雄英高校ヒーロー科1年A組、耳郎響香。
 ウチは最近思うことがある。
 寮の共有スペース、一番端の小さな机に陣取った轟と。二人は今日も当たり前のように登下校を一緒にして、当たり前のように一緒にご飯を食べている。
 今日の食事当番であるウチは料理を取り分けつつその様子を観察する。
 最初は、のことを心配しての観察だった。
 夏休み明け、サポート科からヒーロー科へ編入するっていうイレギュラーな道を辿るを案じて、ウチにできることはそう多くはないだろうけど、それでも助けられることがあったら力になろうと思っての観察。
 音、そして目での観察を続けるうちにすぐに気が付いた。のそばには必ずと言っていいほど轟がいるってことに。
 クラスメイトにはウチやヤオモモとか、編入のを案じてる人間はわりといるんだけど、そんなウチらの介入を許さないかのように、轟はいつでもの隣に立ってる。

 ついてる

 今も、澄ました耳には轟の声が聞こえていて、の口の端についた米粒を指ですくって食べた。
 いや食べんでも取るだけでいいだろ、と見ているこっちが気恥ずかしくなる行動を平気でしてみせた轟に、が呆れたように口元を袖で擦る。
 ……最初は、純粋な心配と、元サポート科の人間がどんなふうにヒーロー科で頑張るのかという少しの好奇心からだった。
 自分の容姿を気にかけていないように、伸ばしっぱなしの無造作な黒髪、中古っぽい服を着ていただけのが、日を追うごとにブランドものの服を着るようになり、ボロボロだった靴や持ち物が真新しくなり、ついには長い黒髪がイマドキの髪型になった。
 その度に隣にいる轟が満足そうな顔で口元を緩めていることに気付いたときには、なんか、こっちまでその表情が伝播してさ、顔が熱くなったよね。

(あれさぁ、もう絶対好きじゃん……)

 likeの方じゃなく。loveの方の意味で。
 今日もご飯を終えたら早々に部屋へと引き上げていく二人を視界の端で見送って、はぁー、と息を吐いてうなだれると、横で残りの料理の具合いをチェックしていたヤオモモが心配そうに覗き込んできた。「どうしましたの、耳郎さん」「いやぁ……もろバレだよねぇ」「はい?」「やー、独り言」はは、と笑ってシンクに溜まって来た食器を尻目に、ウチら二人もご飯を食べることにする。今日は牛肉の塊を贅沢に使ったビーフシチューとサラダだ。調理した側だけど、我ながらおいしそう。
 パンをスライスして切り分けながら考える。
 別に、誰が誰を好きになろうが自由だと思うし、それが恋愛なんだろって思ってるし。
 ただ、クラスきってのイケメンが、まさかね。そんな信じられない気持ちが今もまだあるだけ。
 に向けるあの笑顔を女子に向けようもんならどんな娘だってイチコロだろうに、轟の意識は女子なんかにはなくて、ただひたすらまっすぐ、のことしか見ていないのだ。
 相手が轟だからってだけじゃなく……そういうまっすぐな気持ちをぶつけられるのは、ちょっと、羨ましい気もする。
 そうやってのことを観察するのが癖になってたせいか、ヒーロー科の実技授業が始まる前にバッタリ廊下で鉢合わせて「あ、耳郎」と声をかけられたときに内心少し驚いて、それから焦った。あれ、珍しく轟が隣にいない。トイレかな。
 は短くなった黒い髪をさらりと揺らして小首を傾げてみせる。
 冬だからかもこもことしたヒーロースーツを着たは、そこまで背も高くないし、筋肉もついてない。男子から見てどうかは知らないけど、女子のウチから見るとけっこーかわいいと思う。

「耳郎さ、気付いてるよね」

 それが何についてなのか、なんて言うまでもないけど、を観察してたこと、二人の会話を盗み聞きしたこともある身としては素直に答えるってことができず、「なんのこと?」ととぼけてしまう。
 は最初の頃のうわべだけとは違う笑顔を浮かべた。

「1Aは良い人が多いから、何も言わなくても、みんな黙っててくれるんだけど。轟とのこと、目についてたらごめん」
「えっ。あ、いや……別に、そんなことは…」

 ごにょごにょ語尾が消えてしまうウチにはにこっと笑む。それで、そういう男子ってウチのクラスにはあまりいないし、なんだかこそばゆくっていられなくなってくる。
 そのにトイレから出てきた轟が合流し、個性特訓の授業に向かうべくグラウンド目指して行ってしまった。
 気のせいだと思いたいけど、ちょっと轟に睨まれた気がする……。
 トイレのヤオモモを待ってたウチは、「お待たせしました耳郎さん」とハンカチ片手に出てきたヤオモモと一緒にグラウンドへ。
 機械相手に実技技を披露してる授業のときも、二人はだいたい隣同士だったし。見せつけてんのかってくらい轟は寄ってくし。は最初こそ逃げてたけど授業後半にはもう諦めてたしな。
 二人って、付き合ってんだろうなぁ。そんなことを思いながらランドリーで洗濯する間今日の授業の復習をしながら時間を潰していると、がやって来た。珍しく一人だ。

「はろー」
「ハロー」

 そんな挨拶を交わし、昼間、授業前に交わした会話を思い出してむず痒くなるウチである。
 ランドリーには他に人の姿もない。これはまたとない機会じゃないだろうか。そう思ったら自然と口が開いていた。「あのさぁ」「ん?」「興味本位なんだけど。誰にも言うつもりもないんだけど。と、轟ってさ、そういうアレなの?」カチカチ、と耳のプラグを鳴らしながら訊ねると、は不思議そうに首を傾げた。パン、と洗濯機の扉を閉じて運転を始めながら視線を上へと逃がす。

「ナイショね」

 それで、しぃ、と唇に人差し指を当てて小悪魔っぽい笑みを浮かべたと思えば「付き合ってるよ」なんて言うもんだから、ウチの中の何かがとてつもなく騒いだ。
 そ、そっか。やっぱ付き合ってんのか、あの轟と。そっか。そっかー…。
 よし、ここまで。この思考はここまで。
 全然集中できなくなった教科書を閉じると、ウチの心境に呼応するかのように洗濯機がピーピーと終了音を響かせた。よっしゃ。素早く中身を袋に詰めて、乾燥機に詰め直して、と。
 は眠いのか、それとも疲れてるのか、ランドリー内のベンチに腰かけたところからうとうとと船を漕いでいる。
 起こすべきか少し迷って、共有スペースのソファに放置されているブランケットを取ってきてそろりとかけてあげた。ヤオモモ特製、誰でも使っていい共有物だ。

(恋人か。いいなぁ)

 別に、が、轟が、というわけじゃない。そういうんじゃなくて、想い合う相手がいるっていうことが羨ましいなってだけだ。
 その日の夕食の時間は、今日のメニューである八宝菜を口に運びながら、またこっそり二人の会話を盗み聞いた。『腰がいてぇ』『シー。ここでそういうこと言わない』『でもいてぇし……』『戻ったら湿布貼ってあげるから』そんな会話が聞こえたから赤面しないようにするのに本当に苦労した。
 これってアレだよね。そういう会話だよね。
 盗み聞いたウチがいけないんだけどさ。ラブラブなのはいいけど、時と場所と話す内容には気を遣ってほしい。マジで。