空での移動は地上よりも時間を短縮できたとはいえ、ヒューマライズの本拠地らしき建造物が見えてきた頃には、タイムリミットまで残り十五分を切っていた。
 ようやく見えてきた敵地。神殿のような荘厳な屋根と、それを支えるいくつもの大きな柱。「あそこが本拠地か」ぼやいて最後にヒーロースーツと装備に不備がないか確認する。よし。
 ロディにはここで引き返すようが伝えて、なぜかハッチを開けて飛び下りる準備をしている姿に軽く目を見張る。何してんだお前は。

、お前はロディといろ」
「俺も行きますー」
「てめェ、仮免ねェだろが。あとで怒られンぞ」

 爆豪の指摘はもっともだ。怒られるどころか罰則だって考えらえる。
 緑谷が眉尻を下げて「そうだよくん、ロディを一人にもできないし…」言いかけた緑谷に構わず、はプロペラ機から飛び下りた。「ばかやろ…っ」慌ててあとを追って飛び下りる。
 には確かに背負ってるバックパックからガスを噴出してある程度空中移動が可能だが、だからって飛べるわけじゃない。ここから建物まで距離があるだろうが。
 落下に抗ってプシューっとガスを噴出させているの右手を掴む。引き寄せて「馬鹿野郎っ」と怒鳴るとまったく反省してないへらっとした笑顔を向けられた。…俺がこの行動を取るとわかっててこうしたんだ。
 この野郎。あとで絶対怒るからな。
 頭上を振り仰ぐが、プロペラ機はすでに遠い。をあそこに戻すことはできそうにない
 ………飛び下りてしまったものは仕方ない。今からプロペラ機に戻るのは難しいし、俺が抱えていくしかないか。
 右腕でを抱えて左の炎を噴射しつつ、氷結で足場を作って滑るように神殿のような建物に向かう。
 飛び下りた俺に続いて爆豪、緑谷も続けて空中に飛び出し滑空して俺とに並んだ。

「てめェ結局か!」
「一人でも人数多い方がいいだろ! 個性ない団員なら俺でも拘束はできる!」
「あとで怒られちゃうよっ!」
「ちゃんと怒られるから大丈夫ー!」

 何も大丈夫じゃないだろ、それ。
 俺たちに気付いたヒューマライズの団員が下からライフルで狙撃してきた。それを氷結を蛇行させて避けつつ左手の炎で速度を調整し、弾には一発も掠らないよう気をつける。とくに。お前に怪我をしてほしくない。
 無個性ばかりなら突破は楽だろうと思ったが、団員のうち何人かには個性持ちが見て取れた。
 一足先に着地し暴れる爆豪に腕が大砲になっているヴィランが砲弾を撃ち、こっちにも撃ってきた。「げ」顔を顰めて肩を叩いてくるを右腕でぐっと抱いて、左の炎をこっちも弾にしてぶつけ、空中で爆ぜさせる。
 の個性は、たとえば空気や水といった形のないものには使えない。空中にいる限りは無力なのだ。地上に下りれば地面に神経を接続してライフルを撃つ団員の拘束も可能となる。
 なんとか着地したいが、大砲のヴィランが邪魔だ。「…手荒になるが」ぼやいて、左腕に炎を纏う。
 左腕から龍の口をした炎が飛んでヴィランを一口で食った。炎の熱で個性が使えない、その隙を逃さず着地し敵を頭まで氷漬けにする。
 俺の腕から飛び下りたが両手を地面について数秒、生き物のように蠢いた地面が次々と団員を飲み込み、首から上が出るだけの生き埋め状態にしていく。それでもって器用に端の方に押しやっていくんだから、の個性もインターンで磨かれてんだな、と変なところで感心する。
 ヒューマライズの想像以上の抵抗に、立ち止まる暇もない。
 口から超音波を放つヴィランに氷結の柱を足元からぶつけて吹き飛ばす。「はぁ」氷の連続使用で冷たくなってきた息を吐き出し、左半身を意識して体温を上げる。
 個性で建物の構造を把握したんだろう、がバックパックからガスを噴出させて飛びながら「あっち!」と指さす方に俺と緑谷で飛び込み、入り口は個性持ちヴィランと戦う爆豪に任せた。

っ!」

 叫んで右腕を伸ばすと、バックパックのガスを節約したいんだろうはすぐに意図を理解して俺のところまで戻ってきて右腕に納まった。
 軽い。女子ほどとはいかないだろうが、戦闘中の今は不安になる軽さだ。軽いから俺が片腕で抱えられるわけだが。

「制御システムまではまっすぐだけど、かなり敵がいる。気をつけて」

 指さす方角には言葉の通りにライフル持ちの団員が待ち構えている。
 緑谷がエアフォースの風圧でライフル持ちの団員を吹き飛ばし、俺の氷結で足を凍らせてその場に固定。
 だが、どれだけ氷漬けにしても、どれだけ吹き飛ばしても、ぞろぞろと後から後からローブとマスク姿の団員が沸いて出てくる。
 少し冷たくなってきた息を吐いたとき、チカ、と目に赤い色が入った。「っ、」咄嗟にを空中に放る。それと同時に足元の氷にピッと赤いレーザーが走って氷が粉砕された。それなりにスピードが出てたから堪えきれずに床を転がる破目になり、舌打ちとともにすぐに起き上がる。やられた。
 続けてレーザーを撃とうとしてくる機械に左手の指を向け、指先から炎を圧縮して放ち破壊しておく。
 先を行っていた緑谷が慌てたように戻ってくるのを「先に行け!」と制し、マシンガンやライフル片手に押し寄せる団員の足元を氷漬けにし、通路を塞ぐように氷の壁を作る。

(ここで足止め食らってちゃ相手の思うつぼだ。もう時間がない。緑谷だけでも先に行かせる)

 空中に放り投げたはバックパックからガスを噴出させながら床に降り立ち、壁に手を当てた。とっさの行動だったが、怪我はなさそうだ。「キリがないな…どんだけ人数が……ん?」「どうした」ぱち、と目を開けたが半笑いというか、どういう顔をしたらいいのかわからないって顔で言う。「なんか、すげぇの来る」と。
 どういう意味だ、と顔を顰めた俺の氷の壁が轟音とともに破壊された。
 デカくて凶悪な面をした、まるで悪魔みたいなヴィランがこっちに突進を仕掛けてきている、と悟った瞬間左の炎を使ったが、まるで炎なんて目に入ってないみたいにそのまま肉薄してくる相手に軽く目を見張る。炎が効かねぇ。
 右足を後ろにやって氷結で距離を取り、もう一度氷の壁を作ったが、ヴィランから生える触手のようなものに破壊された。
 バックパックのガスを使って俺のそばにやってきたが「自我がない」とヴィランのことを指す。薬をキメてんだろう。そのせいで俺の個性も通じてない。
 右手を伸ばしてのことを抱き寄せ、ヴィランの触手攻撃を氷結をジグザグに走らせて避ける俺の横で、が無表情にポケットに手を突っ込んだ。そこから出てきたのは。

「なんだそれ」
「ナイショ」

 赤いアンプルの容器を手にしたが俺に向かって軽くウインクした、かと思えば、その容器を自分の首に当てた。「おい」そういう使い方をするってことは。まさか。
 アンプルの中身を自分に注入したの表情が歪み、こめかみの辺りにびきびきと血管が浮き上がる。
 もはや人間の言葉も発せないヴィランが吠えながら向かってくる。頭と手足、生えてる触手がドリルのように回転して迫ってくる。

(氷は破壊される。炎は効かない。相性は最悪だ。どうする)

 化け物じみたその姿に、天井から、壁から、床から、同質の槍がヴィランに突き立つ。
 一瞬何が起こったのかわからなかったが、すぐに思い至った。の個性だ。増強剤で威力なんかが増してるし、触れずとも個性を使えてる。「…っ、頑丈」額から流れ落ちる汗をそのままに、がパチンと右手の指を鳴らすと目の前の空気がきゅっと音を立てて圧縮され、刃となってヴィランの頭を掠めた。それで頭の触手を切断したがまた生えてくる。
 俺からへと標的を変えたヴィランが吠えた。人の言葉じゃないが、よくも、と言ってるように感じた。
 とにかくの体を抱えて氷結で距離を取る。
 俺の氷は破壊される、炎は効かない。まともにやり合うべきじゃない。

「あとで本当に怒るからな」
「いくらでも」

 が自分に打ってみせたのは、日本では違法とされてる個性増強剤だ。
 どこでそんなもの手に入れてたのか知らないが、それを使ったからいつもより強力な個性が使えてる。だがそれでもあのヴィランを仕留めるにはいたらない……。
 が指を振った先から空気が圧縮され見えない刃となってヴィランへと襲い掛かるが、切っても切っても生えてくる触手に意味はなく、頑丈な巨体にいくらか傷はつけたが、それだけだ。「あーもー、頑丈!」再び天井と壁と床から同質の槍が聳え立つが、ヴィランはそれを破壊して迫ってくる。
 と協力して、俺が全力で個性を使うしかないか。反動で少し身動き取れなくなるだろうが。
 仕方ないと割り切ったとき、が頭に手をやって呻いた。苦しそうだ。「おい」「…っ、さすが、粗悪品。すごい、時間短い」冷や汗なのか、額の汗を拭ったが顔を上げてはっとする。「焦凍防御」「、」自分を守ることよりを守ることを選んで抱き締めた俺に、ヴィランの巨体から繰り出された拳が叩きつけられた。足元の氷結が砕け、重い一撃に床に放射状のヒビが入って崩れ落ちる。
 みし、と自分の骨か肉か、どこかしらが軋む音を聞く。
 それでものことは離さず崩れた床と一緒に地下へと落ちる。
 ドボン、という音に薄目を開けて、水の中に落ちたらしいと理解した途端、不自然な水流に呑み込まれた。奴だ。ヴィランが触手を回転させて水流を操っている。
 どうもマズい状況だということは酸素が供給されなくなった頭でも理解していたが、だからって、諦めるわけにはいかない。
 がいる。俺が戦わなきゃまでやられてしまう。それだけは絶対に避けたい。
 骨の一本二本がなんだ。それくらい、なんでもない。