が風邪でダウンして回復に丸一日を使った次の日。緑谷が雄英に戻ってから二日目の朝。
 食欲もだいぶ戻ったを連れて朝食に顔を出して、みんなが釘付けになってるテレビのニュースで、アメリカのトップヒーロー、スターアンドストライプの訃報を知った。
 海外に詳しいわけじゃねぇけど、オールマイトが引退した今、現役のヒーローの中では最強と謳われていた人だ。名前と顔くらいは知ってる。
 そんな人が日本を助けるためにやってきて、ヤられた。
 死柄木弔なのか、オール・フォー・ワンなのか、あるいは混ざり合ったソレか。俺らが止めないとならない敵はそのくらい強い。

「マズい展開だ」
「ああ」

 小さくぼやく声に同じようにぼやいて返し、今日は洋食の朝食を二人分用意する。トーストと、ゆで卵と、サラダと、ベーコンと、ソーセージと。「トースト、何塗る」「んーバターにグラニュー糖」「ん」じゃあ俺も同じのにする。

「これで、日本へのヒーロー派遣の話がなくなる」
「そうだな」
「ヒーローの損失は自国の、国力の損失だから。そこまでリスクを犯して日本を助けようって考える国はない……。それが一時しのぎで、日本の次は自国が危ないってわかってても、大事な駒は動かさないだろうな」

 昨日熱があって頭が回らなかった分、今日は色々考えてるな。
 まだ無理はしないってことで左腕をつけてないを座らせ、テーブルに飯を置く。「飲み物は」「オレンジ」冷蔵庫からオレンジジュースを出してコップに二人分用意し、かざした右手から氷を作って落とす。
 どことなく沈んだ空気が漂う共有スペースで朝食を平らげ、ワン・フォー・オールの完成目指して爆豪と特訓するという緑谷やクラスメイトを見送る。これから裏庭の方でドンパチやるらしい。「轟はいいのか? 特訓」朝食の洗い物を引き受けた俺を気遣って砂藤が声をかけてくる。「ああ。が病み上がりだから、そばにいる」自分のことはもう自分でできるって言い張るけど、左腕はつけようとしないんだ。まだ調子は戻ってないんだろう。片腕じゃ不便だろうし、俺が補ってやらねぇと。
 みんなの手助けをしたくて引き受けた朝食分の洗い物をすませて五階の部屋に戻ると、が俺のヒーロースーツを持って待っていた。…何してんだ。

「はい、着替えて」
「は? なんで」
「お前も特訓しに行くんだよ」
はやれねぇだろ。なら俺も」
「日光浴がしたいから外に出たいの。俺はベンチにいるから、お前は特訓しなさい」

 ずい、と差し出されるヒーロースーツを押しつけられる形で受け取る。
 ……俺は別にいいのに。
 いや、よくねぇけどよ。対荼毘戦に備えてイメトレ以外もしなきゃとは思ってたけど。
 じ、とのことを見つめる。
 顔色は悪くないし、熱も引いた。念のため今朝も薬を飲んでる。変な汗もかいてない。「大丈夫なんだな?」「うん。日光浴するだけ」雄英のジャージ上下姿のはやっぱり左腕をつけてない。空っぽだ。
 片腕がないまま、俺のヒーロースーツを抱えて待ってた。その姿を想像すると………うまく言えねぇけど。その気持ちを無下にしたくない、と思う。
 一つ吐息して、仕方ないから着替えることにする。
 俺だって特訓はしたかったし。病み上がりのが大人しくしてるっていうならそれでいい。
 裏庭に出てみんなに合流し、日向ぼっこができそうなベンチにを座らせる。「個性は使うなよ。病み上がりなんだから」「はいはい」ベンチの背もたれに深く背中を預けて目を閉じた姿をじっと見つめてから視線を外す。
 思い思いに個性特訓をしているみんなを眺めて、自分の左手をかざす。俺が鍛えるとしたらこっち側だ。
 本格的に左の炎を使うようになったのは、親父のところへインターンに行くようになってから。
 右の氷は今まで嫌ってほど使ってきたが、それと比べれば左の熟練度は追いついてない。荼毘に対抗するためにも左のコントロール力を上げる必要がある。
 親父は、自分がやるって言ってうるせぇだろうが。戦力的に考えても、個性的に考えても、荼毘は。燈矢兄は、俺が止める必要がある。
 じわ、と胸に巣食う黒い気持ちは、燈矢がを焼くところだった、あの日のせいだ。
 もう二度とあんなことはごめんだ。
 ベッドに埋もれて眠ったまま目を覚まさない。あんなお前はもう見たくない。
 その日の午後。昼時になって、飯はしっかり食わなきゃな、とみんなで寮に戻って飯の準備をしていると、オールマイトがやってきた。
 今朝見て知ったニュース、スターアンドストライプのことを話しに来たのか、と思ったが、それだけじゃなかった。
 現最強と言われていたヒーローは散ってしまったが、彼女が遺したものがある。
 オールマイトが言うには、少なくとも一週間、死柄木は動くことができないらしい。
 彼女に同行していたアメリカの戦闘機から得たデータによると、スターの個性『ニューオーダー』は奪われたが、それが毒のように死柄木を蝕み、オール・フォー・ワンが所持していた相当数の個性を損壊させた。
 つまり、相手は今最も弱っている状態だともいえる。
 これが正真正銘最後の『猶予』の時間。この間にオール・フォー・ワンに仕掛け、死柄木、ヴィランともども倒す。

(まぁ、言うは易し。行うは難し、か)

 昼飯の炒飯と卵スープ、から揚げを食べ、隣で難しい顔をしているに視線を投げる。「ん?」俺が見てることに気付くと緩く笑ってみせるが、なんか考え込んでることくらいはわかる。
 オールマイトの話はわかってるし、妥当な線だと思うけど。結局のところ、こちらから仕掛ける手立てがない、ってのが現状だ。
 緑谷は雄英を飛び出し、自分を囮にして動き回ることでオール・フォー・ワンを誘ったが、敵はワン・フォー・オールという餌を前にしても乗ってこなかった。
 スターによって痛手を負ったことを考えるなら、今までよりもっと慎重な行動をするだろう。
 そんな相手を引きずり出す。あるいは見つけるなんて、一週間あったとして、できることだとは思えない。
 戦いのタイミングは依然として向こうが握ってる状態。これをどうにかしようと大人は人海戦術でオール・フォー・ワンを捜索中らしいが、まぁ、見つかる可能性は低い。だろうな。
 相手の動きを少しでも誘導できるよう、緑谷も捜索に出るらしいから、俺らもついてくつもりだが。それでもこちらから仕掛けられる可能性は……。

「あ」

 両手を組んで火力のイメージをしてたところから顔を上げて振り返ると、日陰に入っているベンチに腰かけていたが跳ねるみたいにして立ち上がったところだった。「どうした」「あ。いや。葉隠が……」ぺた、と自分の頭に触れたが眉間に皺を寄せるみたいにして目を閉じる。葉隠がなんだ。そういやいねぇみたいだけど。
 首を捻って透明な葉隠の特徴であるグローブを探してみるが、見つからない。緑谷もいねぇな。「あのさ」「ん」「俺、青山とまともに話したことがないんだ」「……それが、なんだ」これも唐突な話題だった。青山なら俺だってそう話をしたことがあるわけじゃねぇけど…。
 は難しい顔をして「やっぱり、避けられてたんだな」とこぼしたきり黙り込んでベンチに腰かけ直す。
 その難しい顔の訳は、度重なる情報漏洩が青山によるものだったと判明したことで知った。
 最初のUSJ襲撃も。関係者以外知るはずがない林間合宿先にヴィランが現れたのも。すべては青山が手引きしてのことだった。
 青山も緑谷と同じ元無個性。両親がよかれと思ってオール・フォー・ワンを頼って個性を与えた、その結果、今にツケが回って来た。

「なぁ」
「ん」
「青山、俺たちに協力するかな」

 警察に連行されていった青山一家。オール・フォー・ワンから命令を受けている彼らの力を借りられれば、後手に回っている現状をなんとかできるかもしれない。
 相澤先生も賛成してくれた話を持ち出すと、左腕をつけたが首を捻った。「どうだろ。俺は青山と最低限しか話したことがないから……。まぁでも、大丈夫じゃないかな」「なんで」「そうじゃなきゃ、あんなに泣かないだろ」あれは嘘の涙じゃなかったよ、と言って義手の手のひらをぐっぱと開閉させる。
 そうだな。そうだといい。
 ヒーロー科の中で、ヒーローになりきれてない自分で、なりたい自分を、ずっと思ってきたはずだ。なりたいもんをずっと見てきたはずだ。
 ……光は眩しい。いつだって。
 触れたら焼き切れるかと思うくらい眩しいのに、いざ触ったら、案外とやわらかくて、ぬくくて、大事にしていかないとなってなる。
 義手の調子を確かめているを後ろから抱き締めると、呆れたような諦めたような吐息が一つ。「もう大丈夫だよ」「ん」俺の光は相変わらずやわくてぬくい。力加減を間違えたら壊してしまいそうだ。

(壊さないように、大事にしないと)

 ずっとそばで光っていてくれるように、守っていかないと。
 途絶えないように。
 消えないように。

(この火だけは、誰にも、絶対に、消させない)