彼女はふと思いました。『彼らの愛は本物なのかしら?』と。
 それは春休みのふとした気紛れ。
 寮の自室で憂鬱な宿題の山を片付けながらの、退屈すぎて思いついたコトでした。
 元イジメっ子である彼女は、改心した少女についてイジメっ子であった少女のもとを離れ、今は何にも加担していません。
 イジメの中心たる少女も、そういった人の移ろいには慣れているのか、今は以前と違う標的に狙いを定め、以前とは違うメンバーを連れて飽くことなくイジメを続けています。
 それを止めるほどの力を持たない彼女は、少女のことを頭から追い出し、個性で作ったガラス瓶を手に考えます。
 イジメていたから気になって、イジメていたから気付いたコト。
 轟焦凍という、顔に火傷の痕があっても格好いいと言える人を視線で追う度に気付くコト。彼がいつも視線で追っている、イジメられていた彼のこと。

(あの愛は、本物なのかしら)

 個性で作ったガラス瓶を揺らし、彼女は考えます。
 春休み、宿題、宿題、また宿題で埋まっていた日常に、驚きと、潤いを。
 彼女はそんな軽い気持ちで個性で作ったガラス瓶を手に寮を抜け出しました。
 彼女の個性は、対象がガラス瓶を手にしなければ発動しません。
 しかし、今は春休み。寮生活をしている面々で休みの日に学校に来る物好きもなく、下駄箱にガラス瓶を仕掛けるのは確実ではありません。
 ではどうするのか?
 彼女は考えに考えましたが、結局、髪型を変え、声色を変え、自分だと特定されないよう学校のジャージ上下に身を包み、寮にいる彼を呼び出すことにしました。
 彼はイジメから解放されてしばらくがたっているためか、知らない相手からの呼び出しにも「はーい」と気楽な声で応じて寮から出てきました。

「あの、お話したいことがあって。少し、歩きませんか」

 彼女はそんな声をかけて、彼を寮の前という人目のある場所から連れ出します。
 そして、遊歩道沿いのベンチに並んで腰かけ………言葉巧みに彼を個性で作ったガラス瓶に触れさせ、その蓋を開けさせました。
 彼女があらかじめ指定していた気持ち。『轟焦凍への想い』のみが鱗粉のような粉となって蓋の開いたガラス瓶にすうっと吸収されていき、キュ、と蓋が閉まると同時に傾いた彼の体を彼女がなんとか支えます。
 これで、次に目を覚ましたとき、彼の中からは愛が消えているでしょう。全部瓶に閉じ込めてしまったから。
 さあ、どうなるかしら。どうなってしまうのかしら。
 その人たちの間に当たり前に存在していた愛が消えてしまったら、どうなってしまうのかしら?
 ベンチに彼を横たえ、瓶を手に人目を避け茂みに入った彼女は上機嫌です。
 ガラス瓶を陽にかざすように掲げると、薄い桃色をしています。
 その控えめな色彩は彼の愛情の思慮深さを示すようで、彼女は知らず微笑みました。
 それは、春休みのふとした思いつきから始まった、愛のお話。