オシャレに時間がかかったんだろう、遅れてきた女子と合流した辺りで事件は起きた。 突然の警備音のようなものが鳴り響いたフロアに反射的に床に手をつけて個性をフル展開。現在地、セントラルタワーの状況を把握する。その間にも機械的な音声で『爆発物が検知された』『厳戒モードに入る』ことを告げ、フロアのシャッターが問答無用で閉じていく。 (始まった。これが事件か) 焦凍が眉間に皺を寄せて耳に当てていた携帯を離した。「圏外だ。繋がらねぇ」「情報の遮断かぁ」「みたいだな」とはいえ物理的、電波的な情報の遮断ということなら、個性を使う俺には関係がないことだけど。 パーティーのために最も人が集まっているフロアには、銃を手にした複数の人間と、警備システムの有能さを逆手に取られ拘束されたヒーローたちの姿も確認できた。その中にはオールマイトもいる。 把握した限り、状況は芳しくない。 それでもこの事件は無事にヒーローが収めた。俺が知っているのはそのくらいだ。その過程は、今体験してる。 オールマイトと合流するのはどうだろうかと挙げた緑谷に、メリッサという女子が案内役を買って出るという場の流れに従い、非常階段を使って会場への道を行く。 幸運なことに、パーティー会場の上部は吹き抜け構造になっていて、緑谷は携帯のライトを利用して拘束されているオールマイトに合図。こちらに気付いたオールマイトの小さな声を耳郎が拾うことで、この場にいる全員が状況を把握した。 オールマイトは雄英の教師として、プロのヒーローとして、学生に逃げるようにと指示を出している。 確かに、普通に考えたらそうだ。避難だったり逃げだったりを考える。「俺は、雄英高校教師であるオールマイトの言葉に従い、ここから脱出することを提案する」思案した末の飯田の意見は最も。それに賛同する八百万も最も。 視線を感じた気がして顔を上げると、こういうときでもイケメンな焦凍がじっとこっちを見ていた。「何?」「……サポート科なのに、落ち着いてんなって思って」まるで慣れてるみたいだ、とぼやいた焦凍に苦く笑う。 サポート科は表に出ないで部屋に閉じこもって、ただひたすら縁の下の力持ちをする。それが仕事。俺はそれの落ちこぼれだった。 縁の下の力持ちが表での活動に慣れてないのは当たり前で、焦凍の抱いた考えはごもっとも。 俺はサポート科。そうだった。今は違う。 「メリッサさん」 「、はい」 「このタワーの最上階の管制室まで行くと、警備システムにアクセスができる。違いますか?」 「ど、どうしてそれを」 「個性で把握したんです。このタワーでパーティー会場以外に人がいるフロアは限られてる。ここの次に人が配置されてるのがそこなんです」 天井を指す俺にいっせいに視線が集中したから、なんとなく、焦凍の後ろに隠れた。 クラスメイトとしての視線というより、なんだこいつ急に何言ってんだ、的な眼差しに感じたから。本当ならクラスメイトからのそういうのはけっこーくる。 首を捻った焦凍が俺を振り返りながら「で、上まで行って、警備システム戻したとして。それで状況変わるのか」「そりゃあ。システムが掌握されてて、ヴィランの手の内だから、オールマイトを始めとしたヒーローが手出しができないこのイマになってるわけで……。警備システムが通常に戻って、市民には手を出す心配がないってなれば、ヒーローは動けるようになると思う」実際、それくらいしか活路は見いだせない。 一つ大きな問題点を上げるとするなら、警備システムの設定変更。それは部外者の俺たちにはさっぱりわからない領域の話だ。アクセスくらいは俺の個性でもできるけど、最終的にシステムをどうすべきなのかは、この都市の学生だというメリッサが一番わかる。 つまり、無個性の彼女を最上階まで無事に連れて行く必要があるわけだ。 俺の個性を使ってエレベーターを無理矢理動かしてしまうこともできるけど。このタワーのセキュリティレベルがタルタロス並みだとするなら、下手なことはしない方がいい。 もう一点の気がかりを上げるなら、ヴィランとの遭遇だ。 目下俺たちの存在は認識されてないようだけど、俺たちは学生、プロも同行してない。その中で個性を駆使して戦闘になることは規約違反になるから避けたい。 (俺がいなくても、誰かが思いついて、誰かが実行してたこと。なんだろうけど) 非常階段を上がりながら考える。 そもそも、ヴィランのこの襲撃。目的はなんだろう。 念入りな下準備があってこそなったこの状況。タワー以外には『爆発物が仕掛けられたための厳戒態勢』と欺いていることを考えるなら、何か目的があるはずだけど。 まぁ、ヒーロー関係のものを開発したりする、世界の頭脳が集まった特別な都市、って話だったし。狙われる理由は多々あるか。 三十階、四十階、五十階、を数えた辺りで息が切れ出した。階段を延々と上がり続けるっていうのは想像以上に疲れる。これはもう立派な筋トレ……。 膝に手をついてぜぇはぁしているのは俺だけじゃない。個性がないというメリッサも、峰田も、フラフラだ。「いま、なん、かい」ぜぇはぁしながら問うと、俺より体力その他がある焦凍が壁を指す。 「八十階」 「まじぃ」 このタワーは、なんと驚け、二百階まである。 最上階まであと百二十階……。とてもじゃないけど階段を上がり切る自信はない。 ぜぇはぁしている俺の手を引っぱった焦凍の息はもう整ってる。ヒーロー科で普段から鍛えてる奴は、なんていうか、格が違うな。「おぶるか」「ばかだろ…」おぶるならせめてメリッサにしといてくれ。女の子で俺より体力ないだろうし。 ぜぇはぁしながら壁に手をついたとき、八十階から上へ行くための階段にシャッターが下ろされているのが見えた。 非常階段を駆使することでここまでなんとか見つからずに来れたのに。これは、どうするか。 フラフラの峰田が、塞がっている上への道を見るや否や「じゃあこっちから行けばいいんじゃねぇの」と、踊り場からフロアへ続く扉に手をかけ、開けた。瞬間ピーと音が鳴って赤いランプが灯る。「ばかみねた……」まだぜぇはぁしながら言葉を吐き出して顔を上げる。 今ので警備システムにはここの扉が動いたことが伝わってるはずだ。俺たちのことは捕捉されたと思っていい。 ヴィランに見つからずに最上階まで行ければ、なんて、やっぱり無理だったか。 ぜぇはぁしながらも、また走り出す。立ち止まって息を整えてる時間はなくなった。 「他に上に行く方法は?」 「反対側に、同じ構造の非常階段があるわ」 「いそご」 もう足が棒だけど、まだ走らないと。 個性がエンジンなだけあってまだまだ元気な飯田を先頭に、フロアの通路を走り抜けていると、半分ほどきたところで防火シャッターが閉まり始めた。 ち、と舌打ちして壁に手を押し当ててこのフロアのみに意識を集中。システムに指示されるまま動こうとするシャッターの回線に割り込んで動きを鈍くさせる。「みんな行って」「しかし、」「長く、もたない。はやく」俺の思考は電子回路じゃないし、脳はコンピューターとは違う。その速度と処理力にすぐに押し負ける。 個性の力を総動員してシャッターを押さえ込んだけど、途中で力尽きた。あと焦凍だけだったのに。 ゴン、と重い音を立てて閉じたシャッターを焦凍が一瞥する。「ごめん。限界だった」熱が出てきたっぽい頭に左手の義手を押し当てる。鉄を当てても熱い。 「謝ることじゃねぇし、よくやってくれた。上は緑谷たちに任せよう」 階段を上がり続けて足腰フラフラ、個性と頭の使い過ぎでさらにフラフラ。立つのもやっとの俺は、焦凍に肩を貸してもらってなんとか通路を歩く。 分厚い防火シャッターを力ずくで突破していってみんなに続く……ってのは、焦凍の個性をもってしても難しい。タルタロス級の防火シャッターなんだから。 それに、これからヴィランとの戦闘が避けられないとなれば、個性を使いすぎて消耗するのは賢い選択とはいえない。となると。「あっち」フロアの中央へと続く普通の扉を指すと、焦凍がその扉を氷で破壊した。もう見つかってるからって遠慮がない。 まだ霞む目を凝らすと、植物ばかりが生い茂った目に優しいフロアの奥の方、エレベーターのパネルの表示が動いているのが見えた。さっそくヴィランが来る。「ムダでも隠れよ」「ん」ここはちょうど植物ばっかりだ。身を隠して時間稼ぎをするにはもってこい。 (もう少し休憩できれば、エレベーターにも干渉できたかもしれないけど。ヘロヘロのこの状態にさらに負荷をかけるのは、倒れるかもしれないし、やめた方がいい) 今でさえ焦凍に肩を貸してもらってる。これ以上足手纏いになるわけにはいかない。 と、頑張って立ってる俺を焦凍が下からすくい上げるようにして抱き上げた。 目を丸くしてる間に手短な茂みに入っていく焦凍の行動に淀みはない。こうすることが当たり前みたいな顔だ。「熱いな」「ああ、ええと、使いすぎると個性の反動があって……」そうか、とぼやいた焦凍が茂みの中でしゃがみ込んで、冷えた右手が額に当てられる。つめて。火照った体には気持ちいい。 それで、じっとこっちを見下ろす色の違う両目と目が合って、あ、と思ったときにはキスしていた。 ………なんか、憶えがあるな。この感じ。 確か、一番最初に焦凍とキスしたとき。こんな状況じゃなかったっけ。 ヴィランはいなかったし、こんな植物に溢れた場所じゃなかったけど、個性使って熱出して、寝込んでてさ。わざわざ部屋まで焦凍がやってきて。それでなんでかキスされて。 ぼやっとしてる視界で焦凍が自分の行動に首を捻っていた。「……?」それ、まんま最初の頃のお前だ。キスしておきながらその理由には心当たりがないって顔してた。 「。なんて言うんだ、名前」 「」 「」 、と俺を呼ぶ声が、夢という現実時間で換算して、半日ぶりくらいか。 たった半日呼ばれてなかったくらいで、名前を呼ばれたくらいで、頬が緩んでいる。俺も大概だ。 |