足元でゴロゴロと人の頭が転がって、笑っている。血溜まりの中で笑っている。その最悪が成ったことを喜んでいるかのように。
 裂けた口で笑い続ける頭を蹴飛ばし、「燈矢って立派な名前があるんだからさ。荼毘なんて呼ばないでよ」と言って笑ってみせる相手を睨みつける。

「顔はこんななっちまったが、身内なら気付いてくれると思ったんだけどなぁ」

 考えられる限りおよそ最悪な事態……現ナンバーワンヒーローの心を折るにふさわしい最後の一撃を睨み据えて、数舜迷う。
 首を刎ねるか。
 相手は炎を使うけど燃えないものならこの瓦礫の中を探せばなんとでもなる。
 ただ、それは俺がすべきことか?
 本来ならエンデヴァーが背負うべきことだ。それを俺が取り上げる形で決着がついたとして、一時はそれでいいかもしれない。だけど将来的なことを考えるならこれはエンデヴァーが乗り越えないといけない過去。俺が手を出してしまったら、エンデヴァーは一生それを引きずるだろう。
 かざしかけていた手で拳を握る。
 個性を展開させれば、動いているテレビ、ネット、電波という電波を作られた映像が流れていた。目の前の男、荼毘。いや、轟燈矢という人間の生い立ち、その過去や現在が、多少の脚色を添えて一つのエンターテインメントのように展開されている。
 俺がここで相手の首を刎ねたとして。もうそれで止まる崩壊でもない。

「どうしたらお前が苦しむか、人生を踏み躙れるか、あの日以来ずううっと考えてた!
 最初はお前の人形の焦凍が大成した頃に焦凍を殺そうと思ってた! でも期せずしてお前がナンバーワンに繰り上がって! 俺は! お前を幸せにしてやりたくなった!」

 とうの昔に心と頭のネジが外れてしまった男は、突然の事態に呆然として動けない轟親子を前に上機嫌に語りまくっている。「念願のナンバーワンはさぞや気分が重かったろ!? 世間からの賞賛に心が洗われただろう!? 子供たちに向き合う時間は、家族の絆を感じさせただろう!?」ない左腕に手をやる。死柄木に使って破壊された。拘束もできない。「未来に目を向けていれば正しくあれると思っただろう!? 知らねぇようだから教えてやるよ!」過去は消えないと言う燈矢の楽しそうな顔ときたら。自分の火力に皮膚を焼かれ、体を焼かれ、つぎはぎのような皮膚をして、地べた這いずって泥水すすって、したいことがコレだった……。

「ザ・自業自得だぜ。さあ一緒に堕ちよう轟炎司! 地獄でオレと踊ろうぜ!」

 巨人の上から飛び下りた荼毘が纏う青い炎に、特注でしつらえてもらった耐熱のスーツのフードを目深まで被る。「親父、来るぞ。親父ッ!」後ろでは焦凍が必死にエンデヴァーに声をかけてるが、彼は動かない。燈矢を見つめたまま止まっている。
 俺がいつかに最悪の仮定話としてこの現実を話したけど、本気で考えてくれてはいなかったんだろう。まぁ普通はそうだ。自分が死んだと思っている人間がこんな最悪な形で戻ってくるなんて、誰だって信じたくない。だから考えない。それを思考停止だとは思わない。
 その分じゃないけど、俺が考えてきた。時間稼ぎくらいにはなる。

(焦凍怒るだろうな。約束守れなくて、ごめん)

 バックパックのガスを最大出力で噴射、飛び下りた燈矢と真正面からぶつかる。炎を喰らったけどさすが特注のスーツ、熱いけど死ぬほどじゃない。
 着地と同時に飛び退った燈矢が「何お前、邪魔」と虫けらを見るような目で俺を見てくる。「轟家の問題にお邪魔して申し訳ないけど、ちょっと入れてほしいんだよね」軽口を返しながら熱で駄目になったバックパックを捨てる。「ハァ? なんで。おせっかいかよ」舌打ちする燈矢はまだ俺の相手をしてくれる。この間に少しでも焦凍がエンデヴァーの意識を引き戻してくれることを願うしかない。

「将来的に、轟になりたいんだと言ったら、怒りますか? お義兄さん」
「ハァ?」

 この言葉はさすがの燈矢も意表を突かれたんだろう、俺が個性で足元の砂塵を動かしてその足を絡め取るまで動きに気付かなかった。炎で焼き払われるけど周囲に砂塵は山とあるから問題ない。「あー鬱陶しい。何お前、なんなの。焼くわ」熱、が燈矢中心にぎゅっと集まる。エンデヴァーのプロミネンスバーンだ。こいつも使えるのか。しまった、回避のためのバックパックはもう。
 瞬間的に飛び退るってことができない俺の、上から。空から。ワイヤーのようなものが降ってきて燈矢を絡め取った。
 見上げれば空から降ってくるワイヤーと人影が遠くに見える。
 繊維を操るといえばベストジーニストだ。行方不明だって言われてたけど、そうか。戻ってきたのか。
 ごほ、と咳き込んで霞む目を擦る。今頃になって火傷が。

っ!」

 が、と肩を掴まれてそっちを見るとぼんやりとした視界に焦凍がいた。泣きそうだ。っていうか泣いてる。「馬鹿野郎、何してるんだよッ」「いや、時間稼ぎ…?」なんとか笑って返したけど、エンデヴァーは立ててない。このままじゃよくない。
 焦凍の冷えた右手が焼けてるんだろう顔に当てられてじゅわっと音を立てると、泣いた顔がまた一つ酷くなった。
 焦凍の肩を借りながらエンデヴァーのところへ行ってもらい、ワイヤーに拘束されて動くことのできない燈矢を凝視したまま動かない彼に、かけるべき言葉に迷う。

「ねぇ、エンデヴァー」

 届くか届かないかはわからない。何せまだ16歳の、16年しか生きてない奴の軽い言葉だ。人よりちょっとは重たい人生歩んできたつもりだけど、それでもまだ16年ぽっちしか生きてない。
 そんな俺の言葉でも、あなたに届くように。祈ります。お義父さん。

「まだ、死んでない。あなたも燈矢も生きている。
 死んでないということは、いくらでも声をかけられて、いくらでも手を取れて、いくらでも抱き締めることができるってことだと、俺は思うんです。
 あなたは立たなくちゃならない。過去の精算をしなくちゃいけない。
 自分の救いのためではなく、燈矢を救うために」

 バチャ、という水音に、足元に広がっているだろう赤い深淵を思う。
 結果的に俺も人殺しになった。実の両親を殺した。この手にかけていないだけで、俺の目の前で、俺のせいで死んだあの二人は、俺に殺されたようなものだ。
 そんな人殺しの俺でもさ。愛して欲しかったんだ。愛されたかったんだ。
 だからたぶん燈矢も。きっと。
 ごほ、と咳き込む。吸い込む息が刺さるみたいで苦しい。「、もういい。黙ってろ。あとは俺がやる」涙を拭った焦凍が左手に炎、右手に氷を携えて、ワイヤーを焼き切って自由になった燈矢へと突っ込んでいくのを、俺は、見ていることしかできない。
 なるべく目深にフードを被ったけど、顔は少し焼けてしまったのかな。いてぇ。

「くそ…ッ」

 顔の火傷が針で刺すような痛みを伝えてきて意識が集中しない。こんなもの、左腕を落とされたときに比べればどうってことないのに。

(ここで負けたら、最悪の形で、ヒーロー社会は崩壊する)

 エンデヴァーの心は轟家がきっとなんとかしてくれる。そう信じるなら、今の俺ができることは、これ以上の最悪が起こらないようにすること。
 敵を、巨人を押さえ込んでいるベストジーニストの集中力が切れたら終わりなのに、容赦なく脳無が迫っている。あれをどうにかする力は俺にはない。どうする。どうしたらいい。どうすれば……。
 頭がズキズキと痛む中瓦礫や看板、その他使えそうなものに意識を集中させ、手裏剣のように放つが、当然のごとく全部落とされた。
 何体かこっちに意識を向けるかと思ったけど、ガン無視か。くそ。どうする。
 いい考えが浮かばないままダメモトで地中に埋まっているガードレールに神経を繋げて持ち上げたとき、敵の足元から三年生の先輩が飛び出した。確か、天喰先輩の親友さんだ。個性を失くして休学中って話を聞いた気がしたけど。
 ガードレールを槍にして脳無に突っ込ませて一体の足を封じてやりながら、人手が増えたことに少し安堵する。
 ベストジーニストの危機に駆け付けたのはその先輩だけじゃなく、波動先輩、深手を負ってる爆豪まで参戦。なんとか脳無を蹴散らしたけど、それでもベストジーニストへの負担は半端なかったようで、巨人を固定しているワイヤーが切れてしまった。
 反射で千切れた個所からワイヤーを結んで繋ぐという時間稼ぎにもならないことをしてみた、ところで、隣からエンデヴァーが消えていた。起き上がろうとした巨人にエンデヴァーが渾身の一撃を喰らわせたのだ。
 その一撃が効いたのか、巨人が倒れ込んで動かなくなった。
 震える息を吐いて、個性の連続使用でズキズキと痛む頭に手を添える。
 市街地の避難のときから個性をフル活用してる。熱も出てきたんだろう、足元がフラつく。
 理由はどうあれ、巨人が動かなくなった。次はヴィラン連合だ。奴らを拘束できればとりあえずこちらの勝ちになる。ズタボロの勝ちでも、最悪ではなくなる。ヒーロー社会は存続する。目指す終着点はすぐそこだ。そのためには、

(やべ。意識、が)

 ぐにゃ、と歪んだ視界に、最後に焦凍のことを見た。燈矢の熱にヤられて動けないようだけど無事だ。
 無事だ、良かった。
 そんなことで気が抜けて目の前が真っ赤な血色になるんだから、俺もまだまだだなぁ。