俺の所属がサポート科からヒーロー科に変わった。
 理由は明白。
 俺の左腕を故意に破壊したクラスメイトの女子に反省の色がなく、親の力か権力か、そういったもので相手はお嬢様らしく我を通したのだ。
 具体的なことは知らされてないからわかんないけど、結果として、学校側が黙らされた。が、何も手を打たないということもできず、苦肉の策として例の女子と俺を引き離すことにした、と。そのための手段がヒーロー科への編入。
 俺は別に、そのままでもよかったんだけど。本気で困ったら証拠を集めて報告しようって思ってたし。そのために倉庫に閉じ込められたときにアピって轟呼んで、証言してくれる人を立てたわけだし。
 俺だって何も考えてなかったわけじゃない。ただ、学校側の気遣いと、うるさい轟を無視できなかっただけだ。

くん、これも捨てる?」
「うん、そのへんの全部ゴミ袋入れちゃって」
「こっちはどうする」
「そっちのは持ってくから段ボール入れて」
「戻ったぞ! 今度はこちらを運べばいいかい?」
「ありがとー飯田、お願い」

 そんなわけで、授業後、サポート科の自室の整理を緑谷、飯田、轟に手伝ってもらいながら、おおかたのものを処分。主な荷物が防音材、あとは数個の段ボールに分解したベッドという少なさで、大した未練もなくサポート科を後にしたのだった。

(ただでさえ厳しいと有名なヒーロー科に、サポート科の落ちこぼれが編入だなんて、な。ついていけるかな。不安だなぁ。なんで普通科じゃなかったんだろ)

 でも、これも学校の厚意だ。ここは恵まれない子供代表としてそれなりの意地を見せるしかない。
 ヒーロー科、男子寮の五階の角部屋。それが今日から俺の自室となる。
 みんなに手伝ってもらったから思ったより楽にできた引っ越しに感謝しつつ、新しい我が部屋…と言ってもサポート科の部屋と変わらないんだけど、その部屋を前に白い防音材を掲げる。
 俺はメンテナンスとかで左腕を自分でいじるから、毎日わりと機械音がしちゃうんだよね。だからこれは迷惑かけないようにという配慮。家具を置く前にまずこれを取り付けてしまわないと。
 一人、白い防音材を手に壁に固定するという作業を黙々とやっていると「」と知った声。視線を投げると戸口に紅白頭の轟がいた。「何?」もうちょっとで終わるんだけどな。

「下でお前の歓迎パーティーやるって」
「え。そんなのいいのに…」

 ぱこ、と最後のパネルをはめ込んで一息。
 歓迎パーティー。そうか、誰も来ないなって思ってたけど、そんな準備をしてくれていたのか。いいクラスだなぁここ。
 白い防音材に囲まれた部屋を見て轟が首を捻った。指で白い壁をつついて「なんだこれ」「防音材。メンテに器具とか使うからさ」左腕を示すと納得したのか一つ頷いて、また首を傾げる。「そんなうるさいのか」「うーん…。まぁ、気になる人ってのはいると思う。だからせめてこうしてる」天井と窓以外、壁と床を覆う白いふにっとした板を踏む。
 これは他人との余計なトラブルを避けるための俺なりの配慮だ。ただでさえイジメとかあるし、これ以上そういった面倒事は避けたい。そのためなら多少の出費は致し方ないのだ。
 防音材の設置も終わった。下では俺のためにパーティーを企画してくれてるという。轟が呼びに来たし、もう行こう。
 洗面所でしっかり手洗いしてから階段を下がって共有スペースのある一階に行くと、突然、パーン、と耳元で鳴るクラッカーに右手で耳を塞ぐ。「耳元…!」わざとかと轟を睨むと不思議そうな顔をしている。「轟ぃフライング!」飛んできた声に頷く俺。あとちっかい。
 轟は不思議そうにクラッカーをひっくり返して「こうするんじゃねぇのか」と疑問たっぷりの顔だ。「そうだけど。クラッカーは紐を引っぱって使うんだけど。人の耳元でやるもんじゃない」鼓膜破れたらどうしてくれる……。
 そんなフライングのクラッカーから始まった俺の編入歓迎パーティーは、なかなかに盛大なものだった。

「ヒーロー科へようこそパーティーの始まりだ〜!」
「この時期の編入だから、なんか色々あったんだろうと思うけど。仲良くやってこうぜ」
「すっげぇキツいだろうけど、相澤先生の個性特訓とか頑張れよ!」
「ハイ自己紹介をどうぞー!」
「えー、もとサポート科のです。左腕は昔事故で失くしてて、今はないけど、普段は義手をつけてます」

 頭に『本日の主役』的な意味が英語で書かれた帽子を被らされた俺は、急ごしらえだろうけどクラッカーを始めとしたパーティーグッズで盛り上げてくれているヒーロー科1Aの面子による歓迎会に、とりあえず笑って自己紹介をする。
 言葉がぽんぽん交わされる中で耳が特徴的な形をしてる女子に話しかけられた。「ウチ耳郎ね。見たとおり、ウチは音関係の個性なんだけど、の個性ってどんな感じなの?」耳から伸びてるイヤホンみたいなのを振ってみせる耳郎に首を捻る。個性。説明。サポート科はとくにそういうのはなかったけどヒーロー科はあるのか。
 いざ、自分の個性をわかりやすく人に説明しようと思うと、難しいな…。

「一言で言いにくいんだけど。モノと神経を接続する個性、かなぁ」
「はぁ。神経?」

 しっくりきてないって顔をされた。だよなぁ。説明するの難しいんだよ俺の個性。
 それはそれとして、目の前に並べられていく料理に腹が減ってきた。今日は科と寮の移動で激動の日だったから。
 俺の歓迎パーティーという話だったし、ありがたくいただこう、とフライドチキンに手を伸ばしたら口に何か突っ込まれた。「ごふっ」咳き込んだ俺の口に突っ込まれてるのは今取ろうと思ってたフライドチキンだ。突っ込んだのはやはりというか轟。お前。
 右手で熱いチキンを掴んで口から引っこ抜く。あっつ。イジメを回避するためにここに来たのにイジメか?「おい轟、それ揚げたて。イジメかよ」思ったツッコミを入れたのは頭にボールがくっついてるみたいなちっこい男子だ。轟はむっと眉間に皺を寄せて「ちげぇ。腹減ってるだろうと思って」「腹は減ってるけどさ…」何せサポート科からここへ引っ越すのも授業後の数時間でやったし? みんなが快く手伝ってくれたからできたけど、おかげで腹は減ってるよ。でも揚げたてのチキンを口に突っ込むのはやめてほしい。火傷する。
 腹は減っていたのでチキンをかじりつつ、「はいジュース。ごめんねぇ、悪気はないと思うんやけど」女子の一人に困った感じで笑いかけられて同じような顔を返し、チキンを置いてジュースのコップを受け取って一口飲む。口があっつかったから助かった。
 個性、たとえば何かできないだろうかと思って視線を彷徨わせ、轟が作った氷を俺のコップに入れたのを見て思いついた。「轟」「ん」「氷の腕とか作れる? ざっくりでいい」「左腕か?」「そー」轟は難しい顔をして俺の空っぽの腕を見つめ、ぺたぺた右腕に触ってサイズ感を確認。右手でパキンと五本指のあるそれっぽいのを作り出した。
 その腕をもらって左の空っぽの腕の断面にくっつける。当然冷たい。「冷える…」冷えるけど個性を示すにはこれが早いだろう。

(神経、接続)

 氷の腕に神経という血管を通わせる。
 触れてる断面が冷たすぎることとギシギシ頼りないことを除けば、氷の腕は俺の左腕だった。
 いつも鉄の腕をつけるときに使うサポーターで氷の腕を二の腕と固定し、ぐー、ちょき、ぱー、とゆっくり動かすとこれからクラスメイトになるヒーローの卵たちが一様に驚いた顔をしてみせる。「まぁ、氷が…」「そうしてると、まるでの腕だね」「それが神経接続か。すごい個性だな」ぎこちない動きながらも左腕でコップを持ってジュースをもらって、この個性すごいかなぁ、と束の間考えたりする。
 使いようによっては、ヒーローらしい活動のできる個性だとは思う。たとえば、この間みたいに建物の内部を把握するために神経を繋ぐとか。
 今は紙飛行機飛ばすのにも疲れるけど、もっと便利な……たとえば超小型のドローンとか? それが正確に操作できて、ヴィランを無効かする薬とか撒けたら、役には立てるかな、とか。
 考えたことはなかったけど、この個性も使いようによってはなんとかなるのかもしれない。そんなことをぼんやり考えながらサラダも食べて、ピザも食べて、お金を気にしなくていい俺の歓迎パーティーでは腹がはちきれんばかりに食べて食べて食べまくった。

(でも、ちょっと、食べすぎた。体が重い……)

 轟と同じ五階、砂藤、っていう糖分をエネルギーに変えるタイプの男子の隣、角が俺の部屋だ。
 角部屋は機械音を響かせてしまう俺からすれば嬉しい場所なのに、今は遠くて。部屋が遠くて。「うぷ…」食べすぎた体を引きずるようにして廊下を歩き、よろよろしながら自室に辿り着き、力尽きて、白い防音材を敷いた床に転がる。し、死ぬ。腹が。しぬ。
 本当なら運び込んだものを色々整理しないといけなかったんだけど。布団とか出して寝る準備するだけで精一杯かもしれない……。



 鍵をかけ忘れていたドアから轟が入ってくると、床に転がってる俺を見ると不思議そうに首を捻った。
 お前ね。人の部屋はせめてノックしてから入りなさい。「食いすぎか?」「苦しい。死にそう」「生きろよ」「あい…」ごろん、と転がって仰向けから横向きになり「何か用事?」とぼやくと、轟が組み立てられていないベッドのフレームを指した。「一人だと大変だろ。手伝う」それはとてもありがたい申し出である。一人より二人でベッド作った方が早いし楽。なんだけど。今はちょっと動けない……。
 ぐでっとしたまま「今すごく腹がダルおもなんだ。もうちょっと後でだとありがたい…」腹を押さえて呻く俺である。なかなかにカッコ悪い。
 もうちょっと後でと伝えたのに、轟は出て行くどころか俺のそばまでやってきてしゃがみ込んだ。イケメンが無表情に腹が重くて動けない俺のことを見下ろしてるというよくわからない状況が出来上がる。「……ナンデスカ」食いすぎで腹が辛い俺を涼しい顔して内心笑ってんだろうか。
 轟は首を傾げて俺のことを見下ろしたままだ。
 不思議ちゃんっていうか、マイペースすぎるっていうか? 今朝もまさにそんな感じだった。
 俺が守るってなんだよ。お前のせいで質の悪い女子に目つけられたようなもんなのに。とは言えず、色の違う両目から視線を外して白い防音材を眺める。
 味気ないなぁこの色。轟にもらった金で、せめてカーペットとかラグは買うか。引っ越すのに荷物だし、前の中古の汚いのは捨てちゃったからな…。
 とりあえず安いもので見繕うか、と携帯を引っぱり出して大手通販サイトでカーペットの吟味を始めた俺をじっと見ていた轟が、防音・衝撃吸収効果のあるパネルの上に胡坐をかいた。そんでまだこっちを見ている。
 え、っていうか何、じっと見るために座った? そのために座ったの…?

「ナンデスカ」
「別に何も。見てるだけだ」
「いや、何それ。俺は愛玩動物じゃないけど…」
「あいがんどーぶつ?」
「犬猫みたいな。飼われて愛でられる動物のことだよ」

 犬猫が好きで見てるだけで幸せっていうんならわかるけど、俺はそういう動物じゃないぞと言いたかったんだけど伝わらなかった。轟って結構世間知らずなところがある…。
 愛玩動物、とこぼした轟が難しい顔でこっちを見ている。
 いや何熟考してんの。俺はそういうモノじゃないけど。
 しかし、ここで待てよと考える。
 実家が金持ち、そして世間知らずでほどほどに天然の入ってる轟の愛玩動物的な存在になれるのなら、それって勝ち組じゃないか? 餌や服を買ってもらって尻尾を振ってるだけでいい犬みたいなもんになれるってことだろ。轟が俺の世話を焼いて金を使ってくれるなら、それってお互いにウィンウィンな関係と言えるんじゃないか?
 なんて、チラッとでも考えた自分が我ながら馬鹿らしい。
 、お前のどこに愛でる要素があるんだ。イケメンでもなければかわいい男子でもない、腕が欠損してるお前のどこに愛でる要素があるんだよ。阿呆な考えはやめておけ。
 それまで難しい顔をしていた轟が両手を伸ばして俺の頬をむいっと挟んだ。右手はひんやり、左手は熱い。「…?」それで角度を変えて俺の顔を眺め始める轟に頭の中が疑問符で埋まるわけで。「え、何してんの…?」「愛玩?」「いや。いやいや」顔眺めて愛玩ってどういう。っていうかお前、俺を見て愛玩とか、趣味悪いよ……。
 俺が編入することになったヒーロー科A組は、プロヒーロー仮免試験を終えて、仮免を取得した子たちに向けての『インターン』、それをどうするかという話でもちきり、らしい。
 主に個性面での強化となっている午後の授業風景で、俺がやることといえば、個性でドカンドカンしている体育館の片隅で『ヒーローとは』という基礎的な座学、みんながとっくの昔に終わらせた授業内容を急ピッチで進めるというものだった。
 急に入ってきたサポート科の人間がいきなり実技で渡り合えるはずがない。まずは講義で形から入るのも大事だ。
 俺の気持ちはまだサポート科の人間であり、自分がヒーローの卵としてこれからやっていくのだという自覚は薄い。座学はそういった意識を改めさせるためのものでもあるのだ。
 緑谷にかっちゃんと呼ばれている爆豪がとくにドッカンドッカンうるさいものの、俺もマイペースな人間なので、相澤先生とタイマンの講義で教科書片手にノートを取ることは不快ではない。
 みんなが個性伸ばしを頑張っている間、俺はヒーロー講義の授業を急ピッチで進め、寮に戻ったら相澤先生とかに見てもらいながら個性磨きと個性伸ばしの特訓。そのあとは自分の左腕を弄ったり直してみたり改良についてを考えたり、勉強についていけるよう予習復習の時間を取ったり、充実、した日々が続いた。

「…もういらない。かな」

 工具箱の隅に押し込んだままの太いロープを引っぱり出して眺め、自分の首に手をやる。
 いつでも死ねるように。恵まれない人生とサヨウナラをできるように。その権利が俺にはある、だからやれるところまでやってみよう。そんなふうに自分に言い聞かせるためにいつも部屋に置いていた首をくくるためのロープを眺めて、ゴミ箱に捨てる。
 個性が尖ってる人間が集まる、さすがはヒーロー科。ヒーローの卵を育成する場所。このクラスには腕のない俺を見下ろすような目はなく、嗤った顔もない。サポート科とは大違い。ここには、良い人、が集まってる。そういう場所でなら、俺も、生きて行こうと思える。
 気が向いたときにジョギングしながら死に場所を探して彷徨っていた日々とはサヨウナラだ。
 これからはヒーローとして、ヒーローになれるかもしれないという未来に賭けて、自分を磨いていこう。少しずつでいい。まずは体力や筋力の向上を目指して無理のないランニングから始めて、徐々に負荷をかける方向でいこう。何事も無理はよくないし、急にやるのもよくない。
 まだ暑さの残る九月の早朝。
 夕方は何かと疲れているし、やるなら朝に、と決めているジョギングのために寮の外に出ると、今日も轟が先にいた。今朝も涼しい顔のイケメンは左右で色の違う髪を風でさらさら揺らしている。「はよ」「おう」「今日も走るの?」「お前が行くなら行く」なんだそれ、と眠い顔で笑う俺に轟は笑わない。いたって真剣だ。
 俺が守る、ってあれ、わりと本気なのかなぁ。そんなことを考えつつマイペースに走り出した俺に轟が並ぶ。

「変なコトないか。例の女子とか」

 どうやら本当に俺のことを守りたいらしい轟の顔は真剣そのものだ。「まぁ、あるけど。下駄箱が、集中攻撃、されてる感じ?」走りながら喋るのって意外としんどい。轟は普通の顔してるけど俺はまだ慣れないな。
 昨日も大量の画びょうが扉を開けたらぶちまけられるよう仕組まれていた。
 数々のイジメを経験してきた俺はそういうことも警戒してたから、事前に個性使って下駄箱の中を調べて被害が最小限になるようにしたけど、古典的なイジメすぎてな。驚くというより呆れる。雄英生だって自覚がなさすぎる。
 轟の左側がちりっと熱くなって炎が出たので慌てて飛びのく。「あっつ」「お。悪ぃ」すぐに炎を引っ込めた轟は、俺のことで怒ってる。らしい。眉間に皺を寄せて立ち止まっている顔は苛立ちを抑えようと努力しているように見える。
 俺の経験上、イジメってのは相手に反応がなければそう長くは続かないものだ。くだらないお遊びみたいなイジメなら無視するに限る。それで自然と相手が飽きてやらなくなるから。

「あー、そのうちなくなるよ。大丈夫。慣れてる」
「慣れてる…?」

 轟の低い声と眉間に寄った皺に、あ、しまった、と思う。口が滑った。
 どういうことだと詰め寄ってくる轟からじりじり後退して、背中が木にぶつかった。当たり前のように壁ドン、というか、逃げるなと肩の両側に手を突かれて通せんぼされる。

「どういう意味だ。慣れてるってなんだよ」
「いや、だからさ。……俺は片腕しかないだろ。おまけに親なし、施設育ちだ。イジメの標的にならない方が難しいって話」

 仕方ないので正直に言葉を吐き出す。
 小学校からここまで続いて来たイジメの歴史に限りと際限はなく、雄英のヒーロー科に来てからが唯一、学生らしく、充実した日々を送れている。
 俺は一通り、漫画や小説なんかにあるようなイジメを受けたことがある。今ではもう『そんなこともあったなぁ』って笑えるようなものだけど、「一番ヤバかったのは、泳げないのに足の届かないプールに放り込まれたときかな。その頃は義手もしてなくて、片腕しかないから泳ぐのも難しくってさ。危うく溺死するところだったよ」機械の腕をつけてる手前、今も水は得意じゃないけど、だから、水責めのイジメ以外なら俺はだいたい大丈夫なんだよ。経験済みだから。
 俺の言葉の意図は轟には届かなかったらしい。轟の左側が燃えている。あっつ。「ちょ、火…っ」あっつい火傷する。
 唇を噛んだ轟からじゅっと火が消えて、まだ熱い体に無言で抱き寄せられた。
 右が冷たくて左が熱い。個性の制御ができていない感じ。
 一体どうしたんだ。もしかして俺の話が気に障ったとか? まぁ聞いてて面白い話じゃないしな。俺はただ、イジメには慣れてるからそんなに心配しなくて大丈夫だって言いたかっただけ、なんだけど。

「俺が、守る」
「はい?」
「全部から守ってやる」
「は……えーと、俺は大丈夫だけど…?」
「俺が大丈夫じゃねぇ。守らないと気がすまねぇ」
「ええ……」

 なんだそれ。とんだわがままさんだな轟は…。
 ぐりぐりと俺の頭に自分の頭をこすりつけてくる轟が犬みたいに思えてくる。紅白頭のでっかい犬。「なんでも言えよ。叶えてやるし、守ってやる」「はいはいそうですか」投げやりに返してから一つ思いつく。その言葉が本当ならさ。「じゃあ、靴買って。もうボロボロなんだ」今履いてるナイキのスニーカーを指すとあっさり頷かれた。「部屋にテレビも欲しいなー?」「わかった」マジか。「好きな映画あるんだけど、BDとかデッキも欲しいなー…?」さすがにこれはダメ出しされるだろうと思ったけど轟は拒まない。「買ってやる」と言いながら額にキスされた。当たり前のように。当たり前の、何も疑問に思ってない顔で。
 もしや、愛玩動物ってあれ、わりと本気にしてるんだろうか。
 きつく抱かれたまま抜け出せそうにない轟の抱擁に、右が冷たくて左があたたかい温度に、本気にしていいんだろうか、と考えたりする。
 思春期によくある気の迷い。それにつけ込むのはどうなんだと我ながら思うけど。轟が俺を生きやすくしてくれるなら、束の間でも生きやすい世界が手に入るなら……俺もそれが欲しいんだ。轟を利用してでも。