オセオンという異国の地で、プロヒーローの許可なく個性を使っての戦闘行為に及んだ。
 そのツケは、日本への帰国後、『左腕の義手を含めた個性使用禁止』の謹慎三日となった。
 本当なら個性増強剤を使ったからもっとキツめの謹慎を言い渡されるはずだったけど、何を思ったのかアンプルの使用を焦凍がチクらなかったことで、軽い謹慎処分のままなのだ。

(三日個性が使えなくてそれなりに不便だったけど、焦凍がカバーしてくれたから、思っていたよりは困らずにすんだかな)

 謹慎三日目。日付が変わった深夜0時。
 現在地は住み慣れた雄英のヒーロー科1Aの寮、五階の角部屋。俺のベッドの上。
 平和な寝顔で眠っている焦凍を横目にのそっと起き上がり、言い渡された謹慎期間が過ぎたから、まずはリハビリがてら、義手の腕を動かしてみることにした。革のバンドで二の腕と義手を固定、個性を展開。神経を接続する。
 ぐー、ちょき、ぱー、と鉄の指を動かしてみる。
 三日ぶりだけどとくに違和感なし。次。
 そろりとベッドを抜け出して床に手を当てて目を閉じ、この寮の全体像を把握すべく意識を寮の床へと垂らして、世界が一瞬で頭の中で展開されて軽く眩暈がした。「……ん?」目を開けると目の前の薄闇に沈む白い床に頭の中の景色が霞んで見える……。
 いつもならもう少し、把握に時間がかかるんだけど。一瞬で把握できてしまった。それに頭の中の景色と現実の景色が重なっている…。久しぶりの個性で感覚が狂ってるのかも。
 もう少し手応えを確かめようと雄英の校舎まで意識を伸ばすと、寮の前の道から学校までが鮮明な地図のように頭の中に描かれて、自分でちょっと引いた。
 映画でよくあるような近未来のビジョン投影。目の前の景色と頭の中の景色が同時に見える視界はまさにそんな感じ。
 ここまでキレイに思い浮かべられたのは初めてなら、こんなコトになったのも初めてだ。
 ここに来て個性が急激に成長するとか、そんな話あるんだろうか。特別な個性特訓をしたわけじゃないし、むしろ謹慎期間で使ってもいなかったのに。

(………個性の。深化)

 嫌なことを思い出して、左の義手でぐっと拳を握る。
 個性は病気だとしてテロを画策、実際多くの人々を巻き込み、世界中のヒーローが事に当たった先日のテロ事件。ヒューマライズという思想団体が声高に主張していたことをぼんやりと思い出す。
 個性終末論。 個性は深化し、 やがて誰にもその力をコントロールできなくなると危惧される終末論は、ただし、科学的には立証されていない。今のところは『そういう可能性もある』という類の話でしかない。
 それでも多くの人を動かしてしまったその話を少し実感する。何せ、今の俺がそうだから。

(個性増強剤……アレを使ったから、今まで閉じてたチャンネルとか、開いちゃったかな)

 机の一つ、椅子の一つまで再現されている校舎の映像を振り払って、左腕以外の個性使用をシャットダウンする。あんまりにも色々と細かくて眩暈が……。
 じっと右手を見つめてから焦凍に視線を移して、寝ててもイケメンな面してるなぁ、なんて思いながら伸ばした手を紅白色の頭に当てる。

「神経。接続」

 生物に対してはどちらかといえば無力な俺の個性が、指先から垂れた意識がじわりと焦凍の髪に滲んで頭皮のその先、脳の方に到達。じわじわと同期して焦凍が見ている夢を俺に見せてくる。
 なんの夢を見てるのかと思ったら、轟家の広い家の縁側で二人でお茶を飲んでせんべいをかじっている平和な夢だった。
 ……将来的にそうなれればいいけどな。夢、覗いてごめん。
 お詫びに寝てる顔に一つキスをして、ユニクロのあたたかい服を重ね着し、ジャージ上下に着替えて部屋を出る。
 個性増強剤の影響で俺の個性が深化していたとして。何がどの程度までできるようになってるのかを自覚しておく必要がある。
 無機物に対してどこまで何ができるのか。生物に対してどのくらい融通が利くのか。
 地面、空気、水、木々、草花。何ができて何ができないのか。しっかりと把握して、今後の個性使用に活かせるようにしておこう。
 そうやって一人自主練を重ねていると、タッタッタ、と規則的な足音が聞こえてきた。「あれ」憶えのある声に木々の根っこを地面から生える槍のように突き立てていたところから振り返ると、緑谷がいた。

くんお早う。早いね」
「緑谷こそ。あれ、待って、そんな時間?」
「うん。五時過ぎたよ」

 ちょっと個性の具合いを確かめようと思ってただけなのにもう明け方になってた……。寝れないな、今日。
 そういえば眠い気がする目をこすって地面から手を離すと、うぞうぞもぞもぞと木の根が元の位置に戻っていく。緑谷はそれを不思議そうな顔で見ていた。やがてぽんと手を打って「あ。そっか、今日から個性使っていいんだったね。リハビリ?」「そんなところ」と返し、立ち上がって、ぐっと伸びをする。ああ、時間を意識したらすっげぇ眠い……。でもここで寝たら負けだよなぁ。
 眠気覚ましのため、緑谷に並んで「一緒に走る」と言うと驚いたような顔をされた。「大丈夫? 寝た方がいいんじゃ…」「寝たら起きない自信しかないから」肩を竦めた俺に緑谷が苦笑いしてジョギングを再開したから、並んで走る。
 若干ぼやっとしながら走っていると、ヴー、とポケットの中で携帯が震えていることに気付いた。引っぱり出すと焦凍からの着信だった。この前にも何度かかけてきてたみたいだけど走ってて気付かなかった。
 まさか、俺がいないから目を覚ましたとか? まさかね。
 でも、俺が死んだら死ぬとか言うくらいだからな。普通にありうるなぁ。とりあえず電話出よ。

「もしもし」
『なんで部屋にいねぇんだ。今どこだ』
「外。ちょっと、個性、使っててさ」

 走りながら答える俺に、電話の向こうの焦凍が眠そうな顔で眉間に皺を寄せた、気がする。「お前は寝てなさい」『俺も行く』「ジョギング終わったら帰るから」『俺も行く』「や、ほんと、すぐ帰るから」『お・れ・も・い・く』ちっとも譲る気がないなコイツ……。
 仕方ないから現在地を教えると、焦凍は全速力で走ってきた。むしろ個性の氷使ってまでやって来た。
 氷結で滑り込んできた焦凍に緑谷が驚いたような感心したような顔で「おはよ、轟くん」と声をかけると、俺を睨みつけて不機嫌そうな顔をしていた焦凍がいつもの涼しい表情に戻って「おはよう緑谷」と挨拶。それでまた眉間に皺を寄せて俺のことを睨みつけてくる。
 俺が帰るまでのちょっとの時間。せいぜい二時間を一人でいることもできないのかな、焦凍は。それはそれで困ったものだな……。
 その後は三人で三十分ジョギングし、朝の自主練をするという緑谷と別れて寮に戻って、眠気覚ましを兼ねてシャワーを浴びた。寝不足の目にお湯が沁みる。
 俺が出てくるのを脱衣所で律義に待っていた焦凍はまだむくれていて、拗ねながらも上がった俺にバスタオルを突き出してくる。「あんがと」白いタオルを受け取ってもふっと顔を埋め、一息。試しに個性を展開させると寮という建物がブワッと頭の中に一瞬で展開された。やっぱり、気のせいじゃなく、前より速いし前より細かい…。
 ちゃちゃっと部屋着のスウェットを着て、朝早くて人目がないからと縋りついてくる焦凍を引きずるようにしながら五階の自室へ。
 部屋に戻ったと同時に腰に回った腕に問答無用で抱き上げられた。「ちょ、」そのままベッドに運ばれてぽいっと放られる。相変わらず力が強い。
 顔を埋める形になった布団の上でごろりと転がると、眉間に皺を刻んだとても不機嫌そうなイケメンがこっちを見下ろしているではないか。お前が寝てる間にちょっと外に出てただけなのにそんな顔しなくても……。

「なんで寝てないんだ」
「今日で謹慎終わりだから、ちょっと個性使うリハビリをしておこうと思いまして……」
「なんで俺を起こさないんだよ」
「いや、個性のリハビリだし。一人でいいかなぁと」

 ほら、俺の個性は自分でしか扱えない奴だし。とくに相手は必要じゃないし。
 答えるほどに焦凍の眉間の皺が深くなっていく。
 誤魔化し笑いで流せそうもなかったから、一つ息を吐いて両腕を広げる。「ごめんって。ほらおいで」「…………」むすっとしながらもベッドに上がってきて俺の腕に納まるイケメンである。
 左手で紅白色の髪を撫でて、右手でぽんぽんと背中を叩いてあやす。
 一瞬、俺の個性のことについて焦凍に話しておくべきかと思ったけど、やめた。
 余計な心配はかけさせたくないし、今までより利便性に富むってだけで、困ってるわけでもないし。なんかマズいなってなったときは言おう。

(あー、眠く、なってくる…)

 もう六時だ。朝。今から寝たところで一時間も寝れない。「しょーと、このままはマズい。ねちゃう」「寝ればいい。起こす」「ええ…」うつらうつらしてる俺の視界を焦凍の手のひらが蓋をする。「寝ろ」と。
 俺の上から退く気がないらしい焦凍がまぁまぁ重たいんだけど、今は眠気が勝った。「じゃあ、おやすみ…」大人しく目を閉じる。
 焦凍が重たくて眠れないんじゃないかという心配は、左の個性でぽかぽかあったかくなった焦凍が重みのある抱きクッションとして機能したことで解決。思いのほか快眠してしまった。


「、」

 呼ばれて、意識が醒めた。一瞬で寝てた。
 薄目を開けるといつでも面の良いイケメンがこっちを覗き込んでいる。そんで、その面の良さを寝起きの無防備な心に食らうとウッてくる。このイケメン。「飯の時間」「ああ…うん」どうやらずっと抱き締めてたらしく、されるがままじっとしてたらしい焦凍をぱっと離す。
 もうすげぇ眠いけど、休み時間寝るようにして睡眠時間稼ぐしかないだろう。ねっむいけど。
 その日の授業はさんざんで、昼休みは食欲よりも眠気が勝って寝て過ごして、授業が終わったら飛んで帰ってすぐに寝て、夕飯前になんとか回復。「あー眠かった…」目をこする俺に焦凍が首を傾げて「抱き枕になるか?」とぽかぽかしてる左手を当ててくる。「いやまた寝るからやめて」あとさ、何ちょっと気に入ってるんだ。抱き枕とか、嫌がりなさい。