朝のホームルーム目前。
 あふ、と欠伸をこぼした俺にいつもみたいに予鈴が鳴るまでそばにいる焦凍が首を傾げた。紅白色の髪がさらりと揺れる。「ねみぃのか」「うん……」あと一時間寝たい。
 お前はよく眠くないよね。昨日夜あんなにシたのに。体力あるんだなぁ。
 そんなことを思ってから焦凍から視線を外す。いらんこと考えそうだから。
 予鈴が鳴ると、焦凍は俺の右手を指で撫でて名残惜しそうに自分の席に戻って行った。
 そんないつもの朝だけど、ホームルームにやってきた相澤先生は、いつもとは違うことを言い出した。

「経営科との特別授業があります」

 経営科との。特別授業。初耳すぎる。
 サポート科なら装備とかサポート道具で接点があるのはわかるけど、経営科と何をするのかはパッと思いつかないな。
 手を挙げた飯田が「それはいったいどういう授業になるのでしょうか?」とみんなの疑問を代表して質問すると、先生は「経営科によるヒーロープロデュースだ」と説明してくれた。
 なんでも、経営科の生徒とペア、もしくはグループになって、一分以内のヒーロープロモーション映像を作り、普通科の生徒に投票で順位を決めてもらうらしい。へぇ。
 普段のヒーロー科の授業が厳しいから、こういう緩いのは歓迎だ。今日は眠いし、緩いのがいい……。
 みんながああだこうだとPVについて浮かれてはしゃいでいると、先生が軽く咳払いした。とたんに静かになるA組よ。

「 いいか、これはあくまで授業だ。PVは経営科の生徒の言うとおりのヒーローを演じる必要がある」
「…………」

 なるほど。経営科が指定するとおりの……。そこはかとなく嫌な予感がするぞ。
 今日は軽い授業項目で休めるかもとか思ったけど、あんまり期待はしないでおこう…。
 これから顔合わせなのだということで、欠伸を噛み殺しながら席を立つと、隣には焦凍がいた。いつの間に。「面倒くせぇ」「まぁまぁ」誰とペア、あるいはグループになるかはあらかじめ決められている。俺と焦凍がグループになってる可能性は限りなく低いだろう。だからってその面倒くさそうな顔はやめなさい。
 先頭を行く相澤先生についていったそのときは、まぁ面倒だな、でも授業だしやるしかないな、って思ってた。
 それがまさか、こんなことになるとは。
 先生曰く、『プロになれば理不尽なことは一つや二つじゃすまない。これはそのための予行演習だ』……本当、まさしくその通り。
 いや、やりたくないことはエンデヴァーの事務所でもやってるつもりでいた。つもりでいたけど、まさか合同授業でまでそんなことをする破目になるとは。

(事務所以上の地獄を見ることになろうとはね………)

 経営科との顔合わせから一週間。
 今の俺は黒いフードを目深まで被って、黒いマントで全身を隠している。
 みんながみんなPVのあとでこれを脱ぐ予定なんだけど、俺はできることなら脱ぎたくなかった。
 もうA組青山から発表が始まっている。テーマは病弱ヒーローってなんだそれ。一番手からツッコミ入れたい内容だ。次の芦戸はまさかのヤンキー。
 何度も言うようだけど、これは本人たちがしたいPV内容ではなく、経営科の生徒がイメージしているヒーロー像の表現だ。俺たちにできるのは役になり切ることだけ。
 PV発表はどんどん進む。逃げ場はない。ないけどできれば脱ぎたくない……。
 たったの一分のPVだ。時の流れは容赦がなく、どんどんと発表は進み、ついに焦凍の番になった。
 内容はといえば、イケメンが味方したからか、今まで見てきたPVの中ではまだマシな設定の方だった。イケメンが武器というなんかもうそのままじゃんと思う設定、『プリンスショート』という王子サマ。それは無理があるだろうというヒーローの設定内容はこれまでのPVで嫌ってほど見てきたからとくにツッコミはない。
 その後もPV発表は容赦なく続き、ついにA 組編入、一番最後の俺の番が来てしまった。「行こうくん」顔は普通のくせに考えてることがえげつない経営科の男子に促され、もうなるようになれ、と思う。
 PVの中の俺はいわゆる男の娘で、イマドキメイド喫茶でも行かないとないだろって思うミニスカのメイド 服を着て、ネットでアイドルをして歌って踊っている、という設定だ。

(はーしにたい)

 エンデヴァーの事務所では看板としてアイドルみたいなことしてるけどさ。まさかこっちでもそんなことする破目になるとは思わなかったよ。いや、むしろ、もっと酷い。
 王子様の格好をしてる焦凍がぽかんとした顔で瞬きもせずPV映像を見つめている。
 映像が終わって、ばさ、と黒いマントを脱いで、丈の短いメイド服でくるりと一周して普通科の生徒に向かってパチンとウインクするとウィッグの髪が揺れた。「性別のくくりなんてもう古い! 正義も悪も、その垣根を超えていく、それがワタシ、ヒーロー・ナーヴ。よろしくネ」語尾にハートだか星だかをつけた。もうどうにでもなれだ。
 だいたいネットでアイドルしてるだけで人類が救われるなら世話ないだろ。
 げっそりしながらパーテーションで仕切られた控えの座席に戻ると、PVで漁師ヒーローしてた切島に無言で肩を叩かれ泣きながらぐっと親指を立てられた。
 やめろ讃えるな。虚しくなるから。
 はぁ、と溜息を吐いてパイプ椅子に腰かけた俺の膝に、誰かの服がかけられる。
 視線を上げると、焦凍が王子様っぽい格好のベストを脱いで俺の膝にかけたところだった。「何」「短い」「え? ああ…」もう色々恥すぎて、スカート短いとかそんなこと気に留めてなかったし。
 気のせいか焦凍の顔が赤い気がする。
 もしかしてこういうの好きなんだろうか。似合っているとは思わないけど、似合ってないとも思ってないし。少なくとも他の男子が着るよりは着こなしてるつもりだけど。
 焦凍も、本当に王子様みたいなコトしなくていいのになぁ、なんて思いながら、PV発表はB組へと移っていき………投票を通じたすべてが終わった頃、ヒーロー科は普通科に『あの科も大変なんだな』と同情されていた。
 文化祭の頃には反発も生んでいたけど、今回ので『どの科も大変なんだ』って、他人の痛みがわかる授業になっていればいいなぁ。
 が丈の短いメイド服の上から俺の王子の服のベストを着て、長いそれでなんとか誤魔化しているが、ベストの向こうに白い太ももがチラつく度に俺の意識はおかしなくらいにかき乱された。
 今はウィッグって言う出来物の髪は外してるが、それでも普段よりかわいさ五割増しくらいに輝いている。
 こんなにかわいいと誰かが変な気を起こしてもおかしくない。
 授業が終わってようやく訪れた着替え時間。なんの躊躇もなくメイド服のスカーフを解いてボタンを外す、そのを氷壁で覆う。

「は? ちょ、ここまでしなくても」
「うるせぇ。早く着替えろ」

 普段からヒーロー科の授業でクラスメイトと一緒に着替えてはいる。着替えてはいるが、今回はちょっと勝手が違う。女子の格好してるお前の着替えなんて見せたくねぇ。
 呆れた顔の瀬呂に「あんねぇ、俺ら普段から一緒に着替えとかしてんじゃん。今更よ」なー、と話を振られた峰田が「いくら可愛くても野郎だし」と頷く、その二人を睨み据えるとヒッと息を呑まれた。「いやまぁ好きにしたら……」だからこうしてる。
 腕組みして男子の面々を睨みつけながら待っていると、制服姿になったが氷に穴を開けて出てきた。の個性、神経が通った俺の氷壁の一部が扉みたいになっている。「大げさなんだよお前は……」顔の化粧も落としたらしく、ようやくいつも通りになったに強張っていた肩の力を抜いた。
 正直、いつまでも見てたら勃つ気しかしなかった。やっと俺も着替えられる。
 フリルが鬱陶しい衣装を紙袋に詰めて、処分は任されているし捨てればいいかと眺めていると、寄って来たが「持って帰ろ」と耳元で囁く。
 吐息がかかって熱い耳を押さえて、何に使うんだ、とは思ったが、言われるまま持って帰ることにした。
 それで、持ち帰った衣装を何に使うのかといえば。

「ね、これ着てシよ」
「は?」
「王子サマしてた焦凍を犯したいんだよねぇ」

 嫌にトイレが長いなと思ってたらメイド服に着替えてて、意地悪するときの顔で、何を言うかと思えば。
 迫られた俺はベッドまで後退していて、気付けば押し倒されていた。いつもと逆だ。
 犯したい、という言葉がぐるぐると頭の中を回っている。
 犯したい。俺のこと、そのかわいい格好で?
 ベッドに上がってきたのメイド服のスカートの向こうに白い太ももが見える……。
 いつもよりかわいいとスるのって、どういう感じなんだろう、なんて、興味が湧いてしまった。「き、がえる」「ん」にこっと笑うその顔から視線を引き剥がして、捨てるつもりでしかなかったフリルのついたシャツやら着替え一式が入った紙袋を手にトイレに閉じこもって、ケツをキレイに洗って着替える。
 いじったせいだけじゃなく勃起しかけてる自分に呆れながら、もたつく手つきで着替えをすませて部屋に戻ると、そうしてるとまるで女子みたいながベッドの上で待っていた。「おいで」差し出される手に導かれるままベッドに上がって、今度は俺が押し倒して二人でベッドに転がる。
 華奢で、色も白くて、化粧こそしてないけどどっちかっていえばかわいくて、そんなお前が、そんなかわいい格好してるとか、俺もどうかしてしまう。

、かわいい」
「そう?」

 かわいい、とこぼして白い首筋に顔を埋めて舐め上げると、の右手がすっかり勃起した俺のに触れた。「今からお前は、そのかわいい俺に犯されるんだよ」「…っ」ぐっと強く握られてちょっと痛い。でもそれすら快楽の一部なのだから、俺はすっかり、お前に調教されてしまったと思う。
 処分が任されている衣装は、つまり、汚しても破いてもいいってことだ。
 普段は汚すからって服は脱ぐ。洗濯物が増えるだけだから。だから、服を着たまんまスるってのは初めてかもしれない。
 最近のは乳首が気に入ってるらしくて、シャツのボタンを全開にしたと思ったらさっそく舌で転がされた。もう片方は指で。「……ッ」俺はそこはむず痒くて好きじゃない。別に気持ちよくもない、と思うし。
 でも今日は、がかわいい格好してるせいか、吸われると、なんか、変な気持ちになってくる。
 ぢゅるぢゅる音を立てて赤ん坊みたいに乳首を吸ってくるの頭を抱え込む。「も、いい。そこ、いやだ」言葉と行動が矛盾している。嫌なら突き放せばいいのにそうしてない。

「王子はワガママだなぁ」
「王子じゃ、ねぇし」

 やっと乳首が解放されたと思えば、今度はパンツの中に手が入り込んだ。の細い指に俺のが弄ばれる。もう勃ってんだからそんな触り方したらイくのに。「、や、ィく、から」イくって言ってんのには容赦ない。
 呆気なく弾けた俺は早々に一度目の白濁を吐き出した。
 は、と息を切らせる俺にがぺろっと唇を舐める。……まるで肉食獣のソレだ。それくらい鋭くて、容赦がなくて、俺のことをそういう目で見ている。メイド服なんてかわいい格好には似つかわしくない瞳。
 こんなにかわいいのに、俺はお前に抱かれるんだな。別に、嫌じゃないけど。
 それにしたってかわいいな、とぼんやりしていると、後ろの口を指で解されて、気持ちいなとぼんやりしてる間に足を持ち上げられた。「抱えて」言われるままズボンを履いたままの足を抱え込むと、奥まで、熱が入ってくる。「あ……ッ」唇を噛みしめて声を上げることを堪えるが、今日は、なんか、いつもより。深いし。大きいし。気持ちが、いい。
 声を抑えられるか自信がないなってのが顔に出てたのか、はメイド服のスカーフを外すと俺の口に詰め込んだ。それでにこっと笑顔で「喋って?」「む…ッ」無理に決まってんだろ。
 それで声のぐあいを確かめたのか、の熱がずるずると俺の中から逃げていく。「ン、ぐ」ゆっくりゆっくり逃げていって俺の内側をこすっていく。
 抜ける、と思った矢先、どちゅん、と奥まで突き込まれて息が詰まった。口は詰め物で塞がっている。鼻で息しないとしぬ。
 なんとか息を続ける俺にがまたあの顔をする。肉食獣の、獲物を見つめる獣の顔。

「じゃあ、犯すね」

 メイド服なんて着て。かわいい格好してるくせに。犯すとか、そんなことを言う。
 その姿に普段より興奮してる俺は変態なのかもな、と思いながら、気持ちのいいことだけで埋まる快楽の時間が始まった。