1月11日が俺の誕生日だと、朝起きたときに伝えてみたら、それまで眠そうにまどろんでいたががばっと起き上がって頭を抱え込んだ。

「なんで当日言うんだよ…?」
「インターン忙しいし……別に、大したことでもねぇし」

 誕生日ってものにあまりいい思い出がないってこともあり、別に言わなくてもいいだろ、と思ってた。
 それでも一応申告したのは、の誕生日を知りたいと思ったからだ。知りたいなら自分のも言わないとならないかと思って伝えた。それだけで、プレゼントが欲しいとか、そういう他意はない。
 俺の考えてることを見透かしたように、伸びた右手が火傷の痕をなぞった。
 ……轟焦凍という人間は、個性婚で生まれた。その個性だけを望まれて生まれた。それは『俺』でなくてもよくて、たまたま俺だった、というだけの話。
 母は父の所業に病み、俺の顔には消えない痕ができた。
 醜い理由で生まれて、醜い傷ができて。その醜さに口付けをしてくれる相手は朝のまだ冷たい空気の中で仕方がないなという感じで笑っている。「そういうのこだわってない気はしてた。俺も人のこと言えないし」「…ん」顔をなぞる右手を取って自分の頬に押しつける。
 冬の冷たい気温の中での人肌は恋しくなるほどにあたたかい。
 見てることも触れることも気持ちのいいもんじゃないだろうに、は俺の火傷の痕を舌でなぞっている。……こそばゆい。
 他の誰もこんなことはしない。火傷の痕に何度もキスしたり、舌で舐めたりしない。は物好きだ。

「16歳おめでとう」
「ん」
「生まれてきてくれてありがとう」
「……大げさだろ」
「そんなことない。お前のおかげというか、お前のせいというか……とにかく、お前がいたから、俺はこう在れるようになったし。感謝してる」

 ぬるい温度でなぞられる火傷の痕がこそばゆく、耳をくすぐる言葉も同じくらいにこそばゆい。
 生まれてきてくれてありがとう、なんて、誰にも言われたことがなかった。
 だって個性婚だ。計画された子供。予定された子供。望まれた子供。俺じゃなくてもよかった子供。たまたま俺で、望まれた通りに生まれた。そこに感謝なんてあるはずもなく、されるはずもなかった。
 ぬるい温度が俺の目元を舐め上げた。「泣かなくたっていいだろ」「…?」自分の目元を指で撫でると濡れていた。どうやら俺は泣いているらしい。
 ………お母さんが病んで。父親は厳しくて。兄と姉はよそよそしくて。
 あの頃の俺は、自分なんて生まれなければよかった、死んでしまえばいいんだと本気で思っていた。
 頭のどこか、凍り付いていた部分が溶けていくのを感じながら、俺よりも華奢で細い背中に両腕を回して縋りついた。の二の腕から先がない左腕が困った感じで宙をかく。「ぐるじい」…我慢してほしい。今はこうやって甘えていたい。あんまり、泣いてるの、見られたくねぇし。
 俺が動かないでいると、抵抗することを諦めたらしいがぱたっと体から力を抜いて俺にもたれかかった。

「一応訊いとくけど、欲しいものある? 俺があげられるもので」

 ……少し考えてみたが、とくに思い浮かばない。
 セックスしたいときにできて、こうして一緒に眠れて、一緒に起きて、飯も食って、学校にも行く。やりたいことのほとんどはできてしまっている。
 ほんの少し、外でデートがしたいなとは考えたが、もうインターンが始まっている。そんな暇はないだろう。
 でも思いついたことといえばこれくらいだったから、希望として、伝えてはおく。

「今は、もう難しいけど。デートがしたい」
「んー……そうだな、インターンのある今は難しいな…。いつか行こう」

 約束、と差し出される右手の小指に自分の小指を絡める。
 朝、朝食を食べたり学校へ行く準備をしたり、やることはあるけど、ぎゅっと抱き締めたまま離さない俺にはそれ以上何も言わなかった。ただ、右手がぽんぽんと俺の頭をたたいて、子供みたいな俺をあやしていた。
 お前と時間を過ごせば過ごすほど、どうしようもなく染まっていく自分がいて、ときどき怖くなる。お前がいなくなったら俺はどうなるんだろう。そんなことを考えてうすら寒くなるくらいには。


「ん」
「好きだ」

 心からの言葉を吐き出す。何度も、何度も。伝われ、と念じながら。同じものが返ってくるといい、と願いながら。