ようやく連れ戻すことに成功した緑谷を風呂に放り込むクラスメイトを横目に、雨水を吸って重いヒーロースーツを脱いで落とし、少し考える。干して乾かすか、洗濯しちまうか。どうするか。
 そのスーツを拾い上げた手を追いかけると、脱いでタオル一枚になったがいて、心臓がぎゅってなった。「洗濯しちゃお。俺のもするから」「……その格好で外出るのはやめてくれ」「はいはい、着る着る」は最初からそのつもりだったんだろう、ランドリーバッグにスーツを突っ込んで、パンツも穿かねぇでスウェット上下でランドリーへ。
 ……そりゃ、みんな雨で濡れた体を風呂であっためるだろうし、誰にも遭遇しないかもしれないが。穿けよ。俺が落ちつかねぇだろ。
 いつまでも脱衣所に突っ立ってるのも寒かったから、先に浴場に入って体を洗っておく。
 クラスメイトの手で緑谷が容赦なく洗われていくのを横目に身ぎれいにしていると、洗濯機を回してきたが戻って来た。「はー」洗われた緑谷が湯銭にぶち込まれるのを見て呆れたような感心したような息を吐く。

「洗うぞ、背中とか」
「んー」

 随分と見慣れたはずの、ない左腕。だけど見る度に胸が騒ぐ欠落感。
 湧き上がるのは、うめてやりたい、という気持ち。
 ない腕の代わりをしようと自然と言い出して、横からにゅっと頭を突き出してきた峰田に「風呂でもアツアツですな〜」とからかわれた。「ああ」もう誤魔化さなくていいんだから、その言葉に素直に返してボディタオルで石鹸を泡立てる。
 苦笑いしているの爪先までキレイにしていると、冷やかすことに飽きたらしい峰田が「よくやんね〜」とぼやきながら湯銭に入っていった。
 バレる前ならこういうことは最低限しかできなかったが、クラスメイトにはもうバレてんだ。俺がやりたいようにやる。

「あのー……」
「ん。どっか痒いか」
「や、そうではなく」
「?」

 足の指の間を洗いながら首を捻ると、の顔が若干赤い。なんか照れてる。「えーっと、片腕はあるので、そこまでしてもらわなくても。背中とか届かないところを洗ってもらえればいいので」「なんで敬語」「いや、ハズカシイから」俺は気にならないが、湯銭からチクチク刺さるいくつもの視線が気になるらしいがぱっぱと顔の前で手を振る。恥ずかしいのは敬語と関係あるのか?
 仕方ないから丁寧に洗うのを切り上げ、自分でやるというから、髪に手を出すのはやめてやった。
 一足先に湯銭に浸かり、片腕でシャンプーコンディショナーをしていく右手を眺める。
 今までそうやってきたから片手でも慣れたものだけど、俺はそれを補ってやりたい。これは俺の勝手だ。
 じっと見ていると、髪を洗って顔も洗顔料でキレイにしたがやっと湯銭まできた。「あのさぁ」ぼやく声に首を捻る。「見すぎ」「そうか?」「ちょっとは遠慮して……」タオル取った姿からは目を外してるだろ。遠慮してるぞ。
 爆豪にお湯をかけられる緑谷を横目に、二人並んでお湯に浸かる。

「おい湯舟に汚れが浮くだろーが! 金タワシと業務用洗剤原液でこそげ!」
「用法・容量は守らなきゃあダメだぜ!」
「過ちを謝したにしては変化がないな」
「変われよ」

 サバーン、と遠慮なく湯銭に入った爆豪に非難の声が上がる。
 ……ようやく賑やかな1Aが戻って来た。こういうの、久しぶりだ。
 のぼせないうちに風呂から上がり、疲れた奴は自室へ引き上げる中、まだ体力のある奴は一階の共有スペースに集合した。

「みんなありがとう。そして、迷惑かけて、ごめん」

 緑谷の謝罪から始まった集まりは、久しぶりにわいわいがやがや、気軽な空気が流れて、心地が良い。
 隣でホットミルクをすすっているが欠伸をこぼして、はっとした顔で口を閉じた。「ねみぃか。寝るか」雨に打たれてたときはぐあいが悪そうにも見えたし、無理はよくない。「いや、さすがに。もうちょっと」ちら、と緑谷を心配する視線を投げるに首を傾げる。お前がそこまで無理しなくていいと思うが…。緑谷のことなら誰かが見てるし、さすがにもういなくならねぇだろう。
 クラスメイトと話していた緑谷が、ふいにを振り返った。「くんも、迷惑かけてごめん」「ん?」なんのことかと首を捻ったに緑谷が軽く目を伏せて「その、手紙のこととか」「あー。あれはいいんだよ」苦笑いしたに緑谷が申し訳なさそうな顔をしている。
 もだいぶ眠そうだが、一番ねみぃのはここまでろくに休まずにいた緑谷だろう。

「緑谷、ねみぃだろ。寝た方がいい」

 動きっぱなしの緑谷を休ませるために連れ戻したんだ。風呂入ったら寝て、寝たら食って、体力戻さねぇと意味がない。

「大丈夫。っていうか、まだ眠れなくて」
「なんで」

 緑谷が気になっているのはオールマイトのことらしい。なんでも、酷いことをして、謝れてもいないんだとか。だから気になって眠れない、と。
 話をしている緑谷の向こうの寮の窓。そこにホラー映画みたいに張り付いてるオールマイトがいて思わず咳き込んだ俺と、ホットミルクを吹き出しそうになったに、緑谷が首を捻っている。

「緑谷、アレ」

 が指すと同時にバターンと寮の中に入ってきたオールマイトが全力で緑谷に頭を下げる……その姿をの隣で眺めて、さっきのオールマイトがツボったのか若干プルプルしているの頬を指でつつく。眠そうな顔で笑いそうになってんの、かわいいな。「つつくな」「ん」そういう顔するからだろ。
 空になったホットミルクのマグを洗うのは俺がした。
 今は装備一つ、満足な手入れができる状況とはいえない。なるべく義手の手に負担をかけたくない。俺がやれることはしてやりたい。
 ふわぁ、と大きな口で欠伸をこぼしたと、オールマイトと話せて気が緩んだのか、ふわぁ、と欠伸をした緑谷。二人の様子に唇の端が自然と緩む。

「エンデヴァー達は雄英入らないのかな」

 ふと思いついたような砂藤の声に、「いたずらに人前に出れねぇよ。荼毘がチラつくからな」と返して、眠そうに目をこするの背を叩く。寝るなら部屋にしろ。
 ………今回、民衆の多くは緑谷を受け入れてくれたかもしれない。でも、その場の雰囲気や空気に流されただけで、全員が全員ヒーローに対しての見方が変わったともいえないだろう。親父はそれをわかってる。
 緑谷のこともそうだし、荼毘の兄弟で、エンデヴァーの息子。俺のことだって不安を抱えてるに違いないんだ。
 風呂上りは髪がツンツンしてない切島がぐっと拳を握る。「家庭事情で……。悔しいよなぁ。轟が何かしたわけじゃねぇのになぁ」「したよ。血に囚われて、原点を見失った」そんな俺の目を覚まさせてくれた緑谷に毛布を持っていってかけてやる。
 オールマイトに会えたことで、謝りたいという希望が叶ったことで安心したんだろう。寝落ちてるのはいいが、そのままじゃ風邪を引く。

「でも今は違うから、違うってことを証明する。みんなに安心してもらえるように」

 その安心の中には、も入ってる。
 眠そうな顔をしているけど、俺の話は聞いてるんだろう。色の薄い瞳と目が合うと、自然と口元が緩んでいる。
 難しいことかもしれないが、俺は俺の家族の問題に決着をつける。親父と一緒に。と一緒に。
 ……全部が全部良い方向にいくとは思わない。それほど楽観視できる状況じゃない。
 けど。
 文化祭のバンドメンバーを集めて「あのときみたいに、最大限の力でやれることやろう。ウチらできたじゃんね!」と言う耳郎の言葉に、まだとの関係がぎこちなくて、でも望んでいた方向にはなったんだったことを思い出す。
 数ヶ月前の出来事のはずなのに、これまでの日々が濃厚すぎて、もう随分と前のことみたいに思える。
 あのときみたいに。あの頃みたいに。なんとかなるかはわからないけど。なんとか、できるといい。
 ふわ、と欠伸をこぼすの手を取って「そうだな。じゃあ、寝る。おやすみ」共有スペースのみんなに声をかけて、五秒で寝そうなを連れて部屋に戻った。

「洗濯物が……」
「俺がやっとく」

 は頑張って起きてたみたいだが、部屋に戻るなりベッドに直行。布団に潜り込むと「もうムリぃ」とぼやいて静かになった。
 すー、と静かな寝息が聞こえ始めたのを確かめてから布団をめくると、少しだけ火傷の痕が残った顔と、焼けてちりぢりのままは見た目が悪いから、と言って短く切り揃えた薄紫の髪がある。

(お前と一緒に。未来へ)

 今俺が望むことがあるとすればそれだけだ。
 あどけない寝顔に一つ二つとキスをしていると、ムズ痒かったのか、薄く目を開けたが眠そうな顔で笑った。かわいい顔だ。何がなんでも守りたいと思う顔。「なにぃ」「何も。キスしたいからしてる」「そお。すきね…」「ん。好きだ」好きだ。愛してる。愛している。心から。魂の底から。
 伝われ、伝われ、と思いながらキスしていると、はまた寝てしまった。
 この気持ちを余すことなく伝えたい。そう思って心の内を手紙に書いてみたこともあったが、お母さんに出していたそれとは違って、読み返しても意味不明な内容にしかならなくて、何度か書いたが全部捨ててしまった。
 に、俺の気持ちはちゃんと伝わってるんだろうか。
 オセオンのとき伝えたつもりではいるけど。お前が死んだら俺も死ぬ、と返されたけど。それでも満足できていない自分が欲張りだと思う。

「好きだ」

 寝ている顔にまた一つキスをする。「愛してる」心からの言葉を紡ぐ。何度も、何度でも。形になるように。未来になるように。心からの願いと想いを込めて。