まだ眠い目で片腕を彷徨わせ、指先に当たった携帯を掴んで目の前にかざして時刻を確認すると、朝食の時間はとっくに終わっていた。飯田がラインをくれてたけど気付かないで寝てた……。
 ぱさ、と何か落ちた音に眠い目を向けて凝らすと、布面積が小さくて大事なとこも全部透けててフリルとかレースがヒラヒラしてる、どスケベそのものみたいなランジェリー(男用である。上下セットでエロさ倍増だった)が見えてしまって慌てて顔を逸らす。
 まさか焦凍がこんなものまで買ってるとは思わなかったし、こんなの着た焦凍に迫られるとは思ってなかった。

 なぁ、俺、かわいいか

 布面積が少なすぎる、紐で縛って止めるだけのパンツからはみ出たちんこが我慢汁こぼすのは絶景だったなぁ。
 って、違う。違う違う、朝から何考えてるんだか。いや、もう昼だけど。
 左腕を遠隔操作して、汚しまくったどスケベすぎるランジェリーをそっと洗濯物入れに放り込む。
 俺が起きたことで目を覚ましたんだろう、眠そうに目をこすった焦凍が若干顔を顰めた。昨日はアレのせいで盛り上がりすぎたから腰が痛いんだと思う。
 顔を寄せてキスをする。拒絶は、ない。よかった。「はよ」「ん。はよ」声も不機嫌そうじゃない。
 先日はいわゆる人生の修羅場ってやつで、俺が過去に援交していたことをバラした。そうしないと俺のことを諦めきれないと言うイケメンがいたから。
 焦凍は泣いたし怒ったけど、あの演技の夜みたいに出ていくことはしなかった。……そのことにとても安心した。
 お互い服を着ていなかったから、床に散らかったままの部屋着を這わせた左腕に取ってこさせ、適当に袖を通す。

「飯、食いっぱぐれたね。冷蔵庫に残ってるかな」
「あったらそれでいい。なかったら、カップ麺でもなんでもいい。と食べるならなんでも」

 なんでもないことのようにぼやく声に背筋がむず痒い。
 猫みたいにすり寄って来る焦凍にキスされて、流されるまま、唇を舐めたぬるい温度を求めて舌を出す。
 もう1Aのクラスメイトには認可されてしまったってこともあって、最近の焦凍は部屋の外だろうが中だろうが関係なくくっついてくる。
 世の中はこんなことになってしまった。少し前までの平和な世界はもうどこにもない。
 ヒーローにより保たれていた秩序は壊れてしまった。
 だから何をしてもいい、って話にはならないんだけど。隠し通さないとならないだろうと思っていた秘密の一つをバラすくらい、今の世界なら許してくれるだろう。

(好き合ってることを祝福してもらえるなら、俺だってそれがいい)

 朝から濃厚なチューをしてたら部屋から出る気が失せてしまったから、部屋着のダルッとした格好でカップ麺その他、食材が突っ込んであるボックスをあさる。「何食べる?」「蕎麦がいいんだけどな……」蕎麦。好きだなぁ。
 焦凍が好きなのは冷たい蕎麦だ。あったかい蕎麦のカップ麺ならあるけど、冷たいのはないなぁ。

「蕎麦、あるなら茹でようか? うまくできるかはわかんないけど」

 世界がこんなことになってから、学校の食堂は避難民のための食事の提供場所になってて、前みたいに気軽にご飯を食べに行くってことはできない。
 蕎麦が好きすぎて禁断症状すら出そうな感じに目がヤバい焦凍に苦笑い混じりで提案すると、ぱっと笑顔を向けられた。
 え、笑顔。破壊力。イケメンの笑顔…。「ホントか」「う、うん。茹でるだけだし…」「じゃあ姉さんがくれた蕎麦。部屋にある」じゃあ焦凍は蕎麦で決定だ。っていうか、蕎麦でそこまで食いついてくるとは。ほんと、蕎麦好きなんだなぁ。
 俺は適当なカップ麺とおやつのせんべいの袋を持って、部屋から蕎麦を取ってくる焦凍と別れて一階のキッチンで鍋とやかん、自分のカップ麺の準備をする。
 そんなに蕎麦が楽しみなのか、階段を跳び下りて共有スペースに駆け込んできた焦凍の手から蕎麦の袋を受け取る。すっごい期待されてるのがキラキラした目でわかる。「えーっと」作り方はっと。
 食感の好みとか、蕎麦にもよるし、まずはこの作り方通りにやってみようか。
 鍋でお湯沸かして茹でたら冷水にさらすだけ。その間に薬味のネギを冷蔵庫からちょうだいして、ゴム手袋をしてトントンと切る。余った時間で自分のカップ麺の準備をしてお湯を注いで蓋をする。
 そんな感じで出来上がった蕎麦に、焦凍がごくりと喉を鳴らして両手を合わせていただきますをし、ネギを散らしたつゆに蕎麦を浸して、一口。
 向かいでとんこつラーメンをすすりながら焦凍の様子を見守ってたけど、無言で二口めをすすり出して、何も言わない。
 え、まずいのかな。袋に書いてある作り方通りにやったつもりなんだけど。

「……えっと、どう? 硬さとか、好みがわからないからオーソドックスな感じにしたんだけど」

 何も言わない焦凍にまさか何か失敗したろうかと内心冷や汗を感じていると、焦凍の目からぼろっと涙がこぼれた。「えっ」「美味い」「あ、うん。え…?」美味い、と言いつつズルズル蕎麦をすする焦凍がなぜか泣いている。
 え。泣くほど蕎麦が嬉しいのか。そこまで蕎麦が好きなのか。
 焦凍が泣きながら蕎麦を食うという結構意味不明な図に、通りがかった切島が驚いたり、爆豪がその横で呆れたり、耳郎と八百万のペアを始め女子に心配されたりしたけど、焦凍は「蕎麦がうめぇだけだ」の一点張りで、最後まで泣きながらズルズルと蕎麦をすすって完食した。
 後片付けをしながら、横で鼻を鳴らして洗った食器を拭いている焦凍を横目でチラ見する。

「あのさ、正直に。まずかった?」
「美味かった」
「じゃあなんで泣いたの…?」
「感極まった。好きな奴に作ってもらう好きなもんって、すげぇ美味いな」

 なんでもないことみたいに、当たり前に言うけど。お前。またそういうかわいいことを言う……。
 食器や調理器具をキレイにして、次の人が問題なく使えるように元の位置に戻してから共有スペースから自室に引き上げ、まだ泣いた跡のある焦凍の目元を舌でなぞる。しょっぱい。
 蕎麦が食べれてよっぽど嬉しかったらしく、頭をぐりぐり押し付けて甘えてくる焦凍とベッドに転がって、昼間からキスして抱き合ってとお互いのことを堪能する、自堕落な時間を過ごす。
 緑谷のことがある。みんな色々動いてるってのはわかってるんだけど。最近は俺のことでさんざん振り回されたろう焦凍の心をやわらかくさせてやりたい。

「焦凍」
「ん」
「好きだよ」
「ん。俺も好き」
「俺にはお前だけ」
「俺にも、お前だけだ」

 甘やかす口付けを端整な顔に繰り返し落として、火傷の痕を舌でなぞる。
 こんな俺を受け止めてくれてありがとう。こんな俺を好きになってくれてありがとう。
 もうお前を裏切ることがないように、最大限の努力をする。お前を大事にするって誓うよ。
 緑谷についてを話し合う会議の時間中は正座を言い渡されているは、今日も床に正座して「えっと、じゃあ、最後にもう一度説明するけど」と言い置いて、降参だ、とばかりに両手を挙げてみせる。

「俺が受けてた指示は、緑谷の負担にならないようにクラスメイトの動きを監視すること。で、手紙は病院で書き上げたものを俺が預かってきてドアに挟んだ感じ」
「ほんとーに他には何も知らんのか、テメェ」
「トップスリーとオールマイト、緑谷が組んでるってことしか知らないよ。連絡は取れるけど……見てもらえばわかるけど、俺のメッセージに既読がつくだけで、やり取りらしいやり取りはしてないんだ」

 の手から携帯を奪った爆豪が手早くラインをチェックするが、説明通りだったらしく、チッと舌打ちして携帯を放り出した。ぱし、と携帯をキャッチしたが申し訳なさそうな顔をしている。

「ねーでもさ、それってさ。くんが轟くんに負けちゃうだろうって予想してて、だから余分な情報が与えられてないって、そういうことだよね」
「え。うん、そうかも…?」
「それってつまり! トップスリーが轟くんとくんの仲を知ってるってことでしょ!? 親公認の仲ってこと!?」

 透明な葉隠の指摘に、は苦く笑って、女子からは黄色い悲鳴。「ええと、それは」「それは?」それは俺も聞いてねぇし聞きたいことだと顔を寄せると、は若干仰け反った。もうクラスメイトの前で俺たちのことを隠す必要はないってのに距離を取ろうとしている。
 燈矢兄のときのこともある。親父にはのこと近いうちちゃんと話そうとは思ってたけど、まさかお前、俺を差し置いて何か言ってるんじゃないだろうな。
 女子の興味の視線と俺の追及の目に、が諦めたように一つ吐息する。「エンデヴァーには伝えた」「キャー!」女子の黄色悲鳴を押しのけてのパーカーの襟元を掴んで引き寄せる。
 この野郎。また大事なことを勝手にしたな。「俺が言うつもりだった」「いや、その、ごめんって。言っておかないといけないかなって……今度は二人でちゃんと言おう?」ね、と困った顔で笑いかけてくるの額にある小さな火傷の痕をなぞって、手を離す。
 本当は俺から親父に言うつもりだったのに。
 まぁ、言っちまったもんは仕方がない。全部終わったら改めて二人で家族に挨拶に行こう。それでチャラにしてやる。
 さっそく脱線した会議の流れを「諸君、話が脱線している。緑谷くんへと戻そう」と委員長らしく飯田が正す。
 続く会議の時間に、正座が苦手らしいはさっそく足をさすり出している。クラスメイトを欺いていたから、という理由でこの時間は正座をしなくちゃならないんだが、辛そうだ。
 俺はに甘いからつい甘やかしたくなるが、心を鬼にして視線を外す。
 少し前、校長先生が親父を呼び出してくれたときに説き伏せ、『緑谷の安全を確保する』という任務で市街地での個性の行使の許可を得た。
 いよいよ俺たちも緑谷捜索に出る。これはそのための最後の会議だ。
 ワン・フォー・オールの知識の確認。GPSで最後に探知した緑谷の位置の確認。あいつを雄英に連れ戻すための作戦の確認。
 もう四月に入った。一人ですべてを背負って動いている緑谷にも限界がくる頃だ。猶予はない。
 は大人しくみんなの意見を聞いてたが、『言葉では納得しないだろう緑谷をどう説得し連れ帰るか』という最後の詰めを話し合う場面で右手を挙手した。「あ?  ンだよ」「その役目の一端、俺がしてもいい?」爆豪が目を眇めてを見下ろす。「逃がす手伝いじゃねェだろうな」まったく信用されていない物言いに苦笑いをこぼし、真面目な顔になる。しばらく見てなかったあの冷たい表情。

「ずっと考えてたんだけど、緑谷って人間のことを攻略する気満々のオール・フォー・ワンのことだから、みんなを巻き込まんとして一人で行動する緑谷のことも計算してると思うんだ」
「まー、そうだろうなァ」
「じゃあ、そんなオール・フォー・ワンの裏をかくため、緑谷が避けたがることをする……この場合、雄英に連れ戻すことだね。その方向性は正しいと思う。
 ホントは、緑谷の気持ちもわかるんだけどさ。みんなの気持ちもわかるから………俺が、緑谷と神経を繋げて、強制的にシャットダウンさせるよ。その間に八百万とかが薬で眠らせてくれると確実だと思う」

 その言葉に周囲がざわついた。の個性はあくまで無機物に神経を繋いで、自分の思う通りに動かせる。とか、情報を得る、とか、そんな感じだったはずだ。
 みんなを代表して「そんなことできるのか」と訊くと、少し困った顔で「条件があるけどね。生き物と神経を同調させるのはとても集中力がいるから、俺は動けなくなる。から、緑谷を追って個性を発動させることはできない。みんなで追い込むか、身動き取れなくなったところに直接触れないといけない。難易度は高いかも」クラスメイトが顔を見合わせる中、爆豪が腕組みしてを見下ろした。思案するような間のあと「ンじゃ今俺にかけてみろ」と言うなりの頭にべしと手を置く。
 きょとんとしたあと、は諦めたように目を閉じた。集中してるんだろう。
 時間にして五秒ほどだろうか。それまでを睨みやっていた爆豪が突然倒れた、のと同時にも崩れるように倒れたから、反射的に手を伸ばして床で頭を打つ前に抱き締めていた。「どうした爆豪くん!?」瞬足の委員長が駆け寄ってソファに崩れ落ちている爆豪の肩を揺さぶっている。



 ぺちぺちと頬を叩くと、薄く目を開けたが「ああ、言い忘れてた。これ、相手を俺の神経遮断に同調させる感じだから……俺もダメになるんだ」ごめん、とこぼして目を閉じたを抱き上げてソファに座らせる。
 あの爆豪が一瞬で落ちたんだ。にも反動があるとはいえ、緑谷を無効化するのに有効な手段だとは思う。ただ。

「あんま、無茶すんな」

 強制的に神経を遮断するってのがどういうことなのか、俺にはわからないが、相応の負担があるってのは顔色見てればわかる。
 は唇で小さく笑っただけで、無茶しない、とは言わなかった。…それが嫌だった。
 みんなにはもうバレてんだからと顔を寄せてキスをすると、ぎょっと目を見開いたの視線が泳いだ。周りを気にしてる。「無茶すんな」両頬を挟んで顔をこっちに向かせて同じことを言ってもう一回キスをする。

「約束するまでやめねぇ」
「ええ…」

 ちゅ、とリップ音を鳴らしても一つキスをする。
 俺は人前で甘えるのもキスするのもとくに躊躇いとかはない。そうしたいと思ったからする。それだけだ。キスくらいずっと続けていられる。
 五回、六回、七回。十回。そこからは数えるのをやめた。
 舌入れてぇな、あとで怒られるかなと思いながらクラスメイトの前でぺろりと唇を舐めると、多くの視線が集まったことで限界がきたらしいが「わかったわかった気をつけます!」と叫ぶ。それで仕方なく顔を離してやると、峰田がげっそりやつれていた。「ホモップルめ…」とぼやく声を流す。「アツアツだね〜」と冷やかす声も流す。
 視線があることは気にはなるが、好きな奴にキスすることを恥ずかしいとは思わない。
 若干顔を赤くしているが左手の義手を自分の顔に押し当てた。「はぁー天然め…」なんだそれ、俺のことか。