相澤先生が提案してきたって時点でなんとなく嫌な予感はしてたし、獣みたいなモノの爪痕を見たとき予感は確信に変わったわけだけど。それはみんなには言わないことにした。 夜、魚の丸焼きというキャンプな夕食のあと、雪山らしく突然の吹雪に見舞われた。 みんなが自分のテントに避難する中、少しの間曇って雪を降らす空を見上げ、寒さに身震い。 この風も、空も、雪も、施設の作り物とは思えないほどよくできてる。本当にどこか雪山に遊びに来た気分になるなぁ。 束の間の一人の時間に、吹き荒ぶ雪に、焦凍といるときは考える暇がないことを思う。 自分がヒーロー科の一員としてなんとか授業についていけてることもそうだけど、焦凍と付き合ってるってこともそうだし。なんか色々、夢みたいだな。なんて考えてたらくしゃみが出た。さっむ。 さっさと自分のテントに避難して、スイッチ押すだけであたたかくなる電気湯たんぽを抱えていると、声掛けもなく勝手にテントのファスナーが引き上げられた。……ということは。 「自分とこにいなよ」 こんなときでも俺のところにやってくる焦凍、ブレなさすぎ。 左腕の状態をチェックしていたところからちょっと呆れた顔を向けると、俺の腕を心配してるらしい焦凍がファスナーを閉めて寄って来た。イケメンが眉尻下げて俺の腕を見ている。「大丈夫か、腕」「大丈夫」湯たんぽであっためてるし。 焦凍は胡坐をかくと、強い風でバタバタと揺れるテントの天井を見上げた。「すげぇ風だ」と。そんで脇に抱えていた寝袋を広げ出すから、俺はもう呆れを通り越して感心すらしてしまう。なんてマイペース。「あのさ、本当にサバイバルなら、これダメだからね?」「今日はノーカンで」ほんと、お前って俺とくっついてないとダメな奴だよなぁ。……別にいいけど。 仕方ないから、一人用のテントなのに二人分の寝袋を並べ、狭い中でくっつきあって眠ることにした。 よく考えれば、普段からシングルの狭いベッドでくっついて寝てるわけだし。隣に焦凍がいてもとくに不都合がなかった。むしろあったかくて助かるくらい。 普段なら起きてる体力残ってるけど、今日は雪の中移動したり普段しないことをしたせいで疲れた。 借り物の、物の良い寝袋に頭まですっぽりおさまると、必要以上にぎゅうぎゅうくっついてきた焦凍にキスされた。「おやすみ」「おやすみ」こんな寒くても触れ合うことを求めてくる甘えたな顔に、寝袋から右手を出して頬を撫でてやる。 風で揺れるテントの音がうるさいし、眠れないんじゃないかと思ったけど、雪山という慣れない環境で体は思っていたより疲れていたらしい。気が付いたら眠っていて、誰かの悲鳴、のような声で目が覚めた。「んぇ…?」寝ぼけた声を上げてから寝袋から這い出す。寒い…。 片腕でもそもそ防寒着を着ている俺に、一足先に外に出ていた焦凍が戻ってくる。「飯田の声だ」「え。なんで。遭難?」っていう声でもなかったか。 もそもそブーツを履く俺に焦凍が情報を補足する。 「トイレに行った瀬呂が戻ってこないのを探しに行ったらしい」 「なるほど?」 がし、とライトを掴んでテントの外に出て、辺りを照らすと、みんなもテントから出てきていた。 目に見える範囲に異常は見当たらない。 悲鳴がどういう意味にせよ、飯田を探しに行かないとならないだろう。もしかしたら滑落したのかもしれないし。仮にそうだとして、飯田の個性があればどうにか回避とかできただろうからあまり心配はしない。委員長の力を信じる。 たぶん風邪で調子が悪いのだという爆豪を一人にするわけにもいかないから、上鳴には残っていてもらうことにして、それ以外のメンバーで飯田と瀬呂を探すべく悲鳴が聞こえた方角に向かう。 風で舞い吹雪く雪。時刻は夜も更けている。ライトや光があっても、視界はせいぜい数メートル先が確認できるほどには悪いし、おまけに眠い。目が開かない。 なるべく固まって移動しながら、「飯田ー! 瀬呂ー!」声を張り上げると雪が口の中に入ってきた。冷たいそれを舐めながら個性を展開してみるが、二人の姿は見当たらない。 そういえば、焚火をしてるとき、瀬呂がここの噂話をしていたっけ。 この施設内には磁場が狂ってる場所があって、そこの時空が歪んでて異世界に繋がってるとかなんとか。 (まぁ、そんなわけはないだろうけど。だってこれは) 考えていると顔にべしんと何か当たった。「いて」風で飛んできたらしい、顔に当たったものを剥ぎ取って、それが飯田が着ていた防寒着の一部とわかって軽く目を見張る。「これ、飯田の……」切り裂かれている飯田の防寒着。悲鳴。二つを合わせて考えると、あの噂話も信憑性を帯びてくるな…。 切島が「おい、あれなんだ?」と指さす方角に個性を走らせると、雪原に一メートルはありそうな動物の足跡がくっきりついている。 なるほど。飯田はこれにやられた、と。 焦凍が顔を顰めて「さっきの話のヤツか?」確認するように俺に話を振ってくる。あの噂話のことを言ってるんだろう。「まぁ、たぶん」返しながら、間髪入れず悲鳴の上がったテントの方を振り返る。今度は上鳴か。忙しないな。 ふと、走らせた個性に体温が高い存在として引っかかった緑谷を見やる。 この状況に臆したわけでもないのに足をもつれさせて転んだ緑谷はらしくなかった。「急がなくちゃ」とこぼしてフルカウルでテントへと飛ぶ背中に、熱があるな、と思う。爆豪もだけど、慣れない環境と普段の負荷で体が悲鳴を上げてるんだ。あまり無理はさせられない。 焦凍の手に引っぱられるままテントのある場所へと急げば、どのテントも切り裂かれていて、爆豪のテントだけが無事だった。本人も無事だ。ただし、上鳴はいない。このぶんだと上鳴もやられたんだろう。 このままだと冷たい風で体調の悪い二人が余計に悪化するから、焦凍に風除けのために氷結の壁を作ってもらい、みんなでそこへ避難。混乱している今の状況をまとめておくことにする。 「怪物がいるとして、ソイツは人を攫う習性があるみたいだね」 「なんのため、かは置いておくとして。みんなを探してやらねぇとな」 「どう探す? こんな広い中だぞ」 「隠せる場所がある森の中の可能性が高い。それに、僕たちのことを狙ってるなら、近くにいるかもしれない」 一応、話の腰を折らない程度に真剣な顔を作りながら、一人一人攫ってる怪物に爆豪が囮、緑谷についててもらい、俺と切島と焦凍は森へ捜索に行く二班にわかれる………という形になった。 純粋だろう切島、それに焦凍に、真相を伝えるべきかは最後まで迷って、結局、目の前にイエティみたいなソレが出てくるまで言い出せなかった。 「なんじゃこりゃああああ!?」切島、ナイスリアクション。やりがいあるだろうなぁ先生方も。 白い毛で覆われた巨大な二足歩行の獣。俗にイエティと呼ばれるモノよりもはるかに機敏、そして巨大。手には鋭い爪。これで樹木に傷をつけたりテントを引き裂いたりしたんだろう。 澄ませた個性の意識には、イエティ似のこれが何でできているのかを告げている。 吹雪の音に混じった微かな機械の駆動音。温度のない巨体。 いいのかな。でもまぁ、いいんだろう、この流れなら。 焦凍と切島が襲いかかってくるイエティもどきをどうにかしようと戦っている中、右手を雪に埋める。冷たい。 なるべく力を凝縮して。意識を一本の糸に。とても硬いものを貫くから。 雪の下の地面を、岩盤を、そこへ向けて自分の意識を垂らしながら、なるべく硬く、鋭く、鋭利なものを磨き上げる。なるべくたくさん。「?」動かない俺を案じて駆け寄ってきた焦凍に「大丈夫」と返して、充分な数生成した槍を意識する。 「離れろ!」 イエティに応戦している切島、テントで囮役をやっていたのにここまで来てしまった爆豪と緑谷に向けて叫んで、反射的に一歩引いたみんなを確認してから白い雪の中から次々と槍を突き立たせる。 たとえ相手が生物でも、そうでなくても、確実に絶命するよう、急所と言われる部位全部を貫くよう本数を作った岩盤の槍。 岩の槍に貫かれてバチバチと不穏な音を立てたイエティもどきに、みんなの眉間に皺が寄った。のと同時に、ピタリと吹雪が止み、周囲が急に明るくなる。 『得点はか。お疲れさん』 「……お疲れさまです」 『お前、もうちょっと加減しろ。相手がただのヴィランだったら絶命だぞ』 「機械だと分かっていたのでこうしました。生きてる者相手なら違う手段を取ります」 『……まったく。お前の個性は厄介だな』 先生のぼやく声と予想していたとおりの展開に、はぁ、と息を吐いて雪から手を引っこ抜く。 どういうことなのかと目を瞬かせるみんなに、「要するに、相澤先生の授業だったんだよ」とこの場所のことを指すと、爆豪が眉を顰め、緑谷と切島は驚いた顔をして、焦凍はほっと息を吐いて俺を立たせた。雪に突っ込んで冷たくなった右手をホカホカした左手であたためてくれる。 あの相澤先生が本気で『遊んで来い』なんて言うはずがないって思ってた。「で、でも、あのイエティは」『よくできたロボットだったろう? パワーローダーの力作だぞ。が壊したがな』「…スイマセン」全力で貫いたし、直すにしても手間がかかるだろうな。もうちょっと加減すればよかったかな。 その後、イエティもどきに捕らえられたと思っていたみんなとも合流した。 『悪条件での敵との遭遇に対する反省点、改善点をそれぞれレポート提出するように』 ほんと、すっかり授業だ。素直に雪山キャンプがしたかったなぁ。 そんな俺やみんなの気持ちを汲んだわけじゃないだろうけど、テントは新しいものが用意されてるから、今日はこのまま泊まっていっていいらしい。 テントを張っていた場所に戻ると、あの交戦の最中にだろう、ボロボロのテントが真新しいものになっていて、中の荷物もそのままだ。……先生か誰か、疑問に思いながらも一人用テントに二つの寝袋を並べてくれたらしい。 「つかれたー」 どさっと寝袋の上に座り込むと、当然のように中に入ってきた焦凍がファスナーを閉めて隣に座り込んだ。明るかった外の照明が夜色に落とされる。「気付いてたのか、これが授業だって」「なんとなく。相澤先生が遊んで来いなんて言うわけないよなーって」寝袋の上に転がると、目線を合わせるように焦凍も寝袋の上に転がる。 焦凍のホカホカした左手が伸びて俺の髪を撫でた。あったかい。 今回はとくにそうだけど、焦凍の個性は便利で強いなぁと実感した。一人キャンパーできる。旅とかするとして、焦凍がいれば、遭難したって大丈夫。 「いつか、普通にキャンプしてみてぇな」 「そうだね。いつか」 ふあ、と欠伸をこぼしてから寝袋の中に潜り込んだ俺に一つキスしてから、焦凍も大人しく寝袋に入った。 イエティ騒動で個性全開にして忘れてたけど、今は夜中なのだ。個性も使ったし眠い……。 この授業のことは口止めされたから、まだ受けてない子はこれからなんだろうけど。春休みだってのに、ヒーロー科、色々大変すぎ。 |