乗り込んだ列車に揺られること、どのくらいたったろうか。
 六時間を数えた辺りからもう時間は気にしないようになった。
 列車はときおり停車駅でないところで停まるし、日本の電車みたいに時間は守らなくてルーズだし。山岳列車だけあって造りはしっかりしてるけど、ザ・海外って感じ。
 通路で居眠りするのは落ち着かないものだったけど、眠らないのも辛いから、三人分の荷物を固めてクッションみたいな形にして、寄り掛かるようにして三人交代で睡眠をとった。
 目に沁みる光が窓から射し込むようになった頃、山岳列車は田園風景を通り過ぎて山肌の渓谷へ。
 日本じゃ絶対見られない景色だなと感動していられたのは最初のうちだけで、列車はオセオン国とクレイド国の国境に一番近い駅で強制的に停車させられた。

「うわ」

 窓の外の様子を窺って、列車を取り囲むように配置されている警官隊に思わず頭を引っ込める。
 自分たちが追われている立場ではないから堂々としてればいいんだけど、ガタいのいい外人の警察官に周囲を囲まれているという威圧感よ。
 こんなに警官が配置されてる場所に緑谷たちが来ているとは考えにくい。「どうする」俺を追ってしゃがみ込んだ焦凍が首を捻る。対して爆豪は外を見て一つ舌打ちすると「堂々としてりゃいンだよ。とりあえず降りるぞ」と歩いて行ってしまう。
 まぁ、国境で、どうせ審査ってのはあるだろう。俺たちは追われてるわけじゃないし、パスポートもちゃんとあるし、やましいことは何もない。
 この分だと列車はこれ以上動かないか、動いたとして、ものすごく時間がかかる。貴重な時間のロスは避けたいし、楽な移動はここまでだ。
 慌てて爆豪のあとに続きながら、堂々としてんなぁ、なんてちょっと感心する。焦凍もとくに気負いはしてないようだし。
 俺は、あれだよ。海外ってこともあって日本にはない何でもアリな展開にちょっと緊張してる。たとえば問答無用の発砲とか、日本じゃ考えられないし。
 審査は観光ってことでとくに問題なく通過し、渓谷の間にある町のホテル前に観光客らしく陣取る。ちょっと眠い。

「ンで? クソからの連絡は」
「それが、クレイドを最後にうんともすんとも」
「何やっとンだあの野郎……」

 不機嫌そうに呻く爆豪に首を竦めて、一番ありえそうな可能性を挙げる。「携帯が壊れた、とかかもね。それはそれでどう合流しようか…」悩ましいところだ。緑谷たちがこの町に来られないことは確定だし、オセオンを抜けてクレイドに入るにはルートが限られてる。きっとここには来るんだけど、町には寄れない。となれば、それはそれで、二人をどう捜すか。
 悩みながら、とりあえずご飯を食べようってことで、適当なお店で買ったハンバーガーをかじった。
 とくに名物でもないハンバーガーだけど、海外、って感じの味付けで、俺はそれなりに感動した。
 一応『観光客なんだけど仲間とはぐれちゃって』という体で情報収集はしてみたけど、緑谷たちはやっぱり来ていないようだ。
 困ったな。今どの辺りにいるんだろ、緑谷。
 散会していた爆豪と合流し、次はどうするかと話し合っていると、ズン、と地面が揺れた。「ア?」不機嫌そうに視線を吊り上げた爆豪と眉間に皺を寄せて顔を上げた焦凍。俺は地面に手をついて個性を展開、この揺れの原因を探る。
 ここからそれなりに離れた場所で、渓谷の崖が崩れていた。自然に、じゃない。自然物じゃない大きな鉄球によって破壊されていた。
 こんな辺境の地での個性を使った戦闘行為なんて、緑谷たち以外に考えられない。

「二人とも行って。俺は荷物見てるから」

 仮免のない俺は自己判断で戦闘行為には参加できないから、今回も留守番だ。
 爆豪は荷物を落としてすぐに爆破で上空目指して飛び上がり、焦凍は「すぐ戻る」と言い置いて荷物を置くと氷結で滑るように爆豪のあとを追って飛び出していく。
 二人を見送った俺は、三人分の荷物を抱えて、ホテルの玄関横で胡坐をかく。
 地面の揺れは続いている。この揺れに列車へ包囲網を展開している警官隊も惑ったようにざわついているのが個性越しに伝わってくる。
 遠い現場を目を細めて個性の視界で視ていると、龍のように踊り狂う焦凍の氷結がここからでも視認できた。「ほわー…」思わず変な感心の声が出る。
 場所が広くて何も気にしなくていいから、いつもよりのびのびとした氷結のようにも感じる。
 あれだけ氷を出して今は霜もおりないって聞く。インターンの成果が確実に出てるなぁ、焦凍。
 クラスでもトップの実力がある三人ならヴィラン相手でも大丈夫だろうと、のんびりした心地で待っていると、ヘリが落ちた。それを合図にしたようにバタバタと警官隊が現場に向かって行く。
 そのタイミングを計ってたのか、建物の影からじっとこっちを見てた浮浪者っぽいおじさんが俺に近づいて来た。「やぁやぁ。観光かい」濁った英語。ゆっくりだから聞き取れる。「まぁ、そんなとこです」あからさまに胡散臭いが一応相手はする。
 おじさんが懐から取り出したのはなんか怪しそうな赤い色のアンプルだ。「こういうの、興味ないかな」えー胡散臭い…。でも荷物の番があるからここから動きたくないしなぁ。

「なんですか、ソレ」
「個性の増強剤っていうのかな。たまたま、一個手に入ってね。ほら、君くらいの年齢だと、ちょっと、興味ない?」

 大阪のインターンでお世話になったファットガムがこういうのに詳しくて、パトロールが暇なときに知識として教えてもらった。個性増強剤のラベルには確かにアジア製の粗悪品の名前が印字されてる。
 この先のことを考えるなら、違法だとしても、そうも言っていられない状況がくるかもしれない……。
 少し考えて、財布を取り出す。「いくら?」「お。いいねぇ。安くしとくよ」そう言いながら全然安くなかったわけだけど、この先いざってときのために個性増強剤を購入しておく。
 もちろん、みんなには内緒だ。
 その後しばらくして爆豪、焦凍、緑谷、そしてもう一人が人目を忍ぶようにしてホテルまでやって来た。

「おかえり。緑谷も、お疲れ」
くんも、来てくれてありがとう」

 緑谷と静かにハイタッチを交わして、顎でしゃくる爆豪に言われるままホテルの中へ。
 ロディ、と言うらしい緑谷と一緒にここまで逃げてきた彼とも一つ握手を交わし、ロビーに何台か設置されているパソコンにSDカードを差し込む爆豪と、その脇にある半透明で丁寧な作りの鍵っぽいものを眺める。つまり、これがスーツケースの秘密か。
 SDカードにはアラン・ケイと名乗る男…おそらくヒューマライズから逃げようとして逃げきれなかった、今も集中治療室にいるあの人からのメッセージが録音されていた。
 それによると、彼はヒューマライズに拉致された科学者の一人。
 ヒューマライズはその家族を人質に取ることで、多くの科学者をトリガー・ボムの製作に関わらせた。
 それを使った最初のテロは、優秀なヒーローたちをヒューマライズ支部のある場所に集めるための布石。本来の目的は、トリガー・ボムを探しているすべてのヒーローを根絶やしにすること。そうして無個性の者のみの世界にすること。

(マジか)

 左手で口元を隠して必死に頭を巡らせる。
 ヒューマライズ支部周辺にはすでに世界中のヒーローが集結、待機している。状況は整っている。いつその目的のためにトリガー・ボムが爆発しても不思議はない。
 これは思ってるより状況が悪い。いくら爆弾の解除キーたる鍵がここにあるとはいえ、このキーを差す肝心のモノの場所はわからないのだ。
 そのとき、ロビーで悲鳴が上がった。続けて我先にと人々がホテルを飛び出す姿が目に入る。
 その原因はテレビにあった。そこでは緊急ニュースが英語で流れている。かろうじて、ヒューマライズ、はわかった。関係するニュースだ。俺の英語力だと長くて難しい英語は全然わかんない。
 が、何を言ってるかピンとこないにせよ、人々が悲鳴を上げて逃げ出すほどのニュース内容とくれば、嫌な予感しかしない。
 焦凍が英語のニュース内容を顔を顰めて要約してくれる。

「ヒューマライズが世界各地に爆弾を設置。二時間後、リアルタイムで一時間五十二分後、爆発するという犯行予告を出した」

 次にパッと画面が切り替わって世界地図になった。あちこちが点滅している。「爆弾の該当地域だ」「…支部のある場所か」今ヒーローが待機している場所ばかりだ。さっきのアランの話はすべてが本当だろう。
 ということは、時間がない。
 突然のことに動けない皆に代わってマウスを操作し、いくつかのファイルを開けて世界地図を捜し出す。「えーと」 テレビでアナウンスされた個所と違う部分。あるはずだ。ヒューマライズの本拠地。そこに解除キーを使う大元のシステムがあるはず。
 爆豪が俺を押しのけて地図の一点を指した。「ここだ」オセオン国の山脈地帯。確かにテレビが示している世界地図の支部にはないポイントだ。
 さらにいくつかファイルを開けてみて判明したのは、『トリガー・ボムの制御システムは一番奥の地下』『ここから直線距離で四百キロ以上』という、結構絶望的なコトだった。

(二時間切ってる。とてもじゃないけど間に合わない…)

 トリガー・ボムが世界各地で爆発すれば、世界は終わるだろう。二割しか残らない人類は緩やかに絶滅の一途を辿るのに、ヒューマライズはそんなこともわからないらしい。
 それでも何か方法はないかと頭を巡らせている俺たちに、この町にある飛行場を示したロディが、そこからプロペラ機を借りて自分が操縦すると言い出した。
 実際に操縦したことはないけどそういった本は暗記するほどに読み込んでいたというロディの真剣な顔に、「じゃあ俺の個性でサポートする。時間ない、すぐ行こ」荷物を手に渋い顔をしている爆豪、少し不安そうな緑谷、いつもと同じイケメンな面の焦凍を連れてホテルを後にしつつ、タブレットをぺぺぺっと操作してSDカードを参照した情報を司令部に送っておく。
 ヒューマライズの狙いはプロヒーロー、この状況、自分たち。
 そう判明したところで今更ヒーローが引き上げたりはしないし、司令部が何かをするには時間がなさすぎるけど、報告代わりにはなるはずだ。
 時間がないから無断で中型のプロペラ機を借り、操縦席に乗り込んだロディの後ろについてヒーロースーツに着替えつつ個性を展開。プロペラ機の状態をチェックする。

「ちょっと古いけど大丈夫。配線とか問題ない。動くよ」
「おう。行くぞ…」

 緊張してるんだろう、生唾を飲み込むロディの頭をぽんと叩く。「何かあっても俺が個性で動かすよ。気楽に」こんな大きなものを動かすのは疲れるだろうけど、いざとなったら。「便利な個性だな…」ジト目で見られて一つ笑っておく。
 ある程度便利だよ。戦闘にはあんまり使えないけどね。