個性を使い過ぎた反動で満足に動けなくなったを茂みの中に座らせ、冷やした右手を額に当てながら、このフロアで止まったエレベーターの音に束の間逡巡する。
 ここで隠れて大人しくしといて、時間を稼ぐのがいい、ってのはわかる。
 けど、相手はヴィランだ。目的は定かじゃないが、俺らの侵入をここまで許した。奴らに見つかった場合、話だけで終わるってことはないだろう。戦闘になる。いずれ見つかるなら先手を打つってのは悪い案でもない。
 が右手の指を地面に触れさせた。「ふたり」耳をすませて拾える小声に顎を引いて浅く頷く。エレベーターから出てきたヴィランの人数。
 の個性は便利だが、戦い向けじゃないし、熱があって満足に立てない今の状態じゃ戦力にはカウントできない。
 つまり、俺一人で二人のヴィランを相手にしないとならない。

(どうする)

 ここに隠れ続けていたとして、いずれは見つかる。
 幸運にも見つからなかったとして、その場合、先に行かせた緑谷たちを追うだろうことを考えると、二人をこの場に留めておく必要がある……。
 やっぱ、戦闘は避けられない。か。
 両の拳を握り締めた俺を薄い色の瞳が見上げてくる。熱があるせいで潤んでる瞳に引き寄せられるままキスして、いや何してんだ、と自分の行動に戸惑う。さっきもした。二度目だ。

「見つけたぞ、クソガキども!」

 男の怒鳴る声がする。どうやら見つかったらしい。
 が右手で俺のスーツを掴んでくる。「とどろき、せんとうは」「お前はここにいろ。動くなよ」その手を掴んで口付けて離して、まただ、俺は何してんだと自分に戸惑いながら出て行こうとして、「ああ? 今なんつった」知った声に茂みから顔だけ覗かせる。爆豪だ。隣に切島もいる。
 そういや二人とも、集合時間になってもあの場所にいなかったっけ。でもなんでここに。

(一対二だと思ってたが、状況が変わった。三対二。これならいける)

 いつも通り、誰が相手だろうがブチ切れてる爆豪に代わって切島が前に出てくる。「あのぅ、俺ら道に迷ってしまって……レセプション会場ってどこに行けば………」いねぇと思ったら迷ってたのか。それで八十階まで来るのはよくわかんねぇけど。

「道に迷うとか、みえすいたウソついてんじゃねぇぞ!」

 キレたヴィランの一人が個性を使う。その姿を見て反射的に飛び出して右の氷でヴィランを凍結させていた。
 ちょっとやりすぎた気もするが、切島たちに気を取られててくれたことが幸いした。相手の個性次第だが、これで動けなくなってるといい。「はぁ」冷たくなった息を吐き出す。「轟!? なんでここに」慌てた様子で駆けてくる切島と、不承不承って感じでやってきた爆豪を一瞥する。

「放送聞いてないのか? このタワーは今ヴィランに占拠されてる」
「んだと?」
「詳しい説明は後だ」

 これで終わればいいと思ってたが、タワーを占拠したヴィランの集団だ。氷で閉じ込めて大人しくしていてくれる個性持ちじゃなかった。現場に出てくる、実戦向きの個性。
 俺の氷壁に次々と大きな穴が空いて、小太りのヴィランと、ひょろりとして背が高いヴィランが出てくる。「ガキどもが……つけあがりやがってぇ!」小太りな方は自分の肉体を強化する系の個性なのか、全身の筋肉を不自然なほどに盛り上がらせ、再度繰り出した俺の氷を破壊した。
 ち、と一つ舌打ちして叩きつけられた拳を避ける。
 小太りな方は肉体を強化するパワー系の個性。
 ひょろ長い方は水かきみたいなもんがついた特徴的な手でなんらかの個性を行使してる。観察しても、可能性はいくつかあって絞れない。

「焦凍」
「、」

 声に振り返ると、茂みから出てきたがいた。まだフラついてる。「駄目だ隠れてろっ」言いながら氷の壁を作ってを狙ってたひょろ長いのの攻撃から庇う。
 隠れて待ってる気がないらしいがまだ歩いてくるから、仕方なく駆け寄って背中合わせになる。とりあえず死角だけでもなくす。「何してんだ馬鹿」「あっちの」俺のぼやきを無視したが相対してるひょろ長いのを指して「空間に穴を開けてるんじゃなくて、抉ってるみたいだ。氷は抉られる」あの手か。手さえ封じることができればこのヴィランは無力化できる。そういうことか。
 けど、氷はその手を凍らせる前に破壊される。
 この緑の多い場所で左の炎は論外だ。どうする。
 俺の大技を使えれば、ヴィラン二人を吹っ飛ばすくらいわけはないが、その場合タワーにも大きな損傷が出るだろう。最悪、倒れる、なんてことにもなりかねない。建物内で膨冷熱波は使えない。
 考えてる間もヴィランは止まっちゃくれない。抉られた空間から圧縮された空気が打ち出されるのを氷壁で防ぐが、すぐ破壊される。左で体温を上げてるが右の動きは少しずつ鈍くなってる。このまま持久戦を続けるのは消耗戦になることを意味する。

「俺がやるから」

 耳元で囁く声になぜか背筋が騒いだ。なんでかはわからない。「焦凍はそのまま、敵を引きつけて」……言われなくてもそうする。
 俺にとくに考えがあったわけじゃない。ただ、の言うことを信じた。今日出会ったばっかの奴なのに、無条件で信じることができた。それがどうしてなのかはわからない。
 ただ、結果として、俺の氷を阻むために一瞬両手を使った。その隙に足元の床が生き物みたいにうねってヴィランの両腕を拘束、床に引き込むようにして首だけが出る状態にした。まるで生き埋めだ。それか、江戸時代の、さらし首。そんな感じ。
 ほっとしたのも束の間、フラついたを抱き止める。「おい」腕の中ではぐったりとうなだれている。「まだ一人、いるのに、目がかすんでる。動けないや……」力のない声にどうしようもなく胸が苦しくなる。
 お前がやったことは正しい。消耗戦を長引かせずにすんだ。お前が出てきた意味はあった。それはわかる。わかってる。けど。今にも倒れそうなお前なんて見たくなかった。
 まだ爆豪と切島が小太りのヴィランとやり合ってる。パワー系相手だが徐々に押してる。俺が加勢に行けば倒せる。
 フラついてるのことは気がかりだが、「はやく、行ってあげなよ」と笑う顔は正論を言ってて、俺はその場に氷の椅子を作ってを座らせ、二人の加勢に行くしかなかった。