「で、その足手纏いどうすンだ」
「爆豪言い方……」
「連れてく。ここに置いとくのも危ねぇ。俺がおぶってく」

 満足に動けないにしゃがんで「ん」と背中を向けると、首を竦めたあとに大人しくおぶさられてくれた。
 軽い。男子かって体重してる。「置いてってもいいけど……」耳にかかる吐息に背筋がむず痒くなるのを堪えて「嫌だ」とぼやいて立ち上がり、右の足を踏み締め、氷の足場を作ってフロアの最上部に到達する。
 遭遇したヴィランの無力化には成功した。次は緑谷たちを追う。
 走りながら、まだ状況にピンときてない爆豪と切島に手短に説明する。
 人数は不明だが、組織だったヴィランにセントラルタワーが占拠されたこと。
 タワー内を走ってもう気付いただろうが、警備システムが乗っ取られているということは、民間人を盾に取られているということだ。そうなってはオールマイトたちプロヒーローは動けない。
 俺たちは当初、ヴィランとの戦闘を避ける形でタワーの警備システムの復旧を目指し行動していた。そうすればあとはオールマイトを始めとしたヒーローがうまくやってくれる、と。だが、事は思ったとおりにはいかず、ヴィランに探知され……そこに二人が偶然にやって来た。それがさっきのことだ。
 みんなが通って行ったろう道を使い、途中で遭遇する警備マシンは燃やすなり凍らせるなりして対処し、先を行く爆豪と切島を追う形で走る。
 百階に到達し、さすがにおぶったまま走り続けるのは疲れるな、と一つ深呼吸する。鍛錬の一つだと思えばどうってことはないが。

「……おかしい」

 背中でぼやく声と、細い指が百階のプレートを指し、そのまま天井へ。「何が」「ここから、百三十階まで。隔壁が上がってる」弱い声を耳にしながら酸素を取り込み、考える。さっきまでご丁寧に閉まってた隔壁がない?

「罠か」
「たぶん」
「緑谷たちに向けての、だろ」
「警備マシンが、いくつかダウンしてるのが、見えるから。たぶんそう。通ったあと。でも油断は、しないで」

 耳をくすぐる声にわかったと返し、周囲を警戒しながら階段を駆け上がる。
 敵の手に乗るのは癪だが、少しでも上へ行くためには仕方がない。緑谷たちもそう判断したんだろう。タルタロスと同じような防火シャッターを個性で破って道を作るなんてことしてたら、目的地に着く前に限界が来てしまう。
 個性で周囲の地形の把握ができるが示すままに百三十階の広いフロアに飛び込み、ダウンしているマシン、まだ動いているマシンすべてを氷漬けにする。「はぁ」走り続けて暑いくらいだ。体が冷えてちょうどいい。
 俺の氷結から逃れたマシンを爆破しながら爆豪が不機嫌顔で怒鳴る。「おいモヤシ!」「……誰のことだ 」「オメーが背負ってる奴だ!」のモヤシ呼ばわりにむっと眉間を寄せた俺とは違い、本人は「はい」と小さく返事している。

「状況把握が得意な個性なんだろ。クソデクたちはどうなってる」
「…ごめん。ちょっと、個性の使い過ぎで、今はあんまり。わかんない」
「使えねェなオイ」

 爆豪の物言いに眉間に皺が寄ったまま口を開いて文句を言いかけ、唇に少し熱いと感じる指先が当たったことで、何を言おうとしてたのかを忘れた。「シー」耳元で声がする。どこか甘い声。が。
 騒ぐ背筋を努めて無視して唾を飲み込み、氷漬けにしたマシンたちを踏み越えて先を目指す。

「轟、キツかったら言えよ! 背負うのいつでも代わるぜ!」

 先を行く切島の、おそらく俺を気遣っての言葉に、ああ、とぼやくように返す。
 を誰かの背中に預けるつもりは毛頭なかった。どれだけ膝が笑おうが、腕が重くなろうが、構いやしない。
 階段を駆け上がり続け、百五十階に到達。そこでようやく緑谷たちに追いついた。
 ゴッ、と吹き付ける強風に、眼下には夜の街。外だ。
 風力発電をするためのものなんだろう、そこかしこでプロペラが回っている。
 警備マシンに取り囲まれそうだった麗日は爆豪と切島に任せ、多少はマシになった顔色のを壁際に下ろす。「大丈夫か」「うん……なんとか」右手を額に当てるとまだ熱を感じたが、ヴィランとやり合ったときよりは引いてる気がする。
 あ、と口を開けたの視線を追いかけて、緑谷とメリッサが風に飛ばされるのを見た。「麗日の個性で、無重力なんだ。目的地は、」の指が遠く、上の方にある非常口を示すランプのある扉を指す。
 あそこまで麗日の個性を使って飛ぶ。二人を行かせる。それが目的。
 左を使えば燃えてしまうならとスーツの上着を脱ぎ捨てる。「爆豪!」「命令すンじゃねェ!」爆豪も気付いていたらしく、指摘しなくともプロペラの一つの角度を真上に変えた。
 左の腕から炎を出し、温めた空気をプロペラに送って上昇気流にする。
 俺にできるのはこれくらいだ。この強風の中炎を使って飛ぶのは制御が難しすぎて俺にはできない。

(頼むぞ、緑谷)

 タワー内に入った二人から視線を外して、ぎょっとした。大丈夫そうだと思っていたが姿勢を崩して倒れている。「っ!?」駆け寄って抱き起こすと浅い呼吸をしていた。その指がフロアの入り口を指す。「た、くさん、来る。階段、壁にしてたん、だけど。突破してきた……」ただでさえフラついてんのにまた個性使ったのか。
 のことを左腕で抱え、吹き飛んだドアの向こうから殺到してくる無数のマシンを氷漬けにしながら距離を取る。「はぁ、」吐く息が冷たい。のこと言えたもんじゃない。
 連続で個性を使い続けている。この調子だと俺もそのうち限界が来る。それでもやる以外に選択肢がない。上に行った緑谷たちが警備システムを復旧させることを信じて踏み止まるしか。
 ぐったりしているを麗日に任せ、俺と爆豪と切島で警備マシンに対処し続ける、消耗戦の時間。
 霜がおりてきた右側から無理矢理氷を繰り出して波状にし、迫っていたマシンを氷漬けにした。それで訪れる静寂は一瞬で、新しいものが氷を飛び越えてやってくる。
 切島が硬化した腕でマシンを薙ぎ払い、爆豪が爆破して、俺が氷漬けにする。その繰り返し。
 体感としてはとにかく長かったが、たぶん、時間にしたら短い間だった。
 マシンのすべてが一斉に停止したのは急なことで、振りかぶりかけた右手で拳を握る。「……止まったのか」動かないマシンを睨みながら、「うん、やった!」タワーの上層階、おそらく緑谷たちがいるだろう場所を見て喜ぶ麗日の手からを取り上げる。


「ぅ。はい、おきてる……」
「止まった。システムが戻ったんだ。緑谷たちがやってくれた」

 薄目を開けたが視線を彷徨わせ、タワーの上の方に顔を向けた。「でも、いそいだ、ほうが。いい。たたかってる」また。フラフラのくせに当たり前みたいに個性使いやがって。「もう個性使うな、倒れるぞ」を背負い直し、復旧したシステムを前にエレベーターのボタンを叩きつけるように押して「はよせい!」と機械に向けて怒鳴っている爆豪のもとへ行く。
 いつも通りを振舞っちゃいるが、アイツも限界が近い。まだ元気なのは切島くらいか。
 ……この先でも戦いが待ってるとしたら、まだ個性を使わなくちゃならないが、そこは頑張る。なんとかする。
 俺はどうしても背中にある体温を守りたい。手離したくない。

(変だな。ヒーローの卵としてじゃなく、雄英生としての誇りでもなく、轟の人間だからってわけでもない。これは、俺個人の、意志か)