春休みだろうと容赦なくある親父のインターンから戻ったその日は、共有スペースのソファで瀬呂と上鳴が喋っていた。「あー、どっか行きて〜」「どっかってどこだよ」「決めてないからどっかなんだろー。だって今春休みじゃん! なぁ?」それで今しがた帰ってきたばかりの俺たちにおかえりと声をかけてくる。
 コートを脱いだが二人に向けて首を傾げて薄紫の髪を揺らした。

「まぁ、確かに。一年生の春休みなのに、そういうらしさ全然ないよね」

 ……それがなんでなのか、を知ってしまってる身としては、時間がない、という思いの方が強いけど。はそうではないらしい。
 近く決起されるとしているヴィラン連合、もとい、超常解放戦線。
 敵地に潜り込んでいるホークスからの暗号を解読したによって知ることになったヒーロー社会を揺るがす事案は、期限は、刻々と近づいてきている。
 自分の両の手のひらを見つめてからぐっと拳を握る。
 できることは全力でしてきた。力は確実についてる。
 でも、自信はない。
 やりたいことをやれるか。を守り切れるか。オセオンのときのようにならないか。あの細い体が吹き飛ぶことはないか。骨が折れることは、血を吐くことはないか。そうはならない、という自信は、まだない。
 上鳴を中心にわいわいとした空気の中に混じって息抜き方法について談笑するを眺めていると、「そうか。上鳴はどこかに遊びに行きたいのか」と、いつの間にかやってきていた相澤先生の低い声がした。お。
 先生は厳しい人だ。春休み、インターンもあるし、ヒーロー科が何を浮かれてるんだ……と怒るかもしれない。
 反省文数枚ですむといいなと予想した俺だが、先生が次に口にしたのは意外な言葉だった。

「それじゃあ、雪山キャンプなんてどうだ?」
「え」

 目が点になったたちに、先生は手にしているプリントを見ながら続ける。「雪山訓練の施設があるんだが、結構本格的だぞ。雪山に、森も、魚がいる湖もある。そこなら一泊くらいはできる」「え。え、いいんですか?」が目をキラキラさせてる。
 上鳴だけじゃなくて、も遊びに行きたいのか……。なら仕方ないな。俺も行く。
 先生はがしがしと髪に手をやりながら「まぁ、気分転換も作業効率のために重要だ。リフレッシュしてこい」「やったじゃん上鳴! 雪山キャンプ!」「よっしゃ〜!」いえーい、と手を合わせて喜ぶと上鳴に、握っていた拳がみしっと音を立てた。
 別に、妬いてない。
 はしゃぐ生徒を前に、先生が多少圧のある声でこう付け足した。「ただし、一度入ったら二十四時間たたないと出入口が開かない作りになっている。どんなことがあっても、だ。そして携帯も通じないぞ。それでもいいな?」「え。は、はい」それでも行くという意思は変わらない上鳴と
 結局、その場にいた上鳴、爆豪、飯田、切島、瀬呂、緑谷、俺、の八人で、雄英内にある雪山の施設に行くことになった。
 雄英が広いのは知ってはいたが、本当に広い。在籍している間にここを把握する日は来るんだろうか。

「お〜 」

 ざく、とブーツで白い雪に跡をつけたの頬は寒さで赤くなっている。毛糸の帽子にぽんぽんがついてて跳ねてるのがかわいい。「すげー雪」「そうだな」俺は右側から氷が出せるし、雪も別に珍しいもんじゃないけど、お前が嬉しそうなのは嬉しい。
 借り物のピンク色の防寒着を揺らしてせっせと雪玉を握ったがそれをぽーいと遠くに投げた。はしゃぐとまではいかないけど、なんか、そんなことでも楽しそうだ。

「雪積もるとさ、施設でも盛り上がったんだよ。金がかからないで思い切り遊べることだったから。雪は子供たちで取り合い状態」
「そうか」
「見る限り新雪とか贅沢」

 お前が喜ぶ理由が、俺にはあんまり、喜べる理由じゃないが。お前が楽しいならそれでいい。
 が雪玉を作って投げてくるのをひょいと避けていると、遊びに行きたいと騒いでいた上鳴はリュックを放り投げて雪の上に大の字型にダイブしていた。
 俺たちの姿を見て雪合戦をしようとはしゃぐ上鳴に賛成と手を挙げたがやるなら付き合うか、とリュックを下ろしかけた俺に、いつも以上に鋭い眼光の爆豪が「雪山ナメてんじゃねえぞ」と低い声を出す。
 顔を見合わせた俺たちに、言葉の足りない爆豪をフォローする形で緑谷が「かっちゃんは登山が趣味だから、雪山の厳しさを知ってるんだ」と捕捉してくれた。そうなのか。知らなかった。
 飯田も雪山に行くとわかってから本で知識を入れていたらしいが、こういうのは経験者が一番だ。
 なら爆豪がここから先の流れを仕切るべきだろうということになり、さっそくやることを割り振られた。
 大きくわけて三つ。テントの設営、食料の確保、暖を取るための薪集め、だ。
 三班にわかれて作業をすることになり、と一緒じゃなきゃ仕事しないつもりで爆豪を睨んでいると、無言で睨み返されたあと、、飯田と薪集めの班に任命された。よし。
 苦笑いしている、それには気付かないで「薪集め頑張ろう!」と張り切る飯田と一緒にさっそく森へ行く。
 ……雄英の敷地の広大さは、わかってたつもりではいたが。雪山に森に湖に。ほんと、どんだけ広くてなんでもあるんだ、ここ。いや、施設の中なんだから限りがあるのはわかってるんだが、ついそんなことを思ってしまう。
 空だって、偽物だってわかってるのに、どこか遠くへ出かけに来た気分になる。

「乾いた枝と、焚火を囲む大きめの石を探すんだよな」
「そそ。ちょっと個性で視てみる」

 目を閉じたが雪に右手を突っ込んだ。そのまま少し静かになって、ぱち、と薄い色の瞳を覗かせると「あっちによさそうな石がある」と指さす。
 石の確保にざくざくと雪の上を歩きながら、「そういや、飯田がキャンプに来たのは意外だった」と思ったことをぼやくと、植物辞典片手に道すがら薪を探していた飯田が「どうしてだい?」と首を捻った。「インターン中だと勉強、なかなか進まないだろ。寮では勉強するのかと思ってた」そんなイメージがあった、って話だが。
 が少し先で雪の中から大きめの石を掘り出してこっちに向けて手を振っている姿に手を振り返しながら、飯田が言う。「それも考えたんだが、こうして雪山で学べることもあるかもしれないと思ってね。……それに、友人とのキャンプなど、めったに体験できるものではない」その言葉に顔を向けると、飯田がちょっと照れくさそうにしていた。「そうか。俺もだ」が行きたそうだったから、ってのが一番の理由ではあったけど、友達とこういうことをしてみたいと思ったのも理由の一つではある。
 が腕をぷるぷるさせながら大きめの石を持ち上げてたから、細い腕から石をさらって、持ってきた袋に入れる。
 飯田は薪係。俺は集めた石と枝持ち。見つけるのはの個性が多いに活躍した。
 薪も石も充分集めてからとテントに戻る道すがら、はぁ、と白い息を吐いて手をこすり合わせるに、かざした左手で炎を作る。「あったかぁ……」「ん」やわらかくなった表情に、自分が炎を使える個性でよかったなんて束の間思う。
 そこでがピタッと動きを止めた。つられて雪を踏みつけた姿勢で立ち止まる。「どうした」「んー…」が目を閉じて眉間を指でぐりぐりしたあと、一本の巨木を指した。「あそこ」言われるまま飯田とその木に近づくと、樹皮には爪でつけたような跡がついていた。それに雪の上に白っぽい長い毛が絡まって落ちている。

「動物、か?」
「しかし、ここは施設内だぞ」
「うーん……演出とかかな…? 雪山にはこういう動物もいるんだぞ、みたいな。実際熊とか冬眠してる山はあるだろうし。
 一応報告がてら、それ、持ってこうか」

 パシャ、と携帯で爪痕の写真を撮ったに、頷いた飯田がハンカチに白っぽい毛を包んだ。
 そんなことを夕方、集まった面々に報告しがてら、食料調達班が湖で釣ってきた魚を焚火で焼いて食った。
 こういう食い方をしたのは学校のキャンプ以来だが、うめぇ。
 あっという間に一匹食い終わった俺に、まだもそもそ食っているの義手の手が伸びて頬を冷たい指がこすった。「ついてる」それで、汚れを拭ったろう左腕が突然だらんとなったから驚く。「どうした」「や…ガマンしてたんだけど、義手が冷たすぎる」さっきからしきりに左腕を焚火にかざしてるなと思ってたが。そういうことか。
 は食べ終えた魚を置くと防寒着の中でごそごそして、左腕を外した。「凍傷なってないか」心配する俺に苦笑いして「カイロとか挟んでたし、大丈夫。でももうちょっと腕はつけれないかな。陽射しがあるうちはよかったんだけど」冷たさの塊となっている義手を防寒着のポケットに突っ込む。
 が無理をしていたということに気付けなかった。そのことに軽くショックを受けていると、二本目の魚を押し付けられた。「まだあるし、食べなさい」「…ん」同じように二本目を手にしたがぱくぱくと魚を食べ始めるから、気落ちする心を無視して食べる。

「ここでも仲いいなぁお前ら」
「おう」
「なんだい、ヤキモチかい瀬呂くん」
「それ冗談で終わらない気がするからヤメテ」
「うん、冗談なんだよ焦凍。ステイ」
「仲が良いのはいいことだ!」
「ほんと仲良いよなぁ二人。マブダチ、親友! 羨ましいぜ!」
「切島くん、それ、火に油を注ぐみたいなものだから……」
「ウシ、この流れ俺がまとめよう! 仲良きことは美しきかな!」

 ………クラスメイトと焚火を囲み、他愛ないことを話す、かけがえのない時間。
 隣合っているの片腕での不便を案じながら、それでも、楽しい時間だった。
 が行きたそうにしていたから付き合うことにしただけで、本当はあまり乗り気じゃなかったんだが。キャンプ、来てよかったな。