その後の事の顛末だけど、にかけられた個性は自然と解けたらしい。
 が記憶喪失になってから丸一日後の夕食時、共有スペースで遭遇したときにはもういつも通り轟とセットで並んでいて、「ご迷惑おかけしました」とみんなに頭を下げて謝って回っていた。
 俺はその瞬間瀬呂と視線を合わせた。瀬呂も気にしてくれたんだろう、目だけで俺の言いたいことを察して頷いて返す。
 そんなわけで、めでたく個性が解けて記憶が戻ったと轟がおっぱじめるだろうことは確定していたから、俺は夕食後早々に同じ階の瀬呂の部屋に宿題を持って避難した。

「いやー、それにしても、アイツらもよくヤるよねぇ」
「まぁ、男子高校生ってそんなもんだよな」

 こうして瀬呂の部屋に世話になるのはこれで何度目か。
 そんなもんだよな、と言いつつもそういう憶えのない俺たちは黙って顔を見合わせ、はぁ、と肩を落とす。
 ヒーロー科は忙しい。たちのように色恋とヒーロー科の授業を両立させているケースは稀だ。たいていはカレシカノジョなんて作る暇もないまま、忙しない授業に追われ、卒業まで容赦なく時は流れる。
 俺らはこの春で二年になる。このままいけばカノジョなんてできないまま卒業になるだろう。本当、時の流れは容赦ない。
 瀬呂がふと思いついたという顔で「いやさ、これまで野暮だろと思って話題にしなかったんだけどさ。轟とってどっちが上なんだろね」「おい本当に野暮だな……」「いや〜ヤることヤってるんしょ? やっぱ轟かねぇ」思案顔の瀬呂の下世話に呆れつつ、男子としてはかわいいと言えると1Aきってのイケメンである轟を思い浮かべる。
 順当に、というか、普通に考えるなら轟なんだろうが。隣室である俺にはベッド事情すら伝わってきているわけで、瀬呂も想像はついているんだろう。俺が肩を竦めたのに瀬呂も肩を竦めて、この話題はそこで終了。持ってきた宿題を片付ける、という本来の目的に手をつけることにする。
 夜の九時まで瀬呂の部屋で世話になり、その後は部屋で菓子を作って気を紛らわせていると、隣室のベッドが軋む微かな音がなくなった。……ヤることヤり終わったか?
 今日は少し手のかかるロールケーキを生地とクリームとで分けて作っていると、コン、と部屋がノックされた。「開いてる。手が離せないんで勝手に入ってくれ」クリームは手早く丁寧にやらないとな。
 ガチャ、と開いた扉の向こうにはがいた。さっきまでヤることヤってたせいか、薄紫の髪が額にはりついている。「いいにおい」と鼻を鳴らしながら部屋に入ってくると、手にしているせんべいの袋を揺らした。

「これ、お詫びに」
「ん? あー、気を遣わないでもいいぜ」
「今日はうるさかったと思うし。いつもごめん」

 はたまにこうしてせんべいとか茶の袋を持ってお詫びをしにやってくる。『迷惑をかけてる』という自覚はあるらしい。
 が『いつも』と称すように、二人のベッドインの回数というのは週にすれば半分かそれ以上と多い。今日は一段と激しかったから、詫びってのはそういうことなんだろう。

「轟は落ち着いたか?」
「うん。寝てなかったみたいで、もう寝かせた」

 が痒そうに手をやりながらめくったスウェットの下には爪で引っかいたような跡が無数にあって、さすがに呆れる俺である。「お前、それどうするんだ」「痒くて引っかいたということに……ムリある?」「ちょっとなぁ。インナー着通せよ」「うっス」ピッと敬礼したがせんべいの袋を置いて「じゃ、俺シャワー浴びてくる。また明日〜」と部屋を出ていく。
 本当にいつも通りだな。あの素っ気ない態度は違和感があったし、記憶が戻って俺もほっとしたよ。
 さて、生地は焼き終わった。あとは冷ましてクリームを塗るだけだな。
 休憩がてら差し入れされたお詫びの醤油せんべいをかじるとうまかった。俺は糖分が個性に影響するから甘いもんばっか作るし食べるけど、たまにはこういうのもいいな。
 1Aの誰もが二人の仲に気付くくらいに轟がにベッタリくっつくようになったことを除けば、の記憶喪失事件はこうして幕を下ろした。
 先生方は後日、個性を行使したらしい生徒を特定、厳重注意と謹慎期間を与えたらしい。

(しかし……)

 今朝もハートを振りまく勢いでのそばにいる轟を見ていると、雨降って地固まるだな、なんて思う俺である。