くんから『ごめんなさい、涙には勝てませんでした』というメッセージが届いたとき、交戦中だっていうのに思わずブハッと吹き出してしまって「真面目にやりたまえ!」とジーニストさんに怒られた。「へぇい」とは言っても俺の背中の羽はまだ全然生えてないし、手伝えることっていうのはあまりないんだけど。 ジーニストさんが脱獄したヴィランを拘束、エンデヴァーさんが撃破を終えて警察に引き渡す、その間に続くメッセージを眺める。 『1Aのみんなは、雄英が緑谷を受け入れないなら、彼についていく心づもりです。 校長先生から三人の誰かにお呼び出しがかかったときは、そういう話だと思ってください。』 どうやら焦凍くんに泣き落とされてしまったらしいくんからのメッセージを眺め、アオいなぁ、と一人苦く笑う。 そりゃあそうか。どれだけ頭が回って冷静な思考力を持ってたとして、彼はまだ十六歳なんだから。 ああ、むしろ、そういう部分が君にもあるとわかって安心した。 戻ってきた二人に携帯を一つ振る。「予想はしてましたが、青春してる学生ですから。くん、焦凍くんに負けてしまったようです」俺の言葉にエンデヴァーさんは実に神妙な顔をしてみせる。ここ最近、記者会見以降この人はそんな顔ばっかだけど、今のは一段と微妙だったな。 周囲を巻き込むことを恐れ、自分を囮に先手を打ってオール・フォー・ワンを探し出そうとする緑谷くん。彼のサポートをオールマイトに任せつつ、俺たちプロヒーローはひたすら現場でヴィラン狩り、おっと、逮捕、あるいは捕獲を地道に繰り返している。 現状、雲隠れした死柄木たちの居場所を突き止められる可能性は緑谷くんが唯一だ。 彼に軸になって動いてもらい、俺らは適度な距離を保ってヴィランを確保してその数を減らしつつ、いざというときは駆けつけられるようにする。 そして、雄英の生徒……緑谷くんのクラスメイトの監視をくんに任せていたのが、今回バレてしまった、と。 いくら聡い子だって言ってもまだ十六歳。好きな子に迫られた場合、理性よりも感情が勝つのは充分考えられた。だからこそ彼には余分な情報は与えていなかった。 エンデヴァーさんがくんのメッセージが表示されている携帯の画面を見つめて、市民にゴミを投げられたときより神妙な顔で「焦凍は本気なのだろうか」と、これで通算何度目かになる言葉を漏らす。 その言葉に俺とジーニストさんは一瞬目線を合わせ、ジーニストさんは沈黙。俺は肩を竦めて返すことを選ぶ。 「まぁ、本気なんじゃないですか。くんは焦凍くんと轟家のことを自分より優先する子ですし」 それで荼毘の攻撃を受けて顔に火傷も負ってる。半端な気持ちであの熱の前に飛び出すことはできないだろうと、経験者の俺は思ったりする。 荼毘にやられてまだ全然生えてこない背中の翼を振り返りつつ、「気に入りませんか」と振ってみると、エンデヴァーさんは沈黙した。 くんを巻き込んでしまおうと言い出したのは俺で、賛同したのはジーニストさん。エンデヴァーさんは最後まで渋っていたけど、これまでのことを振り返ると『くんが焦凍くんの大事な人である』という事実には思い当たる節があったようで、最終的に彼を巻き込むことに了承した。 くんと焦凍くんはデキている。 これは疑いようのない事実だ。 チームアップを含めた内緒話をした夜。エンデヴァーさんの病室に集合したとき、彼はエンデヴァーさんに向かって頭を下げてみせた。 『こんな形でお話する予定ではなかったんですけど。このさいなので言わせていただきます。 半年ほど前から焦凍とお付き合いさせてもらっています』 あのときのエンデヴァーさんの顔といったらなかったなぁ。なかなか見れないレアな顔だった。 それに、彼が入院して目が覚めるまで、焦凍くんは自分の体を無視して彼のそばにいたって話だし。実際、その場面を見てもいる。くんの話は嘘じゃない。そんな嘘を吐くメリットだってないしね。 ジーニストさんが運転席に、俺が助手席、体格が大きいエンデヴァーさんが後部座席に乗り込んで、次のヴィラン襲撃地に向けて車が発進する。俺たちに休む暇はない。 連絡は一方通行、こちらは情報を受け取るだけでメッセージに返事はせず、コールを告げる携帯を耳に押し当てる。 死柄木によって脱獄させられたものの徒党。主にそれを狩っているのは、平和のためはもちろんだし、オール・フォー・ワンに繋がる者を捜し出すためでもある。 電話の向こうのエッジショットさんに了解の旨を返事しつつ、「引き続き解放戦線の捜索をお願いします」と吹き込んで通話を切る。 緑谷くんの負担を少しでも減らせれば、という思いでエッジショットさんたちにも協力してもらってるものの、進展なし。 警察は眼前の取り締まりに手いっぱいであり、ヒーローの数は今もなお減り続けている。ヒーローも警察も手が足りない。 「オールマイトたちともう1、2キロ離れて動きますか? 我々との連携がマスコミに知れたら緑谷くんにまで石が投げられる」 「ああ。もう少し連動をズラして動こう。デクに今以上の負担を負わせはしない」 「しかし、潜伏に徹してますね。連中」 「タルタロス出のスーパーヴィランたちは何らかの指示を受けていると考えてました。社会攪乱による潜伏とOFAの確保を両立し行うのが合理的ですからね」 「私がAFOなら攻勢に出るが……」 「やはりデクの言っていた『死柄木の乗っ取り』を最優先にしている、か」 降り出した雨の中、車は荒れ果てた市街地の中を次の現場へ向けて走り続ける。 その数日後。くんが言っていたとおり、雄英高校の校長からエンデヴァーさんにお呼び出しがかかった。 エンデヴァーさんは考えた末に学校に行くことを決意。俺らはその間引き続きヴィランを掃討して警察に引き渡す作業。 それはまぁいいとしよう。 問題は、戻ってきたエンデヴァーさんがこれまでの中で一番の神妙な顔をしていたことだ。しかもその理由が。 「手を繋いでいた……」 エンデヴァーさんがこんな顔をするんだから、手を繋いでたってのは、焦凍くんとくんのことだろう。 いやそりゃ手ぐらい繋ぐでしょうよ、好き合ってんだから。仕事仕事でまともな恋愛してこなかった俺が言うのもアレですけどね。 とは言えず、表面上は笑って「まぁそりゃあ、それくらいはするでしょう。付き合うってそういうことでしょ?」わかったような口で頷いてみると、神妙な顔のままのエンデヴァーさんが俺を見て言うのだ。「どこまでいっているのだろうか」と。 そりゃあ。まぁ。付き合って半年たってるらしいし。男子高校生が手を繋ぐだけの初なお付き合いを半年続けてるとは思えない。キスはしてるだろうし、なんならベッドインでヤることヤってると思う。 さすがにそんなこと言ったらエンデヴァーさんが卒倒しそうだったので、俺はにこっと笑顔を浮かべるだけに留めた。 ジーニストさんに至ってはノーコメント。コスチュームで表情の半分が隠れてるからってずるいぞー。 「まぁ、若者の恋ですよ。青春ですよ。アオハルアオハル。イマドキ珍しいことでもありませんし、広い心で見てあげましょうよ」 イマドキ、同性での恋愛は珍しいものじゃない。日本じゃまだ法的な整備が整ってないけど、海外に行けば同性同士でも結婚できる国はわりとある。 日本でまだメジャーじゃないってだけで、もしかしたら、今後ヒーローになる二人が同性婚を『メジャー』とする日がくるかもしれない。 正式にヒーローデビューしてないのに人気のある焦凍くんと、エンデヴァー事務所の新しい広報として活躍するナーヴだ。二人の関係が公表されれば世間は色々騒いで担ぎ上げるだろう。 そういう方法で話題性をさらうのはどうかとは思うけど、『ヒーローだって恋愛する人間なのだ』という事実を強調することはできる。 (ま、それもこれも日本の状況が落ち着いてからの話だ。今練っても仕方ない) まだショックを受けているらしいエンデヴァーさんの背中を叩いてできるだけのカバーはしておいたけど、気になるのは一点。くんと焦凍くん、上下的なアレでどっちがどっちなんだろうなぁ。 |