これはあとから聞いた話だ。 俺が気絶したあと、救助のヘリに運ばれ、オセオンで一番大きい病院に入院することになった。 俺の怪我自体は大したものじゃなかった。打撲とか、打ち身とか、切り傷擦り傷、そんな感じだ。普段からヒーロー科で鍛えていただけあって内蔵がヤられてるってこともなかった。 の隣で意識を失って、次に気が付いたときには病院の白っぽいベッドの上。しかもクソ親父の情けない顔を一番に見ることになり、その場で喧嘩。 喧嘩ついでに俺がうるさく言ったから個室になった入院期間は、隙を見てはベッドを抜け出して、骨が折れて俺よりも重傷、絶対安静のの部屋に行くことに使った。 「お前さぁ…」 その夜も消灯後に抜け出して病室に忍び込むと、薄暗い病室内で呆れた顔で息を吐かれた。 俺は普段鍛えてるからそこまで大怪我せずにすんだが、は骨が三本折れて一本にヒビが入っている。折れた骨を個性をフル活用して正しい位置に無理矢理戻しているらしく、は今日もベッドに臥せったまま疲れた顔をしていた。 ヒューマライズの指導者と戦った緑谷の怪我も酷かったけど、お前もたいがいだ。 壁際のパイプ椅子を足で引っかけて動かし、枕元に陣取って、薄い紫の髪を指で撫でつける。 俺たちインターン生を含めた怪我人に重傷者が多いからってことで、明日にはリカバリーガールが来てくれることになっている。そうしたら怪我の治りは数段跳ね上がるだろう。それなりの反動はあるが、こうしてベッドで寝てるだけの時間は短くなる。 ちゃんと温度のある肌を手のひらで撫でる。 ……あのとき。あの巨体のヴィランの拳に細い体が吹き飛んだとき。心臓が止まるかと思った。 それと同時に、お前の心臓が止まったら、俺の心臓も止めようと思った。 「ええ……また泣くの…」 薄い色の瞳を彷徨わせたの右手が伸びて目元を拭っていく。「大丈夫だって。明日、リカバリーガール来るんだろ。そうしたら元気になるから」滲んだ視界で睨みつけて「反省しろ。ちゃんと」「ハイ。ごめんなさい」体が動かせないから目配せだけで謝る顔に、あんま反省してないんだろうな、と思う。内心『ああするしかなかった』とか思っているんだろう。この馬鹿野郎。 お前がそう来るなら、俺はこう行く。 「が死ぬなら俺も死ぬから」 「え」 「お前がいない世界に生きてる意味がない」 今回のインターンで身に染みた言葉を吐き出すと、目を丸くしたが困ったように眉尻を下げた。何か言おうと口を開いてやっぱりやめて、でも開いて、やっぱり閉じる。 あのときの脳がぐちゃぐちゃになった怒りを、焼き切れると思うくらい熱くなった体を、魂の底まで冷え切った心を、思い知らせてやれたらいいのに。俺の気持ちは俺だけのもので、どんなに言葉を尽くしても、お前にそっくり同じものが伝わるってことはないのだ。 それが、こんなにももどかしい。 に会う前はこんなこと考えもしなかった。 平等に友人を好いて、家族を思いやって、それでおしまい。お前に出会わなければ、特定の個人に対して抱くこんな激情は知らずに済んでいた……。 自分で動けないがちょいちょいと手招きするから、しょうがないから顔を寄せてキスしてやると、ぬるい温度の舌が唇をなぞった。いつもなら俺から口を開けてるところだが、今日は意地でも開けてやらない。 俺が意地を張ってると、抉じ開けるのは諦めた舌がべろりと唇を舐めて、食むように食べられた。上唇、下唇、どっちも平等に食べられて、背筋にむず痒さが募ってくる。 一瞬気を抜いてしまった唇の隙を逃さず捻じ込まれた舌に体を引きかけたが、右手に阻まれた。その動作が傷に響いたのか、若干顔を顰めながら、それでも口を塞ぐキスは止まない。 ………水っぽい音を響かせながらひたすらキスをしていると、意地を張っているのも馬鹿らしくなってきた。 どうせ俺はこうだ。に触れられれば嬉しいし、が他の誰かと話したり触れてたりするのが許せない。どんなにやせ我慢しても損をするのは俺。意地張るのだって得の一つもない。 だったら、キスを堪能した方が自分のためになる。 が大怪我をしてる今はキスくらいしかできないからと、薄暗がりの中、ひたすら口をくっつけるキスをする。 けどあんまりキスしてると勃つから、溺れてしまう前に体を離して、名残惜しそうに糸を引いた唾液から視線を外す。 「言ってないんだ。アンプルのこと」 ぼやいた俺に不思議そうな顔をしたが僅かに首を捻った。体に響かない程度に。「なんで?」……なんでって。言ったら、謹慎が長くなるだろうが。 がどこかで入手して自分に使った個性増強剤の件は、エンデヴァーたちに伝えていない。が犯したのはあくまで『プロヒーローのいない環境で戦闘時に個性を行使した』ということのみで、その謹慎も『帰国したら個性使用禁止三日』という内容ですでに決定している。 ここにアンプルの件を報告したら軽く一週間は謹慎の期間が設けられるし、反省文課題その他、今よりも色々と追加されるだろう。そうしたら大変なのは自身もだが、俺にも響く。だから言わなかった。 たとえば、インターンがあったらは来られないし、左腕だって制限されて不便になるし、ヒーロー科の個性を使う授業に参加できない。ずっと外野。そういうお前を見てるのは俺も辛い。…ほら、だから、お前の謹慎は俺にも響く。 口を噤んだ俺を眺めてたが少し笑って枕に頭を預け直した。なんか知らないが満足そうだ。…俺が報告しなかったことが嬉しいのか、それとも、謹慎期間が短くてすむことが嬉しいのか。あるいはどっちもか。 「もう戻りなよ。看護師さん見回りに来る」 「…ん」 最後に両手を伸ばして頬を挟んで触れるだけのおやすみのキスをして、大人しく自分の病室に戻った。 看護師に見つからないよう病室に戻った俺は、悶々としながら夜中考えた。 見慣れない異国の景色を見るともなく眺めながら、個性を使いすぎて疲れた顔ばかりしているのことを思い浮かべる。 どうすればこの胸の内を余すことなく伝えられるのか。どうすれば勝手をするアイツを止められるのか。考えたが、答えは出なかった。 ただ、が死にかけたときのことばかりが頭の中で映像として繰り返されて、細い体躯が何度も何度も吹き飛ばされて血を吐いた。そんななんて想像したくないし考えたくもない。考えるなら笑った顔がいいし、俺を甘やかすときの顔がいい。 それなのに夢の中でまでアイツはヴィランに吹き飛ばされていて、ろくでもない夢に明け方に飛び起きて、荒くなっていた呼吸を意識して整える。 口の中に広がる苦い味はまるで血のようだった。「くそ…ッ」両目に手のひらを押し付けて滲む視界を閉ざす。 リカバリーガールが来てくれる。は元気になる。俺の調子も戻る。何も心配はいらない。何も……。 我慢ができず、まだ日が昇り始めた窓の外を横目にの病室に忍び込んだ。 体が痛むんだろう、平和とは言い難いが、ちゃんと呼吸して、眠ってる。 投げ出されたままの右手を両手で握って額に押し付け、祈るように、床に膝をついた。 (俺から奪わないでくれ。どうか。どうか) お前がいなくなったら、俺は、生きていけない……。 |