飛んできたリカバリーガールの個性で治癒をしてもらった結果、折れてた骨は元通りに繋がった。
 ただし、リカバリーガールの治癒は自分の治癒力を前借りすることになるから、怪我が大きければ大きいほど反動も返ってくる。
 数本骨を折ってる俺は、骨が繋がったのを確認したら反動ですぐに寝てしまい、起きたら、丸一日以上経過していた。「ぉわ……」夕暮れの窓辺を見てなんかよくわからない声をこぼし、とりあえず右手を動かそうとして失敗。手が動かない原因に視線を移すと、紅白頭の焦凍がいた。……寝てる。
 のそり、と白いベッドから身を起こして、自分の体の状態を個性を使って確かめる。
 うん。骨は繋がってる。異常はなし。治った。よかったぁ。
 折ってる間は首を傾げることも辛くて、痛いのはいいんだけど、したいことができないのはなかなかに苦痛だった。
 今回はさすがにちょっと無茶をした。焦凍を何度も泣かせてしまった……。
 ぐっと強く握られたままの右手をそろそろと抜こうとしたら、寝ていた焦凍が薄目を開けた。こっちを見上げた色の違う目が何度か瞬きする。

「おそよう」

 今起きました。ハイ。ごめんなさい。寝すぎた。
 焦凍が眉間に皺を寄せてから起き上がって、さっそくのしかかってきた。骨折ってる間は甘えるのは自重してくれてたのだ。「治ったけどさ…っ」確かにもうそういうことしても大丈夫なんだけど。重たい。
 ぐいぐいくる焦凍を右腕で抱き止めて、また泣きそうな顔に唇を寄せてキスをする。
 いくら治ったとはいえ、反動のせいでまだ眠いし、何より、ここは病院だ。いくら体をくっつけられてもキス以上は危険すぎてできない。
 ちゅっちゅとリップ音を響かせながら口をくっつけては離して、可能な限りの方法で甘やかしていると、泣きそうだった顔がなくなって、もっとくっつきたい、もっとキスしたいという甘えたでとろんとした蕩けた表情になっていく。
 舌を吸って焦凍の唾液を味わってると、コンコン、とノックの音が響いた。
 その瞬間眉間に皺を寄せた焦凍の不機嫌そうな顔ときたらない。ついさっきまでの甘えたな顔はどうした。
 パイプ椅子に腰かけ直した焦凍を確かめてから「はい」とノックに返事をすると、ガラ、と開いた扉の向こうにエンデヴァーが立っていた。また一段と険しい顔になった焦凍がいるのを見て取ると眉を顰めてから俺に視線を投げる。

「目が覚めたようだな。調子はどうだ」
「まだ若干ダルいですけど、大丈夫です」
「そうか。ならば予定通り、退院は明日、帰国は明後日だ。いいな」
「わかりました」
「……焦凍は病室に戻らないか。が休めんだろう」
「うるせぇ俺の勝手だ」
「焦凍」

 バチバチと視線を交わし始めた二人にひっそりと息を吐く。なんでこうぶつかってしまうのかなぁ…。
 エンデヴァーがなおもお小言を言い募ろうとすると、バーニンが呼びに来た。「エンデヴァー、事務手続きを」たぶん、彼女なりの助け舟だ。親子喧嘩されたらバーニンだって困るというか、扱いに困るんだろう。「…わかった」渋々病室を去る姿に焦凍の眉間の皺が若干マシになる。
 エンデヴァーが去ったあとは引き続き焦凍を甘やかして、そのうち病院食の時間になったので、食べなさいと焦凍を病室に追い返して一息。味気ないなぁ、と思う海外の病院食を腹に入れながら携帯を弄る。
 日本のニュースでも、海外のニュースでも、ヒーローの活躍によってテロは未然に防がれた、ワールドヒーローズミッションは成功だ、と報道している。
 オセオンの長官含む警察官もあのあと逮捕されたらしい。
 それなりに偉い人がヒューマライズの一員だろうと踏んでたけど、まさか長官だったとは。そりゃあ権力乱用し放題で警察も動かし放題だったわけだ。

(明日が退院で、臨時事務所のホテルに戻っての帰り支度。明後日が飛行機に乗って帰国……)

 今日はもう終わるとして、明日、ホテル戻って帰り支度をしても、明後日の帰国まで結構時間があるな。
 この時間、ちょっとくらい出歩いてもいいのかな。リハビリってことで。無理矢理押し通ろうかな…。せっかくの海外、観光が一つもできないのはもったいなくて。
 空になった食器を廊下に出して、ガラス張りの廊下から白い建物に煉瓦色の屋根の景色を見下ろしていると、角から焦凍の紅白頭が現れた。ぱたぱた早足で俺のもとまでやって来て「探した」と隣に並ぶ。

「何見てんだ」
「景色」
「…好きだな。列車でもさんざん見てたろ」

 呆れたような顔の焦凍にへらっと笑う。「映画みたいじゃん。明日ちょっと歩きたいな。ね、リハビリデートしよ」誰もいないのをいいことに顔を寄せて耳を食むと、陰り始めた夕焼けとは違う色に頬が染まる。
 緩く手を握ると、きつく握り返された。答えはイエスだ。
 次の日、無事退院した俺たちインターン生は臨時事務所のホテルに戻り、帰国のために荷物をまとめて帰り支度をすませて、自由時間になった。
 任務は成功で終わり、ヒーローの面目は保たれ、世界はテロの脅威から解放された。
 エンデヴァーは言わないけど、午後の非番はご褒美、ってことだろう。
 非番を言い渡したバーニンがびしっと俺たちを指さして「いいかい、ヒーローとしての任務は終わったんだ。我々は部外者。事件が起きても現地のヒーローに任せるように」どうやら制約はそれだけらしい。
 ということで、晴れて自由の身なので、焦凍を連れてホテルを飛び出し、元気よく現地の観光に出る。
 まずはオセオンといえばのオセオン・タワーからの景色は観光名所の一つなので、タクシーを捕まえて一番に向かった。
 道中でもパシャパシャ写真を撮って、海外、観光名所にいるっていうのに普段とあんまり変わらないイケメンも撮っておく。
 不思議そうに首を捻った焦凍が気付いた顔で俺のことを撮ってから、適当な人を捕まえて携帯を預け、俺と二人の写真を撮らせる。
 さすがイケメン、頼まれた女子は断れない。そしてスラスラ英語ができるというアドバンテージよ。
 せっかくだら、展望台でオセオンの街並みを楽しみながらカフェでお茶をした。「蕎麦が食いてぇ」心からの焦凍のぼやきに苦笑いしながらコーヒーをすすって現地の料理を食べ、その手を取って引っぱって歩く。
 ここは知らない土地だ。爆豪や緑谷、どこかで知り合いと遭遇するかもという可能性はあるけど、手を引っぱって歩いてるくらいはそんなに変じゃないし誤魔化せる。
 というか、爆豪にいたってはまぁ、バレてるでしょ。列車で焦凍がガマンができなかったから。
 そのことで茶化したりけなしたり見下したりしない辺り、粗暴だけど、爆豪って案外人間できてるんだよな。

「買い物したいな。お土産」
「ん」

 とくに反対されなかったから適当なショップをいくつか覗き、オセオン・タワーの手書き風のポストカード、オセオンの街並み、橋を挟んだスラム街も描いたやつ、最後にオセオン国の国旗がデンと描かれたTシャツを掲げると焦凍が微妙な顔をした。「どこで着るんだ」「部屋着」「…まぁ、それなら」焦凍のお許しが出たのでこれもカゴに放り込む。
 無難そうなお土産を買った次は、日本じゃ味わえない街並みを二人で並んでゆっくりと歩いた。
 しばらく寝っぱなしだった体の凝りがだんだんと解れていくのを感じる。
 が死ぬなら俺も死ぬから
 お前がいない世界に生きてる意味がない
 ふと思い出した声に視線を隣にやれば、いつもと同じ涼しい顔したイケメンがいる。俺の視線に気付くと紅白色の髪を揺らして首を傾げた。「どうかしたか」「いや」随分と情熱的な告白だった。さすがに効いた。もう無理はしないよ。
 まさか、俺がいないと死ぬなんて言うとは思わなかった。
 焦凍って本当俺にゾッコンなんだなぁ。愛されてるなぁ。…物好きだなぁ、本当に。
 しみじみしながらオセオンの街を回って、疲れ切ってしまう前に夕方にホテルに帰還。現地のスーパーで買ったお菓子や総菜、弁当なんかを二人でつまんで、あとは大人しく明日の帰国を待つ……なんて流れになるはずがなかった。
 当たり前の顔で服を脱ぎ捨てた焦凍が「セックスしてぇ」とベッドに俺を押し倒す。
 もう荷物はまとめたし、夜の予定はちょっと夜景も堪能したいってことくらい。入院中ガマンにガマンを重ねたろう焦凍を思うと無下にすることもできなくて、首を竦めて大人しく服を脱ぐ。
 そんな俺が意外だったのか、焦凍は眉間に皺を寄せて首を捻っていた。

「お前が死んだら、俺も死ぬよ」

 あの熱烈な告白に答えを返すと、ぽかんと気の抜けた顔をした焦凍の頬が膨らんだ。むくれてるらしい。なんだその顔ちょっとかわいい。そんでさ、なんでそんな悔しそうなんだろ。
 パーカーを脱いで落とすと、筋肉のついた体がのしかかってきた。リカバリーガールが治したのはあくまで大きめの傷だから、小さな傷のある肌はどこかザラついていて、あと、重い…。

「絶対だな」

 耳元でのイケボの破壊力よ。あと吐息がくすぐったい。「うん」「…じゃあ死ねないな。お互い」「そうだね。長生きしよう。おじいちゃんになるまで」快楽への期待で浮ついている腰を指でなぞって、トイレで準備してきたらしい焦凍の後ろの口に指を挿れる。
 もし、遥かな未来で、和風な家の縁側で、おじいちゃんになっても二人一緒にお茶とせんべい片手に語り合っている未来があるのなら、それは、素敵なことだと思う。