朝。しとしとと静かに降る雨の音で目が醒めた。 今朝はなんかしらないがすげぇ眠い。それに、すごく、体がダルい……。 昨日めちゃくちゃにセックスしたせいか寝すぎて重い体で起き上がったら、部屋のドアに手紙が挟まっていた、と言われた。一枚の便箋を掲げているはなんだか複雑な表情をしている。 「緑谷からだ。焦凍のところにもあるかも」 「見てくる」 痛む腰と違和感がすごい腹を抱えながら二つ隣の自室まで確認しに行くと、確かに手紙が挟まっていた。『今までありがとう』から始まる一枚の便箋だ。……なんだこれ。 手紙片手に共有スペースに行けば、みんなが同じように紙片を手にしていた。「ドアに緑谷からの手紙が…!」エレベーターから一階に駆け込んできた峰田の手にも便箋。ソファに陣取る上鳴や切島の手にも手紙。麗日たち女子も同じような便箋を握っている。 あのとき。死柄木と戦ったとき、忘れ物だと言って奴のもとへ向かっていった緑谷。すぐに追った爆豪に、俺とも後を追いかけた。 今度はそんな暇も隙も与えず、あいつは行ってしまった。 ぐしゃ、と手紙を握り潰した俺の手に人の手の温度が被さる。よく知っているその温度に、ざわついていた心が少しだけ落ち着いて静かになる。 やんわりとした笑顔のはどこか残念そうな顔で左手に持った紙片を見てるが、その顔には、諦め、のようなものが浮かんでいた。 「気持ちがわかっちゃう辺り、ダメだなって思う」 「…どういう意味だ」 「大事な人たちを巻き込みたくないって部分。……巻き込んでほしかったって気持ちもあるし、置いていきたいって緑谷の気持ちもわかる。誰だって自分の大事な人が目の前で散るのは見たくないし」 俺はダメだね、と笑う顔に何か言おうとして、やめた。 大事な人……両親を目の前で失ったことのあるだ。俺よりも、緑谷の切迫した想いがわかるんだろう。 けど、これっぽっちの手紙で俺らが納得して大人しくしてると思う緑谷に、体育祭以降、初めてムカついた。 A組全員、気持ちは同じようだった。とくに爆豪。あいつはいつもより不機嫌で、睨み殺す勢いで手紙を見てたが、破り捨てやがった。 「会議だ」 「は? なんの」 「決まってンだろ。クソデクについてのだよ」 爆豪の言葉にクラスメイトは一瞬ざわついて顔を見合わせたが、「そうだね。よし、ちょっと机と椅子動かそ!」「おっけーパソコンとか持ってくるわ」「お茶菓子の準備する!」「では私はお茶を」みんなが続々と動き出す。その様子にが眉間に若干皺を寄せてたが、携帯を取り出すとげっと呻いた。 「学校に呼ばれてるや。見回りに個性使ってほしいって……行ってくる」 「ん」 手の甲を撫でた右手がするりと離れて、部屋に置いてあるヒーロースーツに着替えにエレベーターに乗り込み、消えた。と同時に爆豪にびしっと指さされた。「半分野郎、エンデヴァーに連絡取れ。デクのことについて訊け」言われるまでもなくそのつもりだったよ。 俺から電話やメッセージを送ればすぐに既読がつくし出る奴だったのに、今は既読もつかなければ、電話にも出なかった。仕事で忙しいんだろう。「ダメだ、出ねぇ」いったん携帯を離した俺に爆豪が舌打ちした。「常闇、お前もだ。ホークスに連絡しろ」「承知」常闇も俺と同じように電話やラインで連絡を取ろうと試みて、失敗する。ホークスも反応なし。 最後に爆豪がベストジーニストに連絡するが、やっぱり反応なしだった。 三人がチームアップしてヴィラン制圧に忙しく動いていることは知ってる。だけど三人ともがスルーっていうのも解せない。緊急の連絡だったらどうするつもりなんだ。 ヒーロースーツに着替えたが、会議の準備が進む共有スペースを横切って寮の玄関に向かう。「傘」外は雨だからと共有スペースにある傘立てから引っこ抜いたビニール傘を渡す。「あとで教えてね、話し合いの結果」「ん」「じゃあ行ってきます」バイバイ、と手を振られて手を振り返し、ガコン、と閉まった扉から視線を外してみんなのところに戻ると、爆豪がが出て行った扉を睨みつけていた。ガンつけている……わけではなさそうだ。 八百万の個性で急遽セッティングされた大机が二つ。それを取り囲むように、1Aのメンツが全員座れるようソファや座席が設置された。 爆豪はしばらく机を睨みつけていたが、ふいに俺に視線を投げると「おいテメェ」「ん」「昨日もの野郎と寝たんだろう」思ってもいなかった言葉に内心狼狽する。 いや。オセオンのときから気付いてはいたろう。今までとくにツッコまなかったってだけで。 無表情の下で慌てる俺に、爆豪は見下すでもなく、軽蔑するでもなく、淡々と言う。 「ナニしてただとかそんなことはどうでもイイ。昨日も寝たンだろ」 「……まぁ」 「野郎、夜中に起きてなかったか」 「…昨日は寝付いてから朝まで一回も起きてないから、わからねぇ」 正直に言うと使えない奴だとばかりに鼻で笑われた。 ………俺としては頑張って隠してるつもりだったんだが、クラスメイトを見るに、だいぶ前からバレてたようだ。峰田なんか肩を竦めてやれやれって顔だ。「アレだろ、クリスマス辺りからデキてるだろお前ら。もうさーバレバレよ」そうか。バレバレだったか。これでも努力してたんだが。 耳郎がカチカチと両耳のプラグを鳴らしながら「や、まぁ、はそういうのウマいよね。でもほら、轟がけっこーわかりやすかったっていうか」ね、と話を振られた麗日が苦笑いしている。 つまり、俺の演技が下手だったと。…まぁ上手くできてたとは自分でも思えないけど。これでも頑張ってたんだが。 じゃあもう隠すのはやめよう、めんどくせぇし。 俺は現ナンバーワンヒーローの息子で、注目株だから。男と付き合ってるってことは隠した方がいいと思うとに言われて、そういうもんかって従ってきたけど。もういいだろ、いい加減。クラスメイトにもバレたんだし。 開き直った俺はソファに座ってクッキーを一枚もらってかじる。「で、それがなんだよ。がどうかしたのか」首を捻った俺に爆豪はが出て行った寮の扉を睨んでいる。 「たぶんアイツだ。この手紙挟んだの」 「は? なんでそうなる」 「昨日の寝る前時点じゃこの手紙はなかった。つまり、真夜中に誰かがコソコソとドアに挟み込んだってことになる」 「……だからってそれがだってことにはならねぇだろ」 「だから、テメェに確かめろって言ってんだ。泣き落としでも色仕掛けでもなんでも仕掛けろ。落とせ」 爆豪らしいといえばらしい物言いだった。 落とす、って。泣き落としとかしたことねぇ。色仕掛けは……何回かあるが、それはただセックスしたかっただけで、それ以上の意味を求めたことはなかったし。 様々なパターンをぐるぐると考えてみるが、が正直に話してくれるヴィジョンはあまり見えない。 トップスリーは俺たちの追及に黙秘を続けるだろう。緑谷とは当然連絡は取れない。が何かを知っているかもしれないなら、爆豪の言うとおり、どうにかして情報を聞き出すしかない。 自信はなかったが、「やってみる」とこぼした俺にクラスメイトが沸いた。 を騙すのは気が引けるが、緑谷のことを放っとくわけにもいかない。 何か知ってて黙ってるってんなら全部吐いてもらうぞ、。 |