温度と陽射しの強さから判断して、季節はたぶん夏。
 俺の現在地は、総面積八千ヘクタール、一万人以上の科学者が住むと言われている独立研究機関・学術人工移動都市、Iーアイランド。
 ここはヒーローがより活躍するための色々な研究をしている、世界でもトップクラスの学術研究都市。らしい。
 その頃の俺は雄英のサポート科の落ちこぼれで、蚊帳の外って意識でしかいなかったけど、そういえばニュースでここでの事件について取り上げていた気が……するような。しないような。
 ヒーロー関連の企業が多く出資、個性の研究やヒーローアイテムの発明等を行うという目的からなる島は当然ヴィランに狙われる。そのためここは移動可能な島になっているし、島の警備システムはタルタロスにも匹敵する能力がある。
 ……という話だったけど。実際、事件はあったわけで。いや、平和な島の光景を見るに、事件といえるものはこれから起こるわけで。ああ、なんか、混乱するな。
 誰でもフリーに使っていいらしい端末をインフォメーションセンターでいじりながら情報収集した結果、わかったのはここがIーアイランドという名称の移動都市の島であるということ。現在プレオープンでIーエキスポというイベントが開催されているということ。
 それで、ふと手元からタブレットの感触がなくなって、あれ、と思ったら目の前に水色の液体が入ったカクテルグラスが一つ。その向こうには当然の顔をしてヒーロースーツ姿の焦凍が立っている。

「ジュース。喉渇いたろ」
「ん……? えー、ありがとう?」

 ついさっきまでインフォメーションセンターにいたのに、今はなぜかパラソルのあるカフェの席に座っている自分に混乱しながら、とりあえずジュースを受け取っておく。
 夏らしいカクテルタイプの見た目をしたジュースをすすりながら、ちら、と視線を上げる。向かい側に焦凍が座ったところだ。「うまいか」「うん。まぁ」あれだ、かき氷によくある、ブルーハワイ的な味がする。
 焦凍はいちごミルクのジュースをすすりながら自分の携帯端末を操作している。「始まっちまうな」「何が」「体験型のアトラクション。ヴィラン・アタックとか言うらしい」「へぇ」あまりにも普通に話しかけられるからいつも通りに返事してしまって、自分を落ち着けるためにずぞぞとジュースをすする。
 ヴィラン・アタック。体験型アトラクション。名前からするに、エキスポのイベントの一つ。ヴィランに扮した的みたいなものがあって、それの破壊のタイムを競う系のもの、かな。
 俺といることに違和感がないのか、焦凍はいちごミルクをすすり続けている。
 ……探りを入れるか。焦凍の状況の確認がしたい。

「轟は出ないの」
「どっちでもいい。とくに興味ねぇ」
「でもさ、連絡、友達からなんだろ。競争すればいいじゃん。きっと楽しいよ」

 俺の轟呼びに焦凍はとくに何も言わない。いつものイケメン、涼しい顔でテーブルに頬杖をついていちごミルクの入ったグラスからちゅーちゅーとピンクの液体をすすっている。それで、何か言おうとストローから口を離して、「……?」不思議そうに首を捻った。

「お前、名前なんだっけ」

 ああ、そうか。やっぱりそうか。
 ここの時間軸は夏で、今ここにいる焦凍は俺と出会う前の焦凍で、俺のことを知らない。
 俺も、個性をかけられて、焦凍のことをすっかり忘れてしまったりしたけど。きっとこういう気持ちだったんだろうな、と思いながら笑う。繕って笑うことは得意だから。「だよ。サポート科の」この頃はそうだった。サポート科の落ちこぼれ。援交で稼いだ金で這うようにして日々を生きる、つまらない俺。だったんだよな。
 気付いたら手からグラスが消えていた。代わりに焦凍に右手を掴まれていて、引っぱられるままに歩く。「え、っと、どこへ?」二度目の不思議現象ともなれば多少は戸惑いもなくなった。
 つまり、この夢はそういうことなのだ。
 いついかなるときも、すべては焦凍が思うように進む。

「ヴィラン・アタック。エントリーだけしといてくれたっていうから」
「ああ」

 それに俺を連れて行く意味ってあるんだろうか。手を繋ぐ意味は。
 お前はどこまで俺のこと知らなくて、どこまで憶えてるのか。
 焦凍に連れられるまま広い会場に入って、岩場とか川とかが再現されているステージを見回す。「……ん。えっ」おかしいぞ。さっきまでステージを上から眺める位置にいたのになんでかステージ場に移動している。不思議現象三度目。
 司会のお姉さんがいい笑顔で「飛び入り参加二人目です!」「え」「ヴィラン・アタック! レディーゴー!」ピ、と会場のモニターにカウントの数字が表示されると同時に体が動いた。三度目の不思議現象ともなればちょっとは慣れる。
 ヴィランに似せた動く的は、雄英で相手にする機械にちょっと似てる。
 これ、壊しちゃっていいもんかな。いいんだよな、たぶん。そんなことを思いながら触れた地面から把握したステージ場の的のすべてに同時に岩の槍を突き立てて貫通、破壊する。取りこぼしはなし。
 この競技のルールを知らないままとりあえずやってしまったわけだけど、これでいいんだろうか。そう思って司会のお姉さんを振り返るとあんぐり口を開けている。「た、タイムは僅か四秒! 四秒です!」わぁ、と会場から拍手と歓声が上がるのが慣れなさ過ぎてたじろぐ俺である。こういう空気感は苦手だ……。
 逃げるように控室入りすると、そこから俺のタイムを見てたらしい焦凍がじっとリプレイの画面を見つめていた。「あれ、轟は」この現実の進行はお前次第だから、今何がどうなってるのか。「このあと。あんなタイム出されるとやりにくいな」ぼやく声に、どうやらまだらしいってことを知る。

「ほんとにサポート科か、お前」

 こっちを一瞥する瞳に空笑いする。
 ほんとの現実ではヒーロー科在籍だよ。とは、言えないな。
 そんな感じで18時、夕方。エキスポのプレオープンは閉園となった。
 なんだかんだ、色々場面を飛ばしながら、俺は焦凍に連れられる形でエキスポを一緒に遊ぶ感じになっていたと思う。
 その時間が楽しくなかったかといえば嘘になるし、なんか最初の頃に会った焦凍みたいだなと思えばそれはそれで割り切って接してしまうこともできて、そういう器用な自分が我ながら嫌になる。

(……目的を忘れるなよ俺。ここにいるのは焦凍の夢を醒まさせるため)

 南国にありそうなヤシの木っぽいものを睨みつけ、決意を改めていると、瞬きの間に場所が変わっていた。これが何度目かも忘れたけど、夢特有の不思議現象再来。
 どこだ、と視線を彷徨わせると、なんか店だった。とても高そうな色とデザインのスーツ、ドレスが並んでいる。「彼に似合うものを」「はい」焦凍の声に顔を向けると、すごい高そうな白スーツを着ている。襟のとこだけ黒いのがなんかオシャレ。
 さすがイケメン。そんな、ホストしか着なさそうなものでも服に着られてない。似合ってる。
 対して俺は、こんな、一着うん十万とかしそうなお店では一歩動くことが躊躇われるわけで。ザ・庶民。

「え、っとさ、なんでそんなスーツ?」
「これからレセプション・パーティーがある」
「パーティー」
「親父の代理で出ないとならないんだ」
「はぁ、へぇ」

 エンデヴァーの代理。焦凍がこの閉ざされた島に招待されたのはそういう理由か。
 にこやかな笑顔のお姉さんに好き勝手採寸されて、試着室に放り込まれて、俺がこの店に気後れしてるってことを察知してくれたらしく大人しい紺色のスーツ上下を渡された。まだ着ようと思えるレベルの色。デザイン。「お着替えください」にこやかな笑顔なのに有無を言わせない雰囲気…。女性はこういうの、強い。
 どうせ夢だし。そう、これは夢、これは夢。
 念じながら肌触りが癖になりそうなスーツに着替えて、ネクタイがうまくできなかったからすごすご出て行くと、焦凍に上から下までじろじろ見られた。「……お前みたいには似合わないよ」俺はイケメンじゃないし。
 首を捻った焦凍が俺の手からネクタイをさらって慣れた手つきで結ぶ。それで頬に手をそえたと思えば、

「かわいいぞ」
「は」
「似合ってる」

 ……お前は本当にさ。さらっとそういうこと言うよね。夏でもそういう奴だったのか、お前。
 18時半にロビーへ集合らしく、連れられるまま時間を守って行ったら、メンバーは半分くらいしかいなかった。女子は一人もいない。「全然来てねぇな」「ほら、女の子はオシャレに時間がかかるから」焦凍のぼやき声にカバーを入れつつ、考える。
 ここまで事件らしい事件は何も起こってない。
 ニュースだと結構派手なことになってた……と、思うんだけど。その記憶も曖昧だし、ぼんやりしててよく憶えてない。
 あの頃は全部に無気力だったしな。でももうちょっと、過去の事件とか、勉強がてらさらっておくんだった。いつか落ち着いたらそういうこともしたいな。
 脱線した。話を今に戻そう。
 事件の規模から思えば、Iアイランドの襲撃は下準備がされた念入りな計画だったはずだ。
 ここはヴィラン犯罪ゼロだった島の都市。警備システムはタルタロス級。そんな場所でヴィランが急に現れたり、ヒーローだった誰かが思い立って行動しての突発的犯罪、ではないだろう。
 見えてないだけで、今もどこかで誰かが動いている。
 ………と、いうか。焦凍は俺と一緒に行動してるわけだけど、一体何がしたいんだろう。何を望んでこの夢を見続けてるんだろう。

「? 顔、なんかついてるか」
「いや」

 白いスーツを着て首を傾げた焦凍は今日もイケメン。いつでもイケメン。ベッドの上以外では。
 もやっと想像しかけたことを頭の片隅に追いやり、とりあえず焦凍がご所望の通り、パーティーとやらに参加するか、と考える俺でした。