのが自然だ。
 表情を引き締めたが通路の左右に視線をやって帽子を深く被り直す。「慎重に行こう。どこにヒューマライズの目があるかわからない」その通りだな、と頷いた俺に対し爆豪はちっと舌打ちして「俺に命令すんじゃねェ」おおよそいつも通りのキレた答えを返してきた。
 緑谷の手にあるヒューマライズ絡みのスーツケース。その秘密を解けば、有力な情報が手に入る可能性が高い。
 現状手詰まり感のあるトリガー・ボムの捜索についても進展が望めるかもしれない。俺たちはそう踏んで今列車に乗っている。
 山岳列車は猛スピードでオセオンの白と煉瓦色の都心を走り抜けていく。
 その風景に目をやっていたどこかぼやっとしていたが、俺の視線に気付くとバツが悪そうに苦く笑う。「こういう景色、見るの憧れだったからさ」「そうか」そういえば、一緒に見た映画にこういう風景があった気がしなくもない。
 隣に寄って行って細い肩に顎を乗せる。「こら」小声で怒られたが気にしない。お前と同じ目線で同じものを見たい。
 爆豪が何か言ってくるかと思ったが、こっちに背を向けて我関せずを貫いてるらしく、その姿勢には少し感謝した。
 これからどれだけ列車に揺られるかは不明だが、とくっつかないでいられる自信がない。
 触れられる距離にいるのに触れないとか、少しくらいは許してくれないと気が狂う。

「お前は、ほんと」

 小さくぼやく声が途切れて、爆豪が見てないのをいいことに、そろりとした手つきで頭を撫でられた。
 その手が嬉しくて頬をすり寄せる、そういう自分がたまに動物のようだと思う。
 キスしてぇなと思って顔を寄せたあたりで「いい加減にしろや!!」と怒鳴られた。この辺りが爆豪の限度らしい。「ごめんて」は素直に謝って俺の肩を押しやって距離を取る。
 そういうのは、ちょっと、つまんねぇな。名残惜しいのは俺だけか。
 通路にしゃがみ込んで壁に背中を預けたが窓の外をぼやっとした顔で眺める。
 その横にしゃがみ込んで目を閉じ、列車に揺られながら、隣の体温を感じる。ただそれだけの時間が過ぎていく。
 ………こういうのも、たまには悪くねぇ。