二月といえばバレンタイン、が一番の行事として浮かんでしまうお年頃の高校生だけど、二月には他にも行事がある。それが『節分』だ。
 節分といえば、鬼は外、福は内、で鬼に豆をぶつけて退治するアレである。
 有名どころでいえば桃太郎なんかがそうだ。豆をぶつけて退治するわけじゃないけど、お供の動物を引き連れて悪さをする鬼を退治する。大まかな流れとしては節分と同じ。

「というわけで、今日は鬼チームと桃太郎チームにわかれて対決をしてもらう」

 今日はヒーロースーツではなくジャージ上下を指定されて、何をするのかと思えば、まさかの節分行事とは。相澤先生も何を考えてるのやら。
 半分以上は驚きや感心、ちょっと呆れの声なんかも入りつつ、でも授業だから真面目にやるしかないなって空気の中、一歩寄って来た焦凍が「節分ってなんだ」とか言う。うっそだろ。「え、したことない?」確かに学校ではやらないかもしれないけど、幼稚園とか小さい頃にはさすがにやったんじゃ……。
 焦凍は紅白色の髪を揺らして首を横に振った。「憶えてねぇ」焦凍は幼少期から厳しい個性特訓を強いられ、顔に火傷を負うというなかなかヘビーな過去がある。節分、していたとして、忘れたのかもしれない。

「鬼役の人に、鬼は外、福は内、って言いながら豆を投げるんだよ。厄除け的な感じのイベントって言えばいいかな」
「ふぅん」

 俺も施設で毎年やらされてた。あまり金がかからないし、でもやったって感じのあるイベントだったから、これは毎年恒例だったな。
 なんてことを思い出しつつ、節分イベントの会場たる周囲をチェックする。
 中央に小高い山、取り囲むように広がる森。ところどころゴツゴツとした岩が転がっていて、身を隠すにしても奇襲を仕掛けるにしても一役買ってくれそうだ。どっちのチームになったとしても地形の把握は大事っと。
 鬼チームと桃太郎チームに分かれるために引いたクジは、俺は桃太郎チーム。焦凍は鬼チーム。
 俺と違うチームだと分かるや否や焦凍の顔がものすごく顰められた。「…………」「授業。ね、授業だから」どうどうと宥めたけど眉間の皺がすごい。
 ルールは、桃太郎チームは鬼に棍棒を当てられたら失格。鬼チームは桃太郎に豆を三回当てられたら失格。
 鬼チームの勝利は桃太郎の全滅で、桃太郎チームの勝利は、鬼に捕らえられた人質、エリちゃんを救出すること。
 今回クジ引きなしで鬼チームに指定された爆豪には特別な課題『エリちゃんと少しでも仲良くなること』が出され、相澤先生に噛みついて返してた爆豪も課題の合理性を説かれると押し黙ってしまった。
 そういうわけで、鬼チームは小屋から、桃太郎チームは森の前から、十分後にスタート。
 渋ってなかなか小屋へ向かわない焦凍の背中をぐいぐい押して、爆豪を先頭にもうすでに歩いて行ってる鬼チームのみんなを指す。「行きなさい。授業だよ」「……はぁ」珍しく溜息まで吐いて、焦凍はものすごーく、ものすごーーーく仕方なさそうに鬼チームの背を追って歩いていった。

(手がかるなぁ)

 授業でちょっと離れるだけだろうに。何がそんなに気に入らないのか。
 桃太郎チームのみんなを追いかけて走っていくと、緑谷や麗日が爆豪に出された課題の心配をしていた。爆豪の……っていうよりエリちゃんの心配みたいだけど。「かっちゃんがエリちゃんと…。大丈夫かなぁ」「エリちゃんにいつもみたく怒鳴ったりしないといいけど」あの爆豪には無理難題。心配するのはわかるけど、そのエリちゃんの救出が俺たち桃太郎チームの目的。
 次郎が耳のプラグを揺らして「爆豪の課題が心配なのはわかるけど、とりあえず今はエリちゃんの救出でしょ」と本題に入ってくれた。
 ルールをおさらいすると、桃太郎チームは一度でも鬼チームに棍棒を当てられたら退場だ。
 その点を考えるなら、固まっての行動はNG。なるべく分散して、鬼に相対しても誰かが生き残れるようにしなくてはならないだろう。
 というのをあちらが想定済みなら、逆に固まっていく方法もアリといえばアリ。ただこちらは失敗した場合のリスクがかなり大きいからな……。

「分散して、それぞれ頂上の小屋を目指すのが無難かなと思うけど」

 一応意見を言っておくと、賛同された。「高低差もあるし、低い方が不利だから、まとまっているところを攻められたら全滅しちゃうかも」「だなー。誰か一人でも辿り着いて、エリちゃん助けられればこっちの勝ちだしな」究極ソレだ。誰か一人でも小屋に辿り着いてエリちゃんを救出できればいい。
 厄介なのは鬼チームになんでも創造しちゃう八百万がいることかな。どんな作戦立てても予測して対策してきそう……。
 基本分散しちゃうから、俺の個性でみんなのサポートもちょっと難しい。基本的には各々の能力で頑張ってもらうしかなくなる。

(鬼チームで注意すべきなのは、索敵能力の高い障子に、なんでも創造して対応してくるだろう八百万。スピードで勝負されると辛い飯田。かな)

 爆豪は特別課題のこともあってエリちゃんの近くにいるだろうし、救出だってときまではあまり気にしなくていい気がする。
 そういうわけで、桃太郎チームは各々山を取り囲む形で歩みをスタート。
 俺はといえばさっそく個性全開で小屋までの道を把握しながら、待ち伏せする鬼を避けてこそこそと登山開始。
 最初は地面に潜ってしまおうかと思ってたけど、それだとさすがにスタミナ切れを起こすかもしれないからやめた。仲間のサポートが望めない状況である以上、気力のかかることは最後まで取っておきたい。
 まるで音が鳴るためにばら撒かれている、そんな配置の枝や葉をそろっと移動させて道を確保していると、『葉隠アウト』と施設内のスピーカーから先生の声がした。
 透明だから有利だろう葉隠がアウトか。
 たぶんコレのせいだな。いくら視覚的に有利でも、見えないだけだから、踏めば音は出るし。音、で判断されてアウトにされたなら障子辺りに捕まったかな。
 その後瀬呂がアウトになって、障子に見つかりそうになったのを地面に潜ってなんとか回避。少し離れたところに顔を出すと、氷の壁があった。焦凍じゃん。ヤなとこ出ちゃったなぁ。
 地面からそろっと抜け出ると、緑谷と梅雨ちゃんの相手をしている焦凍がいた。緑谷相手に棍棒構えてなんか楽しそうだ。体育祭のときでも思い出してるのかもしれない。
 ………こういうのはズルい気はするんだけど、俺は桃太郎チームだし。焦凍は敵にしたらハイブリッド個性でものすごく手強いだろうし。刺し違えてでもここでアウトにしたい。

「しょーと!」

 それまで緑谷に棍棒振り回して氷結で行く道を塞いで、って順当に鬼役になってた焦凍がはたと動きを止めた。ぱっとこっちを振り返るその顔の嬉しそうなことに罪悪感が募る。
 挙げた手の中には豆があって、ぽーい、と投げたそれを焦凍は面白いくらい素直に受けた。それで今がなんの時間か思い出したらしい焦凍が緑谷から俺へと標的を変える。焦凍が本気を出せば氷結で俺に滑り寄ることなんてわけはない。
 今だ、と目配せした俺の意思を緑谷と梅雨ちゃんは組んでくれた。
 俺に向けて苦渋の顔でぽこんと棍棒を当てた、その焦凍に二人分の豆が当たる。『轟、、アウト』刺し違える形でなんとか鬼の強敵を道連れにできた。
 アウトになった生徒は校長先生マークのついた据え置きプリズン行きなので、焦凍と山を下って葉隠、瀬呂が入っている檻に合流する。「お疲れ〜」「やるじゃん、轟道連れとか」「はは」二人に手を挙げて応え、檻の端に胡坐をかいて座り込むと、焦凍が俺を見下ろしながらぽつりと一言。

「ずりぃ」
「え」
「ずりぃ」
「……二回言わなくても」

 だいたい、あれはお前が油断したからで。俺に呼ばれたくらいであそこまで隙だらけになるとか思わないじゃん。
 クラスメイトもいる、何より授業中。そのことを考慮して隣に座り込んだ焦凍はそれ以上寄ってこないけど、体育座りして膝を抱えて、明らかに拗ねている。……これは、部屋に戻ったら甘やかすのが大変だな。
 鬼チームと桃太郎チームに別れた節分対決は、結果だけ言うなら桃太郎チームの勝利で終わった。
 相澤先生に言わせれば『全体的に作戦の粗さやムダが目立つ』『いかに素早く合理的に作戦を立てるかが重要だ』と説かれたその日の授業が終わり、の部屋のベッドでふてくされていると、背中を手のひらに撫でられた。「そんな拗ねなくても」……もう三度目の言葉。
 に呼ばれて、状況も忘れて素直に振り返ってしまった自分も自分なら、豆をぶつけてきただ。最初から狙ってたとしか思えない。「ずりぃ」「またそれ……。だからごめんって。あんなに隙だらけになるとは思わなくて」悪かったな、隙だらけで。
 背中を撫でる手を掴んで引っぱり寄せ、ベッドに倒れ込んだをぎゅーっと抱きしめる。
 苦しい、と言われたが離さずにいると、諦めたのか、呆れたのか、はされるがまま静かになった。
 二人でベッドに転がったまま。の体温を感じるがままでいると、だんだんと、授業のことがどうでもよくなってきた。
 けどここで俺から何か言い出したらこっちから折れたみたいでいやだ。でもずっとこのままも、いいんだけど、よくない。
 の黒髪に顔を埋め、どうしたら自然といつも通りになれるだろうと考えていると、一つ吐息したが「じゃあ、今度は俺が鬼やるから」「…?」「豆ぶつけていいよ。相澤先生が小袋くれたろ」……別に、豆をぶつけられたことに拗ねてるわけじゃないんだが。もうそれでいいか。
 ローテーブルに放りっぱなしだった小さな豆の袋をびりっと破って開封する。つまんだ豆は乾燥していて硬く、本気でぶつけたら結構痛そうだ。

「作法とかあんのか」
「ないんじゃないかなぁ。施設では鬼はわかりやすくお面とか被ってたけど、今はないし」

 どうぞ、と肩を竦めているを睨みつけ、一粒だけ投げてぶつけた。それで満足してしまった。に物を投げつけるとか、行事で豆だとしてもあまりしたくない………。
 硬い豆を睨みつけて「歳の数だけ食うのか?」「たぶん。っていうかもっとぶつけていいけど」ベッドに転がったまま首を捻った姿に緩く頭を振り、つまんだ豆を薄い色の唇に押し付けると、がり、と噛んで食べた。
 投げつけるより、こうして食べさせたいし、食べさせてもらいたい。そっちの方が嬉しい。

「俺も食わせてくれ」

 豆の袋を突き出すと、細い指が豆をつまんだ。「はい」口元まで運ばれた豆をの指ごと食べてやると、ほんのりとした塩味がした。豆の味。
 むず痒そうにするを眺めながら口に運ばれる豆を鳥みたいに食べていると、もう歳の数だけ食べたらしく、「おしまい」と言われた。「ん」豆と塩の味がする指先をぺろりと舐め上げる。
 またベッドに転がると、呆れたような諦めたような、それでいてどこか甘く緩んだ瞳がこっちを見つめた。

「俺、鬼なんだけど」
「そうだな」
「鬼にはちゃんと豆をぶつけて追い払わないと、何されるかわからないよ?」

 さっきまで舐めてた指がシャツの上から胸を撫でてくる。こそばゆい。「何されるんだ、俺」「さて。どうしよっかな」笑っている声が火傷の痕を舐めてくる。
 そうする奴がしかいないからか、それとも、醜い痕でも触れてもらえることが嬉しいのか。そうされると自分の中のスイッチってのがオンになって、体の熱は騒がしく落ち着かなくなり、撫でて愛でるだけの手のひらにもっと刺激的なことをしてほしいと思うようになる。
 いつまでたっても肝心の場所には触れようとしない手を掴んで自分から押し付けると、クスクスとした甘い声が耳を打つ。
 鬼、っていうよりは、悪魔とか、小悪魔とか、そういうのが似合う気がする甘さ。

「鬼退治できない子には、イタズラしようか」

 耳を食んだ声が甘くて胸がきゅうっと苦しくなる。
 こういうふうにして、遥かな昔にもしかしたらやったことがあるかもしれないし、本当に初めてだったかもしれない節分は、鬼に抱かれる甘い日として俺の体に刻まれた。