飛び出していった緑谷、爆豪を追う途中で脳無に絡まれ苦戦していたリューキュウたちに手を貸したその先。ようやく追いついた緑谷のところには親父や他のヒーローが集結していて、それでも、死柄木弔に押されていた。
 俺の腕から飛び下りたが左腕を射出、銀の手が死柄木の手を掴む。それと同時に俺も氷を使い、緑谷の一撃も加わって、今まさにイレイザーヘッドの頭を潰そうとしていた一撃を紙一重で阻止する。

「先生!」

 三人がかりで、かろうじて間に合ったが、怪我なしとはいかなかった。
 よく見れば先生には片足がない。
 意識も遠くなってるようで、目も開いてない。
 唯一死柄木の個性を止められる人がいなくなった。状況は、よくない。
 炎を使いすぎてうまく体を動かすことができないらしい親父に氷を送ってやる。「焦凍」「体冷やせ。気休め程度にはなるだろ」その熱の上がり具合いじゃ本当に気休めにしかならないが。
 死柄木に触れたことで一瞬で崩壊した左腕を捨てたが頭に手を添えた。さっきから痛むのか眉を顰めていたが、この場で自分がやれること、先生の傷の止血や手当てへ素早く思考をシフトしたらしく、ポシェットから止血剤やらなんやらを取り出して駆けていく。
 俺はなるべくエンデヴァーを冷やしながら、復活した個性を発動させまいと死柄木とともに空に飛び上がった緑谷を見ていることしかできない。
 アレが地面に触れたらまたさっきのような崩壊が起きる。
 住民の避難はすんでない。ここには俺たちもいる。緑谷の判断は正しい。だが。

(お前、そんなことしたら、体が)

 体育祭で俺と戦ったとき、指を破壊しながらでも向かってきたあいつが、今は死柄木に向かって行っている。
 緑谷の百パーの力を喰らったら普通は倒れてるのに野郎が意識を保ってるのは体を改造したせいらしいが、それにしたって。このままじゃ……。
 親父をなるだけ冷やしながら考える。
 どうする。どうするのが正しい。駆けつけたくせに、俺にできることってこれだけか。親父を冷やしてあと一発デカいのを撃てるよう援助するだけか。
 泣いてんのか、怒ってんのか、そういう顔で空中で戦い続ける緑谷を睨みつけていた爆豪が俺の腕を掴んだ。

「テメェはギリギリまでエンデヴァーを冷やし続けろ。そんでもって俺に掴まれ」
「ああ。けど何を」
「エンデヴァー! 上昇する熱は俺が肩代わりする!」

 どうやら考えていたことは同じらしい。
 親父の最大火力でもって死柄木を止める。たとえ相手を殺すことになろうとも。
 それがヒーローらしくないことだとしても、これ以上の被害を出さないため、躊躇ってはいられない。
 緑谷が百パーセントの力を出して止められない以上、空中戦は消耗戦に変わる。長くは続かない。時間はない。
 了承した親父の背中側を氷漬けにする勢いで冷やすが、体の熱はそれでも多少マシ程度にしかならないだろう。
 撃ててあと一発。
 インターンのパトロールで嫌ってほど一緒に駆けずり回った。そのときの連携が今になって活きる。「『黒鞭』が伸びきったところを狙う。俺が出たら二人は離れろ。巻き込まれるぞ」分かってるさ。
 緑谷の黒鞭が伸びきって死柄木を捕らえた、その死柄木を後ろから羽交い締めにした親父が発熱、発火、熱で目の前が見えなくなるほどに燃え上がる。
 いくら再生する体があったとして、親父の火力に至近距離で焼かれた。これならさすがに、と思ったのも束の間、親父を黒い何かが貫いた。「エンデヴァーっ!」死んでておかしくない炭みたいになりながらも動いている死柄木の黒い棘のようなものが緑谷に向かう。
 咄嗟に動いたのは俺ではなく爆豪で、緑谷を庇って黒いのに貫かれた。「く…っ」落ちるエンデヴァーを片手で掴み、もう片腕で落下していく爆豪の足を掴んで二人の落下を阻止する。
 俺の炎じゃ滞空は難しい。二人を抱えていったん落ちるしかない。
 もうとっくに満身創痍な緑谷が、それでも死柄木に向かって行くのを、止められない。

「緑谷ァっ!」

 こうして叫ぶことしかできない。友達が危ないってのに。
 死柄木に、接触されて、緑谷も崩壊するんじゃないかと冷や冷やしたが、死柄木も満身創痍のためか、その個性は発動しなかった。
 ほっと息を吐いたのも束の間のことで、今度は落ちる緑谷を助けないとならない。けど俺の両手は埋まってる。これ以上は背負えねぇぞ、と思った視界をがすり抜けた。「あぶな」バックパックのガス噴射で上昇したが片腕でなんとか緑谷を抱き留める。
 二人で地面に降り立ち、なんとか生きてるような状態の全員にすぐに処置を施そうとポシェットに手を伸ばしたところで、死柄木弔がまだ動いているのに気付いて、さすがに背筋が凍った。
 親父が最大火力で焼いた。それでも駄目か。
 最初に比べれば速度は落ちているようだが、炭みたいだった見た目も回復してきている。
 が無言で足元に転がっている看板に指を触れさせた。「…? おい、何を」それに意識を集中させるように目を閉じた矢先、看板がの手を飛び出し、瞬足の凶器となって回転しながら躊躇うことなく死柄木の首狙って飛んだ。
 に表情はなかった。やるべきことを躊躇っていなかった。
 ………人を殺すことだって、必要ならしてみせる。そういう顔だった。
 だが、看板は死柄木の首を刎ねる前に黒い棘のようなモノで串刺しにされ止められた。
 が人殺しにならずに済んだとホッとしたのは一瞬で、すぐに前に出て右手をかざす。とにかく氷漬けにする。
 氷を放った俺に合わせるようにぐるぐると円を描く波動が動こうとした死柄木を吹き飛ばした。この技は確か。「波動先輩、と、飯田!?」避難せず駆けつけてくれた先輩と飯田にホッとしながらの肩を小突いて押す。戦力が増えた。お前が前に出る必要はない。いや、前に出てほしくないんだ。俺が。「俺のポシェット使って手当してやってくれ」「ん」腰からベルトを外したが大人しく大怪我している三人のもとへ行こうとして、難しい顔で砂塵となっている地面を睨みつけた。

「なんか、来る」
「あ? 何が」
「たぶん、止めきれなかったっていう巨人の方だ。焦凍急げ。この戦力で両方相手にはできない」
「ああ」

 お前に言われるまでもない。
 波動先輩と俺で手負いの死柄木を仕留める。それさえできればまだ勝機はある。
 がそうしたように、殺すつもりでいけ。もう誰も失いたくないなら躊躇うな。

(赫灼熱拳)

 波動先輩のグリングフロッドに合わせて俺の炎を放ち、死柄木を終わらせようと思った。何度も何度も打ち込んだ。それで体の熱が上がろうとも関係ない。今終わりにしなきゃならない。この戦いに終止符を。死柄木弔を、討て。
 俺も先輩も、飯田も、全力だった。けど、規格外の速度と大きさで肉薄した巨人の拳の前では俺たちは小さく無力で、一殴りで吹き飛ばされてしまった。
 受け身は取ったが派手に転がされた俺のところにが駆けてくる。「焦凍」「平気だ」ちょっと口の中を切ったがこんなもんお前とキスすればすぐ治る。
 ぶっと血の混じった唾を吐いて捨て、まだうまく動けないらしい親父がそれでも立とうとする背中を見上げる。
 現ナンバーワンヒーロー。お前だってもう満身創痍なくせに。
 死柄木のことは巨人が完全に手中に収めてしまったが、諦めるわけにはいかない……。
 そんな巨人の背中から「おーういたいた」と気楽な声を上げて荼毘が現れたのは突然のことだった。「お、焦凍もいンのかこりゃいいや!」「あ?」お前に焦凍とか言われる筋合いないんだが。
 がしゃ、と何かが落ちた音に視線を投げると、が青い顔をして俺のポシェットを取り落としていた。「? どうした」右手を口元にやって俺と、なんとか立っている状態のエンデヴァーを見てぐっと唇を噛んでいる。

「エンデヴァー。覚悟してください」

 それで言うことがそれだから、俺の眉間には皺が寄るし、エンデヴァーも訝しげな顔をする。
 そんな俺たちを尻目に荼毘が頭から何か薬剤のようなものを被った。黒い髪が脱色されたように色落ちして白っぽい色が現れる。
 荼毘を睨みつけながら、がエンデヴァーの前に立った。

「想定していた限りで一番の最悪が来ます。あなたにとっての地獄が」