女子に呼び出されたが待っててと言うから寮の共有スペースで本片手に時間を潰し始めて、三十分。
 さすがに遅くないか。知らない奴とそんなに話す内容があるのか。もしかして、と様々な嫌な想像が頭の中をぐるぐるして本の内容に集中できない。が面白いって勧めてくれたヤツなのに。
 文面を睨みつけ、少しずつでも読み進めていると、自主練に出ていたんだろう緑谷がを背負って戻って来たから驚いて本を落とした。「緑谷? どうしたんだ」「それが、ベンチに横たわって意識がないのを見つけて」ぺち、と頬を叩くが反応がない。
 とにかく寝かせようとソファに意識のないを寝かせ、熱を測ったり呼吸のぐあいを確かめたりするが、異常は見当たらなかった。
 緑谷が困ったように眉尻を下げての額に置いていた手をどかす。

くん、さっきまで何してたのかな」
「……知らねぇ女子に呼び出されてった。三十分くらい前だ」
「そっか。僕が見つけたときにはそばには誰もいなかったんだ」
「………その女子に何かされた、とか、考えられるな」

 ああ、嫌な予感が当たってしまった。
 大丈夫だよって言うからついていかなかったけど。やっぱり行っとけばよかった。
 知らず握り締めていた拳がみしっと音を立てたから意識して解いて、熱はないけど念のため、の額に冷えピタを貼り付けた。
 緑谷が考えるときの癖で口に手をやりながら「何か、個性でもかけられた? 確かに編入時のことを考えればありえないわけじゃないけど、もうだいぶ落ち着いたと思ってたんだけどな。仮にそうだとしたら…」「怪しい奴らはいるな」後を継いで、前にをイジメてた女子を思い出そうとしたが、全部顔がぼやけていた。特定しようにも俺の記憶には残ってない。
 とりあえず、の目が覚めるのを待って、状態を確認してから相澤先生に報告しよう。そうまとめた緑谷に一つ頷いて、落とした本を拾って折れてしまったページを指でなぞってなんとか元に戻す。の本なのに……今度新しいの買っておこう。
 そのの目が覚めたのは、本を読み始めて十五分くらいたった頃だった。
 ぼやったした顔のと目が合って、無事目を覚ましたことにほっとしながら「」と呼ぶと、ぼんやりしていた表情が顰められて眉間に皺が寄った。なんでだ。

「誰?」

 ……何を言われてるのか、わからなかった。
 冗談にしちゃ顔が本気で、「は?」と返す声が掠れた。
 眉間に皺を寄せたままのがソファから起き上がって、ふあ、と欠伸をこぼす。
 俺らの様子を窺ってた緑谷が「くん、大丈夫?」と訊くと、はいつもの調子で首を傾げた。ただ、なんか、表情がない。「何が」「えっとね、くん外のベンチで意識がなかったんだ。だからここまで運んできたんだけど」「そっか。それは迷惑かけて、ごめん」ぺこ、と頭を下げたがまた眉間に皺を寄せて、それで言うことは。「えっと、誰?」「……緑谷出久だよ。こっちは轟焦凍くん」ぽん、と緑谷に肩を叩かれる。
 ふぅん、とこぼして首を捻るは本当に、本気で、俺たちのことがわからないようだった。
 見慣れない場所を窺うように辺りに視線を向けるのことをとても遠く感じる。すぐ目の前にいるのに、心が、遠い。

「轟くん。轟くん」
「、ああ。なんだ」
「相澤先生に連絡して。僕はもう少しくんと話をしてみるから」
「…わかった」

 緑谷はショックを受けてる俺に気を遣ってくれたらしい。
 よろよろと立ち上がって携帯を取り出し、寮の外に出て相澤先生に電話をかけると、春休み中でもすぐ出てくれた。『もしもし』「轟です。が」そこで言いよどんで、どう言うのが適切かと悩み、結局、こう切り出した。「が、記憶喪失です」と。